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ナンバリング  作者: 桜音 寿
南アメリカ編
20/26

さよならの先

 ――さっきまでの出来事に現実味がない。

 空に昇る煙が残る街をネッドは呆然と見ていることしかできなかった。

 子供たちと白衣の女性と安全圏に避難した直後、統一軍が到着し、ナンバリングの制圧を始めた。

 流石、荒れた土地を警護する軍だ。

 襲撃者を素早く鎮圧し、今は行方不明の住人を探している。

 ――無事なのか? 二人はどこにいる?

 銃で受けた傷や後頭部を軍医に治療してもらったネッドは、コウガとマナカを探すが見当たらない。

 軍人たちが抱えて街から出てくるのは、抜け殻のような住民やナンバリングたちだけ。

 すすり泣きや悲痛な泣き声が響く人々の集まる場所に、二人の姿は無かった。

 コウガの強さを考えれば、生き抜いているとは思っているが、さすがに遅い。

 ――歯がゆい。待つだけなんて。

 統一国軍のヘリコプターが旋回している街の外で、やきもきしていることしかできなかった。


 夕日の光が地平線に沈もうとしている頃、ようやくコウガが姿を現した。

 金髪の少女を軍人が抱え、その隣にコウガも歩いている。

 血や瓦礫の粉で汚れているコウガはマナカを背負っていた。マナカが怪我を負っているようだ。

 安堵したネッドは走り寄った。

 だが、その足は止まった。

 コウガの頬に涙を流した後があったのだ。

 コウガはネッドを見ると、申し訳なさそうに表情を歪め、絞り出すように言った。


「すまない。……守れなかった」

「えっ?」


 オーストラリアの港で聞いた。生き残った女性と同じ言葉だった。

 嫌な予感にネッドは、ただただ目を見開くことしかできなかった。


「マナカは死んだ」


 失意のコウガにかける言葉も見つからず、ネッドはマナカが死んだことを理解するのに時間がかかった。

 ネッドが呆けている間に軍人が遺体袋を差し出してきた。

 無言でマナカを入れるコウガの姿に、はっと我に返ったネッドも手伝った。

 袋の中でマナカは穏やかに眠っている。

 だが、体全体に銃創があり、制服を赤く染めていた。

 マナカの顔を優しく撫でながら、コウガはマナカの最期を話し出す。


「妹の命を絶つこと……それしかなかった。その引き金をマナカは引いた。命を懸けて止めた」


 立派だったと悔しそうに言ったコウガの言葉は、ネッドの耳をすり抜けていくように感じた。


「そ……そんな……」


 昨日は兄の顔をして、妹のことを話していたマナカ。

 ネッドの言葉に照れるようにからかってきた。

 それが一転、何がどうしてこうなってしまったのか?


「最悪な再会だったが。最後は兄の顔をして逝った」


 兄弟なのに、超能力の有無で別れてしまった人生。

 バラスとネイルのような再会を夢見ていたのに――正反対の結末。

 なんて悲しい再会だったのだろうか。

 ネッドはじっとマナカの顔を見ながら、コウガの話を聞く。


「マナカからの伝言だ。『最後まで付き合えなくてごめん。ネッド君なら、希望を届けられると』それに……俺のことも頼むだと」


 こいつは何を言ってんだかと呟くコウガとマナカを交互に見たネッドは、胸の奥が痛くなった。

 命の終わりまでネッドのことを、コウガのことを想っていた。

 ――失ったものは戻ってこない。そして、残された者には重い想いが残される。

 ネッドはこれほど強く実感したのは初めてだ。

 おしゃべりでノリが軽く、意地悪な笑みのマナカを思い出す。

 ――心臓が締め付けられて……痛い。


「う……。くぅっ……」


 マナカは優しい人で、妹思いで、そして……。

 マナカの遺言は、ネッドの心に深くしみ込んだ。

 ――もっと。もっと一緒に生きたかった。もっと話したかった。もっとからかってほしかった。

 死んだ者の魂を連れて行くように沈んだ太陽に辺りが暗くなり始める。

 冷たい風が慰めるように頬をかすめても、ネッドは泣き続けた。


 その晩、軍が建てた簡易の避難所で過ごすことなった。

 後頭部にたんこぶができたネッドは、怪我の経過観察のため軍医に引き留められたのだ。

 多少の凹みはあったが、トラックも無事だった。

 マナカの判断は的確だった。失ってからわかるとはこういうことなんだろうか。

 マナカの凄さが身に染みてきた。

 マナカと妹は中立国へ引き取られ、2人一緒に第3コロニーへ送られることとなった。

 妹は統一国で処理すると軍人に言われたがコウガが手を尽くした。

 そのコウガは支部に連絡し、先の計画を立てているようだ。

 漏れ聞こえてくる声は抑揚もなく事務的だったが、途中で驚きの声に変った。

 ネッドを一目見たと思ったら、苛立つようにホログラムの向こうに小さく怒鳴っている。

 ガシガシと頭をかいたコウガは、焚き火台の傍で座っているネッドに、


「緊急の依頼だ。中立国政府直々のな。明朝にここを発つ。詳細はその時に伝える」


 そう告げると、コウガは寝袋に包まった。

 コウガの寝息はすぐ聞こえていた。よく眠れるなと思ったが、それは仕方がないのかもしれない。

 ナンバリングだからと言って、コウガも人間だ。疲労するのも当たり前。

 マナカを守るために戦い失ったコウガの精神と肉体が疲れているのは、あきらかだった。

 支給された食事もほとんど手を付けず、子供たちに分け与えていたぐらいだ。

 ネッドも寝袋に入ったが、睡魔はこなかった。


(日常が一瞬で崩壊した)


 この街に来るまで戦闘の音は耳にしていたが、実感はなかった。

 実際に戦闘になった瞬間、生き残ったのが奇跡に近いと言っていいほどに、目の前に死が降って来たような感覚だった。

 殺さなければ、殺される状況。

 自分が手にかけたナンバリングの最後を思い出す。

 ――仕方がなかった。守る為だった。

 言い訳のような思いが、胃の中をぐるぐるとはい回り、気持ち悪い感覚がする。

 ネッドは引き金を引いた右手の指を無意識に撫でていた。


(暖かい。生きている)


 やっと自分の手だと認識した。ずっと言葉にできない変な感覚が指にあったのだ。

 ――もう、殺したくない。でも、このまま進めば、同じことに遭遇するかもしれない。

 寝返りして、コウガの背中を見つめる。

 ――あんな思いはこりごりだ。殺したくない。でも、コウガさんにその負担がかかるのも問題だ。

 なんとかならないのだろうか。マナカの遺言である希望を届け続けるために。

 今だ焦げ臭い匂いが残る夜の空気に包まれながら、ネッドは考えるのだった。



 ※※※ 

 明け方、いつの間にか眠っていたネッドは、コウガに起こされ、緊急の依頼の詳細を聞いた。

 ――亡命依頼。

 物騒な依頼である。

 眠たげなコウガの説明では、政府公認の企業であるアストロ・エクスプレスは、政府の依頼も請け負っている。

 ただ依頼相手――銀の羽(シルバーウィング)が厄介だった。

 銀の羽の依頼は一長一短になる。

 銀の羽は新世界または統一国から亡命する者を手助けする組織であり、亡命先である中立国に、各国の情報を提供しているそうだ。

 情報が少ない新世界のことを知れるのは、中立国にとってアドバンテージが大きいため、亡命の手伝いをするのはメリットがある。

 ただし、デメリットもある。

 命の危険があるそうだ。場合によっては、戦闘覚悟の救出。

 アストロ・エクスプレスは、その亡命者の移動に何度も関わっているプロだった。


「亡命には中立国軍が随行する。俺たちの仕事は亡命者の配送だが、今回は今まで以上に危険なようだ。旧アマゾン支部まで、配達の仕事をこなしつつ向かう。お前は旧アマゾン支部に着いたら、中立国に帰還するんだ」

「ちょっと待ってください。それは……バディ解消ですか」

「あぁ。一時的なもんだ。軍の奴らも随行するから、身分も保証され……」

「いいえ。ついて行きます!」

「ダメだ」


 コウガは突き放すような視線と口調だ。


「昨日みたいに、奇跡的に生き残れる保証はない。それに……」


 言葉に詰まったコウガは、頭を垂れた。


「……俺はマナカを守れなかった。お前を守れる自信がない」

(この人は、失うことを恐れている)


 暴走事件後の病室でも思ったが、コウガは極端に仲間の死を恐れているように感じる。

 ――アストロ・エクスプレスのナンバリングは、バディを守ることが大優先だから。

 バディを失った女性の言葉をふと思い出した。

 コウガはマナカを失ったと同時に、自信も失ってしまったのかも知れない。

 ――コウガのことも……頼んだ。

 ヤスとマナカの言葉が脳裏によぎった。2人が危惧していたのは、これだったのかもしれない。

 不安定に見えるコウガを、このまま行かせる訳にはいかない。

 ネッドは左腕をさすろうとする右手を一度止めて、変わりに腕をぎゅっと掴んだ。


「大丈夫です」

「何?」

「昨日、ナンバリングを撃ち殺しました」


 刹那の沈黙。

 信じられないと言いたそうなコウガに、ネッドはもう一度、


「撃ち殺しました」


 と、言い切った。

 眠たげな眼を見開いたコウガは、何かを発しようと口を開け閉めしているが、言葉が出てこないようだ。


「もう守られるだけは嫌です。殺さないように、死なないようにコウガさんに協力します。これからどうなるかわかりませんが。でも、こんな状況でも、配達の荷物は残っている。待っている人達が居ます。マナカさんは言っていました。『運ぶ荷物は、誰かの希望かもしれない』と」


 虚勢だ。本当はすごく怖い。

 声が震えていないかと、ネッドは自分で自分を心配する。


「僕もアストロ・エクスプレスの一員です。だから一緒に守りましょう。届けに行きましょう。僕たちは配達することが仕事です。昨日は殺される状況でした。だけど……殺すのが僕たちの仕事ではありません。コウガさんからすれば、バカな考えだと思うかもしれませんが、一晩中考えていました。……それに亡命者も無事に逃げられるよう、協力して守ればいいです。バディと荷物を守るのが、コウガさんの仕事なら、その仕事に協力させてください」


 強がりを悟られないように、コウガに強く訴える。

 マナカより短い付き合い。

 まだまだバディとして頼りないのはわかっているが、ここで引き下がるわけにはいかない。

 マナカの最後の頼みもあるのだ。

 そんなネッドに呆れるように、ため息をついたコウガは薄く笑った。


「わかった。ただし、命の危険が迫ってきたら、俺を置いて逃げろ。振り返るな。生き残ることを優先しろ。生き残らなければ、配達は続けられない」

「はい」


 なんとか説得できたネッドは、強く握った右手を解き、コウガとトラックに乗り込んだ。



 ※※※

 2人分の靴音が響く。

 暗く、酷い匂いがする下水道を時計型のデバイスのライトだけを頼りに、タオは走っている。

 男らしい節くれだった自分の手より小さく柔らかな手を引いて、振り返らず、走り続ける。

 少し後ろを走る彼女の様子が気になり、振り向くと息を切らし、体力の限界が見える。

 薄い水色の検査服がドロドロに汚れている。


「もう少しだ。もう少しでフロントを出られる」


 タオの声に、白銀の長い髪と青の瞳を持つアルビノの少女は、力強く頷いた。

 ただただまっすぐとフロントの下水道を走り抜け、出口の明かりが見えた。

 ――もうすぐだ。銀の羽との合流地点だ。

 窮屈で、苦痛な日々から逃げられると。

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