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ナンバリング  作者: 桜音 寿
宇宙戦争編
38/43

始まる

 自軍のドローンが相手国の戦闘機を墜落させる。

 優勢に見える現状だが、第3コロニーへの道が開けない。


「まだなの? なぜコロニーまで行けないの!?」


 大人しく現状を見ていたレイチェルは、とうとう苛立ってしまった。

 何をしているのと、将校に声を荒げてしまう。


「落ち着いてください。このまま正面突破しようとしたら、自軍の大半を失うことになります」


 将校はさらりと冷静にかわしてしまう。

 まっとうな答えだと思うが、開戦から3日たった。

 時間がかかり過ぎていると、レイチェルは思ってしまう。


「中立国の反抗が思いのほか強いのです」

(くそ白髪のひげじじぃが! 役にも立たない)


 将校の弱気にも聞こえる言葉に、レイチェルは心の中で暴言を浴びせる。


「内部の精鋭部隊は何をしているの?」


 レイチェルの厳しい口調に、体をびくつかせた士官が答えた。


「侵入と襲撃は成功していますが、ナンバリングの妨害を受け、トップエリアで立ち往生しています」

 (どいつもこいつも……)


 苛立ちはレイチェルの荒れ狂う心情を蝕み始めた。

 その苛立ち、怒りは人としての一線を超えそうになっている。


(役に立たないやつらばかり)


 綺麗に切りそろえた爪を噛み、戦艦の前面に視線を移す。

 自軍のドローンと中立国の戦闘機が、互いに撃ち合っている。


「あれを使います。準備を」


 レイチェルのひと言に、管制室内に大きなざわめきが起こった。

 振り返った士官たちは驚きと恐怖、そして信じられない表情でレイチェルを見ている。


「お待ちください。あれを……使うとなると……」


 レイチェルは将校を睨みつけた。

 ——躊躇するなど! 愚鈍の極みだ。

 ——これだからチャンスを逃すのよ。落ちこぼれどもが。

 大学へも行けなかった奴らの癖に、高給取りの軍人の癖にと、心の中で次々と罵ってしまう。


「許可は得ています。死にたくなかったら、とっとと退避を促しなさい」


 レイチェルは心の内を悟られないよう、努めて冷静に指示を出した。

 抵抗するような目で一瞥をし、諦めたような将校は士官たちに退避の指示をだした。

 狼狽えていた士官たちは慌ただしく動きだし、指定したルートの戦艦の退避を促し始めた。


「本当に使用するつもりですか?」


 再度確認してきた将校に、レイチェルはふんと鼻をならした。


「犯人が逃げた可能性もあります。今、あれを撃てば、中立国との亀裂は大きくなります。取り返しのつかない状況になりかねない」


 将校の抗議に、レイチェルの苛立ちは最高潮に達した。


「いまさらなにを言っているの! ぐずぐずしていたら、私の研究のすべてが取り返しのつかないことになるわ。私の研究は統一国の未来を担っているのですよ。それに警告はしました。犯人を匿い続ける選択をし、もし逃がしたのなら……罰を受けなければならない。それが中立国の選択の結果です。構いません」

 (もし二人が逃げていたとしても、逃がした奴らを捉え、拷問でもなんでもして吐かせたらいいだけだわ)


 このまま見ているだけでは、自分の理想の研究が遠ざかってしまう。それだけは許せない。

 レイチェルの頑なな態度に、将校は口を噤み、士官に確認をし始めた。


「エネルギーの充填は?」

「まだ3分の1です」

「どれくらいかかりそうだ?」

「あと30分ほどかと」


 将校と士官の会話に、レイチェルはちっと舌打ちをしてしまう。


「3分の1でもいいわ。撃ちなさい。占拠している空港までの道が開ければいいのだから。あとはアンドロイドを送り込むだけよ」

「しかし……」


 弱腰な士官に、レイチェルの苛立ちが募る。

 ついついいつものように、ゴミを見るような目つきになってしまう。


「いいから撃ちなさい。あなたのような落ちこぼれが、何を考えても無駄よ」


 士官はビクッと体を震わせ、軽蔑するような目で見てきたが、無言で自分の仕事に戻った。

 しばらくして、ようやく準備が整ったようだ。

 急に統一国の部隊が引いたことを怪しく思ったのか、中立国の部隊の動きが止まっている。

 そして、レイチェルの目にそれが見えた。

 前方の窓に映された映像。そこには巨大で不気味な空洞の目を持つ球体。

 統一国に2つある独立型コロニーのひとつ。軍事コロニーである。


「発射まで、あと10秒。9、8、7……」


 士官がカウントを始める。

 それと平行に、戦闘型アンドロイドを乗せた戦闘機の発進準備も始まった。


(そう、これでいい。科学技術の最高傑作でその反抗心を砕いてあげる)


 レイチェルは満足げに、ほくそ笑む。

 そして時が来た。


「発射!」


 士官の号令で、圧縮された粒子が太く赤い一筋の線を描きながら、目から発射された。

 それは、いくつかの中立国の戦艦と戦闘機を巻き込み、ルート上にあったすべてのものが蒸発し、姿を消した。

 衛星兵器破壊の目《アイ・オブ・ディストラクション》は一筋の道を開けさせた。

 旧コロンビアでの反乱軍を黙らせたほどの威力はないが、それでも強大な威力である。


「アンドロイド搭載機、発進」


 士官の言葉でレイチェルの笑みはどんどん醜くなる。

 これでキューブへの道が再び開かれる。

 ——私の輝かしい未来が来る!

 コンテナを引っ張るドローンたちの映像は、レイチェルの勝利を運んでくるかのように見えた。


 ※※※※

 グラグラと大きくコロニーの地面が揺れた。地震など無縁なコロニーではありえない状況。

 軍用トラックの荷台に乗っていた兵士たちが驚愕で騒めき、動きを止める。

 搬送班に配属されたコウガも同様に動けなかった。トラックから見上げる先はコロニーの天井。

 開戦移行、天井からは空の映像は消え、宇宙でのリアルタイムの戦闘映像に切り替わっていた。

 その映像では展開していた戦艦、戦闘機が一瞬にして跡形もなく消えた。


(あれは……。旧コロンビアで見た……)


 赤い光だった。威力は弱いように見えたが、それでも恐怖を感じるものだ。


(ヴァン。無事でいてくれ)


 戦場の最前線で戦っているヴァンを思い浮かべる。

 コウガは戦場に行くヴァンを見送れなかった。

 後悔が胸の内で渦巻くなか、ドンと弾けるような音がコロニー内に響き、バキバキと嫌な音が耳に入る。

 侵入者を阻んでいた氷の壁が崩れたのだ。まるで積み木が崩れるようにあっけなく。


(始まる)


 コウガがそう思ったと同時に、ネイルから通信が入って来た。


『総員、2階以上の建物に避難せよ』


 耳に付けているイヤホンから避難の言葉で、兵士たちの動きが慌ただしくなった。


「急げ! 早く!」


 兵士たちが荷台から飛び降りて、走り出す。


「搬送班はトラックを捨てて、ついてこい」


 急いでトラックを降りたコウガは、叫ぶ兵士の後を追う。

 近場の背の高いビルの階段を駆け上り、屋上へ。

 周りの建物でもちらほら人影が見えた。他の班も屋上にいるようだ。

 空中には浮遊のナンバリングたちが軍服を赤く染め、同じ服を着た人間を抱えて飛んでいる。

 先ほどの崩壊でケガをした氷のナンバリングだろう。


 (よく耐えてくれた)


 コウガが労いの言葉を視線で送っていると、警備兵のリーダーがスナイパーライフルと弾が入ったプラスチックの箱を差し出してきた。

 戦場に立つ者は支援する立場であっても、戦闘員になるということだろう。


「狙撃はできるか?」


 コウガは首を振る。


「いや。俺はこれで充分だ」


 コウガはリーダーの手から箱を取った。

 リーダーは不思議そうに首を傾げた。

 だが、コウガがタートルネックの首元を下ろし、物理系の分類である03のナンバーと、身分証明であるバーコードを見せた。


「そうか。ナンバリングか」


 頼もしいと納得したリーダーは、トップエリアを眺めた。



 しばらく緊張感のある時間が続いた。氷の壁を突破されたのに、やけに静かだった。

 姿を隠すように寝転び、コウガは手の中にある弾を転がしながら、侵入者を待つ。


「来ます! 多数の人型アンドロイド」


 透視能力の一種、千里眼を持つ兵士なんだろう。裸眼でじっとトップエリアを凝視している。

 千里眼はリーの透視の上位互換だ。

 コウガの目にはアンドロイドは見られない。

 しかし彼の目には所狭しと並ぶ建物を透かし、遠方のアンドロイドが視認できているのだろう。

 彼の言った通り、大通りの坂の上から小さく光るものが現れた。

 それは波のように、道路を埋め尽くし、近づいて来る。

 双眼鏡で覗いたコウガの目にしたのは、つるりとした鉛色のアンドロイドが隊列をなして、中央大通りを歩いている姿だ。

 横幅のある道路を埋め尽くす細身のアンドロイドの大群は、規則正しい足音を響かせながら、センサーである目を四方に向けている。


「どうしますか?」

「…………」


 困惑する若い警備兵たちに、リーダーは沈黙する。

 大軍勢と言っていいほどのアンドロイド軍団に、判断を迷っているといった感じだった。

 コウガもこれだけの相手に、どれだけ立ち向かえるのかと困惑した。


『各班、そのまま待機』


 耳にはめたイヤホンからネイルの声が聞こえた。

 そして緊張を孕んだ声で言った。


『今から水門が動く』


 水門。

 それは水のナンバリングのことである。

 水のナンバリングたちはライフラインの1つ、コロニー内の水の流れを管理をしている。

 彼ら、彼女らもここに残り、戦うことを選んだのだ。


「全員、何かに掴まっていろ。水が来るぞ」


 リーダーが告げると、トップエリアから溢れるように激流が押し寄せてきた。

 坂を流れる水は勢いを増し、荒ぶる川と化した水は道路と路地を駆け巡る。

 膝下まで押し寄せた激流に巻き込まれた車や瓦礫が、アンドロイドを襲う。

 揉まれ、重なり合い、ぶつかり合う金属音を響かせながら、大群のアンドロイドはアンダーエリアへ流されていった。

 そしてアンダーエリアから複数の銃撃音。

 アンダーエリアで待ち受けていた味方部隊が、アンドロイドに一斉攻撃を開始したのだ。

 激流が通り過ぎた中央大通りは静まり返り、アンドロイドの姿も綺麗さっぱりと無くなっていた。


「さすがだな。水が私たちを救ってくれた」


 リーダーの感嘆とした声に、コウガも頷く。安堵が班全体を包んだ。

 しかしそれだけでは終わらなかった。

 トップエリアから激しい銃撃音が響いたのだ。


「トップエリアにアンドロイド、視認! 先ほどより数が多いです」


 千里眼を持つ兵士が指先を向ける方向へ、コウガが視線を向けるとアンドロイドの軍隊が再び、姿を現した。

 向かってくる速さと、数が段違いだ。

 無数の細身のアンドロイドの群れ。その後ろに屈強な体を持つアンドロイドが多数。

 細身のアンドロイドの装甲には、赤いシミがおびただしく付着していた。

 恐ろしい姿に、統一国の容赦ない進撃。恐怖を感じた兵士が膝をついた。


「もうだめだ」


 誰かが呟いたひと言で、班の士気が崩れ落ちた。

 あきらめと恐怖は伝染し、1人また1人と膝を付き、すすり泣く者まで出始めた。


(まずい。このままでは……)


 アンドロイドの規則正しい足音が、すぐそこまできている。

 なすすべもなく、アンドロイドに撃ち殺される兵士の未来がコウガには見えたような気がした。

 うなだれる兵士を前に、呆然とその姿を見ていたコウガの頭上に影が差した。

 視線を上げると、上空に群れをなした飛行型(ホバー)バイクが飛んでいく。

 その1つが旋回し、コウガの元に降りてきた。


「コウガ!」


 飛行型バイクに乗っていたのは、コウガと同じ水色の軍服を着たリーだった。

 ゴーグルを着用し、ライフル銃を背負っている。


「アンダーエリアのアンドロイドはすべて破壊されたわ。私たちはあれの迎撃と、怪我人の回収に行く。念動力の力を貸して!」

「了解」


 飛行型バイクは2人乗りになっていた。コウガは投げ渡されたゴーグルをつけ、リーと交代で操縦席に座る。

 この飛行型バイクはネイルの発案に第2コロニーの代表が面白がり、完成したものだ。

 コウガは変人ネイルが無茶な発案を、完成させる第2コロニーの職人たちに拍手を送りたくなった。

 リーを後ろに乗せ、ふわりと浮いたバイクから、士気を失った兵士たちに声をかけた。


「おい。このまま見ているだけか」


 吐き捨てるように言ったコウガに、視線が集中する。


「水のナンバリングたちが、命を懸けて戦ったんだぞ」


 あの赤いシミのようなものは、トップエリアで激流を発生させた者の血だと、コウガは認識した。

 逃げきれず、容赦ない銃撃を浴びたのだろう。


「死ぬことを厭わず、戦うことを選択した勇敢な兵士を見て、絶望しているのなら……」


 低く、落ち着いた声をだしたコウガは1人、1人に目を合わせるように見回す。


「ここから退避しろ。生きて、生き残って中立国の未来を築け」


 この場にとどまっているより、マシだろう。

 逃げて、生きて、この戦闘が終わった後に復興を担い、命を繋ぐ。

 その役割になったとしても、誇れることだ。


「俺たちが守った後を頼んだ」


 遺言ともとれる言葉を残したコウガは、アンドロイドの大軍を睨む。

 コウガの眼下では、いつのまに待機していたのか、ガトリングを積んだドローン戦車が中央大通りに展開されていた。

 1つ目のセンサーがアンドロイドを視認し、攻撃を開始した。

 そして風のナンバリングたちが強風を発生させ、アンドロイド軍団を押しとどめている。


「リー。しっかり掴まっていろよ!」

「コウガこそ、事故らないでよ!」


 リーと軽く言いあったコウガは飛行型バイクを発進させた。

 コウガの存在に気づいた風のナンバリングの1人が、道を作るように気流を発生させた。

 気流の乗った飛行型バイクは、ガトリングの音が響く戦場を全速力で駆け抜けた。

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