041
セレファンと機械神兵の兵団は第3棟の前までやってきた。
第2棟に守護部隊がいた以上、こちらにも同等か、それ以上の防衛があると考えるべきだろう。
手っ取り早く、あの昏睡の煙を再び使う――その案が彼の脳裏をよぎる。
だが、セレファンは一旦思い直した。
ステルス状態の機械神兵は、第2棟内でしばらく気づかれなかった。
いきなり敵の配置や内部構造を知らないまま煙を使っても、無駄となってしまう可能性もある。
それに相手もすでに対策しているかもしれない。
「まずは内部の確認を行うべきだろう。
三体を斥候モードにし、内部に侵入して様子を探る」
セレファンが近くにいた機械神兵三体を呼び寄せ、斥候モードへと変更する。
そして、それぞれに内部偵察の命令が送られた。
姿を消した三つの影が音もなく第3棟の扉の先へ入っていく。
セレファンはモニターに映る斥候機械神兵の視界映像を凝視した。
そこには第1棟や第2棟とはまるで違う光景が広がっていた。
ここには繭の列はない。
代わりに、何かの装置と実験設備のような物が幾何学的に並び、コンピューターのような直線的な構造体が混じっている。
第3棟の内部には多くのグレイがいた。
彼らはすでに第2棟の襲撃を感知しているのだろう。
警報のような光が内部で走り、グレイたちが慌ただしく装置に手を伸ばし、防御シールド的な物の展開準備を進めているようだった。
その動きは、静かだが切迫していた。
一体の斥候機械神兵の視界が奥の中央へと滑る。
そこに、セレファンは“それ”を見た。
透明な円柱ケースに入った銀のカプセル群。
境界の神からの神託を受けた際に、かすかに頭の中にイメージとして伝わったあの形状。
モニター越しでも、それは間違いなさそうだった。
カプセルの近くには三体の藤堂クローンが配置されているのも映っている。
「やはり、ここも守護者がいる。しかし思ったよりは数が少ない.....」
さらに他の機体の視界が横の方へ流れ、別の一角が映る。
そこにも、藤堂クローンが一体配置されていた。
彼は銀のカプセルとは別の“何か”を守っている。
大きな繭――第1棟や第2棟のものとは明らかに異質な、より生体的で、より“人間的な”輪郭を持つ繭。
また、そこから伸びる多数の管が、隣に置かれた小さな袋状の繭へとつながっている。
しかし、距離が遠く細部の構造や中の状態までは分からない。
(あれは、何だろう……?)
その疑問への考察が形になる前に、グレイたちの動きがさらに慌ただしくなる。
今にも防御シールドの展開が始まりそうな状況。
このままでは、内部への侵入が困難になる。
セレファンは迷わなかった。
「サイアレンの昏睡の煙をこちらでも使用する。
装置を配置する機体を他の機体が護衛する形で全機突入。
中央付近に配置し即時装置の発動を開始。
敵の態勢が整いきる前に制圧するぞ」
瞬時に命令が共有され、第3棟入り口前にいた機械神兵たちが一斉に動き出した。
一方、第1棟の空気は、帰還したばかりの信号解読部隊の熱気でまだ少しざわついていた。
ハルタとタクマはすでに信号解読の結果を形にし、解除爆弾作成の作業を進めている。
ヤマトがタクマの背中を覗き込み、思わず言った。
「お前にこんな才能があったとはな」
タクマは肩をすくめ、照れたように頭を振る。
「し、趣味で……プログラミングとか、そういうのやってただけだよ。
本当、趣味程度だから」
「いや、趣味でも十分すごいですよ」
リクが横から口を挟む。
その声にタクマはさらに耳まで赤くした。
その横でハルタは少し苦笑しながらも手を止めずに黙々と作業を進める。
少し柔らかい空気が流れているその時だった。
藤堂が第2棟から帰還する。
うつむき加減で、肩のあたりに重い影を落としている。
その気配に、ヤマトはすぐ違和感を覚えた。
「藤堂……どうした? なんか様子が変だが。
第2棟の物はダメだったのか?」
藤堂は顔を上げ、いつものように短く答えた。
「いえ。必要な物は取ってきました。大丈夫です」
「そうか。で、その“必要な物”の中身てのは、結局なんなんだ?」
少し間を置いて、藤堂は静かに言った。
「それは……何度も言うように、今は教えられません。
ただ一つ言えるのは、碧眼の神に渡すべきもので、我々が持っておくべきものではありません」
レンが口を挟む。
「そんなに隠されると、逆に気になりますよね」
藤堂はその言葉に反応するように、手にしたファイルと端末を胸元へ引き寄せ、
傍にいた兵隊長からケースを受け取ると、即座にそれらを中に入れロックを掛けた。
「これには触れられないようにしておきます。
一旦、この物については忘れてください。
とにかく時間がありません。急いで同期信号解除爆弾を作成しましょう」
ハルタが顔を上げる。
「ああ、いまやってます。もう少しで出来ます」
その声に、場の空気が再び引き締まった。
――第3棟の空気は、昏睡の煙が薄く漂う中で、まだわずかに揺れていた。
防毒マスクをつけた一部のグレイが抵抗を試みたが、セレファンは彼らが防衛システムを起動する前に制圧を終えた。
機械神兵たちが静かに床を踏みしめる音だけが、広い研究棟に残響している。
銀のカプセル群は、すでに確保されていた。
セレファンはそれらを一瞥し、すぐに視線を横の方へ向ける。
先ほどから気になっていた、大きな繭と、その隣に置かれた袋状の繭――あの異質な装置だ。
そこへ近づこうとしたその瞬間だった。
繭の前に倒れていた藤堂クローンが、かすかに身じろぎした。
「……まさか?……もう、目覚めるのか?」
セレファンは即座に命じた。
「拘束しろ。急げ」
機械神兵が素早く動き、藤堂クローンの四肢を押さえ込む。
間に合った――そう思った矢先、藤堂クローンの瞳が開いた。
こんなに早く目覚めるはずがない。
サイアレンの昏睡の煙は、有機生命体なら一呼吸吸い込んだだけでも数時間は意識を奪う。
セレファンは思わず息を呑んだ。
「聞こえるか。エリュシア語は理解できるか?」
返答はない。
クローンはただ、焦点の合わない目で天井を見つめている。
「では……アルタル商盟語は?」
沈黙。
セレファンはさらにいくつかの言語で試したが、どれも反応はなかった。
「……会話は無理か。船へ連れていけ。他の個体と共に母星で審問する」
命令を受け、機械神兵がクローンを運び出していく。
セレファンは再び目の前の繭へ向き直った。
大きな繭の方の内部を覗き込むと、そこには一人の女性が横たわっていた。
腕と脚は第2棟で見た繭の者たちと同じように拘束されている。
違う所は腹部にも細い筋のようなものがいくつも絡みつき、管状の物が繭の外へと伸びている。
「……聞こえるか?」
声をかけても、反応はない。
呼吸はある。だが深い眠りの底に沈んでいるようだった。
セレファンは視線を横へ移す。
大きな繭から伸びた管が、隣の袋状の繭へとつながっている。
袋は半透明で、内部は液体で満たされていた。
その中心に――小さな影が浮かんでいる。
赤ん坊だった。
セレファンはしばらく言葉を失った。
おそらくこの種族の子供だ。
「解析しろ」
機械神兵に命令する。
機械神兵は装置や繭に触れたり、光線のような物を充てたりしている。
そして、少しの調査の後、その結果を報告した。
「袋状の繭は有機生命体の人工子宮。
内部の胎児は、隣の生命と種族一致率100%。
管を通じて栄養素と水分が供給されています」
「この子を……エリュシアへ連れ帰ることは可能か?」
「可能です。必要な栄養素はこの装置から抽出できます」
セレファンは袋繭の中の小さな命を見つめる。
「……連れ帰ろう。研究と調査のために」
その決断は、誰に聞かせるでもなく、淡々と告げられた。
機械神兵たちが動き出し、装置の移送準備を始める。
セレファンは最後にもう一度、袋繭を見つめた。
その中の命は、何も知らず、ただ眠っていた。




