憎しみあう者
「待っていたよ」
リーは部屋に侵入してきた男に言った。
自分より背丈が少し高い青年はアインと呼ばれていた。
暗闇に溶け込むような黒の短髪は柔らかそうな髪質だ。
歳はリーと変わらないようだが、その割に幼い面立ちと狐に似ている目。
そして首からゴーグルを下げ、潜水服のような服装。
(間違いない)
ネイルの部屋で見た映像のままである。アインはコロニーを侵略する者だ。
しかし、実際に顔を合わせると無邪気な感じだが、彼の中になにか潜んでいるような怖さがあった。
腰が引けそうになるリーは、自分を奮い立たせる。
待っていたのだ。リーはこのときを待っていたのである。
リーは管理施設に侵入者ありと一報を受けたコウガと、瞬間移動の能力を持つナンバリングの助けを借り、ネイルの部屋に向かった。
そして待ち伏せをしていた。
彼らを足止めしようとした兵士を殺し、バラスに怪我を負わせた奴が目の前にいる。
——ここで奴の息の根を止める。
ネイルには捕獲せよと言われたが、リーは守るつもりがなかった。
「あのー。お邪魔しています?」
(舐めているのかな?)
アインはへらっとしてのんきな態度だ。
演技しているのか。もしくは、もともとの性格なのか。
暗闇だからわからなかったかもしれないが、リーは軍服を着ている。
チビで小柄な見た目だからか。女でひ弱に見えたのだろうか。
そう思われているなら、はらわたが煮えくり返る。だが、リーは冷静さを失っていない。
気まずそうにアインは声をかけてきた。
「あのぉー」
——パン。パン。
リーは問答無用でハンドガンの引き金を引いた。
ここは広い扇形の室内だが、リーの背丈ほどの長方形の箱が整列している。
ライフルは使いにくい。
そう判断したリーは、ハンドガンをアインに向け続ける。
——確実に頭を狙う。
わっと驚いたアインは近場の箱の影に逃げ込んだ。
だが、リーには関係ない。乾いた音を響かせながら、淡々と何度も引き金を引いた。
(残念。見えているよ)
透視のナンバリングであるリーは、箱の向こう側でしゃがむアインの骨格や筋肉、臓器、脳まで見えている。
リーはアインの背後のある箱に向けて、撃つ。
はたから見れば、外したと思われる弾道はアインの背後の箱に当たる。
だが、カンと音をさせ弾は箱を跳ね返り、アインの左肩をかすった。
「なに!?」
(外したか!)
頭を狙ったはずの跳弾が肩をかすったことに、リーは驚いた。
アインの驚愕の声が聞こえ、そして彼は隣の箱へと移動する。
(おかしい。ちゃんと計算して狙ったはずなのに)
違和感を覚えながらも、リーは撃つ。撃つ。撃つ。
外したと思われる弾は箱に跳ね返り、逃げるアインを背後から襲う。
だが、なぜか弾はアインの足、わき腹、腕をかすめるだけ。
(なんで!?)
「へぇ、跳弾だ。驚いた。凄いね、君。こんな芸ができるなんて」
アインはまだまだ余裕がありますよと言いたげな口調だ。
挑発しているかもしれない。そう思ったリーは銃口を向けたまま答えた。
「どうも」
「でももう弾切れじゃない?」
「そうだね。……でも心配いらない」
リーの傍らにあった箱を蹴る。箱はガンと重い音をたてて、ぱかっと箱の側面が開いた。
そこから2丁の新たなハンドガンを取り出し、両手撃ちする。
「ずるくない!? そんなのあり?」
「ずるい? 君が言うセリフ?」
爆発するネズミ型アンドロイドと共に侵入してきた奴らが言っていい言葉ではない。
物質から過去が読める接触感応であるバラスから、彼らの詳細は聞いている。
その話を聞いたリーは腹がたった。だから、無理を言ってこの場に立っている。
ネズミの爆発に、避難しようとしていた一般人と同僚が何人も巻き込まれた。
死んだ者も居た。避難船は無事に出港できたが、大怪我をして避難船に間に合わず、まだコロニーに残っている者もいる。
安全地帯で不安そうに過ごしているのも見てきた。
「よくも友を、大事な人たちを傷つけてくれたな」
リーの腹の底から声がでた。
息を引き取った水のナンバリングたちのなかに友がいた。無残に散った軍にも友がいた。
怒りが、憎しみが、際限なく込み上げてくる。
「それは君たちが悪いんじゃん。それにこの状況は指名手配犯を渡さなかった国の選択だよ。抵抗せずに差し出せば、良かったんだ。ネッドってやつもバカだね。自分のせいで、国1つが壊れそうになっているんだもん。そんな奴、君たちが守る義理はないじゃん」
「あいつは弱いし、泣き虫だけど……代表たちを殺そうとするわけない!」
リーもネッドのことを軽んじてはいた。だが、徐々に変わっていった。
時に無謀な勇気をだし、悪徳会社の横暴から自分を守ってくれた。
子供を守るためにナンバリングを殺したと、リーの前で語った。
言いにくいことだっただろうに、しかもナンバリングであるリーにだ。
ネッドがどう思っていたかはわからない。だが、ナンバリングでもなく、ただの同僚として話したのだ。
彼は怖がりだけど差別しない。素直で勇気のある男だ。
そんなネッドを、でっち上げた情報で捕まえようとする統一国を許せない。
リーの怒りのボルテージが上がる。
(なにも知らない奴らに、好き勝手させない)
リーは無我夢中で撃つ。
弾切れをした銃を箱から入れ替え、悲しさと悔しさ、憎しみが混じりあった感情を込めて撃ち続ける。
死んでいった友の顔が浮かんでくる。
——死ね。死ね。死ね。死んで償え。
アインが素早く動く足音、リーが響かす銃声と火花が部屋を埋め尽くす。
しばし撃ち続けるリーが有利な状況であった。だが、アインは笑い始めた。
「うんうん。慣れてきた。今度はこっちの番」
アインの楽しそうな声音は、この場にそぐわず、どこか異様だった。
まるで不利な状況を面白そうに。ゲームの攻略法がわかったといった感じだった。
アインは箱の影から姿を現し、ライフルを撃ってくる。
舌打ちをしたリーは、箱の影に逃げ込む。
ガン、ガンと逃げ込んだ箱に弾が何度も撃ち込まれる。
撃ち返す隙のない銃声に、リーは「くそっ」と悪態をついた。
「君、ナンバリングだろう? 驚いたよね。隠れても、隠れても、的確に僕を狙ってくる。見えてないと無理だよね」
確信めいた言葉に、リーはバレたと冷や汗をかく。
「それにこの箱」
ガンと彼が箱を蹴る音がした。がこっと音がし、透視で箱が開くのを見た。
アインはそこに収められていたハンドガンを取る。
(なんでわかった!?)
「これ。力加減で開くんでしょ。僕、耳がいいんだ。音でわかるよ。君、結構力が強いよね。僕が力を入れて、蹴らなくちゃいけないくらいだから」
耳がいい。その言葉でリーは、はっと気がついた。
彼は音で弾の軌道を予測していたかもしれない。
だから弾はかするだけで、血管や筋肉の損傷がなかったのだ。
生まれ持った特徴なのかわからないが、非能力者の限界を超えているように感じる。
まだ何かを隠しているかもしれない。
出会ったことのない化け物に、動揺を隠すようにリーは答えた。
「だったら、なに?」
「ほんとにずるいよね。ナンバリングって」
「ずるい?」
「だって、君たちは遺伝子操作の際にできたバグでしょ」
「なっ……!」
リーは彼が言っている意味がわからなかった。
残酷なほど無邪気な口調のアインは、リーが聞いたことない話を続ける。
「僕の上司が遺伝子の研究者でね。ナンバリングの研究もしているんだ。その人に教えてもらった。君たちは、人間の進化においてできたバグ。いわゆるゴミ? 人間の出来損ないってことだよ」
「聞いたことないわ。そんな話。差別的な統一国だけの話じゃない!」
ガンと弾が隠れている箱に撃ち込まれる音がした。
アインが威嚇で撃ってきたのだ。
それくらいリーでもわかる。
「だめだよ。現実から目を背けたら。君たちは出来損ないだよ」
出来損ない。誰だって言われたら嫌な言葉。そしてリーがもっとも嫌う言葉だった。
「私たちは出来損ないじゃない!」
精一杯の否定をこめた声がでたリーは、昔を思い出す。
リーが生まれたのは新世界だった。
そこでは力がすべて。能力が強い者が支配し、弱い者は虐げられる。
リーの透視は弱者だ。見えるだけ。情報も読み取れず、障害物があろうとも鮮明に見えるだけ。
骨格や臓器だって、集中しなければ見えない。
それだけではあの国では不要な存在だった。
生まれ育った村が火に飲まれるのを呆然と見ていた。居場所を失い、さ迷った果てに新世界の軍に属した。
危険な斥候を担っても、弱者の立場は覆らなかった。
どこまでもついてくる「出来損ない」の言葉。
またここで聞くと思わなかったリーは悔しかった。泣きそうになった。
そんなリーに気づかず、アインは言葉を続ける。
「ムカつくよね。そんな出来損ないにやられっぱなしで。おまけに非能力者をバカにするようなことされてさ。嫌なもんを見せられたよ」
苛ついた彼の足音が聞こえてきた。
近づいてきている恐怖と、極度の緊張でリーの息が細くなる。
ガンと隠れている箱を蹴られた。彼がもうそこまで来ている。
「ほんと変な国だよね。あほらしい、なにが共存だよ! そんなことできるわけないだろうが! 殺ししかできないお前らが……のうのうと生きてていいわけねぇだろうが!」
何度も箱を蹴りながら、口調が荒くなったアインの罵詈雑言で、リーの体がかっと熱くなった。
怒りで体中の細胞という細胞が沸騰する。
こんな体の異変は初めてだ。
——自分の存在を全否定したあいつを殺したい。苦しめたい。私は出来損ないではない!
怖さはもうなかった。
銃を構えたリーはばっと隠れていた箱から飛び出し、アインと対峙する。
確実に頭を狙う。リーとアインは同じことを考えていたようだ。
互いの額に銃口が向けられている。
アインの表情から無邪気さは消え、憎しみが溢れ出している。
「僕の父さんと母さんはナンバリングに殺された。無害で、罪もない母さんたちを……。そんな奴らと共存だと……気持ち悪い」
「その気持ち悪いナンバリングに、お前は殺されるんだよ」
引き金を引く瞬間は同時だった。そして避けることも。
髪の焼ける匂いがリーの鼻を不快にした。だが、アインから視線は外さない。
互いの距離は離れず、接近戦に移った。
彼は短いブレードを取り出し、リーはネイルが新たに考案した警棒を取り出した。
リーは手元の2つのボタンの内1つを親指で押す。
棒の部分に、薔薇の棘のようないくつもの尖った細かな刃が現れた。
リーはアインの顔を狙い、警棒を刺すように突くがよけられた。
(残念。でも……)
ニヤリと笑うリーがもう1つのボタンを押すと、棒の部分が鞭に変わった。
空気を切り裂くような音でしなる鞭は、アインの頬を軽くえぐった。
刃は深くえぐらないようにできている。リーにとって不本意だが、軽傷で捕獲できるように造られているのだ。
「なにそれずるっ」
アインは頬から垂れる血を拭いながら、距離を取って睨みつけてきた。
「ずるくて結構。勝つために手段は選ばない」
「ふん。チビの癖に」
「お前もな」
互いに背が低く小柄であるため、力でなく速さが求められる戦いになった。
高速で振るわれる鞭に、アインはブレードで受け流している。
このままでは埒が明かないと思ったのか、アインはブレードを振り、刀身を伸ばす。
青く染まった刀身で傍らの箱を切り裂きながら、下段からリーを狙ってきた。
高速の軌跡を避けたリーのわき腹から肩までの軍服を焦がし、微かに熱を感じる。
箱の切り口が赤く溶けているのが見えた瞬間、リーはぞっとした。
(あのブレード……熱を持っている!?)
「びっくりした? このブレードは鉄をも溶かす温度を持つんだ。ほら、色だって綺麗な青だろ」
アインは刀身を見せびらかす。惚れ惚れとした表情で、刀身を見つめている。
あのブレードで斬られたら、軽傷ではすまない。
灼熱かと思うほどの熱さと、火傷の痛みでのたうち回る可能性がある。
最悪、苦しむように死んでいくだろうと、リーは想像した。
楽しそうにブレードを振るうアインに対し、リーはかわし続け、隙を見て鞭を振る。
どちらも引かぬ攻防戦が続くが——その攻防は突如、終わった。
鉄の箱を溶かすほどの熱が、中に入っていた銃を切り裂いた。
引火した銃は爆発を起こし、リーを巻き込んだ。
アインがブレードを縦横無尽に振るうたびに、引火した小さな爆発の爆風と破片がリーを襲う。
巻き込まれているのはアインも同じだ。だが、ケガをしようが平然としている。
(くっ。これでは近づけない)
鞭が届く範囲にいるが、振った鞭が爆風であらぬ方向に向かう。
リーは舌打ちをし、鞭から警棒に戻した。
横一線に振り抜くブレードを避けるため頭を下げ、素早くアインの懐へ潜り込んだ。
(とった!)
アインの驚くような表情を睨みつけながら、リーは警棒を横っ腹に振り抜き、警棒を切るように引く。
刃が服に食い込む感触、肉を切る際に感じた抵抗。見えた筋肉の損傷。
そしてリーの体の細胞が再び興奮し、身体能力の向上を感じた。
(このまま……押しきる!)
リーの豹変と腹の痛みを感じ、戸惑ったアインのふくらはぎ、腕、背中と全身を狙っていく。
反撃の隙を与えぬほどの速さで切り裂き、殴打する。
アインの服は破れ、体に細かい傷ができていく。
獣のようなリーの動きにアインはなすがままだった。
(楽しい。楽しい。楽しい!)
——このまま殺してしまえ。
——自分は出来損ないではないと証明してやれ。
高揚感と優越感がリーの思考を満たした。
息があがって苦しい。筋肉もきしみ、悲鳴をあげているが関係ない。
殺せ、殺せと本能が叫ぶ。
とうとう膝をついたアインをリーは見下ろし、とどめとばかりに警棒を振り上げた。
しかし、最後の抵抗と言わんばかりにアインは、ブレードを振ってきたのだ。
その横一閃はリーの腹を裂き、血飛沫があがる。
「……えっ?」
「へへっ。隙あり」
傷つきながらも笑いながら立ったアインは、あきらめていなかったのだ。
「僕は守るのが苦手なんだ。だからこのぐらいの痛みなら耐えられるように鍛えられている。隊長の打撃より軽い。軽い。それにその武器、殺すようにできてないだろう? こんな傷で倒れるなんてありえないよ」
けらけらと笑うアインの声を聞きながら、仰向けに倒れたリーは呆然としていた。
なにが起こったかわからない。思考が鈍る。
そんなリーに、まだ笑いながらアインは近づいて来る。
リーの髪をわしづかみ、視線を合わせるよう強引に起こす。
「このときを我慢して待ってた」
アインは無邪気で邪悪な笑みを浮かべていた。
(力が入らない)
抵抗しようとしても、手が動かなかった。指先すら動かない。
一時的な身体の向上は、リーの体にダメージを与えていたのだ。
ごほっと、リーの肺に溜まった血が口から流れた。
「形勢逆転だ。首をはねて、ホールにさらしてやる」
どさっと、リーは乱暴に落とされた。
ブレードを振り上げるアインの姿が霞んで見える。
——コウガ、ごめん。無理言って連れて来てくれたのに、こんな結果になって。
——ヴァン、死んでないよね。ごめん。先に逝く。ヴァンのこと嫌いじゃなかった。もっと素直になりたかったな。
——やっさん、ごめん。わがままばかりだったけど、見捨てずに世話してくれて、ありがとう。
——ネッド。そのまま素直に生きて、無謀なことはしないでよ。元気でいて。
ブレードを振る音を聞きながら、リーは目を閉じ、死を覚悟した。




