最後の賭け
コウガは死闘を終え、管理施設の職員にも手伝ってもらい遺体袋にジーインを納めた。
死に顔は無だ。穏やかでもなく、苦しそうでもない。
まるで、自分を無くし、新たに生まれ変わるような。
彼はどうしても「コウガ」になりたかった——誰かになりたい。
それは2つの能力があるコウガも思ったことがある。
過敏になる感覚に戸惑い、泣き叫んだ幼少時代。軍に入ってからは死臭。
慣れれば、なんとかなると思っていた。
しかし、慣れれば慣れるほど恐ろしかった。人間を捨てるようで。
だからこれが自分だと無理に納得するしかできなかった——では、ジーインは?
「新世界にはどう伝えるのですかね?」
職員の声はコウガを思考から戻させた。
考えていたことを捨てるように、コウガは首を振った。
死んだ人間の想いは、もう誰にもわからないのだから。
「そうだな……」
問いかけてきた職員の戸惑いは、コウガも理解している。
新世界の支援を断った中立国に新世界の者が侵入したなど、どう伝えたらいいのか。
ましてや戦闘までしたのだ。判断は誰だって難しいだろう。
「ジーインは裏切り者に近いからな。素直に伝えるか。こちらで秘密裏に処分するか。代表たちが決めるだろう。俺たちは今をなんとかしなくては」
代表たちは難しい選択をしなければならない。
職員も理解しているのだろう。「そうですね」と悩まし気な声で答えた。
「俺はこのまま前線に向かう。後は頼めるか」
「えっ!? 治療は?」
「大丈夫だ。ナンバリングは体も丈夫にできて……」
突然、コウガの足から力が抜けた。
倒れかけるコウガを青ざめた別の職員が支えてくれる。
「だ、大丈夫ですか? やはり治療が優先です。私たちを守ってくれたあなたに無理をさせられない」
慌ただしく近寄ってきた職員たちの説得に、コウガは頷いた。
「すまん」
「後は私たちに任せてください。さぁ、行きましょう。今ならエリザベスさんが室長の部屋にいます」
コウガは職員に支えられながら、ネイルのもとに連れて行かれることになった。
ネイルの部屋にはエリザベスだけでなく、コウガの上司である社長のブライヤとバラスも集まっていた。
「コウガ!」
職員から連絡を受けていたのだろう。エリザベスはコウガを待っていた。
近づいてきた瞬間、有無言わせず上半身の服を切った。
突然のことで慌てたコウガを上手く抑え、容赦なく服を切り続ける。
上半身の服を脱がされたコウガの額は切れており、上半身におびただしい青あざができていた。
触診し、額の傷を治療し始めたエリザベスは怪我の状態を見て、驚く。
「あなたの戦いを見てたけど、これくらいの怪我ですんでいるのが不思議なぐらいだわ」
「ナンバリングは体が丈夫なんだよ。リーはどうだった?」
「自分の心配をしなさい。リーちゃんは大丈夫」
「遺伝子操作さまさまだな」
「非能力者の私からしたら、あなたたちナンバリングは不思議な存在よ。でも丈夫だからと言っても、あなたも人間。無理は禁物」
ぺしっと包帯を巻いたコウガの額を軽くはたいた。
ばつの悪そうなコウガに、付き添ってくれた職員に着替えを渡される。
礼を言ったコウガは、服を着ながらネイルの傍に歩いて行った。
「ありがとうコウガ。僕たちを守ってくれて。大丈夫なの?」
「あぁ、問題ない。戦況はどうだ?」
「あぁ」
そう言ったネイルの表情はすぐれない。
三面鏡のモニターの左には地上の様子が映り、中央にはコロニー内が映っていた。
「地上の動きはない。おそらくこちらへの脅しだろうね。コロニー内は、なんとかミドルエリアでくい止めているけど、時間の問題かもしれない。宇宙のほうは……」
「どうした?」
「衛星兵器が……また動き始めた」
三面鏡のモニターの右には、統一国の軍事衛星が映っている。
そして1つ目が赤く、不気味に光っている。
「もう1発、撃ってくるかもしれない」
「容赦ないな」
徹底的にこのコロニーを叩くつもりなんだろう。
「怪我人の避難準備はできているわ」
ブライヤは残っている人間の避難作業を進め、発進許可を求めに来ていたのだ。
ネイルはブライヤに頷いた。
「よし。ブライヤさんは後方支援で残っている住人と、民間の医療班も連れて避難して。軍が頑張っている今なら臨時空港の扉を開けられる」
「わかったわ。リーも連れて行く。エリザベスさんも一緒に行くわよ。コウガはどうする?」
「俺は残る。今は曲りなりにも軍人だ」
「そう。必ず生き残りなさいよ」
「善処する」
「善処はだめ。絶対よ」
「あぁ」
頷いたコウガにブライヤは「また会いましょう」と言い、エリザベスと出て行った。
「強いね彼女は」
「そうでなきゃ。国を跨ぐ会社の社長などできんだろう」
苦笑いしたネイルとコウガに、バラスが近づいてきた。
「私も残る。部下が残るのだ。上司が残らなくてどうする」
コウガの肩に手を置き、バラスは微笑む。
「それに弟が頑張っているのだ。少しでも力になりたい」
「兄さん」
バラスはネイルの双子の兄だ。弟のことが心配なんだろう。
ネイルは目が潤んでいる。
「感動のところ悪いが。ネイル、衛星兵器が……」
コウガの言葉に、ネイルとバラスは画面に注目した。
映像では衛星の目のような窪みの赤みが増している。
ネイルは急いでタイピングをし、何かを計算し始めた。
「予測では1発目と同じ威力になりそうだ。軌道は……まずいな。コロニーをかすめる軌道だ」
「おいおい。もう脅しではないだろう!」
焦るコウガと深刻な表情のネイルに、バラスの不安な声で言った。
「そんなことになったら空気が漏れ出し、コロニーにいる者が宇宙に放り出されるぞ」
「どうする!?」
コウガの焦りにネイルは「対処法がない」と言った。
さぁっと顔を青ざめ、絶望的なネイルにバラスとコウガは言葉を失う。
「避難できる時間はわずかだ。とりあえず、避難船の発進を急がす」
ネイルは職員に「急ぎ発進を」と、せかした。
「コロニー内に残っている者は、近場の脱出用のシェルターに避難させて……」
ぶつぶつと呟き、算段をたてるネイルに時間は待ってくれなかった。
衛星兵器の赤い光は徐々に濃さを増し、鮮やかになってきている。
「まずい! アンドロイドはドローンが引き受ける! 今すぐに避難の伝達を!」
ネイルの指示で、部屋は伝達の声が溢れかえる。
少ない残り時間でどれだけ避難できるか。時間との勝負になってきた。
「みんなも避難して! 兄さん、コウガ。職員たちと避難をしてくれ。僕はコロニーを動かす」
画面に目をむけたまま、ネイルは言った。
「なにを……対処法はないと」
コウガは言葉を失った。
ネイルは穏やかに笑い、バラスとコウガを見ている。
「お前……死ぬ気か」
コウガの声が震える。
考えたくもない。今度はネイルまで失うのかと。
「僕はこのコロニーの責任者として、最後までここにいる。それに君たちを守ることも使命だ。できることはしたい。死んだとしても」
穏やかな表情を一転、見たこともない真剣な表情のネイルは、覚悟は決めていると言いたい表情だ。
そんなネイルにコウガは食って掛かった。
「ふざけるな! 友を残して避難なんぞできるか!」
「……」
「変なもんを作るし、俺は被害にあってきたが……。お前は……規格外の変人だが、俺は楽しかった。ここへ来てから、退屈しなかったのは友であるお前のおかげだ。だから……最後まで一緒にいさせろ」
「コウガ……」
ネイルはほろりと涙を流した。
「そうだぞ。ネイル。兄である俺も忘れるな。弟のピンチを助けなくて、何が兄だ」
「……兄さん」
バラスがコウガとネイルに近づいてきた。
「最後まであがくぞ。ネイル」
「あぁ。ありがとう」
「で、どうすればいいんだ?」
「この数値を入力して。1つでも間違うと、地球に近づきすぎて、引っ張られる」
「わかった」
予測範囲からコロニーを動かすため、3人は動き始めた。
発射までに時間がない。1つの間違いも許されない状況。
コウガの指先が震える。
(初めて戦場にでたとき以来だ)
あれはいくつの時だっただろうか。
現実逃避のような思考が、がやがやとした声で止まった。
いつのまにか、避難しているはずだった職員までも動いている。
部屋に充満するピリピリとした緊張感。右往左往する職員たちの足音と、焦りを隠した冷静な声。
コウガは肌で、耳で感じた。
この部屋にいる全員が、最悪な状況を回避しようと必死になっている。
しかし、努力は時間に勝てなかった——無慈悲な光線は発射された。
「みんな、ありがとう。……ごめん。力が足りなかった」
力なくうなだれたネイルの背を、コウガは撫でた。
「最後が友と一緒で、俺は嬉しいぜ」
コウガは意地悪な笑みでネイルを見る。
「戦いばかりの人生になると思っていた。最悪な状況で故郷の国を出て、ここにきた。変人な友に、頼れる上司たち、騒がしい妹分と気弱な後輩に出会えた。最高だろう」
「そうだぞ。ネイル。優秀な弟のお前に助けられ、収容所を出られた。懐が深い社長に、生意気だが頼れる部下たちに出会えた。最高だ」
「コウガ。兄さん……うん。うん」
バラスにも背を撫でられたネイルは、ぐすっと鼻をすすり、何度も頷いた。
「そうですよ。室長! 僕らだっておもしろい上司に出会えた。最高の人生でしたよ」
残った職員たちが集まり、満足げに笑っている。
(いい笑顔だ。俺たちはやりきった)
コウガは振り返った。
そこには射出されたシェルターと、死を運んでくる赤い光だけがモニターに映されている。
死はもうすぐだ。
心臓が縮こまったように感じ、鼓動が激しい。
死んでいく者は、こんなふうに恐怖を感じたのだろうか。
(いいぜ。来いよ。このコロニーが沈んでも、中立国は負けない。ネッドのことも話さないだろう)
赤い光が近づいてくるのを見ながら、コウガは不敵に笑った。




