守り人と過去の記録
眩しいほどの白い光に包まれた部屋は調度品や家具が無く、白いタイルの壁だけの部屋だった。
豪奢なホールとは違い、無機質な空間には今代の守り人の姿も見えなかった。
緊張気味だったネッドは拍子抜けしてしまったが、床に視線を移すとギョッとしてしまった。
床に中立国軍と統一国軍の戦闘が投影されていたのだ。
(始まった……始まってしまった)
起こってほしくないと願っていても、現実は残酷だ。
武力行使という拳は簡単に振り下ろされることをネッドは痛感してしまった。
「レイチェルが痺れをきらしたか」
呆然と見ているネッドの隣で、ポツリとマイケルが冷静に呟いた。
「えっ? どうして母さんが?」
「銀の羽の情報ではレイチェルも前線に出てきている。しかも指揮をとっているようだ。ネッドも知っているだろう? 母さんが怒りっぽいことを」
「うん」
ティナを取り戻すため、自ら出てくるほどだ。今回も戦艦に乗っていてもおかしくはない。
母であるレイチェルを、マイケルは怒りっぽいで済ませているようだが、ネッドからしたらヒステリックに近いと思った。
部下であるタオを容赦なく撃ち殺してしまうほど、怒りの沸点が低い。
「中立国は苦しい戦いになる」
蝙蝠の羽を持つ漆黒の戦闘機は中立国軍。中立国軍の戦闘機より、少し小さな隼の羽を持つ紅の戦闘機は統一国軍だ。
それぞれの国のエンブレムで、軍事に詳しくないネッドでもわかった。
だが、マイケルが一目見ただけで「苦しい戦いになる」と断言したのが、疑問だった。
ネッドには互角に戦っているように見えるのだ。
「どういうこと?」
「統一国軍の戦闘機は高性能な知能プログラムが操作している。コックピットの有無は大きい。その空間に予備のミサイルや実弾などを搭載できる。それは有人である中立国軍よりも攻撃の持久力ではるかに勝る」
映像では両軍の戦闘機が互いに撃ち合い、一定の距離を取りながら、もつれるように動いている。
搭乗者は知能プログラムに劣らない力量を持っているように見える。
「人は疲労を感じるが、プログラムは疲労を感じない。戦闘が長引けば……人間は不利だ」
そのとき、動きが鈍くなった中立国軍の戦闘機にミサイルが直撃した。
コックピットを正確に捉えていた。
大破させられた機体は誘導ミサイルを避けきれず、一瞬だった。
「——!」
ネッドは目を逸らしてしまった。搭乗者が脱出する余地もなく、命が散ったのだ。
「ネッド。目を背けるな。これが戦争だ」
マイケルに現実を突きつけられる。
しかし、ネッドは映像を直視できない。
「わかってる。でも……」
これまで戦闘に巻き込まれ、自ら飛び込んだ仕事でネッドはいくつもの死を見てきた。
親友のタオと同僚のマナカ、そしてマナカの妹。銀の羽の構成員であったギュレスに南アメリカ地区の住人たち。
「慣れないよ。こんなの……」
ネッドは拳を強く握る。そうしないと泣きそうだった。
——泣かない。泣いてはいけない。
戦場である第3コロニーから脱出したネッドが、泣くことは許されないのだと自身に言い聞かせる。
苦しいのは戦場で戦う者と、そこに留まっている者たちなのだからと。
ぎりっと歯噛みしたとき、重く低い声が部屋に響いた。
「帰って来たか。よく無事だった」
ネッドは頭上から声が降ってきたのがわかり、視線を天井に向ける。
天井の一画に切れ目ができ、正方形に切られた天井の板が静かに降りてきた。
浮遊する天井は床にふわっと着地し、そこに立っていたのは男性だった。
「遅くなり申し訳ありません。守り人様」
ネッドの隣でマイケルがその人物に恭しくお辞儀した。
慌ててネッドもマイケルをまねる。
「頭を上げてくれ。マイケルと私の仲だ。堅苦しいぞ」
気だるげな声にネッドは顔を上げる。
守り人はめんどくさそうな態度だ。表情もめんどくさいと語っている。
ネッドは厳格な人なんだろうと想像していたが、目の前の守り人は想像とは反対だった。
(この人が……守り人なのか? だらしなさすぎる)
ネッドの想像を破壊した守り人は、マイケルと歳が変わらないように見える。
身なりに無頓着なんだろう。肩口までの白髪がぼさぼさで、あくびまでしている。
それでも鷹のような目に、高い鼻と引き締まった唇は精悍な顔つきである。
他のハメルの子孫と同じ服を着ているが、襟や袖元、裾には金の糸で蔦の刺繡がされている。
服だけで目の前の人は、この船の中で高い地位にいることがわかった。
「ネッドも久しぶりだな。最後に会ったのは、こんなちっこい頃だったか? でかくなったもんだ」
衝撃を受けているネッドに向けて、親指と人差し指で豆粒サイズを表現した守り人は、意地悪な笑みをしている。
「最後に会ったのは2歳のときですよ。そんな小さくなかったでしょう。それでは胎児じゃないですか」
「そうだったか?」
呆れた声を出すマイケルに、大笑いする守り人。
ネッドは2人の間には長い年月を共にしてきた友人のようなものを感じた。
「はぁー。まったく守り人としての威厳がない」
「威厳なんぞいるか。ただ見ているだけの人間だぞ」
「それが仕事でしょう」
「つまらん仕事だ」
「貴方がそんな感じだから……」
頭を抱えながら責めるマイケルと、さらりと小言を受け流す守り人を、ネッドは交互に見てしまう。
ハメルの子孫の頂点に立つ人に対して説教を……と冷や汗がジトッと出てくる。
「選ばれただけなんだ。誰でもできるぞ」
「何をおっしゃっているんですか! あなたは昔からそうだ。いい加減で、だらしがない」
(どうしよう。どうすればいい)
売り言葉に買い言葉の収拾がつかない。ネッドには手に負える状況ではない。
「昔からなら受け入れろ。これが私だ」
堂々と開き直った態度の守り人に、マイケルの堪忍袋の緒が切れた。
「では、この状況をどう見ておられる? 解放派がティナをそそのかして起こったこの戦いを」
守り人は床に投影された両軍の戦いを一瞥した。
先ほどまでの堂々とした態度ではなく、気を落とし後悔しているように見えた。
「責任はあるだろうな。行動を起こせば、自らに返ってくる。たとえ我らが滅びるとしても。これは彼らにも忠告している。行動を起こしたのなら、解放派は覚悟があるということだろ」
「……」
守り人も肩を下げ、疲れた表情をしている。
守り人の言いたいことを理解したのか、マイケルは苦々しげに沈黙してしまった。
「マイケル。時代は川のように流れ、川に削られ地形が変わるように、人々の考えや捉え方も変化していく。隠れ住むのも限界なったということだ。我々も受け入れ、進まねばいかん」
諭すような守り人に、マイケルはあきらめたように頷いた。
「そうですか」
マイケルの言葉に頷いた守り人は、ネッドを見てきた。
「マイケル。すまない。ネッドと2人だけにしてくれ。話したいことがある」
「……わかった」
「えっ?」
マイケルはネッドの肩を軽く叩き、退室していった。
マイケルを見送った守り人は手を上げると、別の正方形の天井が降りてきた。
長方形の台座に透明な正六面体の箱と小型ナイフが置いてあった。
守り人は箱をネッドに手渡す。
「ハメルのキューブだ」
「これが……」
じっとキューブを見つめる。手のひらサイズの箱の中には、古いメモリチップのような物が入っていた。
チップらしき物が入っている以外は、変わったところは無い。
「キューブは人を選ぶ。ハメルの遺伝子に近いほど、守り人に選ばれるのだ。今は君と私しか反応しない」
守り人はナイフで指を切る。
キューブに流れ落ちた血はそれまで見えてなかった切れ目に流れ、幾何学模様のブロックへと変わった。
守り人の血に反応したキューブは勝手にくるくる回りだし、立体のホログラムを出現させた。
「君が受け継ぐ物だ。これを見て、君はどう思うかな」
現れたホログラムが映し出すのは、二分化戦争以前の歴史だ。
いくつもの大戦の記録。
領土と資源が目的の戦争。思想で起こった戦争。
民族間で起こる戦争など、人類は戦いを繰り返すのかとネッドは胸を痛めた。
誇りと自国の為と譲れない思いもあっただろうが、痛ましい記述だ。
ネッドは次々にホログラムをスワイプし、戦争の記録をネッドは読み進めた。
時代が進むごとに兵器の能力は向上していく。極めつけは核爆弾だ。
核爆弾は絶大な殺傷能力に加え、後遺症が残る。人間だけじゃない、自然破壊をも引き起こす。
電力発電にも活用されていたが、事故や災害で立ち入り禁止になった地域も記載されていた。
(これは……。ハメルが隠すわけだ。恐ろしすぎる)
記述によると核爆弾は二分化戦争でも使用される予定だった。
だが、その脅威に恐れたナンバリングにより、今は地中深くに隠されている。
もしキューブが統一国に渡ってしまったら、核爆弾が発見され、統一国がナンバリングに対して使用する可能性もある。
嫌な予測が脳裏に駆け巡る。
「これが人の歴史だ。人は争い、学び、平和を築いてきた。だが、再び争う。恐ろしいものを作り出した。そして人間が兵器となってしまった」
当時、ハメルの遺伝子実験に参加していたのは、貧困層の人々だった。
過酷な宇宙環境での仕事に就くべく、実験に参加し、結果として超能力を得ることになった。
超能力と過酷な環境に適応した身体は、宇宙環境に開発の要となる。
ハメルの実験は貧困層だけではなく、力を求める裕福層にまで広がった。
ハメルの実験をもとに、研究が盛んにおこなわれ、世界が遺伝子操作を推奨し、次々と生まれるナンバリング。
しかし、能力の発現は絶対ではない。発現する者としない者の社会的地位は、圧倒的に差がついた。
嫉妬と不満は能力持ちでも弱い者に向けられる。
1発の銃弾がナンバリングの子供を襲い、それを皮切りにナンバリングを襲う者が次々と現れ、泥沼の二分化戦争の始まった。
ナンバリングは世界を焼き、文明を滅ぼした者として、統一国では語り継がれ、今も恨みと恐ろしい存在として残っている。
「ハメルは己の手で兵器を作ってしまったと後悔と懺悔の日々を過ごしていた。人の進化でより良い日々を創れると願っていたのにな」
皮肉なのもだと、守り人は言った。
羨ましいとはネッドも思ったことはある。だが、ない物ねだりだとも理解している。
それにナンバリングとて、苦悩がなかったわけじゃない。孤児院の小さなナンバリングの苦労も見てきた。
結局、どちらに生まれても悩みは尽きない。好きでそう生まれてきたわけじゃない。
生まれ持った境遇と向き合い、生きていくしかないのだ。
ネッド自身も模索していかなくてはいけない。
ネッドは再びデータを読み進めていく。
今度はハメルの実験の記録だ。
おそらくレイチェルが喉から手がでるほど欲しがっていた情報はこれだ。
二分化戦争でナンバリングの脅威を知ったハメルは、非能力者の強化も秘密裏に研究していた。
完璧なるデザインベイビーの遺伝子。
本来の人の遺伝子の細胞をゲノム編集された細胞のデータ——身体強化、能力の最適化を約束するものだった。
これだけで見れば、ナンバリングの出現は生命科学を加速させたことはわかる。
すべてはナンバリングの出現から始まった。
(ハメルの贖罪だったのだろうか? ナンバリングに劣らないように、非能力者の新たな可能性を見出したかったのかもしれない)
研究データは膨大な量だった。
ナンバリングの寿命問題を解決するデータ、ナンバリングが生まれた当時のデータなど。ハメルの晩年は、ほとんどがナンバリングのと人間の研究だった。
恐ろしいことに発現した能力の変換もできるようだ。細胞の入れ替えであった。
このデータは世界を揺るがす。新世界も欲しいはずだと、ネッドは納得してしまった。
ハメルが唯一、解決できてないものが、能力の発現原因だった。
脳との繋がりなのか、偶然の産物なのか。ナンバリングはまだ謎に包まれている。
「どうだ。ネッド。隠された真実を見た感想は?」
「これは存在していていいのものか……正直に言ってわかりません」
歴史、遺伝子情報以外にもゲノム編集で栄養価が高い食物など、人類にとって有益なデータもある。
そして、最後に「人々を助けてほしい」と願いが記述されていた。
このデータは、どこかハメル自身が世界に許しを請うているような想いにネッドは思えた。
「戸惑っています。このデータは救いもありますが、破滅もありえる」
ネッドの答えに、守り人は静かに目を伏せる。
「やはりそう思うか。だからこそ代々の守り人は、子孫たちに全てを開示できなかった」
守り人は、ずっと苦しい思いをしてきたのだろう。
苦悶の表情だ。
「下手に子孫に教えると、ひょんなことから情報は洩れる。それは、世界を一変させることになる。微妙なバランスを保っている世界が崩れるかもしれない。だから適切に必要な情報だけを伝え、ハメルの望みどおりに人々を助けなければかった」
それは誰にも相談できず、孤独と責任に苛まれながら、判断していかなくてはいけないことだった。
「子孫たちの心境が変わるのは感じていた。狭い世界で生きてきた私では子孫をまとめることはできないだろうと。幼い君を地上に降ろしたのは、私の独断の判断だった。次代の守り人である君には狭い鳥籠からではなく、広い世界で知見を広げてほしかった。そして、新たな視点で子孫たちを導いてくれると」
守り人はキューブをネッドから取り上げ、変わりにナイフを渡してきた。
「ネッド。血をキューブに垂らせば、これを扱えるのは君だけになる」
ネッドはの守り人の手にあるキューブを見つめた。
ハメルの願い。代々の守り人の苦悩。それを受け継ぐのは、とても重かった。
「さぁ、ネッド」
守り人に促され、ネッドはゆっくりとナイフを指に添えた。




