突入
「ありえない」
深緑色のレインコートから覗く、驚愕の表情をしたエリザベスのひと言。
それはここにいる全員が思ったことだろう。
旧パナマと旧コロンビアを切断するようにそびえ立つ防衛壁の近くにある丘。
そこに着いたネッドたちの眼下には――大軍団となした反乱軍が波のように防護壁に押し寄せていた。
多数の砲台が組み込まれた統一国軍の防衛壁の前では、すでに戦闘が始まっていたのだ。
反乱軍は旧ペルー地区から旧エクアドル経由で合流し、徒歩で進んでいると。
銀の羽のメンバーからそう報告があった。
旧コロンビアを直線距離、しかもジープで進むネッドたちのほうが早く着くはずだった。
そしてギュレスとヴァンが反乱軍に混じって近寄り、戦闘が始まる直前でギュレスの能力で潜入し、タオたちと落ち合うという無茶な作戦を立てていた。
だが、眼下には大軍勢の反乱軍と火花を散らすように撃ち合いをしている統一国軍。
雨の音が激しいにもかかわらず、銃撃の音と大砲の音が聞こえてくる。
作戦はあっけなく崩れてしまった。
現状を把握しようとしても、先が見えにくい激しい雨だ。
黒く厚みがある各層の壁に大砲と機関銃が備え付けられ、プロペラが付いた監視用のドローンが飛んでいるだけしか見えない。
困惑の雰囲気のなか、ネッドの前ではヴァンと部下の2人が望遠鏡で状況を把握しようとしていた。
「まずいな。これでは潜入どころか、中央扉まで近づけないぞ」
ヴァンが言うには、防衛壁の前では大勢の反乱軍がロケットランチャーや、どこから入手したのか戦車を使用し、防衛壁をこじ開けようとしている。
部下の1人に「貸してくれ」と、今度はヤスが望遠鏡を覗き込んだ。
「攻撃されているのは下層だな。下層は戦闘用アンドロイドで守られているようだが、すぐ突破されそうだな。見てみろ。白のつなぎを着ているのもいる。収容所のナンバリングが混じっているな」
苦い表情をしたヤスはコウガに望遠鏡を渡した。
「いくら戦闘用に作られた優秀な機械といえど、大勢の人間には勝てないようだな。しかもナンバリングが混じっているとなると、反乱軍が優勢……」
そう言うコウガは、なにかわかったのだろう。
コウガは身動ぎせず、まだじっと望遠鏡をのぞいている。
「やっさん。俺の予想が当たっている。反乱軍のやつら、操られているな。死人のような面に目が虚ろだ。恐怖も感じていないように見えるぞ。ほら、特攻してやがる。あれは01の洗脳だ。まさかと思うが、操られ、休まずにここまで来たのかもしれん」
「ほんとかよ。難易度が跳ね上がるぞ」
頭を抱えるヴァンの嘆きに、全員が黙ってしまう。
「貸してください」
はっと思い出したネッドはコウガから望遠鏡を受け取り、下層の様子をうかがう。
下層の中央扉の手前では、つるりとしたボディーの人型アンドロイドにアサルトライフルを持つ反乱軍が特攻している。
腕の部分が機関銃になっているアンドロイドの猛攻撃だが、反乱軍は撃たれても走り続け、壁に特攻してる。
やつれた姿でバタバタと倒れていく反乱軍の姿に恐怖を感じ、目を背けたい。だが、下層を凝視する。
(タオが待っている。どこだ。どこにある?)
自分の視界を何度も左右に行き来する。
(あった。あそこだ)
「見つけました。防衛壁の右側の位置。崖に近い所、扉があります」
ネッドの言葉に「ほんとか!?」と、ヴァンが確認する。
「よくやった。戦場からずれている。近くに林もある。この雨に隠れて脱出できる可能性があるぞ」
「それなら私の能力で飛べる距離ですね」
ギュレスも確認していたのか、賛同してきた。
あちらと連絡を取ってみましょうと、ギュレスが集団から距離を取った。
エリザベスがほっと、息を吐いたのが目に入る。
「なんとかなりそうね」
「私の目でもわかるよ。統一国軍の動きが防衛壁の中央に集中している。ネッドが見つけた扉の付近はガラガラ。良く見つけたね」
いつの間にかリーも双眼鏡越しで透視をしていたようだ。
よくやったと言いたげに、ネッドを見て、親指を立てる。
ネッドは防衛壁の絵画を詳細に覚えていたのだ。
ただの興味だったが、覚えておいてよかったと胸をなでおろしたと同時に、ギュレスが走り寄って来た。
「大変です!!」
ギュレスの慌てぶりに、嫌な予感が胸を通り過ぎる。
「実働部隊が……、動けなくなっているようです。アンドロイドに襲われ、まだ防衛壁の……パナマ側の入口付近にとどまっています!」
見えた希望の光が遠ざかるようだ。神はどこまでも自分たちに味方しない。
お通夜のような空気が集団に広がる。
「仕方がない。俺が行く」
ヴァンが名乗り出た。
「俺の能力なら、統一国軍を欺けるかもしれない」
「なら私たちも、お供します」
影の薄い部下たちも名乗り出たが、ヴァンは首を振った。
「いや。お前たちは待機だ。周辺の警戒を頼む。リーちゃん、一緒に来られる?」
「……。うん。行ける」
一瞬、リーは嫌な顔をしたが、仕事だと切り替えたのだろう。
無理にでも覚悟を決めた顔だ。
「それからギュレスと……」
「僕も行きます」
ヴァンに被せるように、ネッドは言った。
皆、キョトンとネッドを見るが、すぐに止め始めた。
「だめだ。危険すぎる」
コウガは怒り心頭で、何をバカなことを言いながら詰め寄ってくる。
「そうだぞ。ネッド。ここは経験者にまかせるんだ」
ヤスも同様だが、幼子がわがままを言っていると思っているようだ。
「いえ。引きません。タオは僕の大切な人です。それに、僕が行けばタオに不審がられません。それに……」
ネッドは時計型のデバイスからホログラムを表示させ、壁内部の詳細な見取り図を突き付けた。
船を降りるぎりぎりまで調べていたせいで、報告できなかったのだ。
それが幸いし、タオとの約束通り自分が迎えに行けるチャンスが巡ってきた。
「これでルートを確認できるはずです。だから連れて行ってください」
※※※
ギュレスの能力、瞬間移動で扉をすり抜け、防護壁の内部に侵入する。
戦闘地域とは違い、意外と綺麗に清掃されている壁内の廊下は、リーが言った通り軍人は少ない。
硬い鉄とコンクリートで頑丈にできている灰色の廊下には足音が響き、時折「あれを持ってこい」や、「あそこに向かえ」と叫ぶ声が聞こえてくる。
咄嗟に隠れた曲がり角では先頭のリーが透視を使い、壁越しにルートの安全を確認し、その後ろにネッド、ヴァン、ギュレスと続く。
ネッドが現在地とタオたちが足止めされている箇所を確認していると、ヴァンが覗き込んできた。
「よく見取り図なんて持っていたな」
ヴァンが不思議そうに聞いてくる。
まったく思いつかないと書いてヴァンの顔に、ネッドは少し自慢げに答えた。
「軍艦でみた防衛壁は絵画だったので、軍艦内で統一国の内部情報サーバーに潜り込んで取ってきました。昔、少しやったことがあって」
思春期に入ると悪い大人に憧れることがある。
もちろんネッドも憧れ、図書館の機密情報サーバーに潜り込み、データを眺めていたことがあった。
ただ、父親の残したデータ関連は無く、肩を落としたのを思い出す。
ネッドの完全なる犯罪に、眉を吊り上げたヴァンに「大丈夫です。足跡は残して居ません」と慌てて返した。
「危険なことを。まぁ、助かったけど」
ネッドの行動に呆れながらも、若干、感謝しているようだ。
リーが透視をしながら、ため息をついた。
「男子の行動はよくわからないわ。さっさと行くよ」
リーのGOサインで防衛壁下層の廊下を小走りする。
リーが索敵、ネッドがナビをする。
防衛壁の下層の廊下は、どれも戦闘中の中央扉に向かうようにできていた。
そこを避けるように経路を選ぶが、やはりどうしても統一軍とすれ違う。
しかし、すれ違う軍人は敬礼して、ネッドたちを仲間のように扱っている。
「不思議ですね。相手には同じ軍人にみえているんですよね」
ネッドの疑問に、ヴァンはウィンクをする。
「俺の能力は視覚操作。幻覚といったらわかりやすいかな。相手に見せたいように見せるんだ。この会話も聞こえていないよ」
01に分類されるの能力である。脳に、体の一部に作用する危険とされる能力だ。
ヴァンは周りを見渡し、軍人を見かけたら、瞳に星を閉じ込めたように煌めかせ、じっと眺めている。
「こうやって、相手の目を見て、同じ軍服を着た人物に見せている。今回はごついおっさんが走っているように見せてるよ」
なるほど。だから、すれ違う人は怪しまないのか。
ネッドは納得するが、自分がごついおっさんになっているのは、想像できない。
「01の能力者は意地悪だからね。ネッド、変なものを見せられないように気をつけなよ」
「そんな言い方しなくてもいいじゃん」
リーの忠告に、ヴァンはわざとらしく拗ねている。
「でも気を付けといたほうがいいよ。さっき見ただろ。あの洗脳の力。人の感情を消し、思い通りに動かしている」
「はい」
圧のある怖い笑顔のヴァンの警告に、ネッドは背中がひゃっとした。
確かに洗脳の能力は強力どころか、恐怖を感じるレベルだった。
「01は他のナンバリングからも警戒されるし、01の犯罪が一番多い。一部の犯罪者のせいで、悪く言われるのは悲しいけど、本当に気をつけて。僕ら軍人にも守れる限界があるし」
眉を八の字にしたヴァンに、ネッドは「わかりました」としか言えなかった。
いくつかの曲がり角を曲がり、タオたちが居るであろう場所まで走る。
道中、慌てた軍人とすれ違うたびに、ネッドは内心冷や冷やしていた。
幻覚を見せているとはいえど、怪しむ者がでてくると思ったが、軍人の慌てぶりを見ると反乱軍の襲撃にそれどころではないように思えた。
その様子を見ていたヴァンが、何かを察したのか顔色を変えた。
「急ぐぞ。防衛壁の崩壊が迫っているかもしれない」
統一軍の慌てぶりが意味するのは、統一国軍にとって不利になっているということだった。
ヴァンの言葉で一行は自然と走るスピードを速め、ネッドの案内にも正確性が求められると思い、握りこんだ手に汗がじんわりとでてきた。
走る。走る。ひたすら走った。
ホログラムに表示されているのは縮尺の地図だったので、壁内は思っているよりかなり広い。
ここまで来るのに、結構な距離を走った。
「あそこです。あの扉の向こうに居ます」
ネッドが指さす方向、旧パナマ地区側の入口近くにある、左右に分かれているの廊下の奥。
そこは明るく照らされている廊下とは違い、普段使われない倉庫になっているためか、電力が抑えられて暗い。
倉庫の入口に近づくと、ヴァンと存在を消すように付いてきていたギュレスが一歩先に踏み出す。
「ここからはプロに任せなさいな」
「私の能力で扉をすり抜けます。あちらは危険かもしれませんから、お2人は待機していてください」
シュッと2人の姿が消える。
ネッドは扉に耳をつけてみるが、倉庫の中からの音は聞こえない。
無音の廊下に遠くからバタバタと聞こえてくる足音に、見つからないかと冷や冷やしてしまう。
ネッドが振り返るとリーが、曲がり角で監視をしていた。
少し羨ましくなる。こうなると、ネッドはなにもできない。
もどかしい気持ちのまま、どれくらい時間がたったのだろうか。
再びヴァンとギュレス、そしてタオと少女が姿を現した。
出てきたのは4人だけ。
「実行部隊の連中は、だめだった」
ヴァンは力なく首を振る。
タオと少女を守るために、命を懸けたのだろう。2人がそれだけ重要な人物だとわかる。
ネッドはタオに目をやる。
彼は疲れ切っているようで、やつれている。
タオと手を繋いでいる少女も同じなのだろう、無表情でぼぉっとしている。
周りを警戒するように見渡したタオと目が合うと、久しぶりの再会にお互いの肩に手を置いた。
「ネッド!!」
「タオ。無事で良かった」
(細くなった……)
ダボッと着た薄い長そでの上からでもわかる。研究者らしかぬ、がっしりとした体格だったタオが痩せている。
ここまでの道のりが、大変だったのが現れている。
「彼女はティナだ」
タオの後ろには白い肌と白銀の髪、薄い水色の少女。
タオの上着だとわかるぶかぶかのマウンテンパーカーを羽織り、汚れた薄水色の検査服から覗く、足は細く白い。
今すぐにでも倒れそうな彼女の青色の瞳とネッドの視線が交わる。
(なんだ?)
ティナと2人だけの空間になったような感覚。
彼女の瞳から目が離せない。
何かを訴えるような視線、その瞳が熱を持つように輝いた。
『やっと会えた。私の番』
少女特有のころころとした声が、ネッドの頭に響いた。
わけがわからず狼狽えるネッドから、ティナは視線を外さない。
無表情だった彼女は、喜びに満ちるよう頬を赤く染め、少し口角を上げている。
彼女の言葉は周りに聞こえていないようで、ヴァンたちは話し合っているし、タオも不思議そうな顔でネッドを見ている。
(念話だ。彼女はナンバリング)
声に出さずとも、望んだ者に言葉を伝えることができる。01に分類される能力。
しかし、彼女の首にはナンバーとバーコードが彫られていない。
『私は貴方に会いに来た』
そう念話で伝えてきた彼女はタオから離れ、歩み寄ってきた。
今度は満面の笑みで、ネッドの手を握ってきたのだった。




