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ナンバリング  作者: 桜音 寿
南アメリカ編
21/26

旧アマゾン地区での再会と作戦会議

 旧アマゾン地区に近づくにつれ、状況は厳しいものとなった。

 走っているだけでトラックの上空にはミサイルが飛び、目の前に破片らしきものが落ちてくることもあったが、ネッドの運転技術と、助手席に座るコウガの念動力で切り抜けてきた。

 配送ルートが戦闘に巻き込まれているなら、どこの配達先も変わり果てた姿になっているのも想像できた。

 家屋は無残に破壊され、焼け出された人々は村から避難することがほとんどだった。

 しかし、そこに居続ける人々も居る。

 生まれ育った所から離れたくない。ここに帰ってくる兄弟や、夫を待つと力強く生きている。

 自警団の夫からの必需品。親族への手紙と滅多に手に入らない嗜好品と書かれた荷物を、残った住人に荷物を渡すと、涙ながらに感謝される。

 マナカが言っていた"希望"が、荷物には詰まっていたのだ。


 幸い、荷物はすべて配達できた。

 そして蒸し暑く鬱蒼とした森に囲まれた旧アマゾン地区の支店に着く。

 木々の青臭い匂い。少し湿った空気が、ネッドに纏わりついて来る。

 高床式の支店は高くそびえたった樹木の葉の層で、空から隠されるように、ひっそりと建っている。

 葉の隙間から漏れる光で見えた3階建ての建物は、戦闘の被害を受けなかったようだ。

 この支店で銀の羽の構成員と、中立国軍から派遣された者と落ち合うことになっている。

 年季の入ったコンクリートの階段を上り、少し傾いた扉をネッドが開けると、「コウガ」と嬉しそうな声で、ギュギュっと抱き着かれる。

 ネッドより低い身長、ブラウンのボブカット。

 リー・メンダルだ。

 リーの後ろには、ネッドの姿を見て一瞬驚いたような表情をしたが、安心するように息を吐いたヤスも居た。


「あぁ! 筋肉量が少ない! コウガじゃない! ネッドだ」


 今更気が付いたのかリーが叫んだ。


(ひどい。筋肉がないのは自覚しているけど……)


 心底ショックですと言いたげな表情で、ネッドから離れていくリーはぎゃぁぎゃぁと騒ぐ。

 いつも通りのリーを見てネッドは、この再会にほっとした気分だった。

 騒ぐリーに軽く頭を撫でたコウガは、軽く挨拶をした。

 リーはうっとりと嬉しそうな顔をしている。

 相変わらずリーの眼差しをスルーするコウガは、ヤスと状況を確認し始めた。


「無事でなによりだ、やっさん。今着いたのか?」

「あぁ。お前たちもな。マナカのことは聞いた。大変だったな。よく頑張った」

「いや。力が足りなかった。すまん。優秀な技術者を亡くした」

「いや。話を聞く限り、お前の力が足りなかったわけじゃない。人の死は予測できないもんだ」


 ヤスはコウガの肩を叩き、労う。


「やっさん……ありがとう」


 コウガは安心したように力が入っていた肩を落とし、切り替えるように真面目な顔をした。


「さっそくだが、そっちはどうだった?」

「あぁ、俺たちは旧ペルー地区から来たんだが……。こっちよりは状況はましだ。ただ……」


 神妙な表情のヤスは気になることがあると、話を続ける。


「旧ペルー地区でも、反乱軍の動きが活発化しているのは同じなんだが、奇妙なんだ」

「奇妙とは?」

「反乱軍の行進を見たんだが、何かに操られているような。意思を持つ人間に見えなかった」

「なんだそりゃ。まるで、零一の能力者に操られているような感じだな。やっさん、こっちも気になることが……」


 言葉を切ったコウガが何かに気が付き、階段に目を向けた。

 支店に備えられていた水を飲みながら、会話を聞いていたリー、ネッドもつられて目を向ける。

 階段から静かに男性が現れた。


「おっ、着いていたか。コウガ!」


 男性はコウガと同じ背丈で黒髪ツンツン頭だが、金のメッシュが入っている。

 Tシャツにカーゴパンツが似合う女性好みの美男子だが、動きに隙が無い。

 にこやかな笑みで人好きな雰囲気の中に、人を見極めるような視線が混じる。

 リーがその男性を見て、嫌そうな顔をする。


「リーちゃん。あからさまに嫌そうにしないでよ」


 苦笑した男性は、リーの頭をぐりぐりと撫でている。

 いや、押さえていると言ってもいいかもしれない。


(リーさんが鬼の形相をしている。こんな顔見たことがない)


 リーが猫のように威嚇しているが、男性は気にせずリーを猫可愛がりしている。


「ネッド。見てないで助けて!」


 勝てないとわかった泣きっ面のリーが叫ぶ。

 そのせいでネッドに気づいた男性が近づいてくる。


「おっ。君がコウガのバディか。初めまして。中立国軍、第3コロニー所属の大尉、ヴァン・サイレスだ。今回の任務の隊長を任されている」


 爽やかに手を差し出してきたヴァンにつられて、ネッドは手を握り返した。


(わぁ。手の皮が厚い)


 美男子の印象とは反対に手の平には豆跡。

 何度も訓練を繰り返していたのだろうか。硬い皮膚がヴァンを軍人と物語っている。


(あっ。この人もナンバリングだ)


 首にはバーコードと01の数字。

 ネイルに借りた本には、零一は危険な存在だと書かれていた。

 どうにも危険に見えない爽やかな美男子をじっと見つめていると、リーが大きな声で叫んだ。


「あっ! あいつら!」


 リーが指差した先には、ヴァンと同じ服装だが2人の男性。

 よくある顔と言っていいんだろうか。特徴がなく、存在感が薄い。

 そして、印象のよくない2人組。

 スキンヘッドの男と頬に縦の傷がある男。ネッドとリーに悪さをしてきた、今は無き最速運送の2人組がいた。

 2人は肩が狭そうにして、バツが悪そうな表情をしている。


「顔見知り? こいつらは俺の部下だ」


 ヴァンの紹介に非能力者である影の薄い2人と元最速運送の2人は敬礼する。

 影の薄い2人は姿勢で真面目なことがわかる。

 軍人らしくぴしっと背筋を伸ばした敬礼には、軍人としての威厳があった。

 反対にまだ慣れてないのか、おぼつかない敬礼をする元最速運送の2人は自信なさげだ。

 元最速運送の2人へ近づいたヴァンに、リーは目くじらを立てた。


「なんで!? 捕まったんじゃないの? なんで軍にいるの?」

「コウガの勧めで入隊させたの。こいつら優秀だぜ。なんであんな会社に居たのか不思議なぐらい」


 いい部下を得たと笑うヴァンに肩を抱かれた最速運送の2人は、頭を下げてきた。


「「お2人には嫌な思いをさせてしまい。すみませんでした」」


 顔を上げた傷の男が話を続けた。


「俺たちは統一国の収容所から売られ、最速運送で使い捨ての駒のように働かされていました。でも、コウガさんがヴァンさんに口利きをしてくれまして。軍で奉仕活動をしている最中に認められ、そのまま軍に。感謝しています。だから、今回、ヴァンさんに随行しました。不快感を抱くかもしれませんが、よろしくお願いいたします」


 中立国でも犯罪をする人間は居る。

 そんな人間を取り締まる軍に入った2人の顔は、あの時の悪人顔ではなかった。

 環境が人を変えるのか。出会う人で変わっていくのか。

 傷の男は礼儀正しく、スキンヘッドの男はもともと大人しい人なのだろう。物静かに佇んでいるだけだ。


「そういう事で、リーちゃん、仲良くしてよ」


 ヴァンのウインクに、リーは「コウガが判断したなら、しゃーない」と納得したようだ。

 うんうんと頷くヴァンは目配せすると部下の1人が女性を連れてきた。

 現れた人物にネッドは驚くように声を上げた。


「あ、あなたは……」


 ショートカットで中性的な面立ち。

 階段から降りてきたのは、ナンバリングの襲撃があった街で助けた白衣の女性だった。

 ネッドがコウガを見ると、同じように驚いているようで、なぜと顔に書いてある。

 彼女はネッドに気づき、微笑む。


「先日は助けてくれてありがとう。私はエリザベス。銀の羽のメンバーの1人よ。普段は医者として南アメリカを巡っているわ」


 そしてエリザベスは微笑みから一遍(いっぺん)、緊張気味の硬い表情をした。


「早速、本題に入らせてもらうわ。時は一刻を争う。研究都市フロントからの亡命してくるのはタオ・フェンとティナの2名」


 エリザベスは腕時計型のデバイスのホログラムを表示する。

 旧中国特有の顔つきのタオと、ティナと言われる白銀の長い髪に青い瞳の少女の画像。


「タオが……。何故……」


 親友の画像にネッドは驚きを通り越し、困惑する。


「知り合いか?」


 コウガの問いに、ネッドは頷く。


「幼馴染であり親友です。でもなんで……。国を出たいとは聞いていたのですが……」


 青ざめたネッドを一瞥(いちべつ)したエリザベスは、話を進めた。


「彼はサワジの研究所に所属するレイチェル・サマナーのチームの一員です。密かに接触し、協力を仰ぎました」

(統一国の代表の研究所……母のチーム……。タオからは、何も聞いていない)


 まさかタオがネッドの母親であるレイチェルの研究チームに居たとは。

 機密事項があったのか。通信時に見たタオの疲れ切った顔色からして、それどころじゃなかったのか。


「仲間の報告ではフロントを無事に脱出しています。今は北アメリカと南アメリカの境界、中央アメリカである旧パナマ地区へ向かっている」


 エリザベスの情報に、ヤスは思い出すように時計型のデバイスからホログラムで地図を表示させた。


「おいおい。待ってくれ。旧パナマ地区には統一軍の検問所がある。あそこは強固な防衛壁だし、かなりの軍人が待機している。ドローン兵器も配備されているはずだ。あそこを手続きなしで通るのは無理だ。殺されるぞ」


 ヤスは北アメリカと南アメリカの大陸を繋ぐ、細長い土地を指さし、苦悩するように苦い顔をした。


「ですが、北アメリカを出るにはそこしかありません。北アメリカのすべての海岸線は武装した防衛壁に囲まれ、脱出不可能。旧アラスカ方面は二分化戦争後、海流が激しく、船は航行不可能です。空なんて的になるだけ。ですが、格好のタイミングがあります。近々、反乱軍が検問所である防衛壁に攻撃をしかけるとの情報が入りました。その戦闘にまぎれて、脱出を図ります」


 ざわめきが起こった。

 各々、状況を把握したのか戸惑い、今回の依頼がどれだけ危険なのか察したのだろう。


「そこまでして、2人を脱出させる理由は? ただの亡命依頼ではないだろう?」


 コウガの問いに、エリザベスは神妙な表情で頷く。


「今回の依頼はタオ・フェンですが。彼は協力者。本来の亡命者はティナ。彼女は……ハメルの子孫と言われています」


 ハメルの子孫という言葉に、皆、言葉を失くす。


「……本当に居たのか」


 ヴァンの呟きに緊張で静まり返る空気のなか、ネッドの喉がゴクリとなった。

 父親の残したデータにあった。"ハメルの子孫?"の文字を思い出す。


「おばぁの予言。ハメルのキューブのことも、俺たちは聞いている。この状況では全員、生き残れるかわからない。今、ここで辞退するのもありだ」


 全員を見渡したヴァンに、エリザベスが頷く。


「それでもかまいません。詳細は機密事項なので言えませんが。彼女を統一国から逃がすことは、世界の運命を握ることになります。統一国との争奪戦の渦に飲み込まれるということなのですから」


 エリザベスの緊迫した表情に、重くのしかかる責任に誰もが黙り込む。

 それでもエリザベスは言葉を続ける。


「反乱軍が旧パナマに着くまで、まだ時間はありますが。3日後に仲間の1人がこちらに着きます。その者が着き次第出発です。そうすれば、戦闘のタイミングより前から待機できるはず。パナマ側にいる仲間から連絡が入る予定ですので」

「よし。それまでに辞退するか。参加するか。覚悟を決めてくれ」


 ヴァンのひと言で解散し、ヴァンとコウガは食事の準備に取り掛かる。

 この支店の支店長と従業員はすでに避難し、食事や寝床も自分たちで準備しなければならなかった。


「いやはや。第3コロニーから地球におりてくるときに話は聞いていたけど、とんでもないことになっている。すごくめんどくさい」


 げんなりとしたヴァンはそう言いながら、ザクザクと野菜を切っていく。


「あぁ。第3コロニーでもその話でもちきりか?」


 コウガはスープをかき混ぜ、味見する。


「そらもう。依頼の報告を受けてから、中立国全土で戦闘態勢よ。おばぁの予言で巻き込まれることは確定。代表達が動いて、各コロニーから地上まで大慌てで準備を進めている」

「さすが代表たちだ。動きが速い。おばぁの予言さまさまだな」

「よく言うよ。おばぁから聞いたぞ。『コウガには先に忠告している』てな」


 おばぁの真似をしながらヴァンはジト目で見てくる。

 そこそこ良い年した軍人の男が拗ねている。


「お前とは長い付き合いなのに、相談もなしだし」

「悪かった。確証がないのに言えんだろ。こんなこと」


 そりゃそうだと、納得したヴァンは野菜を切る手を止めた。


「コウガ。マナカのこと気にするなよ。ナンバリングでも限界はある。これがマナカの選択の結果だ。他人が人の心を止めることはできない」

「あぁ。わかっている。……わかっているさ」


 コウガはスープをかき混ぜる手に力が入る。

 人の心は支配できない。

 だからこそ、コウガはマナカに協力した。


「それにコウガはネッド君を守らなければならないだろ」


 コウガの手がぴくりと止まる。

「あいつ……。俺の仕事に協力するって言ってんだ。守られる側の奴なのに」


 ヴァンは目を丸くした。


「そりゃ。凄い。非能力者なのに守る側の協力って」


 くっくっとヴァンは笑ったが、コウガの気持ちは晴れなかった。


「マナカが死んだ襲撃であいつはナンバリングを殺したと言ったんだ」

「えっ……。大人しくて優しそうな子なのに……。ほんとかよ?」


 ヴァンは信じられないと、口をポカンと開けている。

 美男子の間抜け面だ。


「あぁ。今まで殺しなんぞ経験したことないやつがだぞ。そこから殺すのが仕事じゃない。荷物を運ぶのが仕事だと言って、『もう守られるだけは嫌です。殺さないように、死なないようにコウガさんと協力します』だとさ……。ぶっ飛びすぎだろ、あいつ」


 コウガは声を押し殺して笑う。

 そりゃ笑いも出るだろうと自分でも思った。

 どうやってその思考にいったのか訳が分からなかったし、非能力者の力がナンバリングに並ぶことは無いからだ。


「いいバディじゃん。伸びしろありそうだし。大事にしてやれよ」


 ヴァンにはわかったのだろうか?

 間抜け面から、兄のような生温い目で見つめられ、コウガはなんだかくすぐったい気持ちになる。


「……あぁ。あいつがこれからどうなるかわからんがな」


 互いに小さく呟いた言葉は、調理する音の中に消えていく。

 しかし、ヴァンがなぜか慌てている。


「おい。コウガ。タバスコを入れようとしている? スープに辛さは必要か?」

「辛い方がうまいだろ?」

「やめろ! お前の辛さに合わせたら死人がでる!!」


 さも当然とした顔のコウガを、ヴァンは必死に止めた。

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