040
同期信号解読部隊が信号解読に成功する少し前――
第2棟内部。
セレファンは境界の神から持ち帰るよう告げられた“銀色のカプセル”を探していた。
しかし、第2棟をくまなく探しても、それらしきものは見当たらなかった。
代わりに彼の目に映ったのは、繭のような装置に繋がれ、眠り続ける人々だった。
その中には、機械神兵を攻撃してきた者達も含まれていた。
「……なぜ拘束されている?」
セレファンは繭の前に立ち、静かに眉を寄せた。
襲撃してきた者と同じ姿形の者が、ここでは繭の中で拘束されている。
「この種族はグレイにとって奴隷か何かなのか?
それに、なぜ全く同じ見た目の者が複数いるのか……」
彼は近くの機械神兵に命じた。
「この者に再度神の周波数を当て、波長を解析せよ。間近でだ」
兵は無言で従い、繭の中で眠る者に至近距離から周波数を当てる。
数秒後、兵の装甲に淡い光が走り、判定の結果をセレファンへ報告した。
――神族との一致率、約10%。
10%という数字。神の血族の可能性はゼロとは言い切れない。
だが、神と呼ぶにはあまりに不完全な数字。
セレファンは少しの間思考したが、静かに息を吐き、その後機械神兵に言った。
「この者たちすべてを連れ帰るにはあまりに数が多い。
繭の中の者たちはこのままここに残す。
エリュシアへ連れ帰るのは、我々を襲撃してきた個体のみとする。
帰ってから、改めてこの者共の審問を行うつもりだ。
それから今回は、昏睡しているグレイ種には手を出さないように。
我々はノスリア帝国と揉めたいわけではない。
目的はあくまでも銀のカプセルを持ち帰ることだけだ。
しかし、カプセルは、この建物内では見つからなかった。
これから奥の建物の方へと探しに向かう。
一旦この建物から出て、集まるよう全員に伝えるんだ。」
命令を受けた機械神兵が同期メッセージで周囲の機械神兵全員へその内容を伝えた。
機械神兵達が即座に行動を開始する。
建物内に昏睡し倒れている藤堂クローンは全て拘束し、手分けして外へと運んでいく。
カプセルの捜索をし、見つからずにループ動作をしていた機械神兵達も順次第2棟から外へ出ていった。
やがて、藤堂クローンを船へと運び終わった機械神兵達も、再び第2棟入り口前付近へ集まり、セレファンの前へ整列した。
一方、解読部隊の帰還を待ちながら、第2棟の様子を伺っていた藤堂とガロウは、その気配の変化を感じ取った。
第2棟入り口から機械兵が慌ただしく出てくる。
藤堂クローンを抱えた兵はそのまま船の方へと次々に運んでいく。
その他の兵は、入り口付近に整列をし始めている。
「おや、境界の神の神官も外へ出てきましたね。
私のクローンを連れ去っている以外は、他に何かを持ち帰る様子は見えませんね」
ガロウが目を細める。
「あぁ、ずっと見てたけど、何か物を運び出したりはしてない感じです」
「ということは、彼にとってグレイの持つ情報類は必要ないものということですかね。
それはこちらにとって少し好都合です」
藤堂は淡々と呟きながら、神官の動きを追った。
神官はやがて機械兵たちに向かって片手を上げ、何か短い合図を送る。
次の瞬間、機械兵たちが一斉に姿勢を変え、奥の建物へと向きを揃えた。
「機械兵に向かって何か合図してますね。どうやら奥の建物に向かうようです」
「確かに。奥の建物を指差してますね。
……お、動き出した。全部奥へと向かってますね」
「急がないと、カプセルを持ち去られてしまいそうですね。
とはいえ、今は解読部隊が戻るのを待つしかありませんが」
藤堂は短く息を吐き、ガロウへ向き直った。
「ガロウ隊長、少しここを任せてもよいですか?
解読部隊が戻り次第、ハルタさんとタクマさんにはすぐに作業に取り掛かるようには言ってあります。
私は今のうちに第2棟の方へ必要な物を取りに行ってきます」
「え、一人で行かれるのですか?」
ガロウが少し驚いた表情で返事をした。
「私は第2棟の構造を知っています。
一人の方が見つかりにくいし、建物にいた私もどきも連れ去られて、今は手薄の状態でしょう。
中に機械兵がまだ残っている可能性にだけ注意しておけば大丈夫かと。
……時間もあまり猶予がないですからね。」
ガロウはわずかに眉を寄せたが、すぐに頷いた。
「分かりました。では、こちらは私の方で見張っておきます。気を付けて」
その言葉を背に受けると、藤堂は見張りの目を掻い潜りながら迷いなく第2棟の方へ向かっていき、
建物の中へと難なく潜入していった。
第2棟の静けさは、まるでつい先ほどまでの騒ぎが幻だったかのように澄んでいた。
藤堂は薄闇に目を慣らしながら、ゆっくりと内部へ踏み込む。
「ふむ……以前とほとんど変わりないですね。見た感じ、機械兵もいないようですね」
繭と繭のあいだを縫うように進むたび、淡い光が彼の影を揺らす。
繭の中に眠る者たちは、呼吸こそあるが微動だにしない。
「眠っているようですが……これは先ほどの神官の仕業でしょうか?
それとも、元々スリープモードにしていたのか」
独り言のように呟きながら視線を巡らせたそのとき、床に倒れたグレイの姿が目に入った。
灰色の皮膚はまだ温かく、胸はかすかに上下している。
「死んではいない……まだ息がありますね。意識を失っている感じでしょうか。
彼らはグレイ種は連れ去らなかったようですね。これも好都合といえば好都合。
しかし、いつ目が覚めるかも分からないので急ぎましょう」
声を潜めつつも、歩みは自然と速くなる。
第2棟の奥――そこに、彼が求める“保管場所”がある。
やがて、通路の突き当たりにそれは現れた。
壁一面を占めるように設置された、未来的なデータ保管ケース。
透明なパネルの奥には、光の筋が縦横に走り、まるで呼吸するように脈動している。
しかしそのすぐ隣には、何かのデータ端末類と場違いなほど古びた紙ファイルが置いてある棚があった。
黄ばんだファイルの背表紙には、かすれた文字が残っている。
――MESSAGE ARK JAPAN
藤堂は近くで倒れているグレイの腰部ポーチに目を留め、しゃがみ込む。
そこには金属光沢の薄いプレート状の器具が収まっていた。
「……これですね。開閉用のキー」
それを手に取り、保管ケースの中央にあるスリットへ差し込む。
低い電子音が響き、内部のロックが順に解除されていく。
光が一段階強まり、ケースがゆっくりと開いた。
藤堂は息を整え、内部へ手を伸ばす――
「よし、まずは一つ必要な物を手に入れることができました。戻りましょう。」
藤堂が端末と紙ファイルを抱え、足早に第2棟の出口へ向かい始めたその瞬間だった。
――「藤堂よ、それを持ち去りどこへ行くのだ」
空気の震えとも、耳鳴りともつかない声が、どこからともなく響いた。
藤堂は反射的に振り返る。
だが、通路には誰の姿もない。繭の淡い光が揺れるだけだ。
「……誰ですか?」
わずかに声が上ずる。
そのとき、視界の端で“紅い色”が揺らめいた。
壁に、床に、影が滲むように広がり、形を結ばないまま蠢いている。
「紅い影……? まさか……」
――「どうした。私を裏切り、何をしようとしている?」
紅い影の声は、影そのものから響くのではなく、藤堂の頭の内側に直接落ちてくるようだった。
「裏切る?どういうことです。
私は今まであなたになど出会ったことはない」
――「ほう。本当にそう思うのか?
やはり、あやつに書き換えられたか」
影がゆっくりと揺れ、笑ったように見えた。
――「出会ったことがない訳などない。お前は書き換えられたのだ。
なぜなら最初にお前の記憶を呼び覚ましたのは“我”だからだ。
忘れてしまったようだが」
「何を言うのです。私は碧眼の神の導きを受け……すべてを思い出し、今は自分の意志で神に仕えているのです。私をたぶらかそうとしても無駄です」
――「ふふふ。本当にそうなのか?
我からすると“すべて”を思い出しているようには見えないぞ」
影が一瞬、濃くなった。
――「では問う。すべてを思い出しているのなら、なぜそなたの妻を今助け出さぬのだ?
今は助け出す絶好の機会ではないか。なぜそうせぬ」
「妻……? 何のことを言っているのです。私には妻などいない」
――「本当にそう思うのか?」
影が、藤堂の手に抱えた紙ファイルへと視線を向けたように見えた。
――「お前は妻と同じカプセルでここに辿り着いたデータだったはずだ。
今お前が手にしているファイルにも、そのように書かれているはずだ」
「う……嘘を言うな。このファイルは碧眼の神に渡すように言われたもの。
中を見ることは許されていない。私を動揺させようという策略ですか?その手には乗りません!」
――「そうか。ずいぶんと、あやつに取り込まれているようだな」
影が薄く笑う。
――「だが覚えておくが良い。
“お前に相応しい巫女”は我の元にいる。
お前の妻は――我の元にいるとな。
そして、お前の赤子ももうじき……」
その言葉を最後に、紅い影は霧が晴れるように消えた。
気配も、声も、残滓すら残さず。
静寂が戻る。
藤堂はしばらくその場に立ち尽くした。
胸の奥がざわつき、呼吸が乱れる。
「……妻? 私に……妻がいた?そんな記憶は……ない」
握りしめた紙ファイルがわずかに震える。
「騙されてはいけない。あれは紅影の神……混沌の神。私を惑わそうとしているだけだ。
私は……揺らがない。私が信じるのは……碧眼の神のみだ」
自分に言い聞かせるように呟き、深く息を吸う。
震えを押し殺し、藤堂は再び歩き出した。
第1棟へ戻るために。
だが、その足取りには、先ほどまでなかった“迷い”がわずかに滲んでいた。




