042
第1棟の奥、仮設の作業台の上で、ハルタとタクマが膝を突き合わせていた。
机の上には、元々持ってきていた爆弾を改良した金属筒――同期信号解除爆弾が置かれている。
外見は粗末だが、内部にはハルタが作り上げた発振装置が詰まっていた。
タクマが手元に書いたメモを見ながら、慎重に線を指でなぞる。
「……ヴァリド族が読み取った同期パターン、ここに組み込んだやつ間違いないよね?
周波数は“こっち”の値で固定してるけど……」
ハルタは小さく息を吐き、爆弾の側面パネルを開いた。
中には、ヴァリド族の技術者から教えてもらった装置をハルタが独自に改良して作り上げた発振ユニットと、クリスタルの破片を利用して作り出した受信モジュールが雑に固定されている。
「一つずつ確認するぞ。まず――発振回路。
この光の点滅が、ヴァリド族が解読した同期信号の周期と一致してるはずだ」
ハルタがテストスイッチを入れると、赤い光が規則正しく点滅を始めた。
タクマは手元の紙に描かれた波形と見比べ、何度も頷く。
「……合ってる。周期も、パルス幅も。」
「次。衝撃起動のテストだ」
ハルタは小さな金属棒で筒の側面を軽く叩いた。
内部の簡易スイッチが反応し、光の点滅が不規則に乱れる。
「この乱れが“強制発振”だ。爆発の衝撃でこれが起きれば、
機械兵の同期回路は少しの間認識不良を起こす。……理屈は通ってるはずだ」
タクマは息を呑んだ。
「じゃあ……本当に、これで止められるんだ」
「止められるかどうかは、実際やってみなきゃ分からんがな。
だが――間違いはない。組み込みも、パターンも、全部確認はした」
ハルタは蓋を閉じ、金属筒を静かに持ち上げた。
「……完成だ。同期信号解除爆弾、準備完了」
その言葉に、周囲で見守っていた全員の表情が引き締まる。
横で聞いていた藤堂は黙って頷き、爆弾を受け取った。
そして全員を見渡し、短く息を整えた。
「みなさんのおかげで何とか準備が整いました。ありがとうございました。
それでは、この後の流れを説明しておきます。
まず、カプセルを持った機械兵たちが第3棟から出て第2棟付近まで戻ってきたタイミングが――
奪取作戦開始の時となります。
私がタイミングを見て合図をしたらハルタさんが同期信号解除爆弾を起動し、彼らの方へ向けて投げ入れます。
すると爆発の衝撃で機械兵の同期が解除され、少しの間彼らの動きが停止するはずです。
その隙に、カプセル奪取チームが突入し、彼らが運び出した銀のカプセルを奪います」
少し前に藤堂から奪取チームに任命されていたガロウ達数名が黙って頷く。
「奪取チームはカプセルを確保したら、すぐにキャンプ方向へ向かって退散してください。
それ以外の方々はその後方を援護しつつ、可能な限り追ってくる機械兵達を破壊しながらキャンプへ向けそれぞれ退避します。
この流れで行きたいと思います。
私は、奪取チームと援護チームの間に入り、状況を見ながら指示を出していきます」
そう説明を終えると、第3棟の方角へ視線を向けた。
遠く、灰色の建物の影が揺れ、風が砂を巻き上げる。
緊張が、じわりと全員の肌に張りつく。
やがて――。
第3棟の入り口から機械兵達が姿を現し始めた。
セレファンも姿を現し、その後ろから複数の機械神兵が続く。
二体は銀色のカプセルが詰まったケースを慎重に抱え、
さらに別の一体は、何か小さなものを胸に抱えていた。
藤堂が低く言う。
「……出て来ましたね。いよいよです。第2棟の前まで来たら――合図します」
ハルタが爆弾を抱えながら頷いた。
セレファンたちは第3棟から第2棟方向へ向かって歩き出す。
彼らが近づいてくるにつれ、場の空気がさらに張り詰めていく。
その時だった。
――ふぎゃああ……!
か細い泣き声が、風に乗って届いた。
ヤマトが眉をひそめる。
「……ん、おい、今の泣き声……赤ん坊っぽくなかったか?」
リクも目を凝らし、息を呑む。
「ですね……あれ、あそこの機械兵が抱えてるの……もしかして、本当に人間の赤ちゃんじゃ……」
その言葉に藤堂の表情が、凍りついた。
視線が赤ん坊に釘付けになり、喉がひくりと震える。
――“お前の赤子ももうじき……”
紅影の神の声が、脳裏に突き刺さるように蘇る。
ヤマトはその異変に気づき、藤堂を見た。
「藤堂、俺はあの赤ん坊を助けるぞ。いいな」
藤堂は震える声を押し殺し、必死に言葉を絞り出す。
「……駄目です。勝手な行動は……許しません……
我々の目標は……あくまで銀のカプセルを……持ち帰ること……です……」
しかし、その声には明らかに迷いがあった。
ヤマトは一歩前に出る。
「お前が何と言おうと、見捨てるなんて真似は俺にはできない。
カプセルも赤ん坊も――両方奪えばいい。それだけだ」
藤堂の拳が震え、言葉が出ない。
赤ん坊の泣き声が、また響く。
藤堂の胸の奥で、何かが軋むように揺れていた。
そうしている間に、セレファンと機械神兵達は第2棟前にすでに到着し、それぞれの船へ向けて歩みの方角が変わり始める。
「……と、藤堂さん、早くしないと逃げられます!」
カイトが焦った声で囁いた。
藤堂はハッと我に返り、ハルタに手で合図を送る。
「――作戦開始します。爆弾、起動!」
「了解!」
ハルタがスイッチを押す。
金属筒が低く唸り、内部の発振回路が赤く点滅を始めた。
ハルタは全身の力を込めて、それを第2棟前の機械兵の集団へ向けて投げる。
金属筒が地面に転がり――。
――ドバァァンッ!!キキィィィーン
激しい衝撃音が響き渡り、砂煙が舞い上がる。
同時に、機械神兵たちの動きがピタリと止まった。
「今だ!!」
誰かの叫びとともに、全員が第1棟から飛び出した。
カプセル奪取チームが一直線にカプセルの入ったケースへ向かい、
ヤマトは赤ん坊の方へと走り込む。
「よし確保した! 撤退するぞ!」
「急げ!走れ!!」
カプセルケースを抱えたガロウ達と、赤ん坊を抱えたヤマトがキャンプの方角へ向け全力で駆け出す。
と、その横で――藤堂はヤマト達とすれ違うように逆方向、第3棟の方角へ向けて突然走り始めた。
「ちょ、お、おい、藤堂! どこ行くんだよ!!」
ヤマトが叫ぶ。
藤堂は振り返らず、短く言い放った。
「――その子の母親を探してきます。赤ん坊の方は頼みましたよ。」
藤堂はそのまま砂を蹴り、第3棟へ向けて駆け去っていく。
一方、セレファンは爆発音に驚き、尻もちをついたまま動けずにいた。
「な、何事だ……!?まだ守護の者が潜んでいたのか……?
クソ!なぜだ……なぜ機械神兵たちが止まっている……!」
混乱し、立ち上がることすらできない。
その間に、レン、カイト、リョウ、リク、そしてヴァリドの兵達が中心となって、
停止した機械兵を次々と破壊していきつつ、援護チームはキャンプへ向け後退を始める。
爆弾が炸裂してから、わずか数十秒。
その短い時間の中で、ヴァルクス隊とヴァリドの戦士達は見事に任務をやり遂げていく。
カプセル奪取チームはケースを抱え、
ヤマトは赤ん坊を胸に抱きしめ、
全員が砂煙を巻き上げながらキャンプ方向へと駆けていった。
「急げ! 機械兵が動き出す前に距離を取れ!」
「後ろは任せろ!撃ち倒せ!!」
砂煙の中、仲間たちの声が交錯する。
やがて――。
カチ、カチッ……。
機械神兵たちの関節が、ゆっくりと再起動を始めた。
装甲に光が戻り、ぎこちなく立ち上がる。
しかし、その頃にはもう、ヤマト達は数百メートル先まで逃げ切っていた。
「……っ、く……!」
倒れ込んでいたセレファンが、震える腕で体を起こす。
視界に映るのは、破壊された数多くの機械神兵の残骸。
「また……またしても……」
唇が震え、悔しさに歯を食いしばる。
「なぜだ……なぜ守護の者はまだ残っていた……
しかも、今まで見た者と容姿が違うタイプの者が多数いた。
もしかして、あの見逃した繭の中から出てきたのか……
だが、彼らが出てきたのは、以前来た時にすでに破壊されていた建物からだった。
まさか、あそこにまだ潜んでいたのか……?
それはそうと、そもそもなぜ機械神兵が……止まったのだ……?」
理解できない事態に、セレファンは混乱しながらも周囲を見渡す。
残った機械神兵は半数以下。
このまま追撃に出れば、逆に自分が危険に晒されるかもしれない。
セレファンは拳を握りしめ、決断した。
「……今追うのは得策ではない。
一度エリュシアへ戻る。
捕獲した者を審問し、この種族について――もっと調べねばならない」
彼の瞳には、静かな怒りと執念が宿っていた。
「次は……必ず……奪い返してみせる」
セレファンは空を見上げた。
――これより約一か月後。
アレイン王子とセリナ姫がこの星を訪れる。
そのタイミングなら、護衛と称して正規軍を率いて再訪することも可能だ。
「……その時こそ、必ず成し遂げる。
神の御心に背く者たちを――根絶する」
セレファンは残った機械神兵たちに帰還を命じ、
第2棟近くの船へと歩き出した。
やがて船団は低い唸りを上げ、
砂嵐を巻き上げながら空へと次々に飛び立っていく。
やがてそれらは雲を突き抜け、
数多の光の尾を残しながら宇宙へと消えていった。
その光景を地上から見ていたヴァルクス隊は――。
「……やった……! やつら逃げ出したぞ」
誰かが小さく呟き、
次の瞬間には、抑えきれない歓声が爆発した。
「うおおおおおおおっ!!」
「成功だ!俺たち、無傷でやり遂げたぞ!!」
「作戦成功だ!完璧だ!!」
レンも、カイトも、リョウも、ヴァリドの戦士たちでさえも、互いの無事を確かめ合いながら笑顔を見せていた。
砂の匂い、汗の匂い、
そして――生き延びた者だけが味わえる、あの熱。
「よし……このままキャンプに戻るぞ!」
赤ん坊を抱いたヤマトがそう言うと、歓声と笑い声が混ざり合った。
ヴァルクス隊は勝利の余韻を抱えながら、キャンプへ向けて再び歩き出す。
背後には、宇宙へ消えた船の光跡だけが、薄く残っていた。




