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ナンバリング  作者: 桜音 寿
ハメルの子孫編
36/43

小さくても、大きな反乱

 ティナは廊下の壁からそっと覗き見た。

 エターナルシップのデッキの2階部分は、ハメルの子孫の居住区となっている。

 くすんだ銀色の壁と綺麗に磨かれた廊下。まっすぐな廊下の左右に、艶のある木製の扉が等間隔に並んでいる。

 普段は足音や扉の開閉音や、声が響いているが、今はしんと静まり返っている。

 エターナルシップは、第3コロニーに向かうため準備をしている最中だ。

 船を降りる以外の者は、設備の最終確認やワープ先の確認など発進作業に追われているだろう。

 誰も居ないことを確認したティナの行先はただ一つ。ネッドの部屋だ。

 第三コロニーからここまで休まずにいたネッドは、守り人の計らいで休んでいることをイザベルから聞き出した。

 足音を忍ばせ、幾度も背後を警戒しながら目的の部屋に着いた。


(ここだ)


 真鍮(しんちゅう)のプレートには、508号室と彫られている。

 金色をしている金属のプレートは年季が入り、少し錆びついていた。

 ティナは息を呑み、震える手で扉の横にあるスイッチへ手をかざす。

 プシューと空気が抜けるような音を立てて、扉がスライドした。


(……無防備すぎる)


 容易く扉が開いたことに唖然とし、ネッドの警戒心の無さを心配した。

 それ以上にティナはスライド音が廊下に響いたことにより、誰かに気づかれていないか心臓が跳ねた。

 慌てて、周りを見回す。


(よかった。誰も居ない)


 ほっと息を小さく吐いて、そっと部屋の中に入った。後ろで扉が閉まる音で、再び心臓が跳ねた。

 落ち着いて、部屋を見渡すと目的の人物が寝ているベットが目に入った。

 ネッドが使っている部屋はベットとサイドテーブル、テーブルに置いてあるナイトランプしかない。

 仮の部屋だから、何もないのは当たり前だった。

 しかし、ティナとってはネッドが去ってしまえば、彼の存在がなかったことになるほど、寂しい部屋に思えた。


(急がないと……)

『ネッド。起きて』


 ティナは念話で何度も声をかけた。

 小さく唸るネッドは煩わしいといわんばかりに、掛け布団を頭からかぶってしまった。

 見かねたティナはナイトランプをつけて、ネッドを揺り起こす。


『起きて。ネッド。お願い。起きて』


 もぞもぞと動いたネッドは、ランプのオレンジの光を眩しそうに眼を細め、起きた。

 そして寝ぼけ眼を見開き、口を大きく開けた。


「——!!」


 幽霊を見たような叫びを上げそうになったネッドの口を、ティナは手で塞いだ。


 『静かに。今から話すことをよく聞いて』


 ティナの真剣な剣幕に、ネッドはおずおずと頷く。


『ネッドは狙われている』

「——なっ!」

『しっ。静かに!』


 口元に人差し指を当てたティナは周囲を警戒する。

 その気迫に、ネッドは手を当てられたまま首が落ちるほど縦に振った。


『お願い、ついてきて。話はそれからよ』


 混乱しながらも、ネッドはわかってくれたのだろう。

 ネッドがアストロ・エクスプレスの制服を羽織った。

 それを確認したティナは、急いで部屋を後にした。



 ※※※※

 ネッドが暗い廊下から、そっと覗き見ると守り人の部屋の前だった。

 あてがわれた部屋からのカーペットが敷かれた廊下とは違い、裏道のような廊下を通って来たのだ。

 所々に埃が溜まって薄暗く、狭い廊下だった。

 整備するために使われているのだろう。ハンマーやドライバーなど作業道具が廊下の端に置かれていた。

 ティナの過剰なほどに警戒する仕草と緊張感と、隠れるように進んだ経路は、自分が狙われていることを証明していた。

 守り人の部屋である扉の前にマイケルが立っている。

 静かに現れたティナとネッドに、マイケルは厳しい表情を向けた。


「どうした。2人とも」


 マイケルは驚きもしたが、警戒した目でティナを見ている。

 無理もない。今、守り人は重要な作業をしている。

 そのためマイケルは守り人の警護をしているのだ。

 解放派に踊らされている可能性があるティナを、警戒するのはわかる。


『サムエルが守り人の命を狙っている』


 念話なのに、声を潜めてティナは言った。


「えっ? なんで?」


 ネッドは自分だけではなく、守り人も狙われている真実に驚いた。

 動揺しながらも、解放派が行動を起こそうとしている。それだけはわかった。

 ——でも、彼らは何を解放したいのだろうか?

 悶々と考えるネッドとは違い、マイケルは小さく肩を揺らすだけだ。


『教えて、マイケル。ネッドは継承したの?』


 ごくりと、ティナの喉のなる音が聞こえた。

 しばしの沈黙。ティナの願いにマイケルは答えない。


『ねぇ。お願い。教えて』


 詰め寄り、必死に訴えかけるティナを、マイケルは疑いの眼差しで見ているだけだ。

 答える気はないのだろう。


『お願い。知らないとキューブも、守り人も、ネッドも守れない』


 マイケルの肩がピクリと跳ねた。マイケルにとって重要なキーワードを、ティナは言ったのだ。

 ネッドは考えるように沈黙したマイケルと、鬼気迫るティナを交互に見ることしかできなかった。


「すべてを話せ。それでなくては信じられない」


 毅然とした態度のマイケルはティナに対して警戒は解いていない。

 話を聞いてくれるだけでも良かったのか。ティナはホッと肩を落としていた。


『サムエルは守り人を殺して、キューブを手に入れようとしている。でもキューブは守り人の血でしか反応しない。だから、ネッドを手中に収めようとしているの』


 胸の前でぎゅっと両手を握りしめるティナは、血の気が失せた顔で震えている。


『私……バカだった。ずっとネッドに会いたいと思っていた気持ちを利用された』


 ティナの目から涙が溢れてきた。


『待ってろって意味は、今でも分からない。だって、他の子孫は番がいるんだもん! 私だけいないんだもん』


 ティナの悲痛な気持ちが溢れ出てきている。

 念話の声は寂しい、寂しいと訴えている。


『ずっと……ずっと待っているのなんて無理だよ! ずっと……ずっとネッドを守るために……頑張ってきた。私にはネッドしかいない』


 顔を手で覆い、声なき声でティナは泣いている。指先から涙が零れ落ちている。


『なのに、今度はネッドを害しろと言われた。そんなこと……絶対にできない。だって……私は……守り人を守る。守護の守り人なんだから!』


 ティナは覆っていた手で涙をぬぐった。現れた顔は真っ赤で、悲しみと後悔でぐしゃぐしゃになっている。


『私は自分の役割を全うする。ネッドも守り人も守る。マイケル、あなただってそうでしょう! あなたは今代の守護の守り人なんだから!』


 ティナの瞳には決意が宿っていた。


 ※※※※

 ネッドはマイケルに共に守り人の部屋の前で静かに佇んでいる。

 ティナの訴えはマイケルを動かしたのだ。

 マイケルの話では解放派のサムエルは、同世代の中で非常に優秀だった。

 知識を得るのが好きなようで、物覚えも良く。

 困ったことがあるとサムエルが解決し、人望も厚かった。

 これなら銀の羽の活動も行えると、同世代よりも早く地上に降りたことで様子が変わってしまった。

 考え込むことが多くなり、怪しげな動きをするようになった。

 結果、陰険な策略を立ててしまったようだ。

 中立国と統一国が戦争になった原因であるキューブの存在を明らかにしたこと。

 守り人を殺し、ネッドの血を使用して、キューブを手に入れようとしていること。

 ティナにすべての責任を擦り付け、自分は安全にことを運ぼうとしている。


 (卑怯だ)


 自分は暗躍できていると思っているのだろうか。そんなことは1人の裏切りで露見するというのに。

 ネッドはすべてを巻き込むキューブの存在が疎ましくなってきた。

 確かに隠されていたことは危険に値する——戦争によって殺傷能力が向上した技術は、活かされる可能性もある。

 だが、反対にこれからの世界により良い可能性を生みだすかもしれない。

 二分化戦争以前の情報を失った統一国は、戦後に残った技術をもとに進化している。

 すべてを失ったと習っていたが、そうじゃなかった——それがドローンとアンドロイドだ。

 ドローンとアンドロイドは生活の質を向上させた。しかし今は戦争に使われている。


「良くも悪くもなるものはたくさんある。機械や便利な物は人の使い方によって表裏一体になるのだ」


 守り人が言っていた言葉だ。

 良いことを考えれば、良い方向へ。悪いことを考えれば、悪い方向へ。

 機械や便利な物は人の考え、想いであるべき姿を変える。

 今、統一国は悲惨な方向へ進んでいる。

 それを止めようと守り人は第3コロニーへ向かうことを決めた。

 解放派とサムエルに邪魔はさせないと、ネッドは守られるだけじゃなく戦うことを選び、ここにいる。


 マイケルと警護を始めて、ずいぶん経ったなとネッドは感じた。

 会話もなく、静かな環境だったためにそう感じていただけかもしれない。

 しかし静寂は突如、幕を下ろした。

 絨毯が敷き詰められている廊下のせいか、誰かがこちらに来る音が籠って聞こえる。


「誰だ?!」


 思わず、ネッドは声を張り上げた。

 ぬるりと現れたのは子孫の1人だった。顔を伏せ、神父のような服に薄い金の長い髪を一つくくりにしている。


「私です。サムエルです」

(この人がサムエル……)


 サムエルが伏せていた顔をあげると、ブルーの瞳が印象的だった。

 ティナから端整な顔つきと聞いていたが、その面影はなく、歪んだ気持ち悪い笑みを浮かべている。

 ネッドは直感で「危険だ」と、感じた。

 マイケルも同じように感じていたんだろう。


「サムエル。下がれ」


 マイケルの警告に、サムエルは下がらない。


「なぜですかぁ。私は守り人にお会いしたいのです。お願いです。扉を開けて下さいぃ」

「ならん」

「どうしてですかぁ?」


 マイケルとサムエルの言葉の攻防が始まった。

 会わせろと懇願し続けるサムエルの言葉に、マイケルは断固拒否を示し続ける。


「サムエル。私は君を信用していない。君が地上でやってきたことは知っている」

「何のことですか? 私は自分の役割を遂行したまでです」

「いや。君は好き勝手やっていただろう。許可もなくたびたび地上に降り、ティナを言葉巧みに操り、地上に降ろし。捕まったとあれば、新世界の者を統一国に侵入させ、混乱を起こした。しかも、新世界の者にもキューブの存在を教えただろう。証拠と報告は上がってきているぞ」


 マイケルは腕時計型のデバイスから証拠となる画像を表示される。

 サムエルが統一国、新世界の各地でうろついている姿。

 南アメリカで襲撃してきた重力使いと会話をしている姿に、母であるレイチェルとも接触していた。

 ネッドは呆然とその画像を見ていた。


(まさか、彼のせいで……)


 嫌な記憶が思い起こされる。忘れたくても、忘れられない記憶だ。

 サムエルはわなわなと震え、顔は青ざめている。


「そんな……」

「むやみやたらと接触するのは禁じられていたはずだ」

「それは……違う!」

「何が違うのだ! 君がこの混乱を起こした」

「違う。違います」

「何が違うのだ。その責任を君の代わりに守り人が肩代わりしようとしているのがわからんのか!」


 マイケルの怒号に、違うと何度も呟くサムエル。まさか、自分が監視されていたとは思わなかっただろう。

 動揺するサムエルの様子がおかしくなっていき、その矛先はネッドに向かった。


「ネッド様。私はあなたのために動いたのです。ここではなく地上で育った次代の守り人であるあなたが働きやすくするために。だから……マイケル様に違うとおしゃってください。継承はなさったのですよね」


 サムエルはゆっくりとネッドに近づいて懇願する。

 そんな彼にネッドは首を振った。


「僕はキューブの継承をしていない。だから、君の助けなんていらない」


 結局、ネッドはキューブを継承しなかったのだ。

 その真実はサムエルの何かを傷つけてしまったようで、彼は表情を歪め、困惑し、絶望に染まった。

 そして、下がりながら叫んだ。


「あぁ。あああああああ。私の素晴らしき計画が……なぜ、なぜなんだ。私は優秀なんだぞ! あいつもバカにしやがって!」


 わなわなと震えたサムエルは懐に隠していた手斧を振り上げ、ネッドを襲う。

 ネッドはネイル特製の警棒で、軽く躱し、サムエルの足を引っかける。

 大げさに倒れたサムエルの身体能力は高くないようだ。策略を立てることはできても、格闘はできない様子。


(コウガさんに感謝だ。僕に合った戦い方を叩きこんでくれた)


 コウガの厳しい稽古の成果が出た。コウガのキレのある動きと違い、猪突猛進の動きはわかりやすい。

 よく見ろ、状況を判断せよと言われたように、サムエルの動きを視線を追う。

 何度も、何度もネッドに挑んでは来るが、軽くいなし、床に情けなく倒れさせる。

 こうすれば、プライドの高い彼には効果的だとネッドは考えた。

 あいつという言葉が、彼から出てきたのもマイケルの策が功をなしたようだ。

 彼女にはサムエルのもとに向かってもらい、小さな反抗をしてもらった。

 甘い言葉で支配し、脅迫で従順だと思っていた相手の反抗は、腹立たしいものだろう。


「私をバカにしやがって!」


 サムエルはネッドの顔面に目掛けて、手斧を振り上げてきた。

 ネッドが避けると、渾身の振りだったのか勢いよく体制を崩した。


(ここ。コウガさんにやられたとき、すごく痛かった)


 倒れるように体制を崩したサムエルの腹にひと蹴り。

 痛みに慣れていないサムエルは悶絶し、転がりまわっている。

 ネッドはサムエルに馬乗りし、何度も拳で殴った。


(こいつのせいでタオは死んだ。こいつがマナカの願いを潰えさせた)


 ティナを逃がそうとし、殺されたタオ。新世界の者の策略で妹と戦い、そして死んだマナカ。

 その根元はこいつだ。

 湧き上がる怒りを叩き付けるかのように、サムエルの顔を殴り続ける。


「ネッド。やめろ!」


 マイケルがネッドの腕を掴んだ。


「死んでしまう」


 気づけば、サムエルの顔は腫れ上がり、原型をとどめていない。

 まだ怒りがくすぶっているネッドに、サムエルは恨みが籠った目を向けている。


「劣等生がいい気になるなよ。ひ弱で努力もしないあなたは守り人にふさわしくない」

「わかっているよ」

(そんなこと自分がよくわかっている)

「だからこそ私が支えて差し上げようとしていたのに。愚かなひとだ」

「勝手にしようとしていただけだろ。ティナを騙し、脅して、なすりつけようとしているあなたは卑怯だ。優秀じゃない」


 卑怯と言う言葉にサムエルは反応した。


「私は優秀だ。こんな狭い世界で終わる私ではない。人類を導くのは私だ。私こそが守り人になり、神になり、この狭い世界から子孫を解放する。愚かな考えをもった人類を……」

「井の中の蛙大海を知らずだな。世界は単純なものではない。支配なんぞできないぞ。ましてや人を支配しようなどと愚かな」


 マイケルの言葉に、サムエルはぐったりと力尽きた。

 そしてマイケルに連行されていった。

 彼はキューブを手にするだけでなく、世界を支配するつもりだったようだ。

 狭い船内で生まれ、生涯を終える。

 優秀な自分の存在が隠され、裏から世界を支えることは、彼にとっては虚しく感じたのだろうか。

 サムエルの言葉にネッドはそう感じ、くすぶっていた怒りは引いた。

 だが、同情はできなかった。


 後に合流したティナは、船の操縦室に向かっていたようだ。

 サムエルの仲間が襲撃しようとしていいたため、1人で締め上げてきたらしい。

 胸を張り、誇らしく語るティナに、サムエルをどう挑発したのか尋ねてみたら、なかなか過激な言葉が返ってきた。


『プライドだけでかくて、いい気になるな。くそ雑魚中身空っぽゴミ男って言った。あっ! もうすぐ出発できるって』


 晴れやかに笑うティナのおかげで、エターナルシップは第3コロニーへ移動を開始した。

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