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40光年  作者: 遊歩人
第一章 ヤマト
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36/43

036

――そのころ、聖域では


ミオは窓辺に座り、遠くの空を眺めていた。

胸の奥がざわつくような、落ち着かない感覚が続いている。


「……リク君たちって、まだ戻ってきてないのかな」


ぽつりと漏れた声は、静かな部屋に溶けていく。

そばにいたルウメアが、一瞬だけ表情を曇らせた。

胸の奥が痛む。

本当は――危険な任務。

でも、そのことを言えばミオ様は必ず心を乱す。

ルウメアは微笑みを作り、そっと答えた。


「はい……何か重要なお役目を任されているって姉も言ってました」


ミオは小さく頷いた。


「そっか……みんな頑張ってるんだね。

私も……頑張らなきゃ」


そう言って、机の上の古い書物を開いた。

羊皮紙のような紙に、淡い金色の文字が浮かび上がる。

ミオが声を出して読み始めた。


――光の御方は、

はじめに青き星を選び、

その土に“初めの民”を造りたもうた。


その血は天の理を宿し、世界を照らす種となるはずであった。

だが、紅き影の神、光の系譜を憎み、

大地を黒き眠りへ沈め、民は散り散りとなった。

逃れし者ら、虚空を彷徨い、姿を変え、

ついには神々のまなざしよりも遠きところへ堕ちたり。


されど、光の理は絶えず。

古き時、海の彼方より放たれし“種”あり。

それは眠りし血を呼び覚まし、

失われた民を再び照らす灯となる


光の血は消えぬ。

時を越え、星を越え、

再び我が姿に似た者として目覚める


ミオは眉を寄せた。


「ここにも紅き影の神様……

それに、この青き星って……多分、ここじゃないよね?

もしかして地球……?

光の血ってのは……何だろう……」


よくわからない。

けれど、胸の奥がざわつく。

まるで、自分の中の何かが反応しているような――そんな感覚。


ルウメアは静かに答えた。


「ヴァリドの伝承では、

“青き星”というのは遠い昔に失われたとされています。」


「え?……遠い昔に……失われた?」


ミオはページを閉じ、胸に手を当てた。

ヴァリド族の古文書の内容について、深い意味を理解しようとしていた。


その瞬間だった。


空気が震える。

聖域の空間が、水面のように揺らぎ、光が一点に集まっていく。

ルウメアが庇うようにミオの前に出る。


「み、ミオ様……!」


光の中心から、ゆっくりと“巨大な人の形”が現れた。

金の髪。

碧い瞳。

人ならざる均整。


――碧眼の神。


二人は息を呑んだ。

ルウメアは震えながら膝をつく。


その存在は、静かに二人を見下ろした。


「……あなたは……」


ミオの声は震えていた。


碧眼の神は、まるで風が言葉を運ぶような静けさで口を開いた。


「ミオよ。

恐れることはない。

我はただ、忘れられた“始まり”を告げに来た」


その声は、耳ではなく胸の奥に直接響く。


「お前たちは、

かつて“青き星”に生まれた初めの民の末裔。

その身には、今も微かに”神の理”が流れている」


ミオは目を見開いた。


碧眼の神は続ける。


「青き星は、混沌の干渉により滅びた。

だが、お前たちの”核”は失われなかった。

漂い、星を越え、

この地で再び形を得た」


ミオの胸が強く脈打つ。


「ミオ。

お前の中には、

初めの民の“核”に最も近い光 が宿っている」


「わ、私に……?」


「そして――

この星には、お前と同じような強い核を持つ者がもう一人いる。

神の理を濃く受け継ぐ者」


ミオは息を呑んだ。


「その二つの光が交わるとき、

失われた“初めの民”の道は再び開かれる。

新たな強き光の御子が生まれ、

我が子らの系譜は再び強固となる」


ミオはその意味を理解しきれず、

ただ胸の奥がざわついた。


碧眼の神は、ミオの迷いを見透かしたように言った。


「ミオ。

今の我が言葉は“選択”ではない。

めいである。

お前と“もう一人”は、

我が系譜を再び星に刻むために生まれたのだ」


「……どういう意味?……そんな……私……そんなの……」


声が震える。


碧眼の神は、淡い光の揺らぎの中でミオを見つめていた。


「それだけではない。そなたは、それ以外にも成さねばならないことがある。

そなたの持つ知識でもって、我が軍勢の再興を果たさねばならない。」


ミオは眉を寄せた。

胸の奥で、何かがざわりと動く。

“知識”という言葉に、なぜか説明できない違和感があった。


碧眼の神は、淡々と続ける。


「そなたが思い出せぬのは当然だ。

名を奪われた者は、己の理を失う。

――名を返せば、封じられた記憶は流れ戻る。」


神は静かに告げる。


「そなたの本当の名前は――水嶋みずしま みお

思い出すがよい。そなたの記憶を。」


その瞬間、世界が反転したようにミオの視界が揺れた。

胸の奥に沈められていた“鍵穴”に、名前が差し込まれ、

封印が外れる音もなく、記憶が一気に溢れ出す。


海の匂い。

大学の研究室。

母の笑顔。

イルカのホログラム。

陸の横顔。

そして――あの日、自分がカプセルに託した遺伝子と記憶。


息ができない。

涙が勝手に溢れ、頬を伝い落ちていく。


自分は“ミオ”ではない。

水嶋 澪――地球で生きていた。人間だった。


今の自分は、その人生も、記憶も、痛みも、

すべて“素材”として扱われ、ここで再生成された存在。


碧眼の神は、澪の涙を見ても表情を変えない。


「思い出したならばよい。

そなたの持つ知識は、我が理を継ぐ民を再び生み出すために必要なのだ。」


その言葉が、澪の胸に冷たく沈む。

自分の人生を“道具”としてしか見ていない声。

その無機質な響きに、澪の中でひとつの感情がはっきりと形を持った。


――嫌悪。


涙は止まらない。

けれど、その奥で、澪は確かに“自分”を取り戻していた。


「もうじき、そなたの伴侶となるべき者が戻るであろう。

二人そろえば、また迎えに来ようぞ。

それまで、この場所にて待つがよい。」


その言葉を最後に、光はふっと揺らぎ、

まるで霧が晴れるように神の姿は消えた。


残されたのは、静寂と、止まらない涙だけ。


澪はその場に立ち尽くし、

胸の奥から溢れ出す記憶と痛みに、呼吸すらままならなかった。


「ミオ様……」


そっと寄り添う気配。

ルウメアが心配そうに、澪の肩に手を添える。


「大丈夫ですか……?

わたしには、光の神様のおっしゃっていたこと……

あまり理解はできませんでした。

でも……やっぱりミオ様は、選ばれたお方なんだと……そう思いました。」


その言葉が、澪の胸に鋭く刺さった。


「……勝手なこと言わないで!」


声が震え、涙がさらに溢れる。

ルウメアは驚き、すぐに頭を下げた。


「す、すみません……!

わたし……ミオ様のこと、分かったつもりで……」


その謝罪が、逆に澪の心を締めつけた。


「ちがう……ごめん……ルウメアちゃん……

わたし……そんなつもりじゃ……ないのに……」


言葉にならない嗚咽がこぼれ、

澪は顔を覆って泣き崩れた。


ルウメアはそっと澪の手を包み込む。


「いいんです。

わたしこそ……ミオ様の気持ちを何も分かっていませんでした。

でも……わたしは、ミオ様のことが大好きです。

どんなときでも、ミオ様の味方ですから。」


その声は震えていた。

ルウメアの頬にも、静かに涙が伝っていた。


二人の涙が、同じ床に落ちていく。

光の神が残した冷たい余韻とは対照的に、

そこにはただ、寄り添う温もりだけがあった。


しばらく泣き続けたあと、澪はようやく呼吸を整え、

涙で濡れたままの目でルウメアを見つめた。


「……ルウメアちゃん。お願いがあるの。」


ルウメアは驚いたように瞬きをし、すぐに姿勢を正した。


「はい。なんでもおっしゃってください。」


澪は胸の奥にまだ痛みを抱えながらも、

言葉を選ぶようにゆっくりと続けた。


「ルウメアちゃん……今度あなたのお姉さまと連絡を取るとき……

リク君に、メッセージを届けてほしいの。」


「もちろん大丈夫です。

なんとお伝えすればよいでしょう?」


澪は一度目を閉じ、震える息を吐いた。

そして、確かめるように言葉を紡ぐ。


「……こう伝えてほしい。

“あなたの本当の名前は、久遠くおん りく

私は……全部思い出しました。

今でも……私はあなたのことを愛しています”って。」


ルウメアは目を大きく見開き、

次の瞬間、そっと微笑んだ。


「分かりました。

ミオ様……いえ、澪様は、すべてを思い出されたのですね。

リクさんとは……以前から深い仲だったのですね。

間違いなく、その通りにお伝えします。

どうか安心してください。」


澪は胸が締めつけられるような思いで、

それでもはっきりと頷いた。


「……ありがとう、ルウメアちゃん。」


その声はまだ震えていたが、

涙の奥には、確かな“自分の意思”が宿っていた。


ルウメアはそっと澪の手を握り返す。

二人の手が重なり、

静かな部屋に、涙の余韻だけが残った。

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