欲深い者
新世界の人間であるジーインがこの場に居ることが、コウガは信じられなかった。
塀の上で浮いている彼は、不敵な笑みを浮かべている。
(ありえん……)
今回の統一国から侵略において、新世界は無関係だ。
新世界から援助をと言われたらしいが、断ったとネイルに聞いた。
新世界と統一国は国交断絶している状態だ。
かの国の助けを借りることは、統一国の怒りをさらに買うことになるとネイルは危惧していた。
それは互いに憎みあう両国において、新たな争いの火種になる可能性もあったからだ。
「ジーイン。なぜここに……」
「そんなに見つめないでください」
アシンメトリーの灰色を軽やかになびかせているジーインは、うっとりと微笑んだ。
ラメのアイシャドーと深紅の口紅で妖艶を演出している。
ただ、コウガがねじ切った右足は修復していない。
新世界の隊服である黒の軍服であるスラックスの右足部分は、ひらひらと風にあおられている。
「右足をねじ切られたくせに、元気だな」
「無くなった右足はあなたからの愛じゃないですか。元気になりますよ」
(なにを……言っているんだ)
照れるようにクネクネと体を動かしたジーインに、コウガは困惑する。
場違いな言動と忙しい時に呼んでいない客が現れたと、コウガはうっとうしくも思った。
(南アメリカで邂逅して以来、ジーインの動きはなかったはず……)
コウガは独自にジーインの動きを探っていた。
ティナを手に入れようとしていたことから、キューブを欲しているのわかりきったことだった。
またなにかしらの策略をたてているのではないかと思い、コウガは銀の羽に情報提供を依頼していた。
しかし、新世界と統一国からの情報ではジーインの動向はわからなかった。
(死んではいないと思っていたが。タイミングの悪い)
思いのほかジーインの執念は深かった。
どう対処をするかと、考え始めたコウガはまさかとありえない考えにいたった。
「ジーイン。お前……裏切ったか!!」
亡命やコウガのように追放される以外に、自国を出ることがない。
非能力者との交流を良しとせず、中立国のナンバリングの代表でさえ、新世界に出向くことでしか新世界の代表に会えない。
鎖国大国と皮肉られるほどの国から自由に出ることは、裏切りに近い。
「ピンポンでーす。私、叶えたいことがあるんです。叶えるためには、国を捨てるしかなかった」
ジーインはわざとらしく困った顔をし、頬に手を当てている。
「引きこもりの国は困りものです。それに——」
「おい! お前、降りてこい! 殺してやる!」
蚊帳の外であったアインが、ジーインの言葉を遮った。
「お前もいい加減に離せ」
コウガに折れた右足を掴まれたままのアインは、子猫が威嚇しているように見える。
「満身創痍の癖に、元気だな……っと」
コウガはアインを俵担ぎした。アインは足首だけでなく、肋骨も折られ、肩を外されてる。
そしては捕縛対象だ。
交渉材料としての彼をその辺に投げ捨てると、非能力者嫌いなジーインに殺される可能性もある。
「あいつが……隊長を殺したのか?」
「おそらくな」
「……あいつを殺してやる」
コウガの肩でグルルルルと唸る声が聞こえてきそうなほど、アインはジーインを睨みつけている。
「おいおい。どんだけ元気なんだよ。やめとけ。あいつは新世界の精鋭だ。今のお前が太刀打ちできる相手じゃない」
「でも! あいつは俺の……俺の大切な人を殺した! 俺の命をかけてでも殺す」
「お前がそれを言うか。誰かの大切をさんざん殺してきておいて」
「…………」
「俺も言えたことではないが」
争いは恨みを生むちはこういうことなんだろう。
友を殺されたリーの恨みはアインに、隊長を殺されたアインの恨みはジーインに。
争いはろくなもんじゃないと、コウガが思った瞬間、頭上の空気が揺れた。
ずんと重たくなった空気は、そのままコウガたちを押し潰す勢いで、降下してくる。
ドンと重い音と、土煙が舞う。
「ごほっ、ごほ。なんだあれ」
アインは土埃で咳き込みながら、驚いている。
コウガたちが立っていた地には、人ひとりぶんのクレーターができている。
ハンマーで叩かれたように芝生を押しつぶし、土がむき出しになっていた。
コウガが回避行動をしなければ、2人ともぺしゃんこの肉の塊になっていただろう。
「ずいぶん仲がよろしいではないですか。妬いてしまいますよ」
クレーターを作った人物。ジーインは微笑んでいように見えるが、目尻をピクピクと痙攣させ、こちらを見下ろしている。
「あなたは私をみていればいいのです。私を……私だけを」
なぜかぶつぶつと言い始めたジーインの真下にある管理施設の塀が、圧し潰され崩壊していく。
ジーインはうっとりとした笑みを消し、アインを仇のように睨みつけ、青筋を立てている。
コウガの周りにも空気が重さを持ち、何もかもを押しつぶすように襲ってくる。
それはアインにも襲い掛かかった。
「うう。体が重い?」
「重力だ。ジーインは重力のナンバリングだ」
「でもあいつ。バーコードがない」
「新世界ではナンバーしか刻まない」
新世界では個人情報のバーコードは刻まない。精神、自然、物理などのナンバーしか彫らないのだ。
アインを担ぐコウガの肩に、重力がかかる重みを感じ始めた。
その力は徐々に重くなってくる。
「うぅ……」
コウガにとってはまだ立てるだけの重力だが、負傷しているアインにはつらいのだろう。
「逃げるぞ」
ジーインの能力がどのくらいの範囲まで影響するかはわからない。
今の所は逃げて様子を見るしかない。
(しかし、どこへ逃げる?)
前方の空中にはジーイン。背後は管理施設だ。
管理施設に逃げ込むと、ネイルをはじめ治療中であろうリーと職員に被害が出でてしまう。
ジーインが無重力を発動した。
(しまった!)
浮いた体に焦っていると、1発の銃声が聞こえた。
ジーインに向かっていた弾は発動した重力に負け、地に落ちた。
「コウガ! 無事か?」
落とされ、尻もちをつくコウガの耳に付けているイヤホンから、ヤスの声が聞こえた。
「やっさん!」
管理施設の2階。コウガが壁を破壊した部屋で、スナイパーライフルがキラリの光った。
先ほどの銃声は隠れているヤスだろう。
「あいつは南アメリカのときの奴だろう? なぜここに?」
「おそらくキューブ」
「嬢ちゃんとネッドを狙ってきたのか? こんなときに厄介な」
「やっさん! こいつを頼む。奴は俺が相手する」
ふわりとアインを浮かせ、ヤスに託す。
「わかった。コウガ、気をつけろ。今のあいつは、あのときと感じが違うぞ」
「あぁ。よくわかんが、キレているらしい」
身軽になったコウガは、改めてジーインを見る。
自分の体を抱きしめ、なにかを押さえるようにわなわなと震え、涙を流している。
「あなたは……私だけのものなのに。なぜ……、下等生物がコウガ様のもとに集まる。なぜ、なぜ、なぜぇー」
叫ぶジーインに呼応するように庭園は無重力状態となった。
芝生がめくり上り、小石や塀の瓦礫などありとあらゆるものが浮遊する。
ジーインの感情の爆発に、コウガも対処ができず浮き上がる。
「私は……私は……あなた様は」
(もう正常ではない)
ジーインの乱心。戸惑うコウガにグンと重力がかかった。
押しつぶされるように、地面に叩きつけられたコウガは血を吐く。
ジーインの感情を表すかのように、ずっしりとした重みがコウガにのしかかる。
浮遊していた瓦礫が、コウガの上に落ちてくる。
小さくとも重みを増した瓦礫によって、負傷した額から血が流れ出てきた。
「ぐっ」
「あなたは私だけをみていればいいのです。あの時のように」
懇願、独占欲を露わにし、見下ろすジーインにコウガは視線を向ける。
(落ちろ!)
コウガは念動力で浮いているジーインを地面に叩きつけた。
ジーインを地面に縫い付けるほどの渾身の力に、重力が消えた。
「お前は何を言っている。狙いはキューブじゃないのか」
ゆっくりと立ち上がるコウガの問いに、倒れているジーインは不気味に笑った。
「フフッ。それも欲しいですが、1番にあなたが欲しい。あなたの力がほしい」
「超能力は生まれ持ったものだ。誰かの譲渡できるもんじゃねぇ。お前も知っているはずだろう」
「ええ。存じております。ですが、キューブはそれができる技術が保管されていると知りました。そしてあなたが生きていた。これほど嬉しく。この胸の高まりは、あなた様に初めてお会いしたとき以来です。これでコウガ様を私のものにできると思ったのです」
「——!?」
キューブには歴史やハメルの研究以上の情報があるようだ。
能力の譲渡。どのような方法かわからないが、多方面に危険な影響になる。
「だからあなたが欲しい。あなたの暴走は素晴らしかった。あなたは美しかった。すべてを壊し、私の重力も跳ね返した。あの力が欲しい。それにはあなたが必要なんです」
再び浮いたジーインは、コウガを愛らしく見つめた。
現在のコウガ越しに、暴走した昔のコウガを思い出しているのだろう。心ここにあらずだ。
「孤高の存在であった。あなたは私の力の一部となって、私と共に生きてください」
「死んでもごめんだ」
コウガは孤高ではなかった。傍らにはいつも仲間がいた。今もヤスやリー、同僚に後輩と守りたい者がいる。
勘違いな妄想でおかしくなっているジーインを殺さなくてはと、コウガは本能でそう思った。
でなければ、いつまでも付きまとわれる。そして、この執着はコウガの周りの人間すら殺してしまう可能性も脳裏によぎった。
(決めたなら即行動! 迷いは死を導く)
コウガは腰に携えている弾をばら撒き、浮かす。そしてジーインにすべて撃ち込んだ。
しかし、笑ったジーインは重力ですべてを落とす。
その重力は範囲を広げ、強力な重力区間はコウガの動きを鈍らせ、圧し潰しにかかってくる。
耐える筋肉や骨がきしみ、砕けそうだ。
(やはり一筋なわではいかない)
重力せいで物を浮かすことも、飛ばすこともできない状態。
コウガにとって武器と言っていいものは、すべて封じられた。
だったらと、コウガは感じる重力を押し返す。
目に見えない力の攻防である。
コウガの周りの地面はひび割れ、砕けていく。
「あなたは弱くなりましたね。あぁ、嫌だ。下等生物と交わるということはこうやって、あなたを退化させたのですね」
ジーインは嫌悪するように、顔の前で手をひらひらと左右に振った。
優越感のせいか、ジーインの力が弱まった。
「それはどうだか」
一瞬のすきに、ぐんとジーインを念動力で引き寄せ、一撃。
ジーインの鼻に拳をめり込むほどの打撃を与える。
派手な打撃音と鼻骨が折れる音も聞こえた。
「俺は弱くなったかもしれねぇが。腕っぷしは強くなった」
新世界では超能力を駆使し戦う。制御と操作、力の強さがすべて。体術は二の次に扱われる。
しかし中立国では通用しない。能力を使い、人を殺してしまえば重罪。
だからコウガはヤスに鍛えてもらった。格闘技を。人を殺さず、守れる技術を。
吹っ飛んだジーインは鼻血を垂らしながら態勢を整え、微笑んでいる。
「あぁ。あぁ。それでこそ私のコウガ様です」
ジーインは無重力を発動し、木々や瓦礫を浮遊させた。
コウガは走った。そしてパルクールで壁を伝い、先ほど見つけた安全地帯。ヤスが居た管理施設2二階へ。
肌で感じた空気の重さを感じない空間。
隠れていたヤスは浮かずに狙撃していた。管理施設はジーインの能力の範囲外だったのだ。
「逃げるのですか?」
ジーインも追いかけてくる。
(そうだ。そのまま来い)
ジーインが己を無重力状態にし、2階へ入ってきた瞬間。
コウガはアインの破壊を免れた銃を5丁ほど浮かし、発砲した。
「無駄ですよ。何度も同じことを——ぐはっ」
重力を発動したジーインに、アインが破壊を尽くした残骸が落ちてきた。
鉄の箱であった物は重く、いくつもの残骸が落ちてきたためジーインは自滅した。
自らの能力の重みも重なり、相当な重さになっているだろう。
「防御時の癖が祟ったな」
コウガはジーインの驕りを味方につけた。ジーインの癖ともいっていいだろう。
ジーインは防御する際に重力を使う。その癖をコウガは逆手に取ったのだ。
鉄の山からは感覚強化の能力で感知したジーインの鼓動と荒い息づかいが微かに聞こえる。
(まだ生きているのか……)
とんでもない生命力だとコウガは驚いた。
ガシャンと鉄の山が崩れる。
雪崩れるように落ちた残骸から、血まみれのジーインがゆらりと現れた。
「しぶとい奴だな」
「えぇ。あなたへの愛が私を生かしていますよ」
「気持ち悪い奴だ」
肩か腕の骨も折れているのだろう。潰れた両腕をだらっとぶら下げている。
汚れた隊服には尖った残骸が刺さり、内臓の損傷もしているはずだ。
だが、まだジーイン自身を浮かばせる力は残っている。恐ろしいほどの底力だ。
(たたみかける!)
銃も打ち尽くしたコウガは、ジーインを引き寄せ、打撃をくらわせる。
満身創痍のジーインだが、重たい拳がコウガの腹に入った。
重力を己の拳に乗せたのだろう。コウガは血を吐いた。
「がはっ」
「わたしはまだあきらめません。あなたを手に入れるまでは!」
舌打ちをしたコウガはジーインを壁にぶち当てる。
引き寄せ、足と拳で打撃を加え、念動力でピンボールのように壁と床、天井で跳ね返るジーイン。
管理施設の内で範囲重力など使わせぬよう繰り返す。
——死ね。死ね。
肉にめり込む拳の感触。ジーインの身体を引き寄せ、渾身の一発を入れ続ける。
——あぁ。懐かしい。この感じ。
ジーインの右手を引きちぎる。ジーインの絶叫がコウガの鼓膜を震わす。
——奴に絶望を。次は左足をいただく。
望みなどないほどの力を見せつけろと、本能が叫ぶ。
しかし、大人しかったジーインが引き寄せた瞬間、コウガは違和感を感じた。
自分が吸い寄せられる感覚。
ジーインの左手の中に小さな黒い穴が生まれているのが、コウガの目にはいった。
空間を歪ませる黒い穴。
(ブラックホール!?)
「まだです。まだ。まだ。まだぁぁぁぁ」
狂ったように叫んだジーインを、コウガは急いで破壊つくされた庭園へ飛ばす。
(マズイ。ブラックホールが巨大化すれば……すべて飲み込まれる)
ゆっくりと徐々に大きくなっていくブラックホールに、瓦礫や木々がぶつかる音をさせながら飲みこまれる。
耐えるように立っていたコウガの足が、引き寄せられるように滑り始め、抗えぬ吸引力にコウガは負けた。
浮きながら引き寄せられるコウガの体は抵抗できない。
どんどんとブラックホールに近づいていく。
勢いよく引き寄せられるコウガにアインが使用していたブレードが向かってくる。
「コウガ様の腕さえあればいいのです。それ以外はもういらない」
欲望で正気を失ったジーインは、コウガの生死など気にしていない。
気持ち悪いほどの執着の最終地点なんだろうか。
それでいいのかと突っ込みたくなるほどの、底なしの欲望。
「私とあなたの遺伝子が混ざれば、一心同体も同然で——」
ジーインの言葉が途切れた。
「あら?」
ジーインの腹にブレードが刺さっている。
その意思を持つようにブレードは腹を抉り、ついに腹を貫通した。
どさっと地に落ちたジーイン。消えていくブラックホール。
庭園は今だ続くアンドロイドと統一国軍の攻防戦の音だけになった。
「さすが……です。念動力で……」
歩み寄るコウガに、ジーインはうっすらと瞳を開かせている。
「賭けだったがな」
ブラックホールに飲み込まれる手前で、コウガは念動力でブレードを動かしたのだ。
コウガの腕を斬ろうとしていたブレードの軌道をそらし、ジーインの腹を狙ったのだ。
「私はコウガ様になりたかった。念動力を使いこなす、能力が欲しかった」
ひゅう、ひゅうと息を漏らしながら、ジーインは切望の眼差しをコウガに向けた。
「誰も己以外にはなれねぇよ。俺はもう一つの能力なんて欲しくなかった。よく見えるもの、よく聞こえるもの苦痛だった。死臭をかぎ続けるのも、過敏になる感覚も不快だ。他の連中が羨ましくて仕方なかったよ。だからお前が思うほどの存在じゃない」
「そうですね……でも私はそんなあなたを……愛していました」
「俺はお前が嫌いだ」
「そう……ですか……残念です」
ふと、微笑んだジーインは絶命した。
「はぁぁ。疲れた」
息を引き取ったジーインを確認したコウガは、勢いよく座り込んだ。




