第三コロニーの戦い
ネッドがエターナルシップに到着した同日。
第3コロニーでは膠着状態が続いていた。
コウガは、ネイルの部屋を訪れている。
以前に訪れた時よりモニターの数が増え、施設の職員がネイルの部屋をせわしなく往来している。
普段は静かなネイルの部屋は、困惑と被害対応する職員の声であふれていた。
コウガが探していた人物は、騒がしい部屋の奥にある三面鏡のモニターの前で画面とにらめっこをしている。
「ネイル」
コウガの訪問に気づいたネイルは振り返った。
「お疲れ様。住民の避難も完了したよ。これで一安心かな。念動力のナンバリングたちが良くやってくれたよ。コウガもありがとう。みんなを統率してくれて助かった」
「いや。ネイルの判断が良かったんだ」
ネイルの感謝にコウガは首を振った。
ネイルの判断のおかげで被害は最小限であった。
爆発によって予め計画されていた経路は寸断され、念動力を持つナンバリングたちが駆り出された。
至る所で爆発が起き、ビルや家屋の倒壊でふさがれた道路されていた。
派遣された念動力のナンバリングが混乱する現場で、指揮をとったのはコウガだ。
念動力で瓦礫を取り除くのは容易いことだったが、進む先は同じような状況、右往左往してしまった。
そんなとき臨時の空港までの最短経路を導き出したのは、ネイルだ。
その結果、素早く非難できた住民は第4コロニーへ向かった。
皆の協力もあったが、迷路のような第3コロニーの道を、最短で抜けられたのはネイルのおかげと言っていい。
「氷の防衛壁が時間を稼いでいてくれたのもおおきい。あのままだったら、住民が戦闘に巻き込まれていた。……ネイル?」
ネイルは眉を八の字にし、苦笑いをしている。コウガの賞賛を受け入れられないようだ。
(無理もないか)
非能力者でコロニーの整備を担当するネイルは、軍人でもなく、おばぁのような先を読む能力もない。
亡くなったおばぁの代わりに、第3コロニーの指揮を任されたネイルの重圧は、想像もできないくらい重いものだろう。
「ほぼ避難は完了したけど。トップエリアを捨ててしまった」
ネイルは三面鏡のモニターの真ん中に映されたコロニー内を見つめながら、厳しい状況に眉をひそめ、後悔しているようだ。
モニター内では至る所で灰色の煙が上り、コンクリートの建物は崩れ、モノレールの線路も柱だけが残っている状態だ。
ビルには明かりがともり、住人が賑わっていた声も聞こえてこない街は、廃墟と化している。
「トップエリアで抑えられているんだ。上出来だ」
「元軍人にそう言われると、心強いよ」
コウガの励ましに表情を緩めたネイルは、「さてどうしたもの」かと思案を始めた。
ネイルの部屋にある三面鏡のモニターの右には、地上にある中立国の領土の地図が映っている。
海上の国境である点線を跨いで、自軍である白の三角と、統一国である黒の三角が、角を向き合わせている。
「地上は睨み合い。襲撃されているのは第3コロニーだけ」
ネイルの独り言のような呟きに、コウガもモニターを凝視する。
地上の中立国領土にある海上の国境では、両軍が布陣を展開しているが、戦闘には至っていない。
他のコロニーも無事だ。
(まるでネッドたちがここにいるのが、わかっているようだ)
思案しているコウガの隣で、ネイルの「でも」と話を続けた。
「兄のおかげで助かった。まさかアンドロイド型のネズミが入ってきたとは」
さすが技術力を誇る統一国だ。
バラスの話では、ネズミの造形は本物と見分けがつかないほど見事だったらしい。
それを見抜いたコウガの上司は、あっぱれと言いたい。
「支店長の機転のおかげだ」
ネイルの双子の兄であるバラスは、アストロ・エクスプレスの支店長であり、透視の一種である触れた物体や人間から記憶を読み取る能力を持つナンバリングだ。
トップエリアで襲撃者を足止めできたのも、読み取った情報をすぐに報告してきた彼のおかげだった。
バラス自らも爆発で深手を負いながらも、襲撃者と一線を交えた。
その際、バラスと共に戦った数人が命を落とした。
バラスを筆頭に生き残った者は、トップエリアにある地下道を通って、ここまで避難し、現在は治療を受けている。
「こんなに情けないことはないよ。軍事のことは軍に任せっぱなしで、後手にまわり尊い命が散った。足止めしかできず、一般人であるナンバリングを前線に出してしまった。……要請してしまったんだ」
氷の防衛壁を作ったのは、コロニーのライフラインを守る職員だ。
軍人でもない一般人が動かざる得ない状況に、ネイルの心情は複雑だろう。
「ナンバリングたちは、ネイルの要請に答えた。それはあいつらの覚悟だ。第3コロニーを守りたい、あいつらの気持ちを誇れ。まだ残っている者も居る。協力して守るんだ」
警備兵、戦闘機のライセンスを持たない士官は、第3コロニーに留まり警戒を続けている。
技術者も再び起こるかもしれない戦闘の準備にせわしなく働いている。
そして、コウガや各運送会社の社員など、自らも残ることを選択した住民も居る。
現にコウガはアストロ・エクスプレスの制服でなく、中立国のエンブレムに使われている水色の軍服を着ている。
「君も行くのかい?」
「あぁ」
「すまない。コウガ、君は……」
ネイルの言いたいことはわかる。
故郷である新世界での暴走以降、コウガは戦うことが好きではなかった。
だから中立国軍ではなく、ヤスが務める配送会社に就職した。
しかし、特殊な立ち位置であったアストロ・エクスプレスは亡命任務もあった。
力があるコウガは選ばれやすい。それは必然だろうと受け入れた。
任務の際、争いが起こっても殺さず、戦闘不能にすることが多い。
だが、今の状況は違う。相手は殺しにきている。
「謝るな。俺が戦い、守ること選んだんだ。お前が気にすることはない」
コウガは三面鏡のモニターの左側を見る。そこには宇宙での戦闘が映されている。
あの戦場では戦闘機に乗るヴァンが戦っている。幻覚の能力を持つヴァンは、対人向きだがライセンスを持っているため、最前線に配置された。
軍のほとんどが最前線に送られ、第3コロニーの内部は手薄だ。
戦えるものが戦う。もはや必然だった。
「決めたんだ。守るために、この能力を最大限に活かす」
——殺しに行くなら、殺される覚悟を持つ。
幼いころに誰かに言われた言葉だ。
——これが最後になろうとも、ここを守れるなら本望だ。
腹の前で拳を握ったコウガはネイルの部屋を後にした。
※※※※
「あぁぁぁ」
野太い声の悲鳴が、通信越しに聞こえた。
「くっそ!!」
左右の操縦桿を握りしめたヴァンの悔いた声が操縦席に響いた。
ヴァンの目の前で仲間が撃ち落とされたのだ。
あれは最速運送で酷使されていたナンバリング。スキンヘッドの男の機体だ。
南アメリカでの亡命任務でも、頼りにしていた男だった。
操られた自警団に囲まれてしまった際に、電気の能力で活躍してくれた。
脱出する時間もなく散った彼に、ぎりっと歯噛みする。
(これが……戦争か)
突如、現れた統一国軍の集団に対応するため、ヴァンが所属する部隊は宇宙領域の中立国の国境で待機していた。
戦闘機のライセンスを持つヴァンの部隊が駆り出されるのは、仕方がない。
第3コロニーの15の航空部隊と戦艦10隻が、第3コロニーに属する軍隊だ。
そして、おばぁの未来視から危険を察したデミオナス代表の機転で、第1コロニーから派遣された多数の部隊が合流してくれた。
戦力は十分だと本部は言っていた。はずだった。
しかし、予想外の統一国軍の攻勢に宇宙空間で定められた国境を越えられ、最終防衛ラインまでじりじりと追い込まれている。
(まだ。まだだ。まだ生き残っている)
ヘッドアップディスプレイでは、生き残っている仲間が表示されている。
だが、ヴァン自身には不安があった。
(乗っているのが人間であれば……)
目を合わせれば、幻覚を見せられるヴァンにとって、知能プログラムを載せた統一国の戦闘機は分が悪い。
(しかもこちらの動きを学習している)
統一国軍の戦闘機は隼を模した形だ。その鳥を表すように、素早く、捉えにくい。
そのうえ学習している知能プログラムは、嘲笑うかのように、ことごとくミサイルや実弾を回避する。
おまけに第3コロニー内部も襲撃を受けたと報告も入ってきている。
絶望的な状況に、自嘲めいた笑みがもれる。
(ここで死ぬかもな)
ふと、リーのことを思い出した。
出撃前のことである。
軍港の明かりに照られ、つるりと輝く黒い蝙蝠型の愛機をじっと自分の愛機を眺めていたとき、彼女は現れた。
リーは急いで走って来たのだろう。
息は荒く、苦しいのか胸元を握りしめ、不安と心配が入り混じった表情で立っていた。
「ヴァン!」
「リーちゃん。どうやってここに?」
はぁはぁと息を整えるリーに、ヴァンは驚く。
ここは関係者以外立ち入り禁止だったはずだ。
慌てて、周りを見渡してみると、隊員の家族、恋人であろう者たちがちらほらと目に入った。
戦いが始まったら死ぬかもしれない。
だから一目会いたい。一言でも言葉を交わしたい思いを軍の上層部は汲み取ったのだろう。
「ヴァンの家族だって言ったら……入れてくれた。……間に合って……良かった」
同時期にやっさんの世話になったヴァンとリーは家族に近い。それに二人の後見人は、やっさんだ。
一足早く、やっさんのところから自立したコウガも含めて、血のつながらない兄弟といってもいい。
自分のことを毛嫌いしているリーが、会いに来てくれたことがヴァンにとってはこの上なく嬉しかった。
それに、出撃に緊張でこわばっていたヴァンの体がほぐれてきた。
「そっか。来てくれて、サンキュー」
ヴァンは照れ臭さを隠すように、かっこつけてしまった。
こういう展開に弱いのだ。
「コウガも来る予定だったんだけど、会社に緊急に呼ばれて……」
「いや。リーちゃんが来てくれただけでも、嬉しいよ」
心配かけないように、いつもの軽い態度でリーの頭を撫でる。
しかし、リーは猫のような威嚇はせず、俯いてしまう。
「リーちゃん? どうした? 元気ないな。もしかして怖い?」
背の低いリーの顔を覗くために腰を落とすと、ヴァンはギョッとした。
リーは目にうっすらと涙を浮かべて、唇を一文字にしている。
——そうだよな。怖いよな。こんな状況で、冷静になれるわけがない。
「大丈夫だ。絶対に守ってやる」
ヴァンの言葉に、勢いよく顔を上げたリーの涙は決壊していた。
「守らなくていい。ヴァン……絶対帰ってきてね。絶対、生きて帰ってきて!」
顔を真っ赤にし、訴えてくるリーはヴァンに抱きついてきた。
——戦闘になったら、帰ってこれる保証はない。これがリーとの会話になるかもしれない。
そう思ったヴァンは何も言わず、優しく抱きしめ返した。パイロットスーツ越しにリーの温かさを感じた。
愛機のコックピットがしまる直前まで、泣きながらリーは佇んでいた。
あの後、会社には間に合ったのか。リーは無事に避難はできたのだろうか。
現実逃避のような思考に、ヴァンは絶望という意識が遠のいた。
(なんのために軍人になったんだ。あいつらを守るためだろう!)
妹のようなリーとの約束を守るため、コウガやヤスを守るため、操縦桿を握りしめたヴァンは愛機のスピードを上げた。




