統一国から溢れるもの
旧アマゾン支店に着いてから、3日後。
支店の受付に1人も欠けることなく、全員が集まった。
そして、約束通り男性が支店に現れたのだ。
銀の羽のメンバーであり、【瞬間移動】の使い手である男性――第3コロニーでネッドの荷物を奪った強盗犯だった。
ネッドが初めてナンバリングから被害を受けたのだ。
忘れるはずがない。
肩口まで伸びたこげ茶の頭髪に無精ひげの男の首には、バーコードと03の数字。
深緑の外套の下は、カーキ色のTシャツに紺のジーンズに身を包んだ彼は、あの時のみすぼらしい姿ではない。
旅の汚れはあるが、油ぎった髪は綺麗になっており、見違えるほどだ。
「お前も銀の羽の構成員だったのか」
ネッドが驚くことしかできない横で、コウガは威嚇するように男性を睨みつけた。
強盗犯だった男はギュレスと名乗り、コウガを尊敬の眼差しで見つめている。
「あのときは申し訳ありませんでした。任務であなたの力を試したのです。噂通りの素晴らしい力です」
試されたということに、機嫌を害したのだろう。コウガは集団から離れ、部屋の壁に寄り掛かった。
ただでさえ元から不機嫌な表情なのに、コウガから発せられる機嫌が悪いですという空気が怖い。
(不機嫌がもっと不機嫌になってしまった)
ネッドと同じことを思ったのだろう。
苦笑いしたヴァンは悪い空気を追い払うように、
「さて、亡命任務からの離脱者はなし。今からこれを配るぞ」
と、受付のカウンターテーブルに迷彩柄の軍服と防弾チョッキを並べる。
「ネイル特製の防弾チョッキ。硬いが軽く。動きやすい様に設計されているらしい」
『らしい……』
同時に呟いたリーとネッドは、ジト目で防弾チョッキを見てしまう。
「わかる。わかるよ。2人とも。ネイルを信用できないのも」
あの人、変人だもんね、と1人で納得するヴァンは何度も頷いている。
「でも大丈夫。君たちが南アメリカに向かった後、管理施設の配達になった担当者が、施設の武装の被害を受けてね。安全に施設内で立ち回れるように開発されたんだよ。それ以降、被害は多少減った。減ったと言っても、本人たちの身体能力が影響しているけど」
2人は次にヴァンをジト目で見てしまう。
「ほ、ほんとに大丈夫だよ。君たちの同僚が証明してくれているから。……ほんとにネイルは信用がないな」
困り顔のヴァンは「さぁ、着替えておいで」と、ネッドとリーを促した。
慣れない軍服に四苦八苦したが、確かに防弾チョッキは軽く、こんこんと叩いてみると硬かった。
着替えたネッドは受付に戻ると、そこには着替えを終えた一同が待っていた。
見慣れたジャンパー姿ではなく、見慣れない迷彩柄の軍服のリーとヤスとコウガだが、なぜか似合っている。
「ネッド。一応、武器を持つんだけど……どれがいい?」
遠慮気味のリーに促され、カウンターに置かれている武器を見ると、小型銃にアサルトライフル、スナイパーライフルなどの銃火器が揃えられていた。
一通り眺めたネッドは、警棒を取り出した。
「僕は警棒だけでいいです」
周りはどよめくが、リーは納得するような表情だった。
「そっか。そうだよね」
リーはわかっていたのだ。ネッドがそれだけを選ぶことを。
旧アマゾン支店で再会した初日。リーとネッドはベッドメイキングを任された。
そこで、ネッドは自分がナンバリングを殺したことをリーに話したのだ。
子供達を守る為にナンバリングを殺したこと。
それによる罪悪感。
コウガに宣言した「殺さない」こと。
しかし、どうすればいいか迷っていること。
マナカを失い、自信を無くしていたコウガに言えなかったことだ。
この気持ちを誰かに話したかったのだ。
急なネッドの話に目を丸くしたリーだったが、「そっか。ネッドもつらかったね」と、微笑んだ。
「でも、1人の命で多くの命を救ったことは忘れないで。ナンバリングと非能力者の因縁は根深いの。不謹慎かも知れないけど、しゃーないだよ」
あきらめ顔に変わったリーは、ネッドに近づき手を握りしめた。
「それでも、ネッドは殺さないと決めた。自分との約束だね。これから『殺さない』を守れるように行動したらいいと思うよ。私もあるもの、自分との約束ごと」
だから、ネッドは警棒を選んだのだ――奪わないように、自分との約束の為に。
その後、ヴァンたち、軍人はアサルトライフルと小型銃を選び。
ヤスはスナイパーライフル。リーは動きやすいと言う理由で小型銃を。
コウガは相変わらず銃弾とナイフを数本。警棒の携帯は全員に義務付けられた。
各々、武器を持ち、外に置いてある車に向かう。
軍用ジープが2台。
1台にはヴァンと部下。それと元最速運送の2人と案内役のギュレス。
2台目にネッドたち、アストロ・エクスプレスのメンバーとエリザベス。
バックパックだけを背負ったエリザベスの同行に、ヤスは難色を示したが。
「なにがあるか、わからないのだから。医者が同行するのは当たり前」
と、エリザベスにピシャリと言い負かされていた。
肩を落としたヤスが運転するようで、助手席にコウガが乗り込む。後列にリーが乗り込んだ。
次にエリザベスが乗ろうとしていた。
だが、彼女は何を思ったのか、後ろで待つネッドに振り返った。
「これ。返しておくわね」
エリザベスが差し出してきた手には小型銃。
ナンバリングの襲撃時にネッドが渡した物だ。
ネッドは受け取ろうとしたが、手が小型銃の前で止まってしまう。
(これは、人を殺すものだ)
受け取ろうと戸惑い、手を閉じたり開いたりするネッドに何か感づいたのだろう。
「使わなくても、お守り代わりに持っていたら」
エリザベスはネッドに銃を握らし、車に乗り込んでいった。
なんとも言えない気持ちになったネッドだったが、行き場を失くした銃を懐に入れた。
出発した2台の車は、旧アマゾンの森を進む。
森の奥に向かうにつれて、周囲の風景は変わった。木々は太く、高く育っている。
ネッドは見たこともない木々を食い入るように見入ってしまった。
空が見えないほど覆い茂った葉のトンネルの下、根や小石とも呼べない石で、ガタガタとした道をひたすら走る。
銀の羽が決めた秘密のルートだ。本当は空路があるのだが、統一国に見つかってしまう恐れがある。
幼い頃に父親が話してくれた寝物語。それに出てきた日本の忍者のような隠密行動であった。
野宿をしながら三日間の陸路は無事に終わり、ネッドはほっと息をついた。
雨が降りやすい熱帯雨林は、一度雨が降ると泥で進めなくなり、足止めをしなくてはならないからだ。
そして今、ネッドの眼前には、アマゾン川が広がっている。
底が見えないほど茶褐色の太くて長い川。
そこには1隻の軍艦があった。
穏やかな川の流れに浮かぶ、タワーのエンブレムが描かれたくすんだ銀の船。
そこにヴァンたちが乗っているジープが入って行った。
「おい、おい。本当にあの船に乗り入れるのか?」
ヤスが眉をひそめ、バックミラー越しにエリザベスを見ている。
「はい。大丈夫です。あの船は統一国軍の物ですが協力者。軍内にも銀の羽がいます」
「統一国軍も一枚岩じゃないと言うことだな」
コウガは吐き捨てるように言う。
しかし、ネッドは内心、驚いていた。
軍が国を裏切ることなどない。そう思っていたのだ。
Aの形をベースに、間に3本の線。頂点には月桂樹の冠が描かれているエンブレム。
3本の線の間に下から銅、銀、金と色が塗られ、銅は学生、銀は軍人、金は研究者と地位のランクを表している。
2番目にランクが高い軍人は、研究者以上の給与も与えられる。だから、大学に行けなかった者のほとんどが、統一国軍に入隊する。
(なのに、なぜ? 統一国で何が起こっている?)
結果を出せるはずだった優秀なタオの亡命といい、ネッドには隠れていた何かが溢れ出してきているような気がした。
軍艦は旧コロンビアまで、アマゾン川をさかのぼる。
陸路は足場の悪さにドキドキしたが、船は船でネッドは冷や汗をかいてしまう。
周りは統一国軍の兵士が作業をしており、迷彩柄の軍服を着る自分が異物であるように思えてならない。
ネッド以外のメンバーは、せわしなく何かを調べていたり、どこかと連絡を取り合っている。
しかし、細かな作戦を立てるには防衛壁の内部情報が少なく、難航しているようだ。
亡命任務が初心者のネッドはできることが少ない。
ふらふらと甲板に続く廊下を歩いていると、ふと、旧パナマ地区にある防衛壁の外観の絵が目に入った。
階段のような3階建ての黒い壁は、何者も寄せ付けないほど重厚に描かれている。
(こんな高い壁をタオは超えてくる)
逃げることは負けだと、北アメリカでは言われている。
何もかもかなぐり捨てて、タオはハメルの子孫と言われている少女と逃げている。
そんなことをぼけっと考えていると、「ネッド君じゃないですか」と元気な声が聞こえてきた。
「まさかこんなところで会えるとは!」
と嬉しそうに近づいてきたのは、グレーの隊服の着た元クラスメイトだ。
「久しぶり。ガナ君が銀の羽にいるなんて驚いた」
劣等生仲間だったガナは、色白だった学生時代と違い小麦色の健康的な肌になっていた。
だが、いたずらっぽい猫目はそのままで、懐かしい気分にネッドはなった。
「まぁね。軍に入ったのはいいけど、なんだか嫌になって」
ガナはばつが悪そうに短いくせ毛をいじっている。
「軍に入って、金を貯めて、旧カナダの開拓地区でのんびり過ごそうと思ってたんだけど。軍の仕事に納得できなくてさ。入りたての下っ端の俺たちに反乱軍の鎮圧を押し付けて、上司である指揮官は飲んだくれている。最悪だろ」
大学へ行けないイコール劣等生である。
その集まりだ。やさぐれてもおかしくないとネッドは思った。
「劣等生の成れの果てだよな。しかも北アメリカに戻りたいからって、ナンバリングを売って賄賂にしていたんだぜ。ヤバいだろ」
顔を真っ赤にしてガナは怒っている。
「さすがにそれは……」
「だろ! いくら危ないって言われているナンバリングでもさ。あれはひどい。虐待だよ。それに……、銀の羽に」
そう言うガナは頬をほんのりピンクに染めていた。
「好きな人が居るんだ」
こそっと耳打ちしてきたガナに「えっ」と声がでてしまう。
「内緒だぞ。その人、志が高くてさ。高嶺の花なんだけど、その人の役に立ちたくて入ったんだ。困っている人の役に立てるし、一石二鳥だろ」
えへへと照れるガナに、ネッドは微笑ましくなった。
理由がなんであれ、誰かの役に立とうとしている彼が羨ましい。
「すごいなガナ君。僕なんて全然だめだよ。今もこうやってぶらぶらしているだけだし……」
「そんなことないでしょ。防衛壁の内部がわからないって、みんな頭を抱えているけど、ネッド君なら解決できるんじゃない?」
ガナの言っていることがわからず、ネッドはキョトンとする。
「ほら高等部のときに、ネッド君がやったあれだよ」
あれの言葉にネッドはピンときた。
「ありがとう。ガナ君」
ガナに手を振ったネッドは艦内のある場所に走った。
アマゾン川の上流で協力者である統一国軍と別れ、ジープで進む。
ブラジルの港街からここまで遠くに来たものだと、ネッドはしみじみと感じた。
旧コロンビアは、自警団が話していたように悲惨な状態だった。
「北アメリカに近いこの地は軍の恩恵で栄えていたのよ。北アメリカまではいかないけど、軍御用達のパブのネオンや明かりで夜でも明るかったのよ」
エリザベスは切なげに言っていたが、その面影は無く、どこもかしこも破壊つくされていた。
「これが恨みの大きさ。ひどいわね。これまでの報いを受けているようだわ」
エリザベスが小さく呟いた言葉に、車内は重苦しい空気に包まれた。
道中にナンバリングの収容所も見えた。恐らく、街1つほどの収容所だったのだろう。
その広い施設は他の場所より徹底的に破壊され、崩れた塀の向こう側は瓦礫の山。
山の上に軍人の死体が瓦礫に貼り付けられていた。
恐ろしい光景にネッドは目を背けてしまう。
(酷い扱いを受け、押さえつけられていた憎しみが、溢れ出た)
名もなき歴史家たちの書籍に書いてあった。このことは、アカデミーでも教えてもらっていない二分化戦争の始まり。
現代になっても解明されてない能力の現象を恐れ、危険視した者たちが起こした殺傷事件。
そこから憎悪と能力者たちへの差別、偏見が二分化戦争の発端となった。
200年たった今でも、統一国では能力者への危険視が拭えていない。
だから隔離という処置をしているが、ガナが言っていたように人権は無視だったのだろう。
ネッドが手にかけたナンバリング。マナカの妹もここで過ごし、非能力者を憎み、あのような行動に出たのだ。
現に元最速運送の2人は、悪質な会社に売られた。
(安全処置というなの迫害だ。なにも知らなかった)
安全圏の北アメリカを出て知ったことだ。
北アメリカは平穏と引き換えに、秘密だらけなのかも知れない。
北アメリカを出たら危険と、サンタクロース教授が言っていたことを思い出す。
南アメリカに住む人々の不満。ナンバリングたちの恨み。
サンタクロース教授は知っていたのだ。だから最後の授業で警告していた。
雨が降りだしたこと以外は順調に進む。
旧コロンビア地区の北部に着いたが、膿のように溢れ出たものはネッドの想像を超えていた。
防衛壁の前は地獄だった。




