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ナンバリング  作者: 桜音 寿
宇宙戦争編
43/43

最後の賭け

 コウガは死闘を終え、管理施設の職員にも手伝ってもらい遺体袋にジーインを納めた。

 死に顔は無だ。穏やかでもなく、苦しそうでもない。

 まるで、自分を無くし、新たに生まれ変わるような。

 彼はどうしても「コウガ」になりたかった——誰かになりたい。

 それは2つの能力があるコウガも思ったことがある。

 過敏になる感覚に戸惑い、泣き叫んだ幼少時代。軍に入ってからは死臭。

 慣れれば、なんとかなると思っていた。

 しかし、慣れれば慣れるほど恐ろしかった。人間を捨てるようで。

 だからこれが自分だと無理に納得するしかできなかった——では、ジーインは?


「新世界にはどう伝えるのですかね?」


 職員の声はコウガを思考から戻させた。

 考えていたことを捨てるように、コウガは首を振った。

 死んだ人間の想いは、もう誰にもわからないのだから。


「そうだな……」


 問いかけてきた職員の戸惑いは、コウガも理解している。

 新世界の支援を断った中立国に新世界の者が侵入したなど、どう伝えたらいいのか。

 ましてや戦闘までしたのだ。判断は誰だって難しいだろう。


「ジーインは裏切り者に近いからな。素直に伝えるか。こちらで秘密裏に処分するか。代表たちが決めるだろう。俺たちは今をなんとかしなくては」


 代表たちは難しい選択をしなければならない。

 職員も理解しているのだろう。「そうですね」と悩まし気な声で答えた。


「俺はこのまま前線に向かう。後は頼めるか」

「えっ!? 治療は?」

「大丈夫だ。ナンバリングは体も丈夫にできて……」


 突然、コウガの足から力が抜けた。

 倒れかけるコウガを青ざめた別の職員が支えてくれる。


「だ、大丈夫ですか? やはり治療が優先です。私たちを守ってくれたあなたに無理をさせられない」


 慌ただしく近寄ってきた職員たちの説得に、コウガは頷いた。


「すまん」

「後は私たちに任せてください。さぁ、行きましょう。今ならエリザベスさんが室長の部屋にいます」


 コウガは職員に支えられながら、ネイルのもとに連れて行かれることになった。


 ネイルの部屋にはエリザベスだけでなく、コウガの上司である社長のブライヤとバラスも集まっていた。


「コウガ!」


 職員から連絡を受けていたのだろう。エリザベスはコウガを待っていた。

 近づいてきた瞬間、有無言わせず上半身の服を切った。

 突然のことで慌てたコウガを上手く抑え、容赦なく服を切り続ける。

 上半身の服を脱がされたコウガの額は切れており、上半身におびただしい青あざができていた。

 触診し、額の傷を治療し始めたエリザベスは怪我の状態を見て、驚く。


「あなたの戦いを見てたけど、これくらいの怪我ですんでいるのが不思議なぐらいだわ」

「ナンバリングは体が丈夫なんだよ。リーはどうだった?」

「自分の心配をしなさい。リーちゃんは大丈夫」

「遺伝子操作さまさまだな」

「非能力者の私からしたら、あなたたちナンバリングは不思議な存在よ。でも丈夫だからと言っても、あなたも人間。無理は禁物」


 ぺしっと包帯を巻いたコウガの額を軽くはたいた。

 ばつの悪そうなコウガに、付き添ってくれた職員に着替えを渡される。

 礼を言ったコウガは、服を着ながらネイルの傍に歩いて行った。


「ありがとうコウガ。僕たちを守ってくれて。大丈夫なの?」

「あぁ、問題ない。戦況はどうだ?」

「あぁ」


 そう言ったネイルの表情はすぐれない。

 三面鏡のモニターの左には地上の様子が映り、中央にはコロニー内が映っていた。


「地上の動きはない。おそらくこちらへの脅しだろうね。コロニー内は、なんとかミドルエリアでくい止めているけど、時間の問題かもしれない。宇宙のほうは……」

「どうした?」

「衛星兵器が……また動き始めた」


 三面鏡のモニターの右には、統一国の軍事衛星が映っている。

 そして1つ目が赤く、不気味に光っている。


「もう1発、撃ってくるかもしれない」

「容赦ないな」


 徹底的にこのコロニーを叩くつもりなんだろう。


「怪我人の避難準備はできているわ」


 ブライヤは残っている人間の避難作業を進め、発進許可を求めに来ていたのだ。

 ネイルはブライヤに頷いた。


「よし。ブライヤさんは後方支援で残っている住人と、民間の医療班も連れて避難して。軍が頑張っている今なら臨時空港の扉を開けられる」

「わかったわ。リーも連れて行く。エリザベスさんも一緒に行くわよ。コウガはどうする?」

「俺は残る。今は曲りなりにも軍人だ」

「そう。必ず生き残りなさいよ」

「善処する」

「善処はだめ。絶対よ」

「あぁ」


 頷いたコウガにブライヤは「また会いましょう」と言い、エリザベスと出て行った。


「強いね彼女は」

「そうでなきゃ。国を跨ぐ会社の社長などできんだろう」


 苦笑いしたネイルとコウガに、バラスが近づいてきた。


「私も残る。部下が残るのだ。上司が残らなくてどうする」


 コウガの肩に手を置き、バラスは微笑む。


「それに弟が頑張っているのだ。少しでも力になりたい」

「兄さん」


 バラスはネイルの双子の兄だ。弟のことが心配なんだろう。

 ネイルは目が潤んでいる。


「感動のところ悪いが。ネイル、衛星兵器が……」


 コウガの言葉に、ネイルとバラスは画面に注目した。

 映像では衛星の目のような窪みの赤みが増している。

 ネイルは急いでタイピングをし、何かを計算し始めた。


「予測では1発目と同じ威力になりそうだ。軌道は……まずいな。コロニーをかすめる軌道だ」

「おいおい。もう脅しではないだろう!」


 焦るコウガと深刻な表情のネイルに、バラスの不安な声で言った。


「そんなことになったら空気が漏れ出し、コロニーにいる者が宇宙に放り出されるぞ」

「どうする!?」


 コウガの焦りにネイルは「対処法がない」と言った。

 さぁっと顔を青ざめ、絶望的なネイルにバラスとコウガは言葉を失う。


「避難できる時間はわずかだ。とりあえず、避難船の発進を急がす」


 ネイルは職員に「急ぎ発進を」と、せかした。


「コロニー内に残っている者は、近場の脱出用のシェルターに避難させて……」


 ぶつぶつと呟き、算段をたてるネイルに時間は待ってくれなかった。

 衛星兵器の赤い光は徐々に濃さを増し、鮮やかになってきている。


「まずい! アンドロイドはドローンが引き受ける! 今すぐに避難の伝達を!」


 ネイルの指示で、部屋は伝達の声が溢れかえる。

 少ない残り時間でどれだけ避難できるか。時間との勝負になってきた。


「みんなも避難して! 兄さん、コウガ。職員たちと避難をしてくれ。僕はコロニーを動かす」


 画面に目をむけたまま、ネイルは言った。


「なにを……対処法はないと」


 コウガは言葉を失った。

 ネイルは穏やかに笑い、バラスとコウガを見ている。


「お前……死ぬ気か」


 コウガの声が震える。

 考えたくもない。今度はネイルまで失うのかと。


「僕はこのコロニーの責任者として、最後までここにいる。それに君たちを守ることも使命だ。できることはしたい。死んだとしても」


 穏やかな表情を一転、見たこともない真剣な表情のネイルは、覚悟は決めていると言いたい表情だ。

 そんなネイルにコウガは食って掛かった。


「ふざけるな! 友を残して避難なんぞできるか!」

「……」

「変なもんを作るし、俺は被害にあってきたが……。お前は……規格外の変人だが、俺は楽しかった。ここへ来てから、退屈しなかったのは友であるお前のおかげだ。だから……最後まで一緒にいさせろ」

「コウガ……」


 ネイルはほろりと涙を流した。


「そうだぞ。ネイル。兄である俺も忘れるな。弟のピンチを助けなくて、何が兄だ」

「……兄さん」


 バラスがコウガとネイルに近づいてきた。


「最後まであがくぞ。ネイル」

「あぁ。ありがとう」

「で、どうすればいいんだ?」

「この数値を入力して。1つでも間違うと、地球に近づきすぎて、引っ張られる」

「わかった」


 予測範囲からコロニーを動かすため、3人は動き始めた。

 発射までに時間がない。1つの間違いも許されない状況。

 コウガの指先が震える。


(初めて戦場にでたとき以来だ)


 あれはいくつの時だっただろうか。

 現実逃避のような思考が、がやがやとした声で止まった。

 いつのまにか、避難しているはずだった職員までも動いている。

 部屋に充満するピリピリとした緊張感。右往左往する職員たちの足音と、焦りを隠した冷静な声。

 コウガは肌で、耳で感じた。

 この部屋にいる全員が、最悪な状況を回避しようと必死になっている。



 しかし、努力は時間に勝てなかった——無慈悲な光線は発射された。



「みんな、ありがとう。……ごめん。力が足りなかった」


 力なくうなだれたネイルの背を、コウガは撫でた。


「最後が友と一緒で、俺は嬉しいぜ」


 コウガは意地悪な笑みでネイルを見る。


「戦いばかりの人生になると思っていた。最悪な状況で故郷の国を出て、ここにきた。変人な友に、頼れる上司たち、騒がしい妹分と気弱な後輩に出会えた。最高だろう」

「そうだぞ。ネイル。優秀な弟のお前に助けられ、収容所を出られた。懐が深い社長に、生意気だが頼れる部下たちに出会えた。最高だ」

「コウガ。兄さん……うん。うん」


 バラスにも背を撫でられたネイルは、ぐすっと鼻をすすり、何度も頷いた。


「そうですよ。室長! 僕らだっておもしろい上司に出会えた。最高の人生でしたよ」


 残った職員たちが集まり、満足げに笑っている。


(いい笑顔だ。俺たちはやりきった)


 コウガは振り返った。

 そこには射出されたシェルターと、死を運んでくる赤い光だけがモニターに映されている。

 死はもうすぐだ。

 心臓が縮こまったように感じ、鼓動が激しい。

 死んでいく者は、こんなふうに恐怖を感じたのだろうか。


(いいぜ。来いよ。このコロニーが沈んでも、中立国は負けない。ネッドのことも話さないだろう)


 赤い光が近づいてくるのを見ながら、コウガは不敵に笑った。

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