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ナンバリング  作者: 桜音 寿
南アメリカ編
18/26

崩壊

 中立国、第3コロニーの天気設定は雨である。しかも、かなり激しい雨脚だ。

 ガラス張りの自動ドアから、外を見ていたアカネはため息をついた。

 半年に1回。コロニー内の汚れを流す雨。

 水のナンバリング達が楽しそうに、水を放出する姿を想像するが、商いをするには少々ダメージが大きい。

 こんな日は配達部の従業員は、安全確保のために休みとなる。

 だが、荷物の受付事務であるアカネは休みにならないし、住人の配達依頼もない。

 普段は問い合わせの電話や客の声で賑やかな事務所だが、今は同僚の小さな話し声だけ。


(暇だ。暇は人をダメにする)


 体がだらけモードに入ったアカネは、受付の机の上で体を伸ばしたその時、自動ドアが開く音と激しい雨音が耳に入ってきた。

 急いで体制を整えたアカネは自動ドアの方へ目を向けると、足元に小さな水たまりを作った黒いレインコートを着た人物が立っていた。


「いらっしゃいませ」


 アカネはにっこりと営業スマイルするが、いかにも怪しげな人物はアカネのことを気にも留めず、事務所内を見渡すだけだ。


(何? 不審者?)

「こちらでお伺いします」


 警戒しながら、営業スマイルを崩さぬようアカネが再び声をかけると、不審者はずかずかと歩み寄って来た。

 そして、懐から黒い封筒を差し出した。

 何も言わず、ただ差しだすだけの人物に驚き、封筒から目線をあげたアカネはギョッとした。

 レインコートから覗く顔は青白く、目は怯えている。

 追われるように走って来たのか、荒い息づかいだ。


「これを社長に。急いでください。お願いします」


 体躯が逞しいから男だと思っていたが、切羽詰まった高い声の女性だった。


「えっと……」


 戸惑うアカネに封筒を押し付けた彼女は、すぐにアカネに背を向け、自動ドアから雨の中に姿を消した。

 唖然とするアカネは渡された黒い封筒を見る――宛先不明。

 裏返してみると、封筒の左端に銀の羽のマーク。

 ――これは!銀の羽(シルバーウィング)のからの亡命依頼。

 アカネは勢いよく椅子から立ち上がった。

 ガタンと椅子が倒れた音、それに驚いた同僚の声も無視し、アカネは支店長室へ走った。



 ※※※

 南アメリカ。旧ブラジル地区。

 マナカの道案内で、ネッドは道なき荒野を運転していた。

 助手席に座るマナカは、タブレット端末の経路案内と、目の前の光景を見比べている。

 今朝、統一軍と反乱軍の戦闘の影響で予定していたルートは使えなくなったと、南アメリカ支部からの通達があった。

 急遽、迂回ルートを使うことになったが、小さな爆発音が聞こえ、巻き込まれることを懸念したマナカの提案によりルートを変えることになってしまった。

 結局、整備されていない荒野を走ることになったのだ。


 太陽が頂上に来る頃。ネッド達が訪れたのは、小高い丘のなだらかな斜面に家々が並ぶ街だった。

 予定ではもっと早くに着いているはずだったが、迂回ルートを何度か変更したため大幅に遅れることになってしまった。

 焦るネッドはトラックを街の入口にトラックを停めようしたが、マナカがストップをかけてきた。


「この街には反乱軍がいるって噂があるっす。このままトラックを街の麓に入れるのは危険かもしれないっす。なにかあったら大変なんで、街から距離をとってトラックを停めるっす」


 どこで仕入れてきた情報だろうか?

 ネッドはマナカの情報収集能力は素晴らしさを感じる。


「だったら3人で行動した方がいいな。俺が変に絡まれる可能性もある。ネッド。マナカ。武器の所持、忘れんなよ」


 寝ぼけ目のコウガに、ネッドとマナカは気を引き締めるように頷いた。

 街から離れた所にトラックを停めたネッドは、小型銃と警棒を装備し、トラックを降りた。

 街の外から見てもわかるほど、小山の傾斜にそった階段の多い街である。

 押し車での配達は困難だと、早々に判断せざるを得なかった。

 コウガの念動力でたくさんの荷物を浮かせながら街に入ると、狭い通路を走り回り楽し気な子供を母親が(たしな)めている。

 階段では老人が日光浴をしている姿がちらほら見えるが、この街も働き盛りの男性の姿が見えない。

 それ以外は、いつも通りに生活をしている住人の姿があった。

 しかし、住人からの視線がネッドとマナカ、そしてコウガを襲う。

 主にコウガへの疑いの眼差し。コウガの首にあるナンバリングの証であるバーコードと03に視線が集中する。


「予想はしていたっすけど、なかなかキツイっすね」

「なにもなければいいんですが」

(祈るしかない。無事に配達が終わりますように!)


 不安な配達の始まりだったが、ネッドの祈りが届いたのか。

 変に絡まれることなく、配達は順調だった。

 制服に縫い付けられた中立国のマークと、非能力者の2人組に挟まれ、コウガに害はないと判断されたようだ。


 荷物も配り終わり、今日の宿を探しながら歩いていると状況が一変した。

 麓から爆発音と破壊音。そして悲鳴が聞こえてきたのだ。

 小山の中腹で振り向いた3人が見たのは、燃え上がる麓の地区だった。

 風に乗った火災の熱と、煙に混じる焦げ臭さで3人は腕で鼻を押さえてしまう。

 ネッドが燃える街の様子を眺めていると、コウガは麓から逃げてくる住人達に


「どうした! なにがあった?」


 と聞いたが、コウガの首を見た住人は悲鳴を上げるだけ。


「ナンバリング。この人も仲間よ」


 女性が振るえる指でコウガを指し、逃げていった。

 女性を追うように、他の住人達も去って行く。

 その姿をコウガは呆然と見送り、ネッドは混乱するしかできなかった。


「な、なにが起こっているんでしょう?」

「ナンバリングの襲撃っす」


 マナカはいつのまにか情報収集していたようだ。


「ひとまず街の外に逃げるぞ」


 コウガに促され、まだ被害の受けていない方角へ行こうとネッドは足を踏み出そうとした。


「ネッド!!」


 叫んだコウガに体を押さえつけられ、ネッドは地面に押し倒された。

 その時、近くの家が爆発した。コンクリートが飛び散り、細かな破片がネッド達に降り注ぐ。

 ふと頭上を見上げると、空を飛んでいる白いつなぎを着た男がロケットランチャーを乱発している。


(空中浮遊のナンバリングだ!?)


 一通り、撃ち尽くしたのだろう。そのナンバリングは笑いながら飛び去った。

 体を低くし、やり過ごしたネッドはゾッとする。

 

(こんなことして……笑っているなんて)

 

 ふと横を見ると、同じくやり過ごしたマナカが青ざめた顔をしていたのに気がついた。

 ぶつぶつと「嘘だ。ありえないっす」と、繰り返している。

 

「マナカさん?」

「妹が……。妹が居たっす」


 搾り出すよに言ったマナカは、意を決したように立ち上がった。


「別行動します。自分勝手ですみませんっす」


 マナカは軽く頭を下げ、ネッドとコウガに背を向けた。


「おい! マナカ!」


 コウガの叫びも虚しく、マナカの背は小さくなり、炎と煙が渦巻く街に消えた。


 ※※※

 街の中は崩れたレンガにコンクリートの瓦礫が道を塞ぎ、引きちぎられた者に、頭を撃ち抜かれた者が倒れている。

 そこらじゅうに漂っている死の匂いに、ネッドは胃液が込み上げそうだった。

 目を、耳を、鼻を塞ぎたくなるような光景がネッドの目の前に広がっている。

 日常が戦火に飲まれた。それは突然起こるのだと、銃撃戦の音で実感してしまう。


 マナカを追って、コウガとネッドは階段を走り続けていると、左の屋敷から子供らしき泣き声が聞こえていた。

 立ち止まり、息を切らしながらコウガとネッドは、顔を見合わせ頷く。

 泣き声がする方向へ向かうと、コンクリートとレンガ屋根でできていた大きな屋敷は、襲撃前は立派な佇まいだったのだろう。

 上空から攻撃を受けたのか。屋根は崩れ落ち、壁には瓦礫がめり込んでいた。


「おい! 俺の声が聞こえるか?」


 むき出しの廊下からのコウガの大きな掛け声に、小さな返事が聞こえてきた。

 その声を追って瓦礫の埃が舞い、崩れかけた廊下を進む。

 そのまままっすぐ進み、奥まった部屋の暗がりに小さな泣き声。

 そこにはバックパックを背負った人と数人の子供が数人集まっていた。


「大丈夫ですか?」


 ネッドが駆け寄ると、ビクッと体を震わせた子供たちを守るように、バックパックを背負った白衣姿の大人が1人、警戒するように両手を広げた。


「アストロ・エクスプレスの者です。怪我は?」


 社名を名乗ったネッドに、白衣の人物はほっと息を吐く。

 崩れた壁から入る光で見えたショートカットの人物は、子供たちの様子を確認する。


「大丈夫。煤で汚れているだけで、ケガは誰もしていない。外の様子を教えて」


 高くもなく、低くもないアルト音域の声で、ハキハキとした口調。動揺も無く、しっかりしている。

 コウガは近づき、小声で伝え始めた。


「火災はどんどん広がっている。早く逃げないと、ここも危ないぞ」

「そう。逃げるにしても、どこへ?」


 小声で返事をした大人は、ちらりと怯えている子供たちを見る。

 コウガもその様子を確認し、頷いてネッドを呼んだ。


「ネッド。こいつらを連れて、街を出るぞ」

「えっ……」


 コウガの言葉に、ネッドは動揺した。


「マナカさんはどうするんですか?」

「……」


 ネッドの言葉にコウガは無言を返してくるが、右手の拳を握りしめている。

 ――見捨てられない。

 そう体に現れている。


「探しに行ってください。僕はこの子たちと行きます」

「だが……」

「わかっています。バディを守るのも仕事ですよね。今はマナカさんもバディですよ」


 まだ心配げなコウガに、ネッドは安心させるように笑った。


「コウガさんとリーさん、やっさんに鍛えられたんです。無事にこの子たちと街を出ます。信じてください」


 子供たちの前に歩み出て振り返るネッドに、コウガは頷く。


「信じるぞ。ネッド」


 コウガはネッドに背を向け、崩れかけた屋敷を出ていった。



 子供たちと白衣の人物と共に、来た道を引き引き返すために屋敷を出たネッドは、皆の姿を確認した。

 煙から覗く太陽の光のもと、よく見ると白衣の人物は女性だった。

 背が高く体躯は細い、中性的な顔つきに黒髪のショートカットで男性に間違えそうな風貌だ。

 怖がる子供を落ち着かせるような表情に、母性を感じる。

 小型銃を白衣の人に渡すと無言で受け取った。

 白衣の人物を手は煤で汚れているが、指は細い。


「行きましょう。僕を先頭に、子供たちを前後で守りながら進みます」


 頷いた女性は、子供達同士で手を繋ぐ指示をし、殿へ移った。

 警棒を持ったネッドは脱出するため、出発する。ゆっくりと、だが時に素早く、来た道を戻るが、危険は増していた。

 街を襲っているナンバリングが増えているようだ。

 炎で家屋の中を攻撃しているナンバリングに、銃を向け抗っている住民と反乱軍。

 そこかしこから銃撃戦が行われている音が響き、恐怖と狂気が街に広がっている。

 ネッド達は崩れていない屋根の縁に隠れながら進み続ける。

 子供たちも気丈であった。怖いだろうに声も出さず、静かに涙を流しながら、ネッドの後をついて来る。

 

 崩れた家と家の間を移動しているネッドの頬に、突如、弾丸がかすった。

 つつっと、血が流れる。

 ネッドは反射的に壁に隠れた。


(見られた!? どこだ。どこから撃ってきた?)


 子供たちと女性に下がるように指示すると、壁から覗く。

 崩れた住宅から、長髪の男がこちらに近づいてくるのが見えた。

 赤く染まった白いつなぎをゆったりと着ていてもわかるほど、筋肉が盛り上がり、屈強なのがわかる。


(まずいな……。銃を持っている)


 冷や汗が背中、こめかみから伝ってくる。

 ネッドが思案している間に、地面を踏みしめる音が、どんどん近づいてくる。

 ――どうする? どうすれば?

 横目で見た子供達も不安と恐怖で表情が固まり、ネッドを見ている。


「ここに居て。絶対に動かないで。怖かったら目をつむって、耳を塞ぐんだ。みんな、できる?」


 笑顔のネッドに子供達は頷く。

 白衣の女性は何をするつもりだという表情で見てくるが、


「子供達を頼みます」


 と、その視線を振り切ったネッドは、壁から飛び出した。


 バン、バンバン、バン!


 銃声がネッドの耳をつんざき、足元、頭に弾が通った空気の感触。

 隠れていた壁から隣の家に移ると、ドガシャンと音と共に、ネッドの顔すれすれに腕が突き抜けてきた。


(うぇぇ。すんごい馬鹿力!)


 突き抜けてきた腕に、警棒を叩き付け、電気を流すと男は野太い叫びをあげた。

 男が呻いている隙にネッドは向かいの崩れた家屋に転がり込む。

 素早く立ち上がり、その場にあったスナイパーライフルを取り、壁と壁の隙間からスコープで様子を見る。

 ガラガラと崩れる家屋から出てきた男の首に、バーコードと03が見えた。


(おそらく身体強化のナンバリング)


 街中に引きちぎられた姿で倒れていた人たちは、彼にやられたのだろうか?

 捕まったら、ネッドと子供たちも死体と同じようになる。

 心臓がバクバクと跳ね始めたのがわかる。手足も小刻みに震えている。


(やるしかない。撃つ。撃たなきゃ、子供達が……)


 深呼吸。深呼吸だと己に言い聞かす。

 ネッドは小さな深呼吸を何回かした。

 思考が多少スッキリし、スコープで照準を定める。


(頭。頭を撃ち抜く。心臓の位置なんてわからない。だから頭だ)


 トリガーにある指先、スコープを覗く目に意識を集中する。

 遊んでいるのだろうか?

 銃を使う気配の無いナンバリングの男は、ぐるり、ぐるりと体を回しながら、猫のような目を見開きネッドを探している。

 隠れているネッドを見つけたのか、にたっと口角と目尻を上げた。

 ――気持ちの悪い笑みだ。勝利を確信し、狩りを楽しんでいる。

 そう思っているネッドに、ゆっくり、ゆっくりと男は近づいてくる。


(なめられている。それだったら、もっと、もっと近づいてこい。確実に撃ち抜ける距離まで)


 ネッドの息遣いが早くなってきた。

 崩れた家屋の隙間から入ってくる風が、ネッドのオレンジの短い髪を揺らす。

 それが合図のように、男が走りこんで来た。

 ネッドは焦るどころか、自分でも驚くほど冷静だった。

 スコープでは男の額でめいいっぱいになった。


(今だ!)


 トリガーを引く。

 ドシュッと音と共に、発射の反動が肩に食い込む。

 痛みで歯を食いしばったネッドに、男が壁越しに突進してきた。

 粉々になった壁が降り注ぎ、ネッドに男が覆いかぶさるように倒れてくる。


「ぐっ……」


 男が重すぎて苦しい。ぬめっとした気持ち悪い感触が、ネッドの後頭部に感じる。

 動けず、窒息死するんじゃないかと思った頃。


「大丈夫か!?」


 アルト音域の声だ。そう認識した瞬間、男がごろりと転がされた。

 太陽の光が目に入ってきて眩しい。ゴホゴホと咳が出る。

 痛みで体を動けないネッドは、腕を掴まれ起こされた。

 腕を掴んだのは眉を下げた白衣の女性だった。

 安心したような表情が、ネッドの目に映る。


「大丈夫です。ありがとうございます」

「そうか。良かった」


 女性は周りを確認している。

 座り込むネッドは横に倒れた男を見た。額に1発の銃創。

 ――死んでいる。

 額を赤く染め、驚いたように目を見開き、寝転んでいる。

 その姿を見た瞬間、寒くもないのに体が、主に指先が震え始めた。

 濡れた感じがする後頭部に手を当てる。

 目の前に持ってきた手が深紅に染まっていた。手が自分の部位じゃないように感じる。


(殺した。僕が殺した)


 ひゃっとするような感覚がネッドを襲った。

 体の力が抜け、手が落ちるように下がる。

 その様子を見た女性が、地面に落ちた手を握る。


「ありがとう。君が撃たなければ、私たちは死んでいた」


 撃たせてしまったと言いたいような、後悔が浮かぶ表情でネッドを見る女性を、呆けたように見返してしまった。

 子供たちもネッドに集まって来た。

 1人の子供にギュッと抱きしめられたネッドは、「ごめんなさい」と小さく呟き、抱きしめ返した。

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