守りたい者。
(これで終わりだ……死ね)
目の前で倒れている女を見てアインは、ニヤリと笑った。
勝利を確信し、ブレードを振り下ろす。
だが、それはできなかった。
いや、させてもらえなかったのだ。
ブレードを振り下ろす瞬間、アインの横にあった壁が爆散した。
「なっ……」
薄暗い部屋にホールの眩しい光が注ぎ込み、アインの目をくらませる。
壊れた壁から吹き飛んできた何かが、アインを直撃する。
「がっ……はぁ」
その物体は重く、無防備なアインを押しつぶしそうになるが、それはアインを守るように抱き込み、転がっていく。
目まぐるしい回転と、ガン、ガンと床にぶつかる音を聞きながら、アインは目を回しそうになった。
何かにぶつかる感触を何か越しに感じ、回転はようやく終わった。
「アイン、無事か?」
喉が枯れ、ガラガラな声だが聞きなれた声の主は隊長だった。
逞しい腕で自分を守ってくれた隊長を、アインは見た。
「隊長!? 僕は大丈夫。隊長は?」
「あぁ。なんとか無事だ」
疲労がにじみ出た声の隊長は、安心させるようにアインに向かって、意地悪そうに微笑んだのが光で見えた。
いつもの隊長だとアインはほっとする。しかし、腕を触ってみると隊長のアーマーパワースーツは小さな凹みがいくつもできている。
銃弾とミサイルの嵐から、隊長を守った証が刻まれていたのだ。
アインを起き上がらせた隊長はすぐに態勢を整え、壊れた壁に向け、スーツに備えられている小型のアサルトライフルを構えた。
「アイン。気をつけろ。俺以外はやられた」
警戒心と恐怖が入り混じった声音の隊長の視線の先、壊れた壁にアインは目を向ける。
瓦礫の埃が舞う壊れた壁にホールの光でうっすらと見えた影。
瞳を輝かせた影を守るように、細かな瓦礫が浮いている。
逆光で姿は上手く見えないが、凄まじい殺気が2人を襲ってくる。
影が1歩踏み出すだけで、恐れるように空気が震え、アインの呼吸が自然と荒くなった。
星のように輝いている瞳が倒れている女に向けられた。
すると、影はまだ抑えてきたのかと思うほどの殺気が一気に膨らんだ。
「ネイル。リーが重症だ。至急、回収してくれ」
低く唸るような声が、どこかへ通信を終えるとアインと隊長に目を向けた瞬間——背後でなにかが爆散した。
アインが振り返ると、木っ端みじんに破壊された壁から光が入ってきた。
背後の壊れた個所からひびが水の波紋のよう広がり、壁が壊れ、崩れる。
(あいつもナンバリングか!)
影とアインたちはそれなりの距離がある。それに影は立っているだけで何もしていない。
アインたちはなんらかの力で、影が壊した壁の反対側まで転がされ、その力は壁を破壊した。
外壁だった部屋の壁が影の怒りが爆発したように全て壊れると、アインの目に戦場と化したコロニーの街が見えた。
アインたちがいるアンダーエリアから緩やかに上がる勾配の坂の中腹では、アンドロイドたちがナンバリングと中立国軍のドローンの抵抗で足止めされている。
破壊された街に小さな竜巻が起こり、水色の軍服を着た中立国軍が宙を舞い、ロケットランチャーでアンドロイドを破壊し、街中に銃撃と爆発音が響き渡っている。
(想定よりこちらの進軍が遅い。中立国の戦力を舐めていたな)
共存を掲げているのんきな国と認識していたアインは、中立国の底力に面食らう。
天井には宇宙で統一国と中立国の戦闘機が互いに爆散している映像。コロニーの外で行われている戦闘が投影されていた。
宇宙でも統一国は一進一退のように見える。
(これ以上の援軍は期待できないか)
アインが外の様子を見ていると、隣にいた隊長がコロニーの戦場へ吸い込まれるように吹き飛ばされた。
次にアインも飛ばされた。いや、押し出された感じだ。
落ちていく体をくるりと回転させ、柔らかい芝生に着地する。
周りを見るとオリーブの木や見たこともない木々、地面には人工芝が敷き詰められ、憩いの場として綺麗に整えられている。
落とされた先は管理施設の庭のようだ。
先に落ちていた隊長も無事だった。2階程度の高さなら、精鋭部隊の自分たちは問題ない。
そしてアインたちを落とした張本人も降りてきた。
アインより背が高く、無造作にセットされた短髪の黒髪の男。
端整な顔つき。だが口を一文字にした不機嫌な表情が残念なほど男前を台無しにしていた。
無表情とは反対に黒い瞳は素直だ。殺気を含んだ鋭い視線をアインによこしているのだ。
その右目の下には、治りきらなかった横一閃の傷がうっすらと見えた。
水色の軍服に血がいくつか付着している。
「やるな」
感心しているのか、バカにしているのか。
どちらともとれる言葉にアインは眉に皺が寄る。
相手は無表情のまま、こちらを見ている。
男から守るようにアインの前にでた隊長はアインに小さな声で指示してきた。
「アイン。お前は接近戦だ。俺が補佐する。あいつの注意を引け」
「了解」
「気をつけろ。相手はナンバリングだ」
背中越しに聞こえてきた隊長の声は震えている。
今の技術では解明されていない力を扱う者と戦うのだ。
命を懸けた戦いになる。それに隊長は無表情男をそれだけ強いと認識しているようだ。
2対1だとしても、勝率は低いと隊長は考えているのだろう。
「……うん」
「大丈夫だ。俺がお前を守ってやる。なんとしてもな」
隊長は振り向き、いつもの意地悪な笑みでアインを見る。
「お前を実験室送りになんぞさせん」
隊長の言葉にアインは力強く頷き、隊長の背から飛び出した。
※※※※
アインと呼ばれていた小さな猛獣が向かってくるのを見ていたコウガは、猛獣の腹に蹴りを入れた。
吹き飛ばしたアインは血を吐きながらも態勢を整え、体術を繰り出してくる。
本気のリーをあそこまで追い詰めただけはある。
本来、リーは個人プレイが得意だ。普段は仕事で守るべき相棒が居るため、自由な動きは制限される。
だが、枷を外したリーを倒したアインは、小柄な体を活かし、素早く、鋭い動きでコウガに襲い掛かる。
(素早さはホールで気絶している奴らより、頭1つ出ているな)
管理施設のホールでは、捕縛した侵入者をヤスが監視している。
侵入してきた5人の風貌は、隊長と呼ばれた男と同じような鎧を纏っていた。
その鎧で天井付近の空中に停滞し、付属している小型のアサルトライフルで攻撃をしてきた。
念動力で飛んできた弾を弾き返したが、強固な鎧がその弾を弾いていた。
ドローンのミサイルも、同じように強固な鎧を纏った腕で振り払う。
コウガと奴らの攻防はその繰り返しであった。
だが、コウガたちはただそれだけをしていたわけじゃない。
終わりのない攻防を繰り返している最中に、コウガはネイルに分析を頼んだ。
ネイルが見つけた弱点である鎧の原動力部分を、最上階で待機していたヤスが狙撃。
精密に狙い撃たれ、滞空力を失った奴らはホールの床に落ちて気絶した。
そんな間抜けな奴らより戦闘能力があるアインだが、コウガからしたら子供と遊ぶようなものである。
単純で動きがわかりやすい。
(未熟だな)
下段の回し蹴りに掌底打。肘打ちから足技までアインは多彩な攻撃をしてきた。
まるでゲームのようなコンボだ。
アインが繰り出す攻撃を、コウガは受け流す。
命をかけた戦場では、ゲーム感覚では命取りだ。
ましてやコウガは超能力者——ナンバリングだ。
勢いだけでどうにかなるわけない。
避け続けるだけのコウガに、苛立つアインは挑発してきた。
「甘いね。避け続けるだけじゃ、だめだよ」
「そうか。じゃぁ次は俺の番だ」
コウガは打撃を繰り出そうとしたが、アインは待っていたとばかりにニヤリと笑うと、いきなり身を引く。
そしてコウガの死角から、隊長が小型のアサルトライフルで銃撃してきた。
コウガは念動力ですべての弾を止め、撃ち返す。
大柄な男は鎧の足の部分についているスラスターで避けた。
(気配がなかった)
やはりあいつは格が違うと、コウガは思った。
ホールでも戦った際にも思ったが、他の5人とは違いで動きが段違いだった。
纏った鎧の付属された機能を巧みに扱うだけでなく、元々大柄な体に重装甲な鎧を纏っている。
ヘビー級の枷をつけているくせに、動きがスムーズだ。
それに勘もいい。ヤスの狙撃に気づいたのだ。
ヤスを瞬時に見つけ、狙いを定めていた。
それに気づいたコウガは、念動力でリーが居た部屋の壁に奴を衝突させた。
幸いそれが、リーを救うことになった。
隊長への攻略法を考えるコウガの思考を止めるように、アインがまたも体術を繰り出してきた。
そして合間に銃撃が行われる。
未熟といえど多彩な体術と的確な後方支援の組み合わせに、コウガは自身の体力を減らすことが目的だろうと考えた。
(こいつは厄介だ)
コウガは目を閉じた。
(今も前線で戦っている仲間がいる。後衛で支えている仲間もいる。ここでやられるわけにはいかない。俺には守りたい者がたくさんいる。こいつらにかまっている暇はない!)
体中の細胞がさらに熱くなる。
すべてがコウガの瞼越しに見える。周辺の物体の配置を脳内で模写する。
すべてを肌が感じる。2人の動きで流れる空気の動きを。
すべてを耳が捉えている。2人の息遣い。そして鎧の駆動音を。
すべてを鼻が捉える。火薬と鎧の油のにおい。2人の体臭を。
コウガはもう1つの能力を使うことを決めたのだ—感覚強化である。
目、鼻、耳、肌の感覚を研ぎ澄ますのだ。
コウガは捉えた庭のすべての木々、憩いの場として使われていたベンチを浮かし、隊長に向けて放った。
避けても、意思を持ち襲ってくる物体に隊長は困惑し、逃げまどう。
標的を隊長と定めたコウガの動きに、アインはニヤリと笑った。
その場から動かず、目を閉じたコウガにチャンスといわんばかりに、素早くコウガに近づき、鋭い回し蹴りを放った。
だが、コウガは受け流すように見せて、その右足首を掴んだ。
目を開いたコウガと視線がかち合ったアインに、ぞくりと悪寒が走ったのだろう。
肌が粟立っているのを、服越しに見えた。
冷たく輝く瞳が、視線が、アインを絡めとり動けなくしている。
そう感じているだろうと思い、コウガは薄く笑った。
「目が……ひかって……」
アインは震えながら呟いたのと同時に、コウガは掴んだ右足首の骨を握力だけでへし折る。
そして念動力で腕を使えぬように肩も外した。
「あぁぁぁぁぁ」
「アインー!」
壮絶な痛みに、アインは隊長の声が聞こえぬほど叫びをあげた。
だが、痛みに悶えながらもコウガを睨みつけ、まだ負けてないと言いたそうだ。
「調子に乗りすぎたな。ついでに他の骨も折っとくか?」
生意気なガキに諭すように言ったコウガは、アインの肋骨を折る。
アインの悲痛な叫びに隊長がコウガに向かってきた。背後に木々やベンチが追跡していようとも関係なく。
「おのれ。よくもアインを!」
叫んだ隊長にコウガは目を向け、今度は彼の足を折ろうとした。
だが、その前に隊長の体が潰れた。追跡していた木々やベンチもろとも潰されてしまったのだ。
まるで重い強大な岩に押しつぶされたように、一瞬で彼の身体の中身をぶちまけたのだ。
突如、起こった出来事に目を見張るコウガの耳に、南アメリカで聞いた声が響いた。
「お久しぶりでございます。コウガ様」
血の匂いが漂う庭には場違いな声である。
心が弾み、うっとりとした中性的な声に、コウガは頭上を見上げた。
そこには優雅に微笑む片足を無くしたジーインが浮いていた。




