ハメルの子孫
ローテーブルを眺めながら、マイケルはぽつぽつと語り始めた。
「まずはキューブの話だ。ハメルは中立国を建国に従事した後、宇宙に旅立った。歴史、自らの研究データ、二分化戦争以前のものをすべてを携え、自分の消息を絶とうとしていた。今の世界では二分化戦争以前の歴史は戦火で消失したとされているだろ?」
マイケルの問いにティナとコウガ以外全員が頷いた。ネッドも焼失したとされているのは学生時代に学んだ。
「紙の資料ならともかく情報データすら残っていないのは、おかしいと思わないか?」
マイケルの問いに、
「言われてみれば、そうですね。当時、使われていたサーバーにも残っていなかったのも、おかしい」
と言いながらクルスが、考えるように目を閉じた。
「それはハメルがすべての情報を消失させたのだ」
学んできたことと違うことに、小さなどよめきが起こる。
ハメルの謎の行動に、クルスが切り込む。
「なぜそのようなことを?」
「人類の歴史を新たに作るためだと、私は聞かされている。ナンバリングと非能力者が2つに分かれてしまった世界では、技術、文化も独自に進化し始めた。だからこそ、必要ないと考えたのだろう。ただ、私が思うにハメルは戦争になるものを無くそうとした、と考えている」
「だったら、情報をすべて消去すればよかった」
コウガの意見に、確かにとネッドは頷いてしまう。
だが、ネッドはふと疑問に思った。
「なんで、焼失した情報を残したの?」
「それがキューブの始まりだ。旅立ったのはハメル本人と、ハメルと共に旅立つことになった者たちの中に、ナンバリングが居た。そのナンバリングたちに異変が起こったのだ。……急激な老化。原因は能力の使い過ぎだった」
ネッドの隣で息を止める音がした。
音の出どころであるコウガを見てみると、顔は青ざめている。
コウガの正面に座るデミオナスも驚愕の表情だ。
(それもそうだ。ナンバリングからしたら、この先の人生にかかわる)
特に中立国のナンバリングはコロニーのライフラインを担当している。非能力者が手の届かない作業に従事し、生活を支えている。
日々、力を使い続けた先に急激な老化。それは死期が早まることになる。
急激なナンバリングの人口減少と人権問題に発展しかねない。
「そのためにハメルは研究を続けることになった。消失させようとしていた情報データが必要になってしまった。それがキューブの始まりだ」
「では、キューブには焼失したとされている情報がすべて入っているということですか?」
クルスの問いに、頷くマイケル。
「それを悪用されないよう、必要な情報を伝えるために生みだされたのが、ハメルの遺伝子を持ったハメルの子孫たち。そして私たち、ハメルの子孫たちだけで構成される銀の羽という団体が作られた」
マイケルはそっと胸元から羽を形したネックレスを見せてきた。
ネッドは自分がその重大な位置にいることが薄々とわかってくる。
混乱しそうになる頭を冷静に保つよう努めるが、マイケルの話はどんどん進んでいく。
「キューブを守ることを並行して、地球とコロニーに残るナンバリングの生命を守るため、治療方法を伝えるために生み出されたハメルの子孫たちは世界に散り、人の生活に紛れ込み、研究結果を密かに伝えてきた。だから今は大丈夫だ。老化問題は解決している」
マイケルの言葉にほっとした表情のデミオナスに、コウガは「ビビった」と姿勢を崩したのが目に入った。
しかしクルスだけが難しい表情をしている。
「なぜ、ハメルの遺伝子を継ぐ者だけが生み出されたのですか?」
「それはわからない。ハメルの意思も、キューブに収められているらしい。これは、守り人しかしらない。情報開示は守り人が決めている。だから、大学時代の君の前に私が現れた」
クルスが目を見開く。
「そうですか。あのアドバイスはそういうことだったのですか。それでは今もハメルの子孫が活動しているんですね」
クルスは納得するように頷くのを見たマイケルは、「そうだ」と同じく頷いた。
「これがキューブとキューブに係わるハメルの子孫の話だ」
マイケルが話を締めくくる。まだ謎が残っているような気もするが、これ以上話す気は無いようだ。
しんと室内が静まり返る。言葉を発するのがはばかれる雰囲気だ。
ただ、ネッドはこれだけを聞きたかった。いや、確認しておきたかった。
「ねぇ、父さん。僕は母さんの子供じゃない?」
「……。あぁ、血のつながり。遺伝子の繋がりはない」
おおよその予測通りのマイケルの返答に、ネッドは「そう」としか言えなかった。
——母はどう思っていたのだろうか?
——血も遺伝子のつながりの無い子供と知っていたのか?
——知っていたら、どんな思いで育ててくれたのだろう?
ネッド自身がそのことを知っていたら、迷惑をかけぬように、劣等生にならぬように勉学を頑張っていたかもしれない。
後悔、母に対しての疑問。たらればの考えや思いが、ネッドの心を締め付ける。
幼稚な子供だった。母に背を向けられて勝手に落ち込んで、今度は自分が背を向け、恥をかかせただろう。
自然に視線が床に向いていく。周りからの視線には心配、気遣いが含んでいるのがわかる。
そんな雰囲気のなか、隣から堪えるような笑い声が小さく聞こえてきた。
「壮大な話になったな。気弱なネッドがそのキューブの守り手とは想像できないぞ」
顔を手で隠しながらコウガの体が微かに震えている。指の隙間から見える目は、からかっている色がうかがえた。
笑いを耐えているのがまるわかりだ。
「ネッドは昔から泣き虫だったが。今もそうなのか?」
マイケルもこのからかいに乗っかってくる。
「そんなことは……ないと思う」
失うことが多く、泣いてばかりだった自分を思い出し、ネッドは恥ずかしくなった。
しかし、この揶揄いに不愉快な思いは無かった。
理解しがたい自分の出自、母に対しての思いで気落ちしているネッドにはちょうどよく。
2人に気を使われているのがありありと感じた。
コウガとマイケルの掛け合いで、この場の雰囲気が和らいだ。
「しかし、どう戦闘を回避するかが残っている」
「そうですね。キューブの存在が確立された。それにネッド君とティナ君をどうすべきかも残っています」
そうだ。まだ問題は残っている。苦悩するデミオナスとクルスの会話に、再び緊張感がネッドに戻ってきた。
そのとき静かに話を聞いていたネイルが、場にそぐわぬ能天気な声をあげた。
「キューブを破壊しては?」
その場の空気がピシッと固まったのがわかった。
ずっと沈黙を貫いていたティナが、がばっと立ち上がり、その勢いにネッドの体がびくついてしまった。
『なにを……』
「新世界はわからないけど、統一国では旧アメリカ限定的だけど技術は進化してきている。その技術が他の地区に広がれば、統一国の未来は明るいよ。それに中立国だってそうだ。紆余曲折はしただろうけど、ここまで豊かになったんだ。キューブなんて必要ないんじゃない?」
手を大きく広げたネイルのにこやかな微笑みに、苛立ちを感じたのかティナは怒りに震えている。
『今まで支えてきた我らを侮辱する行為だ。今でも、我らの大切な物を欲しているくせに!』
「そんなわけないよ。密かにこの世界を支えてくれたことは感謝している」
両手を振り、身振りで拒否をしていたネイルの表情が真剣な表情に変わった。
そしてネイルはデミオナスとクルスを見た。
「ここまでに来るまで、コロニーの内部は見た? 今ある技術とナンバリングの協力で生活している。人はいつまでも愚かではない。いがみ合うこともあるけど、互いを認めている象徴じゃない?」
その言葉にクルスは、確かにと頷く。
「そうだな。銀の羽の構成員は地球とコロニーで生活している一般市民もいる」
マイケルの言葉に、銀の羽に所属していた2人を思い出す。
人の役に立ちたいと言っていた同級生のガナ。ネッドの朧げな記憶には統一国で別れたエリザベスも、譲れない思いがあって銀の羽の構成員になっている可能性もある。
今思えば、エリザベスに別れの挨拶をしていなかった。
もう一度会えるなら挨拶ができなかった詫びと話をしたい。ネッドは迷彩柄の軍服を着ていた、黒髪のショートヘアが似合う彼女を想い浮かべた。
「実際に国を超えて、統一国の暴挙を止めようと動いている人物がここに居る。もう少し僕らのことを信じてよ」
デミオナスとクルスのことだ。
真剣な表情から苦笑いをしたネイルに、ティナは気まずいのだろう。黙ってしまった。
ティナがどうすればいいと言いたげな表情と、すがるような目をしてネッドを見てきたが、曖昧な笑みでかわすしかできなかった。
そんなティナを諭すようにマイケルは言う。
「私が次代の守り人であるネッドをホームから連れ出したのは、現在の守り人の意思だ」
『そんな……。聞いていない。みんな、待っていろと言うだけだった』
ティナはショックを受け、混乱しているのがわかる。
「君の性格上、飛び出していくとわかっていたから、ホームの人間が話さなかったのだろう」
ホームと呼ばれる場所でティナを育てた人は、ティナの性格をよくわかっていたのだろう。
大切に育てられてきたことがわかり、ティナとは違う環境で生きてきたネッドは切なくなってしまった。
ただ、その隠しごとが原因で起こった争いが目の前に迫っている。
「僕はホームに行ってみます」
キューブに関係がある自分とティナは、責任を負わなくてはならないとネッドは考えた。
その言葉にティナは驚きと喜びが混じった表情に変わった。ただ他の人たちは心配げだ。
「キューブの破壊はともかく、僕たちがここに居ると……。考えたくもないですが、今の状態の母が第3コロニーを急襲する可能性もあります」
「その可能性はありえる。レイチェル君はかなり追い込まれている様子もあった」
クルスがネッドの意見に同意すると、その会話を聞いていたデミオナスは渋い顔をする。
「しかし、それでは……。君は中立国の国民だ。私は君を守ることも重要だと考えているが」
「ありがとうございます。でも、僕も中立国の人、それに第3コロニーの人も大切です。だから……今度こそ、守りたい。微力でも僕ができることをやりたいんです」
このコロニーで出会った人を、逃がすことができなかったタオのようになってほしくなかった。
しかも今回は国を巻き込んでいる。犠牲者は計り知れないことになるだろう。
おどおどと入室してきたときより、堂々としたネッドにデミオナスはあきらめたようだ。
「わかった。ではネッド君たちはそのように動いてくれ。アストロ・エクスプレスには私から連絡しておこう。そのほうが話も通りやすい。私はクルス氏と会談の段取を決めよう。報告では新世界も密かに動いている」
「そうですね。こちらも旧パナマで大規模な戦闘があった後です。これ以上の犠牲は出したくない」
デミオナスとクルスはネイルの部屋を出ていった。
話を進めながら出ていく2人の後姿に、ネッドはもし次の統一国の代表にクルスが選ばれたら——国同士で協力した未来への道を歩んで行けるかもしれない予感がした。
「帰るぞ。硬い話で体が固まった」
ほぐすように体を伸ばしたコウガは、「腹減った」と、腕時計型のデバイスに目を向けている。
「やっさんが飯を用意しているとさ」
ヤスのメッセージを伝えられ、ネッドの腹がなった。
なんだか食欲が戻ってきたみたいだ。いつまでも落ち込んではいられないと、体が訴えているように思えた。
ネイルに別れの挨拶をし、コウガの車に向かう途中、マイケルに声をかけられた。
「ネッド。すまない。私が話さなかったばかりに、ここまで大きな事態になってしまった。つらい思いをさせた」
悲痛な面持ちのマイケルに、ネッドは首を振った。
「知っていても、統一国にいたらなにもできなかったと思う。それに、もしかしたら母さんのために協力していたかも知れない」
ネッドは一呼吸をした。現状はそのような状態ではない。
まだ母はなにも手に入れてないのだから。
「でも、今は間違った方向を正そうとしている人がいる。それに母さんのもとに僕がいない。それには希望があると思う」
自信過剰になったかと恥ずかしくなり、語尾が少し小さくなった。
しかしマイケルは安心したような、誇らしい表情になっている。
「そうだな。会わないうちに、逞しくなったな」
「そうかな」
顔が熱い。ポリポリと頬をかいてしまった。
振り返ると自動車の横で、待っているコウガがこちらをじっと見ている。
気恥ずかしい親子の会話を聞かれてしまったかもしれない。
「ティナと私はこちらで預かってもらう。なにかあったら連絡してきなさい」
そう言って、連絡先をデバイスに送ってきた父と後ろ髪をひかれる思いで別れた。
父の横で不服そうにしているティナに見送られ、ヤスの個人宅に戻るため管理施設を出ると、天井の映像は夜になっていた。
住宅街の窓から光が漏れ、カーテンには人の動きが影となって見える。夕食時だ。住人は家族団らんの時を過ごしているのだろう。
「いい父親だな」
ぽつりとコウガがネッドに向かって、呟いた。
「そうでしょうか?」
そうとは思えない。母のことも、銀の羽で活動し、隠しごとをしていた。
「危険を承知でお前の前に現れた。あの人も狙われていた可能性もあったはずだ」
「……そうですね」
短い会話の中に、コウガの気遣いがあった。今日は、彼に助けられることが多かった。
窓から漏れる光が続く道を進み、ヤスの個人宅に帰ると鍋の準備をされていた。
胃に優しいうどんや、くたくたに煮た野菜はネッドの五臓六腑に染み渡り、ヤスに誘われたコウガは肉ばかりを食べ、ヤスに怒られている。
食が進むネッドに安心したのか、ヤスはコウガの昔ばなしで盛り上がる。
ヤスは難民や移住の際に、中立国での生活を教えるホストファミリーのようなものをしていると話してくれた。
コウガの他にもリーとヴァン、アストロ・エクスプレスの従業員も受け入れてきたそうだ。
だからリーとヤスは親子のように見え、コウガはヤスに頭が上がらない。
ヴァンとリーの親しさも、ここから始まったのだろう。
しかし、コウガの荒れ具合はひどかったらしい。
コウガは新世界から中立国に来た頃は、念動力で部屋の家具を全滅させたそうだ。
ナンバリングらしい荒れ具合である。
引き攣り顔のネッドと違い、がははと笑いながら話す豪胆なヤスに、タジタジのコウガの姿がそこにあった。
夜遅くまで盛り上がった食卓。寮の食堂とは違い気兼ねなく笑い、今日の緊張が嘘のように解きほぐされていく。
家族ではない。先輩と後輩の関係だが、ここには垣根を超えた何かがあった。
3日後、ネッドは寮に帰ろうと荷造りをしていた。
かいつまんでネッドの身の上を聞いたヤスは「寂しくなるな」と残念がっているのを、苦笑いをしていると盛大に玄関ドアを開いた。
乱暴な音でヤスの体を飛び跳ねさせ、ネッドの心臓を飛び跳ねさせた犯人はコウガだ。
汗をかき、肩を大きく動かし、息を整えている。
「宇宙領域の国境に……統一軍が現れた」
昨日、会談は行われたとニュースになっていた。
失敗したのか。母親が痺れを切らしたのか。ネッドは嫌な予感をヒシヒシと感じた。
「会談は無事に終わったらしいが、コロニーに戻る途中、おばぁとデミオナス代表が襲われ……おばぁが亡くなった。クルス氏も襲われたらしい」
第3コロニーの代表でおばぁと呼ばれる未来視のシズが死んだ。
それは第三コロニーの指揮を失ったということだ。その上、デミオナスまでも倒れた。
クルスまで倒れたとなると、統一国と中立国との外交の柱が崩れしまった。
この報告にヤスは目をひん剥いて、驚いている。
「うそだろ!? デミオナス代表は?」
「危なかったらしいが、山は越えたらしい。クルス氏と共に旧日本の病院で集中治療室にいるそうだ」
「おいおい。どうなるんだよ」
「とりあえず。社長から『全従業員、集合』だと。早く車に乗れ」
コウガに促され、急いで車に向かう。
外では住人たちがじっと街頭モニターを見つめている。
アナウンサーが淡々と報道している姿を、不安そうに見る者。おばぁの死を悲しみ、怒りを露わにしている者が入り混じっている。
コロニー全体が混乱と混沌に沈んでいた。




