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ナンバリング  作者: 桜音 寿
南アメリカ編
19/27

さよなら

 コウガは丘の上の広場を目指した。

 ネッドと別れ、マナカを探している途中で、彼の姿を見たのだ。

 丘の上を目指し、階段を走り上るマナカは妹を一心に追っているのだろう。

 崩れてくる家屋の瓦礫を念動力で弾き飛ばし、敵と勘違いし、襲ってきた住人、もしくは反乱軍を殴り飛ばしながら進んだ。

 階段ばかりの街で瓦礫に道を阻まれ、迂回を強いられ、頭上からは手りゅう弾が容赦なく落ちてきた。

 それを避けるように、近場の家に転がり込む。

 そこには家族と思われる人の山。

 5人が折り重なり、互いを守るように息絶えていた。

 鉄臭い血の匂いに、軍人だった昔の自分を思い出しかけた。

 赤をまき散らした隊服姿の仲間達が倒れている。驚いたままの表情で自分を見ている記憶。

 歯を食いしばり、その記憶を振り切るように外に出て、走る速度を上げる。


(無事でいろよ。マナカ)


 コウガはひたすら走り続け。頂上へ向かうため、割れた階段を上る。

 着いた先は広い公園だった。遊具やベンチが置いてあり、つい先ほどまで憩いの場として使われていたのだろう。

 砂場には不格好な砂山がそのまま残っていた。

 広場の中央に近い位置。そこにマナカの後姿が見えた。

 激しい銃撃と破壊音のなか、マナカは誰かに叫んでいる。


「マナカ!」


 コウガはマナカに走り寄る。どこで手に入れたのか、マナカはアサルトライフルを所持している。

 顔や服は汚れているが、怪我はない様子にコウガは安堵した。

 だが、マナカは感情が零れ落ちたような表情だ。

 マナカはコウガを一瞬だが目線を合わせると、前方へ視線を戻す。


「妹っす。やっぱり居た」


 ポツリと呟いたマナカの視線を追う。

 適当に切られた不揃いの長い金髪の少女がこちらを見ていた。

 手にサバイバルナイフを持ち、無表情で立っているマナカに似た少女。

 細目から覗く青い目は輝き、ゆらゆらと燃えているように見える。

 首にはバーコードと03の数字。

 白いつなぎは赤く染まっていた。

 おびただしほどの血を絵の具に、まるで自分をキャンバスにしたようだった。


「もう。……連れ戻せないっすよね」


 マナカの切実な声音は、わかりきっているが確認したい。

 そう言っているようだ。


「あぁ。あの様相では、かなり殺しているだろう」

「そうっすよね」


 諦めるしかない。非能力者を殺したナンバリングは、中立国でも受け入れられない。

 受け入れられたとしても、矯正プログラムを受けたのち、厳しい制限を受ける生活を強いられる。


「……ここでさよならするっす。コウガ、申し訳ないっすけど手伝ってください。これ以上、妹に殺しをさせたくないっす」


 ゆっくりとアサルトライフルを構えるマナカは、口を引き締め、覚悟を決めたようだ。


「最初で最後の兄妹喧嘩っす」


 泣きそうに顔を歪めたマナカを見たコウガは、


「わかった」


 と悔しそうに言い、プラスチックの箱から弾丸をばら撒き、自分の周りに浮かす。

 コウガもマナカの覚悟を受け入れたのだ。


 ※※※

 戦場の音が消える。マナカはそう感じるほど、少女と自分達の間は緊張感で空気が張り詰めている。

 先に動くのはどちらかと。

 互いに睨み合う時間が長く感じる。

 最初に動いたのは少女だった。

 姿を消した直後――少女はマナカの傍に現れた。

 コウガは回避したが、マナカは逃げ遅くれ、正面から対峙することになった。


瞬間移動(しゅんかんいどう)!)


 一瞬、驚いたマナカだったが妹の能力は知っていた。

 ライフルを待たない手で妹の腕を掴み、足払いで妹の体制を崩し、背負い投げで地面に叩きつけた。

 背中を打ち付け、苦しそうに呻く妹に、マナカは馬乗りになり、ライフルの銃口を妹の額に突きつけた。


(これなら確実に撃ち抜ける)


 だが、躊躇した。

 マナカは知りたかったのだ。目の前で自分を見ている妹の思いを。


「ニア。なんで……なんで街の人を殺したんっすか。殺すなら、あのとき何もできなかった自分だけで良かっただろ」

「なんで? あなた以外は殺してはいけないの?」


 幼い頃と変わらない細く鈴のような声のニアは、不思議そうな表情だ。

 しかもマナカを兄と認識していないように感じる。


「えっ」


 呆然とするマナカに、ニアは言葉を続けた。


「なんでそんなこと聞くの? どうでもいいよ。非能力者をこの世から減らせればいいの」


 うっとりと笑う妹のニアに、マナカは呆然とする。


(もう……自分が知っているニアじゃない)


 明るく無邪気な妹は消え、狂った無邪気な妹が目の前に居る。


「こんなことをして……お前はどうしたいんっすか?」


 悔しかった。こんなになるまでニアを待たせてしまった自分に苛立ちが湧く。

 ニアはまたも不思議そうな表情だ。


「どうしたい?」


 ニアはじっとマナカを見つめ、ぱっと花が咲いたような笑顔になった。


「そんなの決まっている! 虐げられ、殴られてきた私たちが、今度は自分の力で覆すの。自分たちが上だといわんばかりの非能力者達に断罪を。解放してくれたあの人が示してくれた」


 目を輝かせ、それが使命だと言わんばかりのニアに、マナカは目を逸らすしかなかった。


(やっぱり生きて止めることは無理っす)


 ここでニアを止めなければ、戦火は南に広がるだろう。

 統一国軍と反乱軍との戦闘に、ナンバリングの復讐。

 南アメリカは壊滅してしまう。

 泣きそうに顔を歪めるマナカは、アサルトライフルの引き金に置いてある指に力を入れた。

 引き金を引こうとした瞬間、ニアはマナカの腕を掴んだ。

 瞬く間にマナカとニアは、広場の縁に立っていた。

 驚くマナカの手からアサルトライフルをそっと奪ったニアは、ニコリと笑いマナカを押した。


「バイバイ。能力もない。下等生物」


 ニアの冷たい目には侮辱と差別の色。

 その目を見つめたまま、マナカの体は重力に逆らえず落ちていく。

 小山の頂上はそれなりに高い。ここから落ちれば、ひとたまりもないだろう。

 笑顔のニアが小さくなっていく。

 背中に下から吹き付けてくる風を感じる。


(落下死か。ダサい死に方っす)


 燃える街並みから空に昇って行く帯のような煙を見ながら、マナカは思った。


(何もできなかった。ニアの言う通り、能力がないと……)


 そう思っていると、マナカの体にグンと引っ張られる感覚がした。

 瞬く間に引き上げられ、広場の縁に戻って来た。


「大丈夫か?」


 引き上げたのはコウガだ。マナカの無事を確かめるように、全身に視線を巡らせている。

 死を覚悟していたマナカは、念動力で引き上げられたことを理解できていなかった。

 放心し、ぽかんと口が開いているのだけがわかる。


「しっかりしろ!」


 ニアの動向を見ながら、コウガはマナカを叱責する。


「お前の妹は優秀だな。瞬間移動を巧みに使ってやがる。お前が落ちた後、俺の傍まで移動してきたぞ。それなりの距離をだ。ネッドを襲った強盗のナンバリングより移動距離が長い」


 ニアを褒めながらも苦い顔をしたコウガは、マナカを念動力で浮かせたまま、ニアから距離を取る。


「すみませんっす。油断しました。妹の能力はわかっていたのに」

「いや。俺も動けなかった。すまん」

「どうするっすか? 移動先の予測もできないっすよ」


 黙り込んだコウガにニアはライフルで撃ってくるが、コウガは高速で飛んでくる弾を念動力で止めた。


(相変わらず凄いっす。この人の動体視力はどうなっているっすか)


 能力の発動動作もなく、視覚のみで弾を止めたコウガにマナカは感心してしまう。


「移動させなければいい」


 ふと、コウガが言った。


「俺が妹の囮になる。マナカは隙をつけ」


 そう言いながら、念動力を解いたコウガはマナカを地面に降ろす。


「了解っす」


 小型銃を懐からだしたマナカに、意地悪な笑みでコウガは言った。


「お前の戦いだ。補佐はまかせろ」


 ニヤリと挑発的に笑ったコウガは、地面に落ちていた弾丸を再び浮かす。



 二人は頷き合うと左右に別れ、攻撃を開始した。

 コウガはニアを囲うように浮かした多数の弾丸を撃ちこむが、ニアに当たらなかった。

 ニアは弾が当たる瞬間に瞬間移動し、回避を繰り返す。

 コウガは念動力でベンチや、すべり台やブランコの遊具をニアが移動した場所に突き刺していく。

 ニアも負けじとアサルトライフルで応戦するが、コウガは涼しい顔をして弾の軌道を念動力で逸らすと、再び弾丸の嵐をお見舞いさせる。

 しかし、ニアもバカではない。コウガの背後をとったニアだが、コウガは背中に目があるのか、しなやかな体術で応戦している。

 そのまま同じような攻撃がニアとコウガで繰り返された。


(ナンバリングの戦闘は初めて見たっすけど凄すぎ)


 ガンと遊具が突き刺さる音と、アサルトライフルの発砲音が響く。

 ブレイクダンスをするかのような体術の攻防。

 凄まじい戦いに圧倒されているマナカだったが、実力はコウガが一枚上手なのはわかった。


(コウガ。流石っす)


 能力の使い過ぎからの疲れなのか。

 檻のように遊具やベンチでどんどん狭まる移動範囲のせいなのか。

 ニアの移動距離が短くなってきている。

 だが、コウガの様子がおかしい。

 狩りを楽しむようにじわじわと追い詰め、相手を嬲り殺すような行動を始めた。


 ※※※

 収容所で過ごしていたナンバリングが、一ヶ月ほどで能力を制御できるのか?

 そんな疑問を頭の片隅で考えていたコウガは、ニアの制御センスに感心する。


(気を抜くと、やられる)


 移動する距離。能力発動時の現象を見逃さないように。

 黒い瞳を輝かせ、コウガは脳裏にニアの行動をトレースする。

 ――やらなければ、やられる。この感覚、懐かしい。

 何年ぶりだろうか。優秀なナンバリングとの戦闘に、コウガは自分の細胞が熱く沸騰するのを感じる。

 忘れていた感覚。激しい銃撃の攻防と優秀なナンバリングの存在が、コウガの精神を研ぎ澄ます。

 そしてコウガは見つけた。ニアの移動先を。瞬間移動する際の現象を。

 姿を消す瞬間、地面に砂埃が上がり、移動先にも同じ現象起こる。


 (次で仕留めてやる)


 今度はナイフを取り出し、念動力でニアへ放つ。

 コウガの思い通りにニアは瞬間移動した。

 その時、コウガの目に小さな砂埃が見えた。

 ――捉えた!

 そこにニアが現れた瞬間、コウガは念動力でニアの動きを止めた。

 コウガは右腕を振り、地面に突き刺さったベンチとすべり台の間を行き来するように、何度もニアを叩き付ける。

 振り回されるニアは血を吐き、声なき呻きを出し、ぐったりしている。

 ――あぁ、楽しい。命をかけて戦う。その感覚のなかで、有利になる瞬間がたまらない。

 コウガは無意識に喉の奥からくっくっと笑みがこぼれ、口角も上がる。

 手元のナイフを念動力を使い、ニアの太ももに突き刺す。

 痛々しく、可愛い叫び声が聞こえてくる。

 ――まだ、まだだ。とどめを刺していない。もっと、もっと楽しませてくれ。



 ※※※

 マナカはその状況を、ただ立って見ていることしかできなかった。

 痛みで呻いているニアに、コウガは追い打ちをかけ、容赦なく弾丸を浴びせている。

 ――ナンバリングは遺伝子上、好戦的な者も生まれやすい。

 その特性をコウガから聞いていたが、ここまでするのかと。

 コウガに遊ばれ、弾のかすり傷を増やしていくニアを目にしたマナカは、はっとした。


(まずい。コウガが殺してしまう。それだけは……)

「コウガ。やめるっす。自身で決めた約束を破るんっすか」


 必死な面持ちでマナカは走り寄り、コウガの腕を掴む。

 ゆっくりとマナカを見たコウガの目は、邪魔をするなと言いたげにギラついている。

 コウガと震えるマナカの声に、はっとしたコウガはニアを念動力から解放する。


「すまない。マナカ。もう殺さないと決めた……それなのに」

「大丈夫っす。まだ殺してないっす」


 ショックを受けたような表情のコウガに、マナカは首を振る。

 そして、ぐったりとしたニアへ視線を移す。

 満身創痍のニアは血を流し、歯を食いしばりながら、鬼の形相でこちらを睨んでいる。


「なぜ、……非能力者に協力する! 私たち、ナンバリングの存在を認めず、売り払い、暴力を振るってくる奴らに」


 全身全霊で恨みの言葉を放つニアに、マナカは息を呑んだ。

 ニアの言うこともわかる。統一国ではナンバリングは最下層だ。

 人間扱いもされず、隔離され、マナカが想像を絶するような酷いこともあっただろう。

 ――でも、人を殺しては……。

 その言葉はマナカの中で浮かんだが、飲み込んだ。


「そうだな。やられたらやり返す。お前がやられた事は殺したいぐらいのことだったのだろう。でもな……人を殺したら、殺される覚悟が必要だ。どんな形であれ、自分に返ってくる」


 そう言ったコウガは、遠い目で何かを思い出しているようだった。

 そんなコウガを横目に、マナカはニアへ近づき、目を合わせるように座り込んだ。


「ごめんな。不甲斐ない兄貴で……。でもな……これ以上、ニアには殺してほしくないっす。でも、このまま生かしておくわけにもいかない。兄さん、大事な友達や後輩が居るんだ。ニアも守りたかったけど、そいつらも守りたいんだ」


 親は幼い頃に過労死した。貧しいながらも無邪気な笑みのニアと過ごした日々は幸せで、助け合いながら生きてきた。

 ニアの能力が発現しても人目を避け、もっと困窮しようとも、2人でいれば幸せだった。

 マナカの人生ががらりと変わったのは、村人が賞金目当てで密告した時だ。

 土砂降りの雨のなか、軍に拘束された泥だらけのニアが絶望を浮かべた表情。


「なんで? お兄ちゃん」


 その言葉が忘れられない。

 ――可愛い、可愛い妹。さよならだ。これだけのことをしたんだ。兄である自分の手で終わらせる。

 あぁ、あの時と同じ雨だ。頬に雨が伝ってきた。


 パン、パン、パン。パン。


 涙を流すマナカが撃った弾は、ニアの胸と腹を体を赤く染めていく。


「私を殺しても終わらない。能力者に栄光を――」


 狂ったように笑いながら最後の叫びをあげたニアは、マナカにアサルトライフルを乱発した。


 バババババババン。


 耳をつんざくような乾いた音が広場に響く。マナカの体が跳ね、倒れていった。


 ※※※

 コウガは金縛りにあったように、動けなかった。

 マナカが地面に倒れたことで、ピクリと体が反応した。


「コ……ウガ」


 マナカの声が聞こえ、走り寄る。マナカの姿は悲惨だった。

 撃ち抜かれ、体が赤く染まったマナカは虫の息だ――死の匂いをコウガは感じた。

 コウガは力を失ったように、マナカの傍に座り込んだ。


「ニ、ニア……を止めたっす……ニアは?」


 コウガはニアに視線を向けた。もう動いていない。

 マナカが撃ち抜いた箇所から、赤い命だけが流れ続けているだけ。

 コウガは弱々しく首を左右に振ることしかできなかった。


「そう……っすか。これで……終わりっす……」

「喋るな。傷に障る」


 止血をしているコウガに、マナカは首を微かに振った。


「もう……さよならっす。コウガ……ありがとう」

「おい。何を言っている。諦めるな! 生きろ!」


 ゴホッと咳をしたマナカの口から、血が溢れた。


「ネッ……ド君にも、最後まで……付き合えなくて……ごめん。……伝えてほしい……ネッド君なら……希望を届けられる……。コウガの……ことも……頼む」


 そう言うとマナカは動かなくなった。

 マナカの見開かれた目を閉じさせたコウガの頬に、一筋の水滴が流れる。

 血のように赤く燃えた夕日が、3人を照らす。

 銃撃音がなくなり、まるで何もなかったように静かになった街。

 煙だけが昇る空に、統一軍の軍用ヘリコプターの音が聞こえ始めた。

 どのくらいマナカの傍に居たのか、コウガにはわからなかった。

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