ダンジョン内部
佐藤が市役所で手持ちの魔石を換金し、反省しきりで帰宅の路についていた頃。
佐藤が先日「バットでヒャッハー」し、自衛隊によって暫定封鎖されている会社近くの路地裏——
『侵略型ダンジョン』の最深部では、不気味な異変が進行していた。
ダンジョンの表層は、監視カメラや見張りの兵士から見れば、散発的に弱小なゴブリンがウロウロしているだけの静かな初期ダンジョンに見えていた。
しかし——重厚な岩壁の奥、人類の探知が届かないダンジョンの最暗部では、まったく異なる光景が広がっていた。
空間に渦巻く【魔力溜まり】から、自然発生的に這い出てくるゴブリンたち。そしてその背後の巨大な玉座には、全軍のステータスを2割引き上げる強大な統率能力を持った巨漢——
**【ゴブリンキング】**が鎮座していた。
ゴブリンキングが掲げる王笏が放つ波動を受け、生まれたてのゴブリンたちの全身にみなぎるような力が宿る。
『キーーッ! キキキッ!』
『ギギッ……ゴブッ!』
その王の傍らで、一頭の小柄で美しい容姿を持ったゴブリンが、焦燥感を募らせて立ち尽くしていた。
知能が高く、高度な魔法を操る能力を持った存在——
**【ゴブリンプリンセス】**である。
彼女は周囲を見渡し、キングに向かって必死に意見を具申した。
『キング! 無闇に数を増やして地上へ押し寄せるだけでは危険です! 人間の兵力は強大……まずは偵察隊を出し、役割分担と作戦を定めてから動くべきです! 先日、我が同胞を一瞬で壊滅させたあの“鉄の棒を持った悪魔”の噂もあります!』
高い知能を持つプリンセスは、ただの「数の力」に頼る危険性を正しく理解していた。だからこそ、具体的な役割分担や作戦の立案を愚直に提案したのだ。
しかし——。
『ハハハハッ! 愚かなことを言うな、プリンセス!』
重厚な玉座の上で、ゴブリンキングは大口を開けて笑い飛ばした。
『作戦だと? 役割だと? ハッ! 我が能力で強化された我が軍勢の前に、人間の小細工など意味をなさん! 生み出し、強化し、数の力で押し潰す! それだけで十分なのだ!』
さらに、キングの背後に控える精鋭部隊——
【ゴブリンジェネラル】、【シャーマン】、【ソルジャー】、【アーチャー】たちが、一斉にプリンセスを指さして嘲笑し始めた。
『ギャハハハッ! プリンセスは臆病者だ!』
『人間ごときに怯えておるぞ! 魔法が使えるからと気取っておるくせに、度胸は最小だ!』
『キングの圧倒的パワーについて来られぬなら、すっこんでいろ!』
『くっ……! あなたたちは何も分かっていない……!』
プリンセスは悔しさに唇を噛み締めた。
上からは「作戦など不要、数の力でゴリ押せ」と現場の提言を一蹴する横暴なキング。
下からは「臆病者」「頭でっかち」と陰口を叩き、自分の指示に従おうともしない愚かな部下たち。
その姿はまさに——理不尽なクソ上司と、話の通じないクソ部下の板挟みになり、胃を痛めながら苦しむ「どこかの中間管理職」そのものであった。
表層の静けさとは裏腹に、侵略型ダンジョンの奥底では、キングの強化を受けたゴブリンたちの【軍勢】が着々と完成しつつあった。
そして、その異質な大軍勢が目指すのは——地上、そしてあの夜、彼らの同胞をバットで粉砕した「恐ろしい男」がいる人間たちの街であった。




