避難
アストロ・エクスプレスの社員食堂には、全従業員たちが所狭しと待機していた。
シフト制の会社でここまでの人数が集まるのは稀であり、冷房が効いていても人の温度で少し暑い。
ヤスの個人宅から出たネッドは到着したが、ひしめき合う従業員たちに押し出され、食堂の入口付近で待機している。
急な呼び出し、宇宙領域の国境付近に集まった統一国軍の話、そしておばぁの死など、各々不安そうに囁きああっていた。
がやがやと騒がしい食堂に、ヒールの音が微かに聞こえてくる。
その音に反応し、従業員たちが静かになった。
社長であるブライヤ・ソーンと第3コロニーの支店長であるバラス・アダモが入って来たのだ。
黒のスーツのブライヤと紺のスーツをきっちりと着用しているバラスだが、この非常事態に2人とも硬い表情をしている。
通り過ぎる際に、ネッドを一瞥した2人は食堂の壁に設置されたモニターの前で立ち止まり、従業員を見回す。
「急な呼び出しに集まってくれてありがとう」
感謝を述べ、薄く微笑んだブライヤの目は赤くなっており、化粧で隠してはいるが目の周りが少し腫れている。
「社長は大丈夫なのか? 父親が撃たれたのだろう?」
ヤスがコウガに囁いた。
「気丈に振舞ってはいるが……どうだろうな」
コウガの隣にいるネッドにもその言葉は聞こえてきた。
その会話でわかったのが、ブライヤの父親はデミオナスということ。
その事実にネッドは気が重くなった——キューブの守り人である自分の存在で周りが巻き込まれていく。
鬱々とした気持ちになり、ブライヤを直視できない。
視線を下げたネッドの頭の上から、食堂全体に届く力強いブライヤの声が降ってきた。
「みんなも知っているように、第3コロニーの近くに統一国軍が集まってきている。中立国軍も警戒し、待機しているけど危険な状態よ。戦闘になる可能性を考え、亡くなったシズさんの代わりにコロニー管理施設のネイル施設長が、代理として指揮をとることになります」
顔を上げたネッドに、ざわっと小さなどよめきが耳に入って来た。
それを鎮めるように、バラスが手を伏せるように動かす。
「ネイル施設長の要請で、アストロ・エクスプレスは第3コロニーの住民の避難を請け負うことになりました」
ブライヤの説明でしんと静まった食堂に、誰かのゴクリと緊張感を醸し出す喉の音が聞こえた。
頷いたブライヤは、従業員たちの不安がわかったのだろう。
「強制はしないわ。すぐに戦闘が起こるかもしれない状況だし、誰だって家族や自分の安全が1番。でも……」
ブライヤは深呼吸し、従業員たちを見回している。
「アストロ・エクスプレスの……。私やあなたたちの生活を支えてくれたのは、この第3コロニーの住民たち。アストロ・エクスプレスに、大切な荷物を預けることを選んでくれた。その信頼を勝ち得たあなたたちを誇りに思っている。だからこそ、住民の命を守るための輸送をまかされたと思うの。私はその信頼に応えたい」
ブライヤはおろした艶のある金の髪を振り乱し、頭を下げた。
「勇気を出してほしいの。私たちの避難は最後になる。住民を守る為に恐怖と戦うことになるかもしれない。でも……輸送のプロとして、私と一緒に戦ってほしい」
呼吸も忘れるほどの鼓舞。誰一人として、声も出せない。
しばしの沈黙。
ただただ頭を下げたブライヤを見つめるしかできなかったネッドの横で、男が動いた。
コウガである。
「俺はやる。この命を懸けてでも、住人の命を運ぶぞ」
食堂の白い蛍光灯が覚悟を決めたコウガの顔を照らす。
「あぁ。そうだな。見逃すことなく避難させることができるのは、この街を熟知した俺たちだな」
ヤスも1歩前に出て、ブライヤに豪胆に笑いかける。
次に食堂の片隅からにゅっと手が上がった。
「私もやるよ。コウガに負けてられない」
リーの勝気な声が響いた。
従業員たちの注目が3人に集まった。しかし不安には勝てないのか、従業員たちは隣同士でうかがい合う。
もし避難ができず戦闘に巻き込まれたら、という迷いがわかるほど戸惑っている。
そんな従業員にヤスが声を張りあげた。
「この会社は故郷を捨てた者、捨てられた者の集まりだ。この国は俺たち、流れ者を受け入れてくれたじゃないか? 毎日、顔を合わせ、声をかけてくれる住人が困っているんだぞ? 俺は住人を愛している。この国の為にできることをやるぞ。それに俺たちの恩人が頭を下げた。恩人が俺たちを信頼している証しだろ。俺は社長の思いに応えるぞ」
それでも、声は上がらない。
「腑抜けどもが。家族が、届けた先で感謝の言葉をかけてくれる住人が泣き叫び逃げまどう姿を想像してみろ」
ヤスの気迫に、従業員たちの顔つきが変わった。
挑発する言い方に火がついたのか、徐々に「俺も」、「私も」と波のように次々と声が上がる。
その波は食堂を飲み込み、大きな熱狂の渦になりブライヤとネッドを驚かせた。
「みんな、ありがとう」
目尻に涙を浮かべたブライヤに、隣で厳しい表情をしていたバラスもほっと一息をついていた。
時に1人の熱意が、瞬く間に伝わり、人を1つにする。人の強さと思いは計り知れない。
その熱意にネッドは圧倒されてしまい、声を出せなかった。
そこからの動きは早かった。
管理施設からの避難経路の放送が街中に響き、住人は指定の場所に集まりつつある。
従業員はそこへ行き、住民をトラックに乗せ、指定された場所へ運ぶのだ。
整備班が準備したトラックに従業員たちは乗り込み、次々に出発して行く。
そのトラックを見送ったネッドは、アストロ・エクスプレスのオレンジ色の制服を久しぶりに羽織った。
なんだか、しゃんと背筋が伸びる。
ホームに旅立つことは、この状況でうやむやになってしまった。
しかし、南アメリカであった襲撃の二の舞にならないように住民の安全が一番だと、ネッドはトラックに乗り込んだ。
トラックを運転をするネッドが見る景色は、一変した。
中央大通りでは警備兵が誘導し、それに従うトラックと軍用トラックしか走っていない。
トラックと民間の輸送車はトップエリアからアンダーエリアへ。
軍用トラックはアンダーエリアからトップエリアへ向かって、坂道を登って行く。ガトリング砲を頭に積んだドローンもだ。
蜘蛛のようだった足をキャタピラに変え、兵士を積んで走って行く。
街全体が、戦争に備えるため動いている。
「本当によかったのか? ホームに向かわなくて」
助手席で時計型デバイスをいじっているコウガが、今になってそんなことを言ってくる。
「いいんです。この状況の発端は、僕とティナの行動から始まったんですから」
「お前は関係ないだろう。知らなかったのだから」
コウガにそう言われたが、ネッドはそう思わなかった。
「知らなかったですけど、今は知ってしまった。だからこそです」
「……そうか」
淡泊な返しだ。
ネッドは横目でコウガの様子を見た。コウガはこちらに目をくれず、腕時計型のデバイスに目線を集中している。
どこかに連絡しているのか、何かを確認しているようだ。
車内の沈黙はそのまま続き、中央大通りの中腹、ミドルエリアの住民が集まる孤児院に着いた。
先に着いていたアストロ・エクスプレスの従業員と警備兵も居る。
「順番に乗り込んで! 急がなくて大丈夫」
5人の警備兵が住民をトラックへ誘導しながら、声をかけている。住民たちは不安と困惑の表情をしながら、荷台に乗り込んでいく。
ネッドも急いでトラックから降り、荷台の扉を開ける。
荷台の中はシートベルト付きの長椅子が横並びで設置され、床にはクッションが敷き詰められている。少しでも快適に過ごせるよう改造されていた。
天井にも空気清浄機と空気を循環させる装置まであった。
(短時間の作業でここまで)
整備班の技術と本気度が見えた。
ネッドも警備兵と共に誘導、声掛けをしていると「お兄ちゃん」と誰かが足にしがみついてきた。
目線を下げると孤児院の子だった。
目に涙を溜めた、水のナンバリングの男児。かつて能力のコントロールができず、同じ孤児院の子とトラブルを起こし、今はコウガの教え子だ。
初めて出会いが昔のことのように感じる。見ない間に少し背が伸びたようだ。
「戦争が始まるの? 大人が言ってた」
ネッドのジーンズを震えた手でぎゅっと握ってきた。
「大丈夫。一旦、ここを離れるだけ。また戻ってこられるよ」
そう答え、屈んで男児の両肩に手を添える。男児は不安そうに、ネッドの腕を弱弱しく掴んできた。
ネッドは傍で立っている若い警備兵にアイコンタクトをとると、警備兵は安心させる笑みで頷いてくれた。
警備兵からお墨付きをもらったほうが、信頼できるだろうとネッドの意図を汲み取ってくれたのだ。
「ほら。警備兵のお兄ちゃんもそう言っている」
その答えに安心できたのだろう。男児は頷いてくれた。
「お兄ちゃんにもまた会える?」
「もちろん」
「約束だよ。また一緒にプールで遊んで」
指切りをするように、小指を差し出してきた。
男児のコントロール訓練のために、フレームプールを組み立てたことを思い出す。
ネッドが組み立てたことを覚えていてくれたのだ。じーんと心が暖かくなる。
ネッドも小指を差し出し、指切りをする。
「さぁ、みんなの所に戻って。離れ離れになったら大変だ」
そう言ったネッドに、「うん」と頷いた男児は、孤児院で働く妙齢の職員の所へ戻って行った。
そこには他の孤児院の子供たちが、コウガにしがみついていた。コウガにコントロールを教わっている子たちだ。
子供が苦手なコウガだが、1人、1人と子供たちの頭を不器用に撫でてる。
戦争はこうして繋いだ縁を、無慈悲に引き離してしまう。
——戦争は残酷だ。積み上げてきたものを一気に壊してしまう。
やはり、この争いのもとになるキューブの存在をどうにかしなければならない。
——でも今は……命が大切だ。
ネッドはぎゅっと拳を握り、再び誘導を始めた。
※※※※
アストロ・エクスプレスのトラックがすべて中央大通りを下るのを見届けたバラスは、社内へ戻った。
(次は非能力者である従業員を避難させなければ)
まだ受付には事務員が数人残っている。整備班の人間も何かを話し合っている。
「アカネ。社内に残る非能力者を集めてくれ」
「バラス支店長……」
事務員のアカネは、黒髪のポニーテールを翻しバラスを見た。
胸元にはタブレット端末をぎゅっと抱きしめている。ギリギリまで避難に向かったトラックのフォローをするつもりだったんだろう。
常に朗らかに接客している彼女の顔が強張り、宝石のような緑の瞳が水の膜を張り、揺れている。
「大丈夫だ。すぐに避難できるように手配する。だから安心していい」
安心させるように笑みを浮かべるバラスは、アカネの肩に手を置いた。
彼女の肩は震えている。
「こんな……こんなことってあるんですね」
彼女の涙は決壊しそうだ。無理もない。二分化戦争以降、戦争などなかったのだから。
特に彼女のような若い者や中立国で産まれ過ごした者は、内乱や戦闘など遠い存在だ。
「昨日まで普通だったんです。みんなでご飯を食べて、楽しみにしていたドラマを見ていたのに……。今日だって……」
現実を飲み込めない彼女は、唇を噛み、泣かぬよう耐えている。
バラスとて信じがたい状況である。
ただ、故郷である統一国がこんなに素早く動くとも思っていなかった。国を離れ、あの国の実態を忘れかけていたのだ。
「あってはならないことなんだがな」
そうあってはならない。ナンバリングだからと迫害を受けたバラスは、命の重さを知っている。
人はあっけなく死ぬのだ。罪を犯そうが、法を守ろうが、ナンバリングであっても、非能力者であっても死は等しく降り注ぐ。
だからこそ、自ら戦争を、死を降らそうとしている統一国を許せない。
「アカネ。生き残るんだ。生きていれば再建できる、希望はある。皆を集めてくれ。急げ」
「はい」
アカネはぽろぽろと流れる涙を拭って頷く。そして強い子だと思い、バラスも「頼む」と頷いたとき。
「きゃっ」
とアカネが悲鳴を上げた。
悲鳴の原因を見ると、彼女の足元にネズミが居た。
「ネズミ?」
アカネの不思議そうな声に、バラスも疑問に思う。第4コロニー以外に動物は存在しない。
(おかしい。なんだ?)
バラスはすばやく手を伸ばし、ネズミを掴んだ瞬間、脳裏に映像が流れてきた。
03のナンバリングであるバラスは、触れた物体や人間から記憶を読み取る能力——透視の一種である接触感応である。
脳内に流れてきた映像には潜水服のような戦闘服を着た者が数人。うす暗い部屋で第3コロニーの平面図に何かを書き込んでいる。
そして次に見えたのが、立体ホログラムに表示されたマイケルとネッド、そしてティナと低い声が聞こえてきた。
「この男2人が指名手配犯。少女が救助者だ。この3人を『生きて捕らえろ』との命令が下された」
「えー。指名手配犯なのに、殺しちゃダメなんですか?」
「そういうなアイン。今回は潜入任務だ。戦闘必須の可能性もある。この3人以外は、どうしてもいいとお達しだ。お前の力を見せてみろ」
「やったー」
この映像だけでわかる。バラスの部下であるネッドとその父であるマイケルが、犯罪者にされていることだ。
把握しきれない事態の重さに、冷や汗がバラスの額から伝い落ちる。
だが、バラスの心理とは裏腹に能力は、映像をつきつけてくる。
大量のネズミに小型ダイナマイトが取り付けられ、中立国と統一国を繋ぐ定期船に搬入された。
そして——今、第3コロニーで放たれている。怪しげな人物たちと共に。
「まずい——伏せろ」
バラスがアカネを抱き込み、ネズミを社内の入口である自動ドアへ投げ捨てた。
直後それは不気味に激しく震え、発光し自動ドアごと爆発した。




