助ける者。忍び寄る者。
リーを乗せた飛行型バイクを操り、コウガはアンドロイド軍団の頭上を駆け抜ける。
コウガとリーはトップエリアとミドルエリアを何度も往復した。
透視能力を持つリーが負傷者を見つけ、コウガが念動力で救出する。
だが、遅かった。
生きている人数より、すでに息絶えた人数の方がはるかに多かったのだ。
犠牲者のほとんどが、激流を起こした水のナンバリングたちであった。
コロニーを守るため、犠牲になった彼ら、彼女らを見るとやるせなさが込み上げてくる。
皆、覚悟はできていただろう。だが、無慈悲に踏みつけられる死体を見ると、コウガは怒りも湧いてきた。
戦場ではやるせなさの波が次々とくる。
コウガは念動力で浮かせた5人の負傷者を運んでいる最中、ネイルから通信が入った。
『救出作業は終了だ』
「なぜだ!」
コウガは、つい声を荒げてしまった。
『アンドロイドの数が増えてきている。これ以上は……君たちが危険だ』
「生きているかもしれない奴を見捨てるのか!」
イヤホン越しに、ネイルが息を呑む音が聞こえた。
『わかっている。……わかってはいる。しかし、君たちを失うことはできない』
イヤホンから聞こえてくる気落ちしたネイルの声に、コウガは「すまん」と謝った。
感情的になりすぎた。ネイルだって助けたいと思っているはずだと。
「言い過ぎた」
『いや。君の気持ちもわかるよ』
いくら能力があったって、すべては救えない。
それはわかっている。わかっていはいるものの、悔しいと思う気持ちがせめぎあう。
トップエリアは占領され、富裕層が住んでいた小綺麗な街並みは跡形もなく破壊された。
今は人型アンドロイドが好き勝手に歩いている。
おまけに隼の形をした小型の戦闘機まで侵入してきていた。
その相手は飛行型バイクの後部席に乗るリーが、ライフル銃で撃ち落としている。
増える統一国軍から、コウガも念動力で負傷者を守りながら弾を弾き返している。
しかし、限界が来ている。
(くそっ。ここまでか)
『撤収だよ。戻って』
このままではこちらがやられてしまう。
ネイルの指示に従うしかないと、コウガは飛行型バイクを反転させた。
「了解。リー戻るぞ」
「……うん」
覇気のないリーの返事に、コウガは飛行型バイクをアンダーエリアへ向けた。
アンダーエリアでは青、赤、白と色分けされたテントが集まっている。
アンダーエリアとミドルエリアの境に後方部隊の青色のテント。
その後方の赤色のテントでは、残った住人が食事を作り、戦う者を支えている。
そのまた後方には白色のテントでは医療班が待機していた。
コウガは白のテントのその1つに、負傷者を連れて行くとエリザベスが待っていた。
黒髪のショートヘアで中性的な彼女とは、南アメリカでの亡命作戦以来の再会であった。
「ご苦労様。さぁ、こっちに寝かせて」
念動力で負傷者をベッドに寝かせていく。
テントの中には医療道具が揃っている。負傷者が横たわる簡易ベッドに医療道具、医薬品は同業他社が第1コロニーから運んできたものだ。
エリザベスはリーに手伝ってもらいながら、負傷者をテキパキと手当てを終わらせる。
リーの透視は体内の負傷箇所まで見える。エリザベスも助かるだろう。
(戦うだけの俺より、リーの方が万能だ)
自分はただ立っているだけ。
不甲斐なさを感じるコウガのもとへ、エリザベスは歩み寄って来た。
「ご苦労様。大変なことになったわね」
気遣うエリザベスに、コウガは首を振る。
「エリザベスもな。指名手配されているんだろう?」
「えぇ。でも私を受け入れてくれた中立国に恩返ししているだけだもの。大した苦労じゃないわ」
エリザベスは指名手配されていることなど、どこ吹く風といった様子だ。
銀の羽のメンバーであるエリザベスは、第3コロニーの代表であったおばぁこと、シズの殺害とデミオナス代表、そしてクルス氏を襲撃した犯人の一味だと疑いをかけられた。
ティナとネッドの親友であったタオの亡命任務に参加していたのは、幸いにも明るみにでなかったようだ。
しかし、命の危険を感じたため、祖国である統一国から逃がされてきた。
南アメリカで医療を受けられない人々を、治療していた最中のことであった。
「猫の手も借りたいぐらいだからな。負傷者に対して、医者が少ない状況だ。ありがたいよ」
「そう言ってもらえると、医者の冥利に尽きるわ。南アメリカの状況もひどいけど、それ以上にこの状況は……」
ひどいと、トップエリアを見ながらエリザベスは呟いた。
現在も南アメリカが混乱状態なのは彼女から聞いていた。
反乱軍の侵攻の際に使われた衛星兵器の影響と、この侵攻で中立国との交易は途絶えている。
不憫なほど貧困に喘いでいた南アメリカでは混乱が続き、治安はさらに悪化している。
国内の状況を放置したまま突き進む統一国の過激な動きに、それだけキューブを求めているのがわかる。
(気弱でお優しいあいつが、この惨状を見たら地の底まで落ち込んでしまうだろうな)
歳の割に幼い顔をした相棒を思い出すコウガに、一報が入った。
※※※※
きょろきょろと監視カメラの死角を探しながら、アインはぺろりと乾いた唇をなめた。
にんまりとしたアインは第3コロニーの管理施設に侵入していた。
トップエリアでアンドロイドが突入した際、開け放たれていた地下道を見つけ、ここまで辿り着いたのだ。
地下から煌々とライトが光る駐車場らしき場所に出て、警備員2人の首をナイフで一刺し。
警備員を片付けたアインを先頭に、隊長と合流した5人の精鋭部隊の仲間が続く。
他の仲間はアンドロイドの指揮を執っている。今ここにいるのは、精鋭中の精鋭だ。
(くぅー。隠密行動、楽しいー)
忍び足でひっそりと進む。アインはゲーム感覚だった。
シミュレーションでも訓練もしたが、やはり本番をなるとワクワクしてしまう。
白い壁と床の廊下を進み、吹き抜けになった円形のホールをアインは盗み見る。
銃を構え、周囲をうかがう。
「やけに静かだな」
メンバーの1人が呟いた通り、この管理施設は不自然なほど静かで、人っ子1人見当たらない。
アインは本来なら情報伝達とか人の声が漏れているはずと、統一国軍の本部の賑やかさを思い出す。
「気をつけろ。アイン。静かと言えど敵地だ。なにがあるかわからん」
「うぃーす」
隊長に怒られそうな返事をしたアインは、ホールの中央にある螺旋階段を素早く駆け上る。
身軽なアインは斥候役も担っているのだ。
(ここも?)
2階にも人がいない。銃を構えて息をひそめる。周囲を見渡し、安全を確認する。
なにもない。無防備な状態の管理施設は、捨てられたように見えた。
だが、警戒心は解かない。そう叩きこまれた。
円形の建物に沿った2階の廊下を静かに歩く。等間隔に並んだ扉のノブをゆっくり回すが、鍵がかかっていた。
他の扉もそうやって、侵入できる場所を探したが見つからなかった。
(見える限り、入れるとこはないなぁ)
ため息を吐きながら、吹き抜けを見上げる。ドームの天窓から明るい光が差し込み、上階の格子型の手すりが見えた。
見える限りでは3階と4階も同じ造りだろう。そして扉もきっちりと施錠されている可能性がある。
(うろうろしている時間はないかもなぁー)
レイチェルの短気さを熟知しているアインは、彼女の甲高い声の怒号を思い出してうんざりした。
(キャンキャン吠えられるのは嫌だなぁー)
アインは廊下の影に潜んでいる隊長に向かって、両腕でバツのサインをする。
隊長は指でアインを指してから、自分を指した。
(こっちに来る。強引に侵入するつもりか)
まぁ、そうだろうなと思った。隊長もレイチェルのあの怒号を聞くのは御免のはずだ。
このコロニーに侵入して3日。痺れをきらしたレイチェルが、衛星兵器を使い、アンドロイド軍を投入してきた。
——これ以上、失敗を重ねれば、使えない者認定されてしまう。
——結果を出さなければ、人生が終わる。
精鋭部隊の全員が実験体として扱われ、実験室で一生を終える。
(嫌だ。嫌だ。嫌だ! 悪い奴を倒すために、痛い実験も耐えてきたのに!)
強い肉体を手に入れるための手術。投薬の副作用である苦しさを思い出したアインは了解のサインである敬礼をした。
アインのサインで隊長が走り出した。
隊長を先頭に精鋭部隊も、素早くアインのもとに向かってくる——はずだった。
突如、赤い絨毯を敷きつけているホールの床が開いた。
両開きの床は底なしに見えた。暗黒の穴へ隊長と仲間たちが落ちていく。
「なっ!?」
アインが驚いている時間もなく、回転した壁から四角いドローンが出てきた。
小型ガトリング、小型ミサイルを搭載したドローンが次々と出てくる。
(やばい!)
幅の狭い廊下によってアインは、ドローンの挟み撃ちにされてしまった。
アインは手すりに飛び乗り、一気に走り出した。
そこからは弾とミサイルの嵐である。
「建物は壊れてもいいってかぁ!? 大胆なんだか、雑なんだか!」
手すりと壁を交互に飛び、愚痴りながらアインは駆け抜ける。
的にならぬよう、不規則に跳躍する。
ミサイルがアインの体をギリギリでかすめ、爆発し、戦闘服を焦がした。
背後ではキュルキュルとキャタピラの音を立て、ガトリングをドローンが追ってきている。
攻撃を避けてはドローンを撃ち。熱弾頭の応用で造られたブレードを使い、真っ二つに切り裂く。
すべてのドローンを壊したとき、レイチェルが現れた。
「なんで……」
なぜここにと疑問を抱く。
「レイチェル様。ここでなにを? 危ないですよ」
「あなたを罰しに来たのよ」
ぞっとするような声音に、見下し突き放すような目だ。
レイチェルはゆっくりと歩き、アインに歩み寄り、手を差し出した。
「さぁ、お仕置きの時間よ。これを飲みなさい」
レイチェルの手の中にはカプセルがあった。
いつもお仕置きをされるときに飲む薬だ。
「まだ失敗してないですよ」
アインはへらへらとした態度で答える。
「失敗? ここまで時間がかかったのに? 衛星兵器にアンドロイドまで投入した。なのにまだ捕まえられていない。この醜態は落ちこぼれレベルよ。お前にどれだけ手をかけたと思うの? さぁ、飲みなさい」
有無を言わせずレイチェルは、アインにカプセルを飲み込ませた。
——これは大嫌いなお仕置きだ。
今まで様々なお仕置きを受けてきた。
体が壊れるのではないかと思わせるような訓練まがいのお仕置き。
無防備なまま収容所に放り込まれ、恨みを募らせたナンバリングに精神が壊れるんじゃないかと思うまで、いじめられたこともある。
そのなかでもこの薬のお仕置きは恐怖だった。
飲み込んだアインの体に異変が現れた。冷や汗をかき、動悸が激しくなっていった。
この薬は即効性のある薬だ。死にはしないが、苦痛を与える。
(苦しい。息ができない。体が痛い)
「アイン」
懐かしい声が聞こえた。優しく、包み込むような声。
アインがゆっくりと振り返ると、そこには母親の姿があった。
「母さん?」
「アイン。失敗したの?」
アインと同じつややかな黒髪をなびかせ、悲しそうな黒い瞳。
お気に入りの白いワンピースを着た母親は、アインが最後に見た美しい姿だった。
「母さん……違う。まだ……失敗して……ない」
「でも恩人である人は、そこに倒れているわ」
母親の視線を追うと、ホールには隊長と仲間が体を赤く染め、倒れていた。
「嘘……嘘だ!」
アインは頭を抱えた。そんなアインを母親は追い詰めてくる。
「嘘じゃないわ。みんな死んだ。アインは失敗したの」
「……嘘だ。隊長は強い。死ぬはず……ない!」
「いいえ。死んだわ。アイン……あなたが弱いから、みんな死んだの」
「嘘だ。嘘だ。嘘だ」
「だから、私も死んだ」
母親の体が赤く染まり、どろっと崩れていく。
「あ、あぁ。ご、ごめんなさい。母さん、ごめんなさい」
何度も、何度も謝った。頭の中で母親が責め立ててくる。
涙が溢れてきた。
(母さん。ごめんなさい。弱くて、あのとき助けられなくて)
自分を責め続けていると、隊長の声が聞こえてきた。
「アイン! アイン」
(とうとう幻聴が聞こえてきたか)
「アイン!!」
アインははっとする。体を揺さぶられ、隊長の顔がはっきりと見えた。
「アイン。大丈夫か?」
「あれ。隊長が生きている。体も……なんで……」
穴に落ちたと思った隊長が目の前にいる。
あれほどまでに苦しかった体も治っている。
だが、涙は溢れ続け、服の一部は焼け焦げたままだ。壊れたドローンも残っている。
混乱するアインに隊長は言った。
「あいつらがドローンに紛れていた。幻覚と精神苦痛のナンバリングだ。俺たちも落ちたと思ったが、実際は床に転がっていただけだ。落ちる感覚もリアルだったし、嫌なもんを見せられたぜ。恐ろしい奴らだ」
ホールでは仲間が白衣姿の女2人を捕まえている。彼女たちの仕業だったのだろう。
嫌な幻覚だった。アインの恐怖が具現化したのだから。
アインは気持ち悪さと怒りがごちゃ混ぜになった気分になった。
「泣いている暇はないぞアイン。まだ終わっていない」
今度は上階の手すり越しから、ドローンがガトリングやミサイルを撃ってくる。
天井からレーザーの赤い光線が降り注ぎ、ドローンが降ってきた。
仲間はアーマーパワースーツを瞬時に纏い、滞空しながらレーザーをかわしている。
そしてドローンを破壊しはじめた。彼らが精鋭中の精鋭と言われているのは、パワースーツを使いこなせるからだ。
アインがいる2階では壁と床から、隙間なくレーザー光線が飛んでくる。
「げぇ!?」
しつこいと喚くアインの横で扉が吹っ飛んだ。
扉を破壊したのは隊長だった。
「アイン! 行け。こいつらは俺らが相手する」
「でも……」
戸惑うアインに仲間が叫んだ。
「俺らが簡単にやられるかよ。行け! アイン」
「アイン。任せたぞ!」
滞空している仲間が悪戯っぽく笑っている。
「スーツを着ている俺らでは、まともに動けん。この先はお前に任せる」
そう言った隊長に首根っこを捕まれたアインは、そのまま荒っぽく部屋へ放り込まれた。
「隊長!」
暗い部屋に転がり込んだアインは、ペンライトでじっくりと周りを観察する。
作業台が並び、製造途中のよくわからない物が置かれている。
隣の部屋には扉以外は見当たらず、行き止まりだ。
廊下からは激しい銃撃戦が行われている音が聞こえてくる。
(後戻りはできない。任されたからには進まなくちゃ。……でもなぁ)
困り果てて壁を触ってみる。ざらっとした壁に、縦に1本の切り込みが入っていた。
(ん? なんだこれ?)
切り込みを撫でてみると、壁が微妙にずれている感触がある。
試しに押してみたら、がこっと音がし、壁が回転した。
(ラッキー)
この施設の部屋同士は回転した壁で、移動できるように造られていた。
(そりゃ、人がいないわけだ)
わざわざ防衛システムがある廊下を歩く必要がないわけだと納得しながら、アインは隠し扉の隙間から隣の部屋へ足を踏み入れた。
隣の部屋も暗かったが、かすかな人間の吐息が聞こえる。
警戒を露わにしたアインがペンライトを向けると、長方形のボックスが整然と並ぶ暗闇のなか、ボブカットの女の子がひっそりと立っていた。




