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ナンバリング  作者: 桜音 寿
南アメリカ編
22/26

統一国から溢れるもの

 旧アマゾン支店に着いてから、3日後。

 支店の受付に1人も欠けることなく、全員が集まった。

 そして、約束通り男性が支店に現れたのだ。

 銀の羽(シルバーウィング)のメンバーであり、【瞬間移動(しゅんかんいどう)】の使い手である男性――第3コロニーでネッドの荷物を奪った強盗犯だった。

 ネッドが初めてナンバリングから被害を受けたのだ。

 忘れるはずがない。

 肩口まで伸びたこげ茶の頭髪に無精ひげの男の首には、バーコードと03の数字。

 深緑の外套の下は、カーキ色のTシャツに紺のジーンズに身を包んだ彼は、あの時のみすぼらしい姿ではない。

 旅の汚れはあるが、油ぎった髪は綺麗になっており、見違えるほどだ。


「お前も銀の羽の構成員だったのか」


 ネッドが驚くことしかできない横で、コウガは威嚇するように男性を睨みつけた。

 強盗犯だった男はギュレスと名乗り、コウガを尊敬の眼差しで見つめている。


「あのときは申し訳ありませんでした。任務であなたの力を試したのです。噂通りの素晴らしい力です」


 試されたということに、機嫌を害したのだろう。コウガは集団から離れ、部屋の壁に寄り掛かった。

 ただでさえ元から不機嫌な表情なのに、コウガから発せられる機嫌が悪いですという空気が怖い。


(不機嫌がもっと不機嫌になってしまった)


 ネッドと同じことを思ったのだろう。

 苦笑いしたヴァンは悪い空気を追い払うように、


「さて、亡命任務からの離脱者はなし。今からこれを配るぞ」


 と、受付のカウンターテーブルに迷彩柄の軍服と防弾チョッキを並べる。


「ネイル特製の防弾チョッキ。硬いが軽く。動きやすい様に設計されているらしい」

『らしい……』


 同時に呟いたリーとネッドは、ジト目で防弾チョッキを見てしまう。


「わかる。わかるよ。2人とも。ネイルを信用できないのも」


 あの人、変人だもんね、と1人で納得するヴァンは何度も頷いている。


「でも大丈夫。君たちが南アメリカに向かった後、管理施設の配達になった担当者が、施設の武装の被害を受けてね。安全に施設内で立ち回れるように開発されたんだよ。それ以降、被害は多少減った。減ったと言っても、本人たちの身体能力が影響しているけど」


 2人は次にヴァンをジト目で見てしまう。


「ほ、ほんとに大丈夫だよ。君たちの同僚が証明してくれているから。……ほんとにネイルは信用がないな」


 困り顔のヴァンは「さぁ、着替えておいで」と、ネッドとリーを促した。

 慣れない軍服に四苦八苦したが、確かに防弾チョッキは軽く、こんこんと叩いてみると硬かった。

 着替えたネッドは受付に戻ると、そこには着替えを終えた一同が待っていた。

 見慣れたジャンパー姿ではなく、見慣れない迷彩柄の軍服のリーとヤスとコウガだが、なぜか似合っている。


「ネッド。一応、武器を持つんだけど……どれがいい?」


 遠慮気味のリーに促され、カウンターに置かれている武器を見ると、小型銃にアサルトライフル、スナイパーライフルなどの銃火器が揃えられていた。

 一通り眺めたネッドは、警棒を取り出した。


「僕は警棒だけでいいです」


 周りはどよめくが、リーは納得するような表情だった。


「そっか。そうだよね」


 リーはわかっていたのだ。ネッドがそれだけを選ぶことを。

 旧アマゾン支店で再会した初日。リーとネッドはベッドメイキングを任された。

 そこで、ネッドは自分がナンバリングを殺したことをリーに話したのだ。

 子供達を守る為にナンバリングを殺したこと。

 それによる罪悪感。

 コウガに宣言した「殺さない」こと。

 しかし、どうすればいいか迷っていること。

 マナカを失い、自信を無くしていたコウガに言えなかったことだ。

 この気持ちを誰かに話したかったのだ。

 急なネッドの話に目を丸くしたリーだったが、「そっか。ネッドもつらかったね」と、微笑んだ。


「でも、1人の命で多くの命を救ったことは忘れないで。ナンバリングと非能力者の因縁は根深いの。不謹慎かも知れないけど、しゃーないだよ」


 あきらめ顔に変わったリーは、ネッドに近づき手を握りしめた。


「それでも、ネッドは殺さないと決めた。自分との約束だね。これから『殺さない』を守れるように行動したらいいと思うよ。私もあるもの、自分との約束ごと」


 だから、ネッドは警棒を選んだのだ――奪わないように、自分との約束の為に。

 その後、ヴァンたち、軍人はアサルトライフルと小型銃を選び。

 ヤスはスナイパーライフル。リーは動きやすいと言う理由で小型銃を。

 コウガは相変わらず銃弾とナイフを数本。警棒の携帯は全員に義務付けられた。

 各々、武器を持ち、外に置いてある車に向かう。

 軍用ジープが2台。

 1台にはヴァンと部下。それと元最速運送の2人と案内役のギュレス。

 2台目にネッドたち、アストロ・エクスプレスのメンバーとエリザベス。

 バックパックだけを背負ったエリザベスの同行に、ヤスは難色を示したが。


「なにがあるか、わからないのだから。医者が同行するのは当たり前」


 と、エリザベスにピシャリと言い負かされていた。

 肩を落としたヤスが運転するようで、助手席にコウガが乗り込む。後列にリーが乗り込んだ。

 次にエリザベスが乗ろうとしていた。

 だが、彼女は何を思ったのか、後ろで待つネッドに振り返った。


「これ。返しておくわね」


 エリザベスが差し出してきた手には小型銃。

 ナンバリングの襲撃時にネッドが渡した物だ。

 ネッドは受け取ろうとしたが、手が小型銃の前で止まってしまう。


 (これは、人を殺すものだ)


 受け取ろうと戸惑い、手を閉じたり開いたりするネッドに何か感づいたのだろう。


「使わなくても、お守り代わりに持っていたら」


 エリザベスはネッドに銃を握らし、車に乗り込んでいった。

 なんとも言えない気持ちになったネッドだったが、行き場を失くした銃を懐に入れた。



 出発した2台の車は、旧アマゾンの森を進む。

 森の奥に向かうにつれて、周囲の風景は変わった。木々は太く、高く育っている。

 ネッドは見たこともない木々を食い入るように見入ってしまった。

 空が見えないほど覆い茂った葉のトンネルの下、根や小石とも呼べない石で、ガタガタとした道をひたすら走る。

 銀の羽が決めた秘密のルートだ。本当は空路があるのだが、統一国に見つかってしまう恐れがある。

 幼い頃に父親が話してくれた寝物語。それに出てきた日本の忍者のような隠密行動であった。

 野宿をしながら三日間の陸路は無事に終わり、ネッドはほっと息をついた。

 雨が降りやすい熱帯雨林は、一度雨が降ると泥で進めなくなり、足止めをしなくてはならないからだ。


 そして今、ネッドの眼前には、アマゾン川が広がっている。

 底が見えないほど茶褐色の太くて長い川。

 そこには1隻の軍艦があった。

 穏やかな川の流れに浮かぶ、タワーのエンブレムが描かれたくすんだ銀の船。

 そこにヴァンたちが乗っているジープが入って行った。


「おい、おい。本当にあの船に乗り入れるのか?」


 ヤスが眉をひそめ、バックミラー越しにエリザベスを見ている。


「はい。大丈夫です。あの船は統一国軍の物ですが協力者。軍内にも銀の羽がいます」

「統一国軍も一枚岩じゃないと言うことだな」


 コウガは吐き捨てるように言う。

 しかし、ネッドは内心、驚いていた。

 軍が国を裏切ることなどない。そう思っていたのだ。

 Aの形をベースに、間に3本の線。頂点には月桂樹の冠が描かれているエンブレム。

 3本の線の間に下から銅、銀、金と色が塗られ、銅は学生、銀は軍人、金は研究者と地位のランクを表している。

 2番目にランクが高い軍人は、研究者以上の給与も与えられる。だから、大学に行けなかった者のほとんどが、統一国軍に入隊する。


(なのに、なぜ? 統一国で何が起こっている?)


 結果を出せるはずだった優秀なタオの亡命といい、ネッドには隠れていた何かが(あふ)れ出してきているような気がした。



 軍艦は旧コロンビアまで、アマゾン川をさかのぼる。

 陸路は足場の悪さにドキドキしたが、船は船でネッドは冷や汗をかいてしまう。

 周りは統一国軍の兵士が作業をしており、迷彩柄の軍服を着る自分が異物であるように思えてならない。

 ネッド以外のメンバーは、せわしなく何かを調べていたり、どこかと連絡を取り合っている。

 しかし、細かな作戦を立てるには防衛壁の内部情報が少なく、難航しているようだ。

 亡命任務が初心者のネッドはできることが少ない。

 ふらふらと甲板に続く廊下を歩いていると、ふと、旧パナマ地区にある防衛壁の外観の絵が目に入った。

 階段のような3階建ての黒い壁は、何者も寄せ付けないほど重厚(じゅうこう)に描かれている。


(こんな高い壁をタオは超えてくる)


 逃げることは負けだと、北アメリカでは言われている。

 何もかもかなぐり捨てて、タオはハメルの子孫と言われている少女と逃げている。

 そんなことをぼけっと考えていると、「ネッド君じゃないですか」と元気な声が聞こえてきた。


「まさかこんなところで会えるとは!」


 と嬉しそうに近づいてきたのは、グレーの隊服の着た元クラスメイトだ。


「久しぶり。ガナ君が銀の羽にいるなんて驚いた」


 劣等生仲間だったガナは、色白だった学生時代と違い小麦色の健康的な肌になっていた。

 だが、いたずらっぽい猫目はそのままで、懐かしい気分にネッドはなった。


「まぁね。軍に入ったのはいいけど、なんだか嫌になって」


 ガナはばつが悪そうに短いくせ毛をいじっている。


「軍に入って、金を貯めて、旧カナダの開拓地区でのんびり過ごそうと思ってたんだけど。軍の仕事に納得できなくてさ。入りたての下っ端の俺たちに反乱軍の鎮圧を押し付けて、上司である指揮官は飲んだくれている。最悪だろ」


 大学へ行けないイコール劣等生である。

 その集まりだ。やさぐれてもおかしくないとネッドは思った。


「劣等生の成れの果てだよな。しかも北アメリカに戻りたいからって、ナンバリングを売って賄賂にしていたんだぜ。ヤバいだろ」


 顔を真っ赤にしてガナは怒っている。


「さすがにそれは……」

「だろ! いくら危ないって言われているナンバリングでもさ。あれはひどい。虐待だよ。それに……、銀の羽に」


 そう言うガナは頬をほんのりピンクに染めていた。


「好きな人が居るんだ」


 こそっと耳打ちしてきたガナに「えっ」と声がでてしまう。


「内緒だぞ。その人、志が高くてさ。高嶺の花なんだけど、その人の役に立ちたくて入ったんだ。困っている人の役に立てるし、一石二鳥だろ」


 えへへと照れるガナに、ネッドは微笑ましくなった。

 理由がなんであれ、誰かの役に立とうとしている彼が羨ましい。


「すごいなガナ君。僕なんて全然だめだよ。今もこうやってぶらぶらしているだけだし……」

「そんなことないでしょ。防衛壁の内部がわからないって、みんな頭を抱えているけど、ネッド君なら解決できるんじゃない?」


 ガナの言っていることがわからず、ネッドはキョトンとする。


「ほら高等部のときに、ネッド君がやった()()だよ」


 ()()の言葉にネッドはピンときた。


「ありがとう。ガナ君」


 ガナに手を振ったネッドは艦内のある場所に走った。



 アマゾン川の上流で協力者である統一国軍と別れ、ジープで進む。

 ブラジルの港街からここまで遠くに来たものだと、ネッドはしみじみと感じた。

 旧コロンビアは、自警団が話していたように悲惨な状態だった。


「北アメリカに近いこの地は軍の恩恵で栄えていたのよ。北アメリカまではいかないけど、軍御用達のパブのネオンや明かりで夜でも明るかったのよ」


 エリザベスは切なげに言っていたが、その面影は無く、どこもかしこも破壊つくされていた。


「これが恨みの大きさ。ひどいわね。これまでの報いを受けているようだわ」


 エリザベスが小さく呟いた言葉に、車内は重苦しい空気に包まれた。

 道中にナンバリングの収容所も見えた。恐らく、街1つほどの収容所だったのだろう。

 その広い施設は他の場所より徹底的に破壊され、崩れた塀の向こう側は瓦礫の山。

 山の上に軍人の死体が瓦礫に貼り付けられていた。

 恐ろしい光景にネッドは目を背けてしまう。


 (酷い扱いを受け、押さえつけられていた憎しみが、溢れ出た)


 名もなき歴史家たちの書籍に書いてあった。このことは、アカデミーでも教えてもらっていない二分化戦争の始まり。

 現代になっても解明されてない能力の現象を恐れ、危険視した者たちが起こした殺傷事件。

 そこから憎悪と能力者たちへの差別、偏見が二分化戦争の発端となった。

 200年たった今でも、統一国では能力者への危険視が拭えていない。

 だから隔離という処置をしているが、ガナが言っていたように人権は無視だったのだろう。

 ネッドが手にかけたナンバリング。マナカの妹もここで過ごし、非能力者を憎み、あのような行動に出たのだ。

 現に元最速運送の2人は、悪質な会社に売られた。


 (安全処置というなの迫害だ。なにも知らなかった)


 安全圏の北アメリカを出て知ったことだ。

 北アメリカは平穏と引き換えに、秘密だらけなのかも知れない。

 北アメリカを出たら危険と、サンタクロース教授が言っていたことを思い出す。

 南アメリカに住む人々の不満。ナンバリングたちの恨み。

 サンタクロース教授は知っていたのだ。だから最後の授業で警告していた。


 雨が降りだしたこと以外は順調に進む。

 旧コロンビア地区の北部に着いたが、膿のように溢れ出たものはネッドの想像を超えていた。

 防衛壁の前は地獄だった。

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