訪問者
「……父さん?」
小さな声で戸惑うネッドの背を軽く押したコウガに促され、お辞儀をする。
先立って歩いていくコウガの後ろについて、ソファーへ向かう。
おずおずと座るネッドを真ん中に、左にコウガ、右にティナと座った。
コウガとティナは、この場の異様な緊張感を気にしていないのか、堂々とした態度だ。
コウガの正面に座る人物には、ネッドは見覚えがあった。
その人物がネッドとティナに声をかけてきた。
「ネッド・サマナー君。休暇中に申し訳ない。亡命任務も受けてくれたことにも感謝する。ティナ君も初めまして。まずは紹介をさせてほしい。私は第1コロニーの代表のデミオナス・ソーンだ」
金髪の短髪で初老の男性。紺のスーツを着て、国の代表としての威厳がある。
すべてを見通すような鋭い目は、微妙なバランスを保っている世界情勢の中で、長く中立国を守ってきたことがわかる。
「私の隣に座っているのが、統一国の選挙に立候補しているクルス・サムジット氏」
ネッドの正面に座るクルスは知的な面立ちに赤褐色の髪を無造作に整え、黒のスリーピースを着こなしている。
結果主義の統一国において、立候補できるほどの結果をだしたのかと、ネッドはまじまじ見てしまう。
この緊張した空気でネッドに微笑んでくる余裕さ、そしてシャツの首元を軽く開けた様に、大人の色香が半端ない。
「そしてサムジット氏の隣に座っているのは、マイケル・サマナー氏」
やはり父親だった。生きていた。ネッドが探していた父親が生きていたのだ。
無造作に肩まで伸びた、くすんだオレンジの髪を1つにくくり。黒ぶち眼鏡の奥にはブラウン瞳。
ネッドに似た面立ちには消息が途絶えた頃より皺が増え、白のカッターシャツに黒と茶色のチェック柄のベストに、薄茶のスラックスを履いている。
記憶の中では、いつもくたびれた服装をしていたはずなのに、今は違う人に見えてしまう。
嬉しさのあまり父がいることを信じられないネッドの腕に、ティナの腕が巻き付くように抱き着いてきた。
怯えているのかと思ったネッドが視線を向けると、彼女の青い瞳は仇を見るように視線をマイケルに送っている。
ティナの態度にぎょっとしているとデミオナスが、注目を集めるように空咳をする。
「サマナー君。申し訳ないが、サマナー氏と混同しないようにネッド君と呼ばせてもらう。君たちを呼んだ理由だが、先日統一国との会談があった。その場にはサムジット氏と共に、統一国代表と君の母親が同席しており、ネッド君とティナ君を統一国に帰還させるようにと要求してきた。しかも中立国があたかも誘拐したような内容でな」
デミオナスの話に、隣のコウガは苛立つように「は?」と小さな声をだし、ネッドは息を呑む。
ティナの腕に力が入ったのもわかった。
ぎりっと歯を軋ませるコウガが立ち上がり、
「亡命を強いるほどのことをしたのは、あっちだろ。しかも誘拐だと。そんな言いがかりがまかり通るのか?」
と怒りが爆発した。ネッドも同じように抗議する。
「そうです。タオも逃げたくなると言っていました。だから銀の羽に……」
2人の怒りを受けたデミオナスは、「だろうな」と呟き、一呼吸した。
「君たちの怒りもわかるが、落ち着いてくれ。亡命の報告は聞いている。追手にネッド君の血縁者がいたことは不運だった。だが、理不尽な容疑にこちらもやすやすと渡すわけにいかないと抗議はしたが、あちらは武力も辞さないと会談は失敗に終わってしまってな」
「「なっ……」」
冷静に答えたデミオナスに、コウガとネッドは言葉を失った。
コウガは呆然と力なく座り、ネッドはズボンを握りしめることしかできなかった。
武力も辞さない——それは戦争になる可能性があることだ。
よぎきった考えにネッドの手にじわっと汗が出てくる。
青ざめた2人を見ていたクルスは頭を下げると。
「この度は申し訳ない。同席していたにも関わらず、このようなことになってしまい。私はレイチェル君の言い分しか聞いていなかった。だから、個人的に面識があり、詳細を知っている銀の羽の幹部であるマイケル氏と連絡を取ったのだ」
ネッドはぎょっとした。父親がクルスと面識があったこと、それ以上に銀の羽では地位が高いところにいることにも。
ただこの場で問いただすわけにはいかず、盗み目で父親を見てしまう。
「今回はタオ君が残したデータと真実を知るため。この場に同席させてもらっている。時間がない。すまないが話を進めさせてもらうよ」
クルスはネイルに目配せをし、頷いたネイルが三面鏡のモニターにデータと画像を表示させる。
この場にいる全員が注視した三面鏡のモニターの中央には、よくわからない文字の羅列。
その中央を指さし、クルスが説明をし始めた。
「タオ君が命を懸けて、持ち出したデータだ。このデータはレイチェル君が研究しているもので、遺伝子操作、ゲノム編集で"デザインベビー"を誕生させようとしている。ただ人間を作る装置が完成されてない。そのためこの研究は頓挫している」
次にクルスは右のモニターにある画像を指さした。
画像には様々な実験をしたのだろう。
実験室の解剖台に縛り付けられている血まみれのナンバリングが映った画像。
胴が破裂した、無残な姿に青ざめたネッドは耐えられず、右手を口に持っていく。
タオから渡されたUSBに、こんなデータが入っているとは思わなかった。
——気持ち悪い。耐えられない。見たくない。
母親が行っている残忍な行いを突き付けられ、ネッドは目を逸らす。
タオは母親を止めてほしかっただろうか。親友の母親をこれ以上、外道にさせないように——だが、今となってはわからないことだ。
クルスはそんな思いのネッドを気にせず、淡々と話を進めていく。
「デザインベビーの研究と平行してナンバリングを非能力者に戻す研究もしているようだ。統一国は少子化問題に直面している。ナンバリングを非能力者に戻し、各分野の研究を引き継ぐための人員、働き手を確保しようとしていると思われる。恐らく、この2つの研究の為、ハメルのキューブを欲していると思われる。だが、ナンバリングの人権を無視し、非道な行いをしているのは明白だ。そんな人物に君たちを渡すわけにはいかないと思っている」
「クルスさんは止められなかったのですか?」
ネッドの問いにクルスは首を横に振る。
「レイチェル君は以前から黒い噂はあった。1年ほど前から、レイチェル君が主任を務める研究室の警備が増えたのを怪しく思い探りを入れてみたが、はぐらかされ続けた。周りからも探ってはみたものの、研究者同士は自分の研究を守るために繋がりは希薄だ。情報は得られなかった。この情報は君を待つ間に知り得た」
ここで無表情で静かに話を聞いていたマイケルが、口を開いた。
「銀の羽でもナンバリングが酷い目にあっていると報告が上がっていた。もし本当なら、助け出すために潜入しようとしたが警備が厳しく断念していたのだ」
無機質かつ冷静なマイケルに、ネッドはぐわっと怒りが沸き上がり、立ち上がってしまった。
「父さん!! それがわかってて、なんで今まで帰ってこなかったんだ」
責任転嫁だとわかっている。八つ当たりだ。
母のことを知ろうとしなかった自分もよくないとわかっているが、出てくる言葉を止めようにも止まらなかった。
「早く母さんを止めれば、タオは死ななかった。研究者として成功していたかもしれない」
「ネッド、すまない。私にはそれ以上に、やらなければならないことがあった」
眉を八の字にしたマイケルはティナに目を向ける。
「ティナ、なぜ地球に降りてきた? 待つことを知らぬのか? ホームには定期連絡をしていたはず」
ここでモニターを凝視していたティナがマイケルに怒りの表情を向けた。
ネッドはティナが嬉しそうに微笑んでいる表情しか見たことがない。
殺気だっている怒りに驚き、ネッドの怒りが治まっていく。
『私は十分我慢した。だから自分の番を探しに来ていただけ。マイケルには関係ない』
能力の制御ができていないティナの可愛らしい声が、ネッドだけでなく全員に聞こえたのだろう。
ネッドとマイケル以外が驚くように、ティナに視線を向ける。
「ナンバリングだったのか」
と、ネイルの小さなつぶやきが聞こえた。
ティナにはバーコードとナンバーが刻まれていない。
一般的なナンバリングの登録システムから逸脱した者。だから、話せない非能力者に見えるのも仕方がない。
「関係ないとは言えまい。あれは記憶再生装置で君の記憶から抜き取ったデータだろう」
ため息をついたマイケルが、ネイルの左側のモニターに表示されている不思議な白い戦艦と、水で満たされた丸いガラス中にいる胎児の画像を一瞥し、ティナに言う。
「そんなものまで! 記憶再生装置は未完成だ。使用された者の脳と精神に負担が大きいはず。彼女が無事だったのが不思議なぐらいだ」
狼狽えていたとしても気を利かしたネイルは、記憶再生装置の画像も表示させた。
頭部が収まるようなっているヘルメットから伸びる2本の細い管がマッサージチェアのような椅子に繋がっている。
その画像に眉をひそめ、不快感をあらわにしたティナを見たネッドは思った。
タオがティナを逃がすことにしたのは、記憶再生装置のせいなのしれない。
脱出時、タオは常にティナのことを気にしていたのだ。
「記憶再生装置で得た情報をもとに、レイチェルはハメルの子孫とキューブに近づいているのではないか?」
確信をつくように、マイケルはティナに話す。
マイケルの視線に耐えられず、ティナは唇を噛みしめ、視線を床に向けた。
『……』
「図星だな。これはもう我々の存在が知られたことに近い。そしてレイチェルが求めるものもある。今は知る人ぞ知るだが、そのうちキューブの存在も知られる」
『そのきっかけを作ったのはお前だ。お前がネッド連れ出ださなかったら! 私は本来あるべき形に戻したいだけ』
断固として自分の行いは間違っていないと、ティナはマイケルに怒っている。
言いあうマイケルとティナを交互に見ていたネッドは、話に追いついていけず狼狽えたが、ふと疑問が浮かぶ。
「ちょっと落ち着いて。僕には話が見えない。ティナの言っている番とはなんなの? 本来あるべき形って?」
ネッドの問いに、状況を見守っていたコウガも賛同してきた。
「それは俺も気になる。ネッドは何者なんだ? 第4コロニーに向かう前、『ティナと少女を守れ』と、おばぁに呼び出された。おそらく少女はティナだろ。そのときは都市伝説みたいなキューブに関わるからと思っていたが。今はハメルの子孫とも関係があると推測するが」
コウガの問いに、マイケルは観念したようにネッドに視線を向ける。
マイケルの瞳は後悔、哀情のようなものを語っていたのを目にしたネッドは、腕をさすってしまう。
「話せ。話さなければ、ネッドを守れない。理不尽に死んでいった仲間もあの世で納得できないだろうよ」
脅し、吐き捨てるようにコウガは言った。
それに有無を言わさないコウガの怒りを含んだ睨みに、マイケルは観念したのか、しばし沈黙した。
「……今から話すことは、他言無用で願いたい」
絞り出すように願い出たマイケルに、一同は返事が返せない。
他言無用という重みに、躊躇しているのがありありとわかる。
重い空気を切り裂くように、
「わかりました。話してください。次回の会談で決着をつけたい。それにこうなった原因を知らなければならない。そう私は考えます」
と、デミオナスが言った。
「クルス氏もよろしいだろうか。話を聞いて、対策を考えた方がよいのではないか?」
「そうですね」
目を閉じ、何かを考えているようだったクルスも同意し、ネイルもコウガと目配せし頷いた。
相変わらず黙ったままのティナは、もう何も言わなかった。
「ありがとうございます」
深く頭をさげたマイケルは、ソファーに座るようにネッドに促した。
大人しく座ったのを確認すると、息を大きく吸い、語り始めた。
「単刀直入に話すと、ネッドとティナは、あの人工培養装置で生まれてきた。キューブの守り人として」




