過去との再会
逃げてきた過去が追いかけてきた。
おばぁの予言通りに、自分の過去が目の前に現れたとコウガは確信した。
——重力使いのジーイン。
自然操作系、02に分類される能力者。特に珍しいとされている能力であり、厄介な相手。
そして、コウガが新世界で残してしまった罪だ。
「お会いできて嬉しいです。コウガ様」
吹っ飛ばしたジーインが、重力を巧みに操り、コウガの方へ飛んでくる。
ジーインの右フックをコウガは防ぎ、受け止める。
再び相まみえたことをジーインは嬉しがっている。
しかし、コウガにしてみたら忘れたい存在であり、憎い相手だ。
「俺は会いたくなかったがな」
「そう、おっしゃらず。再戦です。あのときのように踊りましょう」
頬を染め、高揚しているジーインに対し、コウガは冷静さを失わぬように彼と掴み合い、睨み合う。
「追放されたと聞いていましたが、会えるとは思いませんでした。また戦える。これほど嬉しいことはないです」
「今更、俺に何の用だ?」
「ライラからあなたの存在を聞いたとき、これは運命だと感じました」
能力者の好戦的な遺伝子が疼くのだろう。
ジーインはぞくぞくしてたまらないという表情だ。
——能力者とは嫌な人種だ。
同類だが、コウガはそう思ってしまう。
——あの時と同じだ。ティナを手に入れるためだろう。言葉巧みに収容所のナンバリングを焚きつけ、逃して街を襲撃させた。それは自分たちが動きやすくするためだ。
——洗脳で反乱軍を動かし、統一国軍と衝突させた。北アメリカに入るためのジーインの策略だったのだろう。
コウガは忘れたい、嫌な記憶が強制的に思い出される。
ナンバリング(能力者)の国、新世界は王政だ。
"能力者に栄光を"——いま思えば、統一国が攻めてくるわけでもないのに、非能力者を悪とし、王は国を1つにまとめようとしていた。
だから、"力こそすべて"——能力が強いこと、それがすべてである。
そんな言葉に踊らされ、各領地は争う。
新世界はユーラシア大陸とアフリカ大陸を5つに分け、王の血族が5つに分かれた各領地の領主をしている。
王はその領主から選ばれる——国を守るために能力が強い者。その為、領主同士の争いが絶えない。
コウガはそのうちの1つ、南アフリカの南部を治める女領主に仕えていた。
南部の女領主は兄弟、姉妹の中では能力は強い。
慈悲深い女領主の能力の使いどころは上手く、王からの信頼、そして次期王に近かった。
そんな領主のもと、コウガは50人ほどの部下をまとめる隊の長として軍に所属し、領地の境で戦っていた。
部隊の中にはジーインもいた。今と変わらない容姿と仕草だったが、お坊ちゃまで気弱な青年だった。
なぜ、この荒くれ者が多い部隊に配属されたのかはわからないが、皆、可愛がっていた。
だが、それは仮の姿だった。
ある日、領地の境界である砂漠で、コウガの部隊は人身売買をしていた犯罪組織の制圧を任された。
そこでジーインは裏切ったのだ。
ジーインは南アフリカの北部の領主。女領主の兄の部下であり、犯罪組織のリーダーでもあった。
南部の戦力を落とし攻め入る為、人身売買でさらわれ、売られた者の中には、懇意にしていた者もいたし、将来有望な子供たちもいた。
犯罪組織の行いは北部の仕業と知り、まだ血の気の多かったコウガは怒りを押さえられなかった。
ジーインは言葉巧みに犯罪組織の連中を動かし、コウガの部下を殺害した。
そしてコウガはジーインと交戦。
暴走はひょんなことで起こる。感情をコントロールできなかったコウガは暴走。
荒ぶる能力は犯罪者を八つ裂きにし、念動力で砂漠の嵐を巻き起こした。
生き残った部下を巻き込み、ジーインを容赦なく飲み込んだ。
顔に浴びた血の生暖かさで、コウガはかろうじて意識を取り戻せたが、暴走は重罪であり死刑だ。
だが、コウガは今までの功労と女領主の恩情で、追放となり新世界を去った。
本当は死ななければいけなかった。受けなければいけなかった罰。死から逃げた罪。
逃げ続けた代償が今、同じ状況で返ってきたのだ。
「あの時のように、あなたが大切にしている者を亡くしましょう」
「これ以上、俺の仲間に手をだすことは許さない」
昔のようなヘマはしない。今は後ろで耐えている仲間のために。
ネッドたちへの脅威を減らすために、ここでジーインを止める——たとえ自分が死んだとしても。
コウガの想いで黒い瞳が煌めき、体中の細胞がさらに熱くなる。
すべてがコウガの目に見える。
ジーインの体の中にある、脳、臓器、骨、目の前にあるすべてを。
肌がすべてを感じる、雨の冷たさ、ジーインによる重力操作のずっしりとした空気の動きを。
耳がすべてを捉えている仲間の声、ジーインの息遣いを。
コウガは腰に付けている五本のナイフを浮かし、ジーインに向けて放つ。
狙いは顔だ。
しかし、ジーインは涼しい顔をして避け、距離をとった。
(ほう。この近距離で避けた。おもしろい)
うっすらと笑うコウガは視界にある全ての雨粒を集め、念動力で波にした。
その攻撃はジーインの重力で地面に広がり、雨に還った。
不敵な笑みをしているジーインはその場から動かない。
(足をやるか。ただでさえ厄介な能力だ。さらに動かれると面倒が増える)
念動力で足首を払うと、ジーインの体が傾く。だが、ジーインも引力でコウガの足を浮かす。
態勢を崩し倒れたコウガの肌に、重力加速の空気が襲う。
雨の流れが速くなるのを見えた。転がり回避するが、わき腹すれすれにずどんと空気の重さを感じた。
「ぐっ……」
(かすったか!?)
歯を食いしばりコウガは、痛みで呻いてしまう。
「やはりコウガ様は、ただの念動力の能力者ではない。ずっと見ていた私だからわかるのです。よく見えるその目、能力者の間で稀に生まれるダブルですね」
両手を両頬に添えるジーインは羨ましそう震え、こちらを見ている。
「よくわかったな。俺がダブルだと」
「えぇ。あなた様がいなくなった後に調べました。どれだけ制御を学び、実践しても限界がある。しかし、あなた様は体の中までも見えているように、的確に骨を吹き飛ばした。あのとき、体内から出てきた骨、血、肉。そして相手の驚愕の表情は忘れられません」
犯罪者を鎮圧した昔の光景を思い出しているのだろう。焦がれるようにジーインは両手を空へ向かって上げている。
「よく観察したもんだ」
痛みで倒れているコウガの言葉を、ジーインは気にも留めずに説明を続ける。
「念動力は物を動かすだけ、力が強いほど、周りを巻き込む。だから念動力は本気を出せずに埋もれていく。なのにあなた様は違う」
コウガの目を指したジーインは、コウガを引力で浮かした。
素早く移動したジーインが持つナイフの切っ先がコウガの右目に迫る。
「目です。私はあなたの様の目が欲しい。その目があれば、私はもっと強くなれるなず」
ジーインの本音がでた。
ただ戦いたい為じゃない。自分の力の為だったのだ。
避けたナイフが右目の下をかすった。
「残念。俺は目だけではない」
コウガの渾身の右フックがジーインの正面、鼻に入った。
ばきっと鼻骨が砕け、ジーインの表情が歪む。
「綺麗なお顔が、残念な顔になっているぜ」
不敵に笑うコウガが両手を交差すると、林の木々に隠れていた2体の人型アンドロイドが引き寄せられ、ジーインを挟みこんだ。
林の中で隠れていたアンドロイドだ。運よく視界に捉えていた。
勢いよく引き寄せたアンドロイドの腕を巻き付かせ、ジーインを強い力でぐぐっと押しつぶすように苦しめていく。
念動力の力で切断された銅線から、微かに火花が散る。
「ぐぅ……。な……ぜ」
ジーインの悔しそうな表情に、得意げに笑ったコウガは自分の指で耳を2度つつく。
「俺はここも優秀なんだよ」
苦しいだろうに唖然としているジーインの足を見る。
(今がチャンスだ)
自分の暴走に巻き込んだ部下の顔を思い出す。
最後は驚愕の表情で死んでいった部下たち。だが、日々つらい任務でも誇りと、笑顔を絶やさなかった部下たちの無念。
コウガはジーインの右足を見る。骨、鍛えられた筋肉が見えている。
そっと胸の前で斜め切りするように、腕を振り切った。
——ブチ、ブチ。ブチィィィ。
念動力でジーインの右足を引きちぎった。
「!!」
身動きできないまま、ジーインは痛みで悶えている。
その姿にまだだ。まだやり足りないと気持ちが高揚する。
だが、追手の足音が聞こえてくる。
すべての音を捉えている耳が、雨音に混じったアンドロイドの駆動音を捉えていた。
(さすがにタイムアウトだ)
すっと熱が冷めてくる。ジーインとの交戦を長引かすことはできない。
ある意味助かった。
——バディと荷物を守ること。
本来の目的を忘れるとこだった。
アンドロイドが現れた。それは先行したネッドたちに脅威が迫っている。
「悪いな。俺の仕事は荷物とバディを守ることだ。お前と遊ぶことではない」
背を向けたコウガにジーインは叫ぶ。
「待ってください。私は……、いえ、まだ終わっていませんよ」
泣くように叫ぶジーインにコウガは何も言わず、防戦一方のヴァンと元最速運送の2人に叫んだ。
「逃げるぞ。統一国の追手が迫ってきている」
※※※※
時間は遡る。
コウガたちと別れたネッドは後ろ髪をひかれながら、木々の隙間を走っていた。
(コウガさんに任されたが、このまま逃げ切れるだろうか?)
最後尾で走るネッドには、全員の限界が見えていた。
索敵をしながら先頭を走るリーの速度も遅くなり、ヤスが寄り添いながら走っている。
ギュレスも瞬間移動は使えないようだ。ティナを抱き上げ、走ることに専念している。
タオはぬかるみに足を取られ始め、ネッド自身も疲労で限界なのがわかる。
(全員、限界かもしれない)
そう思ったとき、リーが膝をついた。
「リー!!」
ヤスがリーを支え、抱き上げる。
リーの鼻から血がゆっくりと流れ出ていた。
「リーさん!!」
驚き、ネッドが近寄ろうとすると。
——パシュン。
ネッドの背に何かが当たった。それは、ネッドを貫くような力だった。
力に負け、ネッドは転んでしまう。
「ネッド!!」
心配したタオの声に、痛みで顔をしかめながら、ネッドは手を上げる。
「大丈夫。……背中になにか当たっただけ」
「見せてみろ」
ヤスが近寄って来た。
ネッドの背中を見た瞬間、ヤスは息を呑んだ。
ネイル特製の防弾チョッキのおかげで貫通してはいないが、当たった箇所は赤く熱した穴。
穴の周りが湯気を上げながら、レインコートと軍服が溶けている。
雨のおかげで熱は冷めつつあったのが、幸いだとヤスは思った。
しかし、不安が忍び寄る。
「これは熱弾頭だ。統一国の追手がきたぞ」
ヤスの警告に、皆、周囲に目を凝らす。
アンドロイドから発射される際に加える高温の熱を纏った弾は、皮膚、骨、内臓を解かす。
一命はとりとめても、素早く治療しないと苦痛が続き、じわじわと命を奪う。
当たれば、死を意味するのだ。
——パシュン。パシュン。
木々の間から、赤く熱した鉛の弾が四方八方から飛んでくる。
その1つがギュレスの額を貫き、絶命させた。
ティナに覆いかぶさったヤス、ネッドもタオを押し倒し、リーも姿勢を低くし、やり過ごす。
弾が発射される音。周りの木々に当たる音が響く。
一行の周りに複数の人型アンドロイドが姿をあらわし、ネッドたちを囲む。
「やっと追いついた。飼い犬に手を嚙まれるとはこういうことなのかしら。ねぇ、タオ・フェン」
上品な物言いだが、圧のある高い声が聞こえてきた。
覚えのある声に、ネッドは息を止めてしまった。
アンドロイドの間から姿を現したのは、40歳半ばの割に美しい美貌を持つネッドの母親だった。
ベージュの上品なワンピースに白衣を羽織り、ぬかるんだ地面に似合わぬ茶色のハイヒールを履き、傘をさす母親の姿。
「そんな……。ここまで来て、もう少しで合流地点だったのに」
リーは悔しさをあらわにし、目尻に涙を溜めている。
——限界か。
そうあきらめそうになったネッドに、タオがポケットに何かを入れてきた。
「それはこちらのセリフです。あなたがここまで来るとは思いませんでした」
タオはネッドを隠すように、母親と対峙した。
強気な表情で勝ち誇っている母親は、緩く巻いた金の髪を下ろし、綺麗に化粧をしている。
ネッドと同じブラウンの瞳は冷たくタオを見ている。
「その子を返してほしんだけど。大人しく渡してくれるかしら? でなければ、わかっているわよね」
優しく、されど脅すように言う母親に、タオは答えた。
「いくら世話になった人でもそれは無理ですね。それに今までのあなたの行動を見ていたら、渡したくないですし、みんな逃げたくなりますよ。ねっ。レイチェルさん」
タオの正義感はこの状況では悪手だとネッドは思った。これでは、売り言葉に買い言葉だ。
ネッドの母親ことレイチェルは怒りでピクリと目元を引くつかせた。
「優しくしているうちに、渡しなさい。でなければ……」
パシュンと熱弾頭がタオの額を貫通した。
それは慈悲もなく、高ぶった感情のままである母親の持つ銃から熱弾頭が発射された。
「なんで……」
ネッドの横で額に穴を開けたタオが倒れている。
——なぜ。なぜ! なぜ!!
——なぜ、こんな簡単に殺せる?
「渡さなければ、あなたたちもそこのゴミと同じようになるわよ」
息子であるネッドを認識していない母親を理解ができない。
いや、理解したくない。
命を簡単に刈り取る。その態度にかっと怒りがネッドの体を巡る。
ネッドは懐から小型銃を出し、母親に向けた。
「ネッド、ダメ!!」
甲高いリーの声と同時に。
——パン。
小型銃から発射される音が林に響く。弾が母親に頬をかすった。
ネッドの腕に重みを感じ、視線を向けると、リーがネッドの腕にしがみついている。
「ネッド、ダメだよ。自分との約束を忘れたの」
今だ鼻血が止まっていないリー。涙と流しながら必死に訴えるリーに、さぁっと血の気が引いた。
母親の頭を狙った弾は、リーのおかげでそれたのだ。
「あっ。あぁ」
言葉にならない言葉がネッドの口から洩れ、腕から力が抜けた。
「よくも……」
怒りで震える声のレイチェルがすっと手を上げると、人型アンドロイドが熱弾頭を発射する構えをする。
手首の関節部分が折れ、いつでも発射されるように、ぽっかりと暗い空間がネッドたちを狙う。
——もうだめだ。自分の行いで、状況を最悪に変えてしまった。
そう思い動けないネッド、ティナとリーを背後に隠したヤスは、ネッドたちの前で最後の抵抗をするようにスナイパーライフルを構えている。
レイチェルが手を振り下ろしたとき、雲が晴れ、太陽の光が降り注いだ。
円形に雲がぽっかり空いた中心から、太く赤い一筋の線が防衛壁の方角に落ちる。
ドォォォォンとすさまじい爆発と音。
爆風が津波のように襲い、木々をなぎ倒していく。
人型アンドロイドが飛ばされ、レイチェルも耐えられず傘を手放し、態勢を崩した。
「今だ。逃げるぞ」
叫ぶヤスが魂を抜けたようなネッドを引っ張り、リーがティナの肩を支えながら走り出す。
ネッドは振り返ると、ギュレスとタオの死体は互いを守るように、ぬかるみに折り重なっていた。
——連れて帰れない。ごめん。
——約束守れなくて、ごめん。
頬に流れる涙をそのままに、ネッドは走った。
爆風を追い風に4人は走り、逃げおおせたのだった。




