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ナンバリング  作者: 桜音 寿
南アメリカ編
24/26

脱出・襲撃

『私、迎えに来たんだよ。ネッド』

(迎えに来た?)


 念話でよくわからないことを、話してくるティナにネッドは右往左往してしまう。

 握られている手を離そうとしても、離してくれず、どうにもならない。

 そんな2人を、皆は目を丸くして見ている。

 緊迫した現状に、異様な空気が広がった。


「……ネッド。ティナと知り合いだったのか?」


 この空気に臆さなかったタオの疑問に、ネッドは首を振る。

 タオは「だよな」と言いたげな表情だ。幼いころからの付き合いで知っているだろうに、タオの質問は残酷だった。

 劣等生だったネッドを女子が相手してくれるわけないのだ。

 それにネッドと同い年、もしくは年下だろうと思われるティナ。

 儚げで今にも消えそうな印象の容姿は、一目見たら忘れられないだろう。

 じっと嬉しそうに見てくるティナに、ネッドはうっと息を呑んでしまう。

 もし、忘れているだけだったら申し訳ないと、変な罪悪感がこみ上げてくる。


「とりあえず、脱出するぞ。ここに留まっていたら危険だ」


 異様な空気を払うように咳払いをするヴァンに、ネッドは助かったとほっと息を吐いた。



 結局、ネッドはティナと手をつなぎなら、走ることになった。

 隣を走るタオはティナを心配しているのか、頻繁に視線を送っている。


(よほど思い入れがあるんだな。まぁ、タオは心配性だしな)


 心配性ゆえ、確認に確認を怠らなかったタオは、フロントではトップの成績を修めていたのを思い出す。

 そんなタオに苦笑していると、「ネッド」と声をかけられた。


「ここを出たら話しておきたいことがある……ネッドの母さんのことだ」

「……うん」


 タオが所属していた研究チームで母が何をしようとしていたか、わからない。

 ただ、母のチームから逃げてきたタオの話は聞かなくてはいけないような気がした。

 自分が知らない母親のことを聞くのは、怖いと同時になんだか悲しくなった。

 よくよく考えてみるとネッド自身、母親のことをよく知らないのだ。

 研究者で留守にしがちだったこと。

 劣等生と背を向けられ、期待を裏切られたと語る冷たい目だけはよく覚えている。

 母親と過ごした時間がタオのほうが多い事実は、息子である自分の存在が母親の中で薄いということを、改めて実感した。

 そのぶん学生時代は、自由に過ごしていたが。


「もう少し。もう少しで出口よ」


 先頭を走るリーの報告に、ネッドは足を速めた。

 外の戦闘は激しさを増しているようで、防衛壁の中央扉から離れたこの位置まで爆発の振動が迫る。

 ――ドン、ドン、ドォン。

 爆音と背後から突風が吹いてきた。ネッドは驚き、振り返ると横壁に穴が開き、土煙が舞っている。


(危なかった。少し遅かったら、巻き込まれていた)


「急げ。早く」


 殿(しんがり)を走るヴァンの声に焦りが含まれる。

 一行に移るように、その焦りは広がり、再び走り始めた。

 バタバタと焦ったように六人の足音が、迷いそうな灰色の壁が続く廊下をひたすら走る。

 侵入してきた扉が見えてくると、ネッドの右手が引っ張られた。

 ティナの体力が限界を迎えていたのだ。

 はぁはぁと息切れをし、走るスピードも落ちている。

 見かねたネッドが抱き上げると、彼女は嬉しそうに首に手を回してきた。


『ありがとう』


 彼女は口角を動かさず、念話だけで伝えてくる。


(軽い。それに話せないのか?)


 声帯に異常があるのか? 閉じ込められていたことで、精神的なストレスがかかったのか?

 コウガたちと合流し、早くエリザベスに見せたほうがいいと、別の焦りも湧いてきた。


「皆さん、集まってください」


 ギュレスの呼びかけに、扉の前に集まる。


「これから飛びます。この人数なので飛べる距離は短くなります。おそらく、扉1枚だけ。申し訳ありませんが、すり抜けたら、林に走ってください」


 侵入時は四人だったが、今は六人。ギュレスの負担が大きいのだろう。


「行きます」


 ギュレスの瞬間移動でスッとコンクリートに囲まれた廊下から、少し先に林がある景色になった。

 レインコートに当たるバタバタとした音。まだ雨はざぁざぁと激しく降っている。これなら、まだ姿を隠せるかもしれないとネッドは思った。

 横目で戦場を見てみると、下層を突破された統一国の攻撃はドローンからの爆撃に変わっていた。

 戦闘領域がすぐ近くまで迫っている。


「急げ! 早く走れ」


 ヴァンが急かしたので、林のほうへ素早く移動する。

 林の近くまで来ると、隠れていたコウガとヤス、元最速運送の2人が姿を現した。


「よく無事だった」


 ほっと息を吐くヤスに、ヴァンは首を振る。


「銀の羽根の実行部隊は全滅してた。申し訳ないが、置いてくるしかなかった」

「そうか……。これだけの厳しい状態のなか、命があるだけ儲けもんだ。彼らが?」


 ヤスが顎でティナを抱いているネッドとタオを指す。


「あぁ。2人とも怪我なく、無事だった」


 ヴァンの言葉に、ネッドは実行部隊がどれほど優秀だったのか、なんとなくわかった。

 強固な壁と厳しい警護に守られたフロントは、出入りするだけでも疲弊するほど調べられる。

 そんな街を抜け出してきたのだから。そして命を懸けるほど、貴重な2人だということも。


「よく無事に帰って来た。良くやった」


 タオとティナにレインコートを渡しながら、コウガはそう言った。

 コウガの誇らしげな表情につられて、ネッドは誇らしげに頷いた。


「急ぐぞ。エリザベスと部下が待っている。こっちだ」


 ヴァンの案内で一行は林の中を走り始めると、途中で隠れていたのだろう、ヴァンの部下である2人が合流した。


「周囲に人影はありません」

「ドローンの見回りも無し」


 まるで双子のように報告する部下に、ヴァンは頷くが疑問があるのだろう。

 周囲に目を配った。


「静かすぎやしないか?」

「あぁ。亡命者が亡命者だけに、追手がここまで来てもおかしくない状況だと思うが……」


 ヴァンにコウガが答えたとき、ネッドの体がふぁっと浮いた。

 目の前の雨粒が時間を巻き戻るように、空へ上がっていく。

 隣で走っていたタオも、前を走るヴァンとコウガも浮いている。

 無重力のような浮遊、体がひっくり返ると、最速運送の2人も、咄嗟(とっさ)にリーを抱えたのだろうヤスも、ギュレスも浮いているのが見えた。


(なに……?)


 そう思った瞬間、ぐっと体にのしかかるような重い力で、ネッドは背中から地面に叩きつけられた。

 ざっと勢いよく降ってくる雨粒が、痛みを感じるほどに顔に叩きつけてくる。

 じわっとズボンの尻の部分が濡れてくる気持ち悪さも感じるが、それどころではない。


「ぐっ……。うぅ」


 軽いといえど、ティナの体重もネッドに重くのしかかる。

 腹の上に居る彼女も苦しそうに表情を歪めている。


「かはっ……」


 息がしにくい。自分の上には何も無いのに得体のしれない重さに襲われているのだけはわかる。


「見つけましたよ。あらあら無様な姿だこと」


 どこからか声が聞こえた。女性にしては低く、男性にしては高い掠れた声。それにねっとりとした口調。

 勢いよく降ってくる雨の隙間から見えたのは灰色の髪と黒い詰め襟の軍服らしきものを着た人物。


「ジーイン」


 現れた人物の名前だろうか。

 コウガの苦しそうな声に、驚きと困惑が混じっている。


「はい。お久しぶりです。コウガ様」


 会話からしてコウガと知り合いだろう。

 コウガにジーインと呼ばれ人物の声はうっとりとしているが、リーとは違う類の感情が聞き取れた。

 リーの恋というより、濃く深い得体のしれないものを感じる。


「おっと。私としたことが。いけない、いけない。楽にさせてあげますね」


 ジーインがわざとらしく言い、腕を振った瞬間、のしかかっていた重さが無くなった。

 雨も勢いを無くし、何ごともなかったかのように緩やかに振り注ぐ。

 ふらふらと立ち上がったネッドは、ジーインを見据える。

 右側だけ肩口まであるアシメントリーの髪型。まぶたにはキラキラと光るラメのアイシャドーと化粧した姿は、妖艶といっていいほどの魅力を感じる。

 しかし違和感がある。

 じっと見ているネッドに気がついたのか、ジーインは柔和な笑みで見つめ返してきた。

 銀の瞳から人を小馬鹿にして見下しているような視線を感じ、魅了するような薄紅色の口紅を塗った唇は嫌らしく歪んでいる。

 その笑みにネッドはゾッと足元から震えが全身に走った。

 ネッド以外も得体のしれない怖さを感じたのだろう。

 皆、表情が硬い。


「ジーイン。新世界の住民であるお前がなぜここに居る?」


 コウガの声が警戒心を露わにしている。

 ピンと張り詰めた声に、緊張が高まる。鎖国大国、新世界と言われるほど、情報が少ない国。

 そこから来たとなれば、能力者であることはわかるが、ネッドにとって未知の住人である。


「仕事です。もはやあなたには関係ないことですよ」


 下手な大根芝居だ。

 あぁ、怖いと言いながら腕で自身の体を守るような仕草をしていながら、微塵も思っていないとわかる。


「仕事か。まさかと思うが収容所のナンバリングをけ仕掛けたのはお前か? 能力者に栄光を。この言葉、統一国で聞くはずがないからな」


 挑発するようなコウガにジーインはピクッと目尻を動かし、気持ち悪い笑みを引っ込めた。

 そして、美しい容姿とは裏腹に低い男性の声で、


「下等生物が生きる国で産まれたナンバリングはやっぱりだめね。下等生物よりバカだわ。あれだけ、内緒にとお約束しましたのに。ライラのほうがまだマシだったわね」


 と、苛立だった口調で罵った。

 ライラは能力が暴走し、そして死体となって発見された女性だ。

 なぜ、知っているのか。ネッドはまさかとジーインを睨んだ。


(踏み潰すように重い物がのしかかるような力)

「まさか……あなたがライラさんとエルナさんを……?」

「あら、下等生物でもわかるのですね。まぁ、バレたなら隠す必要はありませんね。はい。私ですよ。彼女らを殺したのは」


 まるでバカが優秀な答えを導き出したのを、口に手を当て驚くような態度で答えてきた。


「なぜ、殺した」


 コウガの声が一段と低くなり、怒りを含み始めた。


「ライラがミッションを失敗したからです。己は優秀だとおっしゃっていたから、任命したのに。なんの情報も得られなかった。まぁ、コウガ様を見つけたのは評価しますが、暴走なんてナンバリングの風上にも置けない。不要な物は処分しないと。もう一人はライラにずっとくっついていたから、邪魔だっただけですけど」


 自慢話をするように饒舌なジーインにネッドは、ギリっと歯を噛みしてしまう。

 人を駒のように扱い、なにも関係のないエルナを邪魔なだけで殺した。

 ——中立国の為に働くといったエルナの笑顔を思い出す。

 ——兄の顔をしたマナカを……。

 ——妹をナンバリングを使って死に導いた……。

 ネッドは怒りで体が熱くなるのを感じ、懐から銃を出そうとしたが、ヤスに腕を掴まれて止められた。


「ネッド、気持ちはわかるが。今は抑えろ」


 ヤスは小声で忠告してくるが、ネッドは納得などできなかった。


「でも、あの人はライラさんとエルナさんを……。それにマナカと妹さんを」

「あぁ。しかし、俺たちの役目を忘れるな。無事に亡命者を逃がすことだ」


 ヤスも怒っているのはわかる。掴んでいるヤスの手に力が入り、色も変わっている。

 その怒りを抑えるように唇を一文字にし、耐えていた。

 その表情にネッドは、懐の銃から手を離した。


「相変わらずおしゃべりだな。そこまで言っていいのか?」

「構いません。あなたがたはここで死ぬのですから」


 ジーインが右手を上下に振ると。


「ぎゃあああ……」


 悲鳴と骨が砕ける音。ネッドはその音に目を向ける。

 ヴァンの部下たちがゆっくりと押しつぶされ、血と肉が舞い散った。

 その残虐な行いにネッドは動けず、皆も顔を青ざめ、呆然と見ていることしかできなかった。

 いち早く我に返ったタオが、「おぇ」っと言いながら、口元を押さえたことで、ようやく現実に戻ってこれた。


「そのお嬢さんをこちらに渡してください。そうすれば、痛みも無く天国へ行かせてあげましょう」


 ジーインはティナを指差した。

 ネッドは咄嗟に彼女を背に隠すと、ティナがレインコートを掴みながら、震えているのがわかった。

 ——こんな人に渡すわけにはいかない。

 渡せば彼女が酷く苦しめられるだろうと、容易に想像できる。

 ジーインの咎めるような視線に、引き腰になってしまうが足を踏みとどめるように力をいれた。


「断ると言ったら」


 断固拒否としたヴァンに強気の態度に、ジーインは唇をひきつらせた。


「強行手段を使うまでです」


 ジーインは指でパチンと音を鳴らすと、周囲に人影が現れた。

 統一国の軍服に黒のスカーフを腕に巻いているのがネッドの目に入る。


(……まさか自警団)


 盗賊から助けてくれた自警団の人たちは、反乱軍と同じように洗脳されているのだろう。

 目は虚ろになっており、ゾンビのように歩いてくる。

 ネッドたちを助けてくれた額の火傷の跡があるリーダーも同じだった。


「下等生物同士、潰し合いなさい」


 目を細め、こちらを楽しそうに見ているジーイン。

 有利な状況を高みから見ているような態度だ。

 腹は立つが状況は最悪だと、ネッドは周囲に目を配る。

 タオとティナ以外は警棒を構えるが、じりじりと歩み寄ってくる自警団に囲まれるように追い込まれる。

 コウガに押され、ネッドとティナは円の中心へと下がらされると、リーの背中とぶつかってしまった。


「さすがにこの人数を相手するのは骨が折れるぞ。めんどくさいことになったな。コウガ、どうする?」


 務めて軽い口調だが、焦りの色が見えるヴァンをコウガは一瞥した。


「操られているのは統一国の人間。殺したら厄介なことになる。気絶ねらいでやるしかない。俺はジーインをやる。他は自警団の相手を。ネッド、お前は2人を連れて逃げるんだ」

「でも……」


 警棒を構えたネッドは戦うつもりだった。


「バディと荷物を守るのに協力するんだろ。だったら逃げろ。その後はお前が守るんだ」


 コウガの目線はジーインだが、声に信頼を感じたネッドは「はい」と頷いた。


「やっさん、リーちゃん、それとギュレスも行ってくれ」


 ヴァンの指示にヤスとリーも「了解」と答えた。

 ギュレスも頷く。


「道は開く。頼むぞ。ネッド」


 コウガが右手を振ると、目の前の自警団ともどもジーインを念動力で吹っ飛ばした。

 ——道が開けた。


「今だ。行け」


 コウガの号令でリーが素早く走り出し、ヤスとタオも続く。

 ギュレスがティナを抱き上げ、瞬間移動した。

 それにネッドも続く。


「また、後で。合流しましょう。必ず」

「あぁ」


 そうコウガと言葉をかわしたネッドは、振り返らずに全速力で走り抜けた。

 

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