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ナンバリング  作者: 桜音 寿
ハメルの子孫編
31/43

開戦1

 多数のネズミ型のアンドロイドが、第3コロニーの迷路のような狭い路地を、縦横無尽に走り回る。

 小さいボディを活かし、壊れた壁から建物内に入り、窓や壁をすいすいと登って行く。

 その映像がゴーグルに送られてきていた。

 ネズミの身軽さに「おぉ」と、感嘆の声がでてしまう。

 どこかのビルの屋上から見えた映像では、トラックが住民であろう人たちを乗せている。


「コロニー内では一般市民が避難し始めてますね。この中に指名手配犯が紛れ込んでしまっていたらまずくないですか? 隊長」


 ゴーグルをかけた若い男が、目の前に立っている隊長にぼやいた。

 軽々しい口調の男に、隊長と呼ばれる男はため息を吐く。

 狭い倉庫内での待機に、隊長は凝り固まった体を伸ばそうとして、ヘルメットを天井にぶつけてしまった。

 ヘルメットを撫でながら、隊長は寸胴の体を縮めて答えた。


「あぁ。マズいな。逃げられるかもしれん。アイン、準備しとけ」


 隊長は落ち着いた口調で若い男であるアインに答えた。アインは床に置いていたライフルを手に持ち上げる。

 床には隊長の荷物も置いてあった。45センチ角のバックパックだ。


(いいなぁ。これ、僕も欲しかった。でも、重くて持ち上げられなかったんだよなー)


 隊長はアインと同じライフルを持ち、潜水服に似た黒い戦闘姿をしている。

 ひょろりとしたアインとは違って、同じ戦闘服を着ている隊長の服は、筋肉で盛り上がっている。

 再び頭をぶつけぬよう中途半端に腰を曲げている隊長の格好が面白く、笑いを耐えるアインをねめつけた隊長は、耳に付けたイヤホンを通信に繋いだ。


「そっちの準備はどうだ?」

『各員、配置完了。いつでもいけます』


 コロニー内の別地点で隠れている隊員も準備が整った。アインにとっては初めての大規模な戦闘。


(緊張してきた……でも、楽しみー)


 アインは統一国の特殊部隊の一員だ。

 統一国軍が敵わないナンバリングの相手をする。表に出せない事件を起こした国民の抹消。

 特殊とかっこいい名が付いているが、代表の影で暗躍する。栄光の下に潜る影だ。

 特殊部隊はナンバリングの被害者や、旧アメリカ地区で落ちぶれた人間の集まりである。

 40代の隊長は幼い娘がナンバリングに殺され、アインは研究者の両親を殺された。

 隔離を逃れた。もしくは施設から逃亡し、困窮したナンバリングに襲われたのだ。

 強盗殺人でナンバリングは捕まったが、両親を亡くしたアインは孤児院で過ごした。

 ——なんで。どうして。優しかった両親が殺されなければいけなかったのか?

 悲観と孤独を過ごしたアインの恨みは、年々と積み重なっていった。

 そして18歳になり特殊部隊という存在を知り、入隊した。

 レイチェルという研究者の実験による肉体改造と、厳しい訓練。

 強くなって、悪いナンバリングを倒せると思った。

 だが初めての任務は、レイチェルの研究所から逃げ出したタオという若い研究者と鬼ごっこだった。


(銀の羽だっけ? 逃げられちまったんだよな。お仕置きもされちゃったし)


 面白くもない任務。しかも逃げられたとあってアインは、不完全燃焼だった。

 それに指名手配犯のネッドとかいう青年は、ぬくぬくと裕福に育った同い年だ。


 (どんな奴なんだろう。ナンバリングと共謀して指名手配されるなんて)


 会ってみたい。犯罪者になり落ちぶれた奴の顔を見てみたいと考えてしまう。

 それにシミュレーションでしか知らない戦場。

 大規模な実戦への抑えられない興奮で、体が歓喜に震えている。


「隊長。まだですか?」

「アイン、落ち着け。これは隠密行動だ。一歩手順を違えると、命を落とすぞ。楽しくするには、準備が必要だ」

「へーい」


 気が抜けた返答をしたアインは。ちぇっと口を尖らせた。

 アインは我慢するのが苦手だ。先手必勝、特攻という言葉が大好きなのだ。

 若く、好戦的なアインの性格を知っている隊長の意地悪な笑みに、むぅとへそを曲げ始めたのだが、状況は一変する。


『隊長、ネズミが捕まりました』

「なに!?」


 別動隊の仲間からの報告に、面白い状況になってきたと、アインはゴーグルの映像を件のネズミの視点に変えた。

 精巧に作られ、本物と見分けがつかないネズミだが、アンドロイドだと気づかれた可能性がある。

 ニヤニヤと面白半分で見た映像には、オールバックの銀髪に眼鏡をかけ、鋭い眼光をした男が映っていた。


(眼光、こわっ!)

「わぁー。なんだかヤバそうな人ですねー」


 唇を舐めたアインはぞくぞくしながら、捕まったネズミの映像を見続けた。

 しばしの間、表情を凍らせた男が何かに気づいた表情を最後に、ネズミの目に仕掛けられたカメラの映像は天井らしき映像で途切れた。


「あっ。バレたっぽい」


 あっけらかんとしたアインの隣で、隊長はネズミの起爆装置を押している。

 さっきまでの余裕の表情ではない。


「作戦変更。すぐに実行する。全員、かかれ」


 バックパックを背負い、銃を構えた隊長の合図でアインは倉庫から躍り出た。


 倉庫の扉を蹴飛ばし、空港の入口に繋がる廊下を疾走する。

 途中で遭遇した重装備の警備兵の額に1発。撃ち殺し、転がっている死体を見ると首に03の刻印とバーコード。

 ナンバリングだった。


(レイチェルとかいうおばさんの言う通りだ)


 能力を発動させる前に殺す。これが鉄則。

 ナンバリングも能力を使わせなかったら、ただの人間だ。収容所のナンバリング相手に、訓練した通りに殺す。

 気づかれないように、背後からバタフライナイフで首を斬り、自慢の身軽さで誰彼かまわず、命を奪っていく。

 圧倒的な優越感と達成感。——この瞬間がたまらないのだ。

 快感に酔っているアインが通った後は、いくつもの死体と血の道ができていた。


「相変わらずの身のこなしだ。アイン、よくやった」


 隊長に褒められて嬉しい。普段は厳しい隊長が、褒めてくれるのは稀だ。

 意識していないのに口角が上がってしまう。


「急ぐぞ」


 隊長の後ろを走り、入口の自動ドアに近づくと、ぞわっとした寒気を感じた。

 目の前の自動ドアと周辺に霜が広がり、みるみるうちに凍っていく。

 アインが驚き、呆気にとられて見ていると、歪んだ光を反射した分厚い氷の壁ができていた。

 肺が凍るほどの冷気。白い息を吐きながらアインが足で蹴ると、こんこんと軽い音をたてたが、壊せそうにない。


「氷のナンバリングか。アイン、下がっていろ」


 そう言われ、アインが隊長の後ろに下がると、隊長が背負っていたバックパックが破れた。

 外袋の中から駆動音を小さく響かせ、バックパックは変形していく。

 あっというまに屈強な隊長の頭からつま先まで、体に沿うようにそれは覆った。


(すげぇー。アーマーパワースーツだ)


 黒光りする武骨なアーマーパワースーツは、重厚な鋼鉄の鎧。

 背負えるように軽く造られているが、特殊部隊では筋肉だるまの隊長と、数名の隊員しか扱えない代物。

 スーツを展開した隊長は右腕を引き、キュィーンと甲高い音をたてて氷の壁に向かって一突き。

 バキバキと音がした瞬間、氷の壁はひび割れ、壊れた。明るい人工太陽の光が、まっすぐにアインを照らす。


「さすが隊長。すげぇー怪力」


 アインは満面の笑みで、隊長の後姿に見惚れる。

 アーマーなしでも逞しい背中が、倍ぐらいの大きさに見える。

 ——自分もいつか、あんな風にデカくなりたい。誰にも負けない体が欲しい。

 ゴーグルに隠れた黒い瞳を、憧れに輝かせる。


「ボケッとするな! 敵さんが来たぞ」


 背中越しでも、アインの心情がわかっているらしい隊長の声がアインを叱咤する。

 車輪の駆動音と共に、数人の足音が隊長の前で止まった。

 先ほどの映像で見た男が立っている。

 オレンジ色のジャンパーを着用し、見ただけでわかる紺の立派なスーツのスラックスは、灰色に汚れている。

 汚れ、乱れた銀の髪にひび割れている眼鏡。ネズミの爆発を逃れられたのだろう。

 その後ろには同じようにオレンジ色のジャンパーを着用し、各々が銃器を持っている中立国民たち。

 しぶとい生命力であり、相当お怒りな様子がありありと見える。


「これ以上は行かせない」


 銀髪の男の怒気が籠った声と、側道からガトリング砲を積んだドローンが現れた。

 そしてトップエリアとミドルエリアと呼ばれる区域の境界線らしきところに、またも氷の壁が形成され始める。

 壁は徐々に高くなり、遂にコロニーの天井まで届いた。

 ナンバリングのすさまじい能力の力。

 アインは閉じ込められたと同時に、追い込まれたことも理解できた。

 ——どんとこいだ。不完全燃焼を解消できる。

 ついに自分の力をめいいっぱい使えるときがきた。

 ——さぁ、楽しい仕事の始まりだ。

 たぎる情動を我慢できないアインは、身軽な動きでガトリング砲を撃つ寸前のドローンに向かって行った。


 

 ※※※※

 孤児院に集まった住人をトラックに乗せたネッドは第3コロニーの主要道路である、中央大通りを走っていた。

 順調に走っていたネッドの耳に、爆発音が聞こえてくる。

 何ごとかとバックミラーとサイドミラーで確認すると、トップエリアの数か所で爆発が起き、大小の瓦礫が舞っていた。


「ネッド! 急げ」

「はい」


 窓から身を乗り出し、様子を窺(うかが)うコウガの声がキャブに響き、速度を上げた。

 爆発音は徐々に追いついてきている。おそらくトップエリアから順に爆発しているのだろう。

 トラックの背後から、細かい灰の混じった風が吹いてきている。

 灰を被らぬよう窓を閉めたコウガは、タブレット端末を取り出し、経路を確認している。


「最悪。経路を変えるぞ」

「わかりました。ナビ、お願いします」

「おう」


 中央大通りを走るトラックは、アストロ・エクスプレスの他に同業他社もいる。

 配送業者が一丸となって、避難に協力していた。

 3台目の後続車の背後で爆発。

 バックミラーに映る後続車は無事だったが、徐々にミドルエリアにも近づいてきている。ネッドは焦った。


(まずい。巻き込まれてしまう)


 額から汗が滲み、ハンドルを握る手も滑るのではないかと思うほど汗をかいている。

 再びトラックの速度を上げると、眩しい光がネッドの目をくらませる。反射でブレーキを踏んでしまった。

 そして爆発音。

 死を覚悟する。頭の中では荷台に乗せている住民への謝罪でいっぱいだ。


「しっかりしろ。ネッド!」

(死んでもコウガさんに怒られるんだ)


 恐る恐るネッドが目を開けると、影で覆われている道路。

 そっとフロントガラスから頭上を覗くと、爆発で折れたビルの一部がトラックの上で浮いている。

 大通りを寸断させるほどの大きさだ。

 そのまま落下してきていたら、キャブは押しつぶされ、ネッドは天国か地獄に行っていただろう。

 まさかと思い、コウガに顔を向けると右腕をビルの方に伸ばしている。


「念動力……」


 間一髪、コウガの念動力で助かったのだ。


「ありがとうございます」


 ほっと息を吐き、ハンドルに身を預けたネッドに何も答えず、右腕を伸ばしたままのコウガはトラックを降りる。


「ちょっと……」

「ネッド、行け」

「えっ……?」

「俺はここで降りる。このままでは後続のトラックも通れない」


 このトラックの後ろには、他社のトラックも止まっている。

 ネッドがブレーキを踏んだせいで、3台のトラックが立ち往生しているのが、バックミラーに映る。

 コウガはこのまま念動力でビルを浮かせ、ネッドたちを進めさせるためにトラックを降りたのだ。


「わかりました」

「住民を頼む。このまま進め。ネイルが道路を上げ、地下への道を開くはずだ。後ろのトラックを誘導するんだ」


 ネッドは頷く。コウガはドアを閉めた。


 すべてのトラックを見送ったコウガは、倒壊したビルを下ろした。

 そのコウガにバキバキと大きな音が聞こえた。

 音の原因は氷だ。トップエリアとミドルエリアの境に、人工太陽の光が乱反射する氷の壁が、天井に向かって作られている。


「氷のナンバリングが……防衛壁を作っている」


 トップエリアが攻め込まれている証拠だ。

 ——ネイルはトップエリアを捨てた。

 ネイルにとって苦渋の決断だっただろう。

 それは住民もだ。突如の攻撃に戸惑い、最低限の荷物を持ち、思い出の品も持ち出せず、日常を奪われた。

 中立国軍に所属する家族を置いての避難、言葉を交わせずに別れた者もいるだろう。

 避難の時間さえ与えられず、統一国は無害な住民への慈悲もない。

 新世界で軍人として戦っていた頃を思い出し、コウガはぎりっと歯噛みしてしまう。

 ——戦争なんぞ。なにも残さない。残された者に悲しみを、悔しさを植え付けるだけだ。そして憎しみも。

 生き残った自分の周りは仲間の死体。

 戦場では、誰しも平等に死が降り注ぐ。

 わかってはいるが、胸の内は納得できない。

 それを中立国の軍人、そして住民に刻み付けるのだ。

 コウガの心情とは裏腹に、爆発はミドルエリアの至る所で起こっている。


(まだ立ち往生しているトラックがいるはずだ)


 コウガは時計型デバイスで連絡をしつつ、煙幕が上がる方向へ走った。

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