ティナ
自分もマイケルについて行こうとしていたティナは、イザベルによってホールに引き留められていた。
イザベルのしつこい説教にティナは辟易してしまっていた。
(イザベルの話は、しつこい)
延々と勝手に船から出たこと、連絡もなく心配させたことを言われ続けた。
ティナは床へ視線を落とす。
アルビノであるティナの為に、オレンジ色の目に優しい照明で照らされたクリーム色の絨毯を懐かしみ、ホッとする。
イザベルの話を聞き流し、これから番であるネッドとの生活を楽しみにし始めた。
(ネッドと帰ってこれた。やっと本来の形に戻せた)
突如、「全員、ホールに集まるように」と、船内にアナウンスが流れた。
ティナはなにごとと思った。
船での生活を維持するために、交代で働いている子孫が集められることなど、ほとんどない。
打合せで数人が集まることはあっても、一斉に集められることなど、ティナの記憶には皆無だ。
子孫たちがホールに続々と集まり始めた。
この船に居る子孫は百人も満たない。だが、広いホールが狭く感じる。
子孫たちは「何があったのだ」と不安を囁き合い。なかにはティナを冷やかな視線を送ってくる者もいた。
居心地の悪い気分で守り人を待っていると、緩やかに曲がった階段の踊り場に、今代の守り人とマイケル、そしてネッドが現れた。
しんと静かになる子孫たち。
守り人を見て、穏やか微笑んでいるが、子孫たちは緊張しているように見える。
そんなことは気にせずティナはネッドを見つめた。
青ざめた顔でマイケルの後を歩いていたときとは違い、今はなんだか決意したような表情だ。
守り人とどんな話をしたのだろう? ——もしかして、キューブを継承したのかもしれない。
その発表なんだろうか。そうだとしたら、やっと自分の役割を遂行できると、ティナの心は歓喜した。
これからはキューブを継承したネッドの傍に居られる。
エターナルシップの主はネッドになる。
ティナはネッドの隣で彼の言葉を地上の銀の羽に伝え、ネッドの手足となって働くのだ。
ティナは頬を染め、じっとネッドを見つめた。
しかし心が躍るような歓喜は守り人の言葉で砕け散った。
「急な呼び出しに、よく集まってくれた。急で申し訳ないが、これからエターナルシップは、中立国第3コロニーに向かう」
——えっ? なんで?
冷静な守り人とは反対に騒めく子孫たち。騒然とした状況のなか、ティナは呆然としていた。
——なぜ。なんで。なんで。そうなるの?
ネッドがこの船に帰って来た。やっとネッドとゆっくり過ごせると思っていた。
これからは2人で子孫たちを導くはずだったのに——信じられない!
どうして、どうしてと混乱した気持ちが胸の中で渦巻き、騒めく。
「そなたたちも知っての通り、統一国と中立国の争いが始まった。それは我らが守るキューブを求める争いだ」
信じられない目で見ていたティナは、守り人と目が合った。
「なぜ、このような状況になったのか。心当たりがある者はいるだろう。忠告したように、これが行動した結果だ」
子孫たちをぐるりと見渡した守り人と、目が合う。
その瞳は「わかるだろう」と言っているようで、心当たりがあるティナは、ビクッと体を震わせた。
——私、大変なことしちゃった? でも、でも、私はただ……。
必死に視線を子孫たちの集まりに巡らす。
そして1人の男性を見つけた。
薄い金の長い髪を一つくくりにしているブルーの瞳をした男性だ。
すがる思いで、彼だけに念話をする。
『サムエル、どういうこと? どうして……』
サムエルのブルーの瞳は黙っていろと言いたいように、睨みつけてきた。
ティナが視線を送ったことを怒っているのか、眉を吊り上げている。
「この争いの責任を取らなければならない。中立国はティナとネッドを保護し、逃がしてくれた。そのために統一国からの襲撃を一身に受けている。我らは中立国を守らなければならない。ハメルの希望であり、非能力者とナンバリングの共存を掲げている中立国を滅ぼされてはいけない。そのために私は……」
ティナがハッとし、守り人を見る。ショックを受けている間にも、守り人の話は進んでいる。
「私はこの船とキューブと共に滅びる所存。覚悟を共にしてくれる者だけでいい。それ以外の者は船を降りることを許可する」
一方的な宣言で守り人は去って行く。
ティナはさっと周りの様子を窺うと、一部の子孫たちから嫌悪の視線を受けた。
孤立したティナは守り人と共に去っていくネッドの横顔を縋るように見つめ続け、立ちすくむしかできなかった。
子孫が散らばって行く。船を動かすため、仕事に取り掛かるのだろう。
ほとんどの子孫たちは守り人を支持し、覚悟を決めたようだ。
「急げ」
「船を降りる者は、こっちだ」
中年の子孫が、船を降りることを決めた少数の若い子孫たちを手招きし、ホールの左側にある船底へ続く階段を下りて行った。
自分はどうすればいいのかわからないティナはその一行を見送っていると、サムエルが引っ張って来た。
連れ出されたのは薄暗い廊下だ。ダンと音が響き、背中に痛みが走る。
顔を歪めたティナは廊下の壁に押し付けられていた。
「とんでもないことしてくれたな。ティナ。お前、捕まっていたらしいじゃないか」
高圧的な苛ついた声が、ティナを震えさせる。
『わ、私。ちゃんとしたよ。ネッドの家に行った。で、でもネッドは居なくて、それで……そこにいた女の人に聞いたら、ネッド会わせてくれるって。それで……それで』
「それで?」
『それで……』
彼の貫くようなブルーの瞳に言葉を失う。
同い年でも身長が高い彼に上から睨みつけられ、ティナは恐怖を感じた。
船を離れるまで彼は優しかったはずだと、昔を思い出す。
ティナはネッドと共に、人工生命機によって生まれた。水が満たされた丸いガラスの装置だ。
同じ日に生まれ、すぐにネッドは次代の守り人だと判明したらしい。
ティナが物心をついたときには、番であるネッドはいなかった。
ネッドが次代の守り人と聞かされ続け、守るための訓練、勉強の毎日。
教えは厳しいけど、みんなは優しかった。イザベルもくたくたになったティナを甲斐甲斐しく世話してくれた。
(だけど、満たされなかった)
ネッドについては報告で聞かされるが、本人がいない。
報告と共にあったネッドの画像を、内緒で保存し、自室で見ていた。
幼いネッドはふっくらとした頬に、少し眉の下がり、困った表情で笑っていた。
(弱気な感じだけど、優しそう)
だから、私が守ってあげなくては。それが私の役割。
ネッドのためにと、努力はしていた。
日々の生活は相変わらずで、いつまで待っても、ネッドは帰ってこない。
いつの間にか同年代ぐらいの子孫たちは、役割を与えられ、番となって働き始めた。
非能力者とナンバリングの2人1組で、協力して働く。
船での仕事は多い。
作物を育てるところから、船を定期的に移動させるなど、すべてを自分たちで行わなくてはいけない。
力仕事も多く、年配の子孫たちから技術を受け継ぐ。
ある時に見た、番となった2人組は、生き生きと働いていた。
自分だけ番が居ない——寂しい、羨ましい思いが大きくなる。
感情に任せて、
「ネッドに会いたい」
と言っても、返ってくるのは
「ネッドも頑張って、勉強している。待っていなさい」
だけだった。
何度も、何度も、お願いした。
私、頑張っているよと一言でもいいから伝えたかった。
日に日に、この思いは大きくなり、泣いていた。
そんな時にサムエルが声をかけてきた。
「わかるよ。本人が居ないのに、頑張れないよね」
「自分の存在がわからなくなるよね」
そう言って、ティナの心に寄り添ってくれた。
そして2年前、密かに船から地上まで送ってくれた。彼も地上の銀の羽と接触するためでもあった。
「約束だよ。ネッドと一緒に帰っておいで。守り人も待っているはずだから」
イザベルとみんなは、待っていろとしか言わなかったのに、サムエルだけはそう言ってくれた。
優しい笑顔で、別れたのに。
——なのに、なんでそんな怖い顔をするの?
『ちゃんとネッドと帰って来たよ。なのになんで?』
約束は守ったはずだと、必死に訴える。
「キューブの存在も明らかになってしまった。僕たちの計画がおじゃんだ。もう少し賢いと思っていたが、やはりお前はバカだな」
微笑んでいるが、突き放すようなサムエルの目は優しくなかった。
お前がせいだと、言わんばかりの恨みが籠っている。
『バカってどういうこと?』
「そのままの意味だ。まぁ昔から思っていたが」
さてどうしたものかと、呟いたサムエルがティナとの距離を縮めてきた。
「責任はティナにある」
ティナの耳もとで囁いた。
「守り人を殺せ。ネッドを拘束するんだ」
『なっ!』
「キューブは守り人の血で反応する。ネッドの血さえ手に入れば、こちらのものだ。君はネッドを守る為に、対人格闘が得意だったはずだ」
『そんな……』
「君が捕まってしまったから、このありさまになってしまった。ティナの責任だよ」
『——!』
泣きたくなった。守り人を殺すなんて——できない。
ましてやネッドに害をあたえるなど。
どう断ればいいのか。殺気を放ちながら微笑むサムウェルを前に、恐怖で震えることしかできなかった。
「なにしているの!?」
ティナを探していたんだろう。
焦ったイザベルの声が、ティナに聞こえてきた。
「なにもしてませんよ。大変な思いをして帰って来たティナの無事を確認していただけです」
サムエルは先ほどまで放っていた冷たい殺気を消し、イザベルに柔和な笑みを見せた。
「じゃあ、ティナ、期待しているよ」
そう耳もとで囁いて、サムエルは去って行く。
サムエルを見送ったティナは足の力が抜け、その場に座ってしまう。
「大丈夫ですか? あぁ、真っ青じゃないですか」
『大丈夫。大丈夫だから』
自分でも驚くほど、怖かったのだろう。
手足が震え、冷たく感じる。
ティナの体を支えてくれるイザベルの心配する言葉が聞こえてくるが、ティナはサムエルの背中を見続けた。
(こんなことになるなんて……)
後悔が込み上げてくる。涙を流すティナにわかることは、ネッドが危ないということだけだった。




