開戦2
コウガと別れたネッドは中央大通りを下る。
中央大通りの左右の街からは、まだ爆発音が響いている。
(急げ。急がないと……)
焦る気持ちに、落ち着けと自分を諫める。
ネッドが運転するトラックの速度に、後続車も続いてきている。
(もう少し。もう少しだ。頑張って、ついてきてくれ)
コウガが置いていったタブレット端末をちらりと見る。
(ネイルさんが指示してきた地点だ)
タブレット端末には、バツ印が光っている。
(ここだ!)
スピードを緩めると、少し先の道路が跳ね橋のように斜め上に上がっていく。
斜めに上がった道路の下には、ぽっかり空いた空間。
そこへトラックを滑り込ませ、そのままトンネルになった薄暗い空間を走った。
後続のトラックも無事に追走しているのをバックミラーで確認すると、人工太陽の光が徐々に遠のき、トラックの背後では重々しい音を立てて道路が降りた。
ネッドはホッとする。これで荷台に乗っている住民の安全はひとまず確保できたと。
そのまま進んだトンネルの先には、第3コロニー宇宙空港と同様に明るく照らされたドーム型の巨大な空間。
そこには大型のトラックの2倍以上あるアストロ・エクスプレスと白字で大きく書かれているオレンジ色の宇宙船。
トラック型の宇宙船の周りには、大勢の人とトラックが集まっていた。
コロニー間の配送に使われる大型の宇宙船だ。すべてのアストロ・エクスプレスの宇宙船が出港を待っている。
その宇宙船のコンテナに避難で使われたさまざまなトラックが入って行く。
警備兵の誘導に従ってトラックを移動させていると、アストロ・エクスプレスの社長であるブライヤが待っていた。
「ご苦労様。無事で良かった」
窓を下げたネッドに、ブライヤが安心した表情をする。
「コウガさんがまだ街に残っています」
「連絡は来ているわ。そのまま爆発に巻き込まれたトラックの救援に向かっている」
コウガらしいとネッドは思った。
仲間の死を怖がる彼は救おうとする。自分の身を犠牲にして。
心配げに天井を見上げるネッドに、ブライヤは
「トラックを降りて」
と告げた。
突如の指示。混乱するネッドに、早くと急かすブライヤの雰囲気に負け、大人しく降りると腕を引っ張られる。
どこからか現れた同社の社員が、トラックに乗り込むのを視界に入れながら、ネッドはエレベータに引っ張り込まれた。
ブライヤは何も話す気が無いのだろう。沈黙とネッドの困惑が混じった空間のエレベーターは、地下からそのまま上階に昇って行く。
エレベーターが10階に着くと扉が開いた。扉の前には見覚えのある本と、ガラクタが積まれている。
管理施設のネイルの部屋だ。
本とガラクタを跨いで振り返ると、エレベーターの扉は閉まり、クリーム色の壁と同化した。
呆気にとられ壁を見ていると、ブライヤに引っ張られ、ネイルの所まで連れていかれる。
そこには不安げなティナと、厳しい表情の父であるマイケルも居た。
「連れてきたわ。準備はできている?」
「オッケー。できている。ネッド君、こんな状態ですまないが、ホームに出発してくれ」
突如として告げられたネッドは、何を言っているのかと思考が追いつかない。
「どうして……どうしてですか? ハメルの子孫が原因で起こった戦いなのに……逃げるようなまねを……」
力なく縋るようなネッドに、申し訳なさそうなネイルは事情を話し始めた。
ネッドたちを逃がすように指示をだしたのは、ブライヤだった。
辛うじて爆発を逃れたバラス支店長が、ブライヤとネイルに「ネッドたちが指名手配犯になっている」と連絡してきたのだ。
ティナはよくわからないようで、首を傾げている。
ネッドは息を呑んだ。マイケルは目を見開いている。
なぜ、そんなことになっているのか?
そんな言葉が頭をぐるぐると回っている。
ブライヤはネッドが判断できないとわかったのだろう。
「ネッド君、ホームに行きなさい。これからどうするか決めなさい。このまま第3コロニーから去ってもいい。この戦争を見届け、ハメルの子孫と共に平和な未来に繋げなさい。……でも帰って来たければ、帰ってこればいい。あなたはもうアストロ・エクスプレスの家族なのだから。私はあなたの選択を受け入れる」
手回しが早いデミオナス代表から、ブライヤに事情が伝わっていた。
新人で末端の従業員の人生なのに、ここまで考えてくれるとは。
しかし、動揺は収まらなかった。
「僕も行った方が良いと思う」
ネイルも同意してきた。
「でも……少ない本好き仲間。友達の君には帰ってきてほしいかな」
苦笑するネイルに、ネッドは申し訳なくなってしまう。
こんなことになって、ネイルが大切に保管している本も危機にさらされている。
なんだかわからない恐怖で手が震えている。
ネッドは震えを押さえるように、右腕をさすってしまった。
「時間がないわ。指名手配犯にでっち上げている統一国にあなたたちが捕まると、今以上に最悪な状況となるのは想像がつく。もしキューブがあちらに渡ってしまうと、統一国が力を持つ可能性がある。今はおとなしくしているけど、ナンバリングを嫌うあの国が、新世界を攻撃する未来が来るかもしれない。奇跡的にバランスを保っている世界が崩壊してしまう。それこそ二分化戦争の再来になるわ。今度こそ地上は火の海。中立国も無くなってしまう。決断して」
最悪な未来まで想像しているブライヤに、ネッドは脱帽した。
今しか見ていないネッドより、はるか先の予測までしている。
視野が狭いとネッドは恥じた。
言葉を失ったネッドのそばに近寄り、誰にも聞こえないようにブライヤは囁いた。
「次代の守り人でしょ。あなたは選択できる立場よ。キューブの真実を知り、どうするかを決められる。コウガに聞いたわよ。意志が固まったあなたは頑固で譲らない。亡命作戦のときのように」
その言葉にネッドは、はっとブライヤに顔を向ける。
「あなたを待っている間にコウガから連絡があって、伝えろと言われたわ。『後ろを振り返るな。突き進みめ。何も持っていないお前は、お前だけのものを得たんだ。もう弱いだけのお前じゃない』って」
投げ飛ばされる稽古ばかりだったときに言ってくれた言葉だ。
キューブをどうするのか。隠すこともできるし、ネイルが言っていたように破壊もできる。
自分の意思でキューブの存在をどうとでもできる。
目を閉じ、すっと深呼吸をする——覚悟は決まった。
「行きます」
ある地点に一直線と向かうために。マイケルとティナを乗せ、ネッドは第3コロニーから出発した。
蝙蝠の羽を持つ漆黒の戦闘機は慣れたものがいいだろうと、ネッド専用にトラックの内部に改造された操縦席。
後方を映したモニターには、宇宙空間での戦闘が開始されていた。
睨み合う統一国軍の宇宙戦艦の軍団と中立国の宇宙戦艦。
その光景に涙し、ネッドはワープを起動した。
※※※※
管制室の窓から見えるのは星の海原と、鈍い灰色とスカイブルーのラインが入った中立国の宇宙戦艦。
二分化戦争以前に使われ、唯一残った情報である日本の軍艦をもとに作られた一世代前の戦艦だ。
宇宙領域の国境付近で目撃する小さな警備船とは違い、数多の雄々しき巨体の船は自分たちを見張るように展開している。
その向こうには円柱形の中立国第3コロニーの下部が開き、いくつものトラック型の宇宙船が出てくるのが小さく見えた。
上部からは帯のように細い煙が吐き出されている。
その状況を眺めながら、2階に鎮座している統一国宇宙部隊の将校であり、艦長を務める男は重いため息を吐いた。
(作戦が決行された)
統一国の最新鋭の戦艦。
その上体中央にある司令塔は半円形の2階建てになっており、1階では士官たちが情報と現状を報告している。
「本当に代表は許可をくださったのか?」
深くかぶった軍帽の奥から将校の疑いの眼差しを向ける先にはレイチェル。
無表情な彼女は将校の隣で、第3コロニーに視線を向けている。
「えぇ。誘拐の容疑者は私の研究情報を盗んでいった。これは由々しき事態であり、中立国が悪用しようとしているとの情報も、まことしやかに聞こえてきております。それに私の研究は私しかわかりません。だから、自ら取り戻しに行くのを、代表は許可してくださいました」
この場に似合わぬ淡いグリーンのスーツにピンヒールを履いた白衣姿の彼女は、自信に満ちているように見える。
「そうですか」
納得したように装った将校は、今回の出撃に疑問を持っていた。
代表、そして彼女の周りには黒い噂があること。彼女を取り巻く地上部隊の動きも、おかしかったことが気になっている。
旧パナマ地区にある防衛壁前の大規模戦闘において、「衛星兵器を使え」と急な応援要請。
衛星兵器は跡形もなく全てを溶かしつくす兵器である。高温の粒子が圧縮され、指定の範囲が蒸発する。
要請に答えた将校は、たかだか内乱の為に重火力の兵器の使用について、戸惑いながらも使用を許可したのだ。
放たれた衛星兵器で陸地が蒸発し、防衛壁前は断崖絶壁となり、北アメリカと南アメリカの陸路は断たれた。
反乱軍はすべて蒸発した。
ここまでするのかと驚いた将校の記憶は新しい。
もっとも驚いたのは、要請をしてきた部隊の全員の解雇だ。何かを隠しているとしか思えない。
そして、この出撃。
名目は『クルス氏を襲撃した犯人と、誘拐犯をかくまった中立国への警告』だ。
軍を使うには、いささか安易な大義名分だと将校は思っているが、上がって来た調査報告には犯人の名前と顔写真も記載されていた。
襲撃犯の主犯は銀の羽という団体に所属するマイケル・サマナー。マイケルは仲間を使いクルスを襲わせたと、逮捕した犯人は供述している。
主犯格であるマイケルの息子、ネッド・サマナーも誘拐犯であり、レイチェルから研究資料を盗み出したと記載されていた。
しかし、将校はレイチェルに異様な違和感を感じていた。
夫と息子が犯罪者になったというのに、この落ち着きよう。
今、前線に出ているレイチェルは、はたから見れば責任を取らされている可哀そうな女と見られるだろう。
だが、彼女は自ら動いていた。どのような手法を使ったかわからないが、指名手配犯となった2人の居場所を突き止めていた。
50年、生きてきた人生のなかで、ここまで冷静にいられる人物は見たことがない。
自身に満ちた有無を言わせぬ笑みに、将校は背筋に悪寒が走った。
「いかがしました?」
レイチェルに声をかけられ、将校は目を逸らす。
こちらが何も言えないことを知って、聞いてきているのだ。
「いや。なんでもございません」
将校はくそっと内心で悪態をついてしまう。
軍人より研究者の地位が高い統一国において、代表から全権を委ねられた彼女に我々は従うことしかできない。
それに加え、次期代表候補のクルスが銃撃に倒れ、怒りを腹に溜めている者もいる。
食糧問題を解消したクルスは、北アメリカの雪に埋もれた開拓地、南アメリカの荒れた大地で産まれた者には神に等しく感じただろう。
軍というだけで下に見てくることなく、分け隔てなく接する様は研究者としては珍しく、好感が持てる人物。
特に若者たち——彼らは熱狂的なクルス信者だ。
そのまっすぐな怒りは軍をまとめあげる将校ですら止めるのが難しかった。
「統一国の未来のため。クルス氏の報復を」
と、レイチェルの言葉に踊らされ、軍上層部の反対意見も無きものとし、ここまで突き進んできた。
冷静さもない出撃。実戦経験も乏しい若き獅子を死地に向かわせる。
二分化戦争以降、国内での小さな内乱はあれど、国と国の衝突は皆無だ。
あっさりと決着がつくのか。泥沼の戦いになるのか。
大規模な戦闘経験がない者たちの戦争——その行く末は想像がつかない。
(いざとなれば。若い者だけでも……)
老いぼれていても、たたき上げで上り詰めた老兵のプライドもある。
ただただ拳を握り中立国の戦艦を見据えることしかできなかったそのとき、「艦長。あれを」と士官が声をあげた。
窓に映したモニター映像を拡大する。
第3コロニーの底から出てきたのは、高速で飛ぶ蝙蝠の羽を持つ戦闘機。
それは宇宙空間を歪めて消えた。
「まさか……逃げられたか!」
将校の叫びに、レイチェルが「くそ」っと小さく呟くのが聞こえた。
目を向けると、先ほどまでの冷静さを無くし、酷く歪んだ表情をしている。
「警告を無視し、逃がすだなんて……」
「追いますかな?」
レイチェルの恨みごとに、試すように返答する将校。
将校を睨みつけた彼女は「ダミーかも知れない」と呟いた。
「攻撃開始」
レイチェルの号令に、士官たちは各戦艦に指令を伝えた。
士官たちのたぎる士気を現すかのように、嬉々として出撃したドローン戦闘機が宇宙を舞う。
中立国軍も戦闘機を出撃させてくる。
(始まってしまった)
振り上げた拳が下ろされることはあるのだろうか。
予想もできない先を憂い、光線が交わる戦場を将校は静かに眺めた。




