035
施設奪取作戦決行日――
例の施設奪取に参加するメンバーが集合時刻になり広場に集まってきた。
その顔ぶれは以下の通り。
Aグループから、隊長ヤマト、リク、レン、リョウ、タクマの5名
Bグループから、カイト、ミナト、シンの3名
Cグループ唯一の生存者である、タイチ
Dグループから、隊長のガロウ、ユラの2名
技術班からハルタ、医療班からマサキ
ヴァリド族の戦士たち21名
そして、藤堂
今回の作戦に総勢35名が集まった。
集合時間になっても、ユウイチは姿を現さなかった。
ヤマトがぽつりと呟く。
「……あいつなりに、色々考えたんだろう。」
リクが静かに頷く。
「そうですね。」
責める気持ちは誰にもない。
ユウイチの迷いも、恐れも、信念も、全員が理解していた。
少しして、タイチがヤマトのそばへ歩み寄る。
声は周囲に聞こえないほどの小ささだった。
「ヤマトさん……」
「足はもう大丈夫なのか?」
タイチは軽く笑ってみせた。
「おかげさまで。救出されて町に戻ってから、一週間くらいで麻痺も痛みも完全に引いた。どうやら、ひどい毒じゃなかったみたいだ。」
「そうか。それは良かったな。」
ヤマトは一度周囲を見回し、藤堂の姿を確認してから、声を落とす。
「……今回は藤堂がいる。あまりお互い、仲良くしておかない方がいいだろう。」
タイチもすぐに理解したように頷いた。
「そうだな。少し離れて動くよ。」
二人は短く視線を交わし、それぞれの位置に戻った。
藤堂が前方で手を上げ、全員へ出発の合図を送る。
隊列が静かに動き出し、三十五名の影が湿地帯の奥へと向かいはじめた。
湿地帯の沼地では、時折、水面が小さく揺れた。
ダンバによるものかもしれないが、今回のメンバーはそれなりに死線をくぐってきた面々ばかり。
安易に水面に足を踏み入れ、ダンバを呼び覚ましたりすることはなかった。
それぞれが慎重に淡々と進んでいく。
やがて一行は危険な湿地帯を抜け、以前エリシュアのステルス船が着陸していた場所へと出る。
しかし、そこにあったはずの船は、すでに跡形もなく消えていた。
藤堂が足を止め、ヤマトへ声をかける。
「ヤマトさん、船が停泊してたのは本当にここで間違いないですか?」
ヤマトは周囲を見渡し、地面に残るわずかな痕跡へ視線を落とす。
「あぁ、間違いないな。ここのこの辺に着陸していた。この地面のくぼみが船の接地跡だ。それに……ここから車輪の跡がうっすら残っている。」
藤堂はしゃがみ込み、泥に残る細い線を指でなぞった。
「確かに……。間違いなさそうですね。ということは、操縦者が船に残っていたのか、あるいは遠隔で飛び立ったのか……。いなくなったものは仕方ありませんね。」
立ち上がり、隊列へ向き直る。
「では、このまま施設へ向かって進みましょう。」
一行は再び歩みを進めていった。しばらく進んでいくと、やがて視界の先に灰色の建造物群が姿を現す。
少し開けた場所で藤堂が手を上げ、全隊を停止させた。
そこには、タイチが以前語っていた、ロボットたちが乗ってきたと思われるクアッドATVのような乗り物が複数、無造作に放置されていた。
金属の冷たい光が、曇天の下で鈍く反射している。
藤堂は乗り物を一つひとつ確認し、ヴァリド族の兵隊長と短く言葉を交わす。
その表情は読み取れないが、静かな緊張が漂っていた。
しばらくして、異星の乗り物の調査を終えた藤堂は全員の前に立つ。
周囲の空気がわずかに重くなった。
「今、あそこに見えている施設が、以前、あなた達が目覚め、ヴァリド族のみなさんにより助けだされた場所です。
これより、我々の手であの施設の機能を停止させるべく、施設奪取作戦を開始します。」
隊員たちの視線が、遠くの建造物へと向けられる。
「ここから見て、まず一番手前に見えている建物は、あなた方が実際に囚われていた建物です。
一応近づいて中の確認はしますが……ヴァリド族による救出活動の際、ここは激しく損傷しているはずなので、あの日以降復旧がなされていなければこの建物は現在機能を停止させていると思います。
救出作戦以降にグレイの艦がこの近くに降りたという報告もないので、おそらくそのまま放置されているでしょう。」
藤堂は続いて奥の二つの施設を指し示す。
「今回の作戦で重要なのは、奥の二つです。ここから直線に見て中央の建物……こちらは、私が元々居た場所になります。ここには――」
言葉が途切れ、短い沈黙が落ちる。
「……ここには、おそらく、私と同じ見た目をした複数の私もどきの人間がいます。」
その言葉を聞き、ヤマトたち以外の隊員達が困惑しざわめく。
藤堂の言っている意味がよく理解できなかった。
藤堂は隊員たちのざわめきが収まるのを待ってから、再び口を開いた。
「……中央の建物について、説明を続けます。」
その声音は淡々としているのに、どこか底知れない重さがあった。
「中央の建物は、この施設群の中で最も古く、グレイたちがこの星に降り立って最初に建設した施設だと考えられています。
理由は単純で、内部には技術的な文献――彼らがこの地で活動を始めた当初の記録や設計資料が保管されているからです。」
隊員たちの視線が、中央の灰色の建造物へと吸い寄せられる。
「それらの技術情報を外敵から守るために……私と同じ姿をした“人間”が複数、防衛の部隊として配置されている形になっています。」
「誤解のないように言っておきますが、彼らは私ではありません。姿形は同じでも、施設を守るためだけに作られた存在です。感情も、意思も、目的も……おそらく、私とは全く異なる。」
藤堂は中央施設の左奥の方を指し示す。
「さらに、左手奥の区画は最も古い区画で、そこにはまだ繭に囚われている人たちもいます。生存しているかどうかは不明ですが……少なくとも、私がこの施設から逃れた時点では、彼らはまだ繭の中に繋がれていました。」
重苦しい沈黙が落ちる。
「また、中央の建物の右手側に増設された区画の繭の中には、眠っている多数の私の複製が保管されていると思われます。防衛部隊のストックのようなものです。」
藤堂は理解の追いついていない隊員達を見渡しながら、言葉を区切った。
「この中央施設での我々の目標は次の通りです。
まず、建物内にいるグレイと、私の複製を殲滅すること。
繭の中にある私の複製もすべてです。
それから、この建物にある技術文献を持ち帰ること。
実際にはこちらの方が最も重要な目標になります。
ただ、一つお願いですが、設備の損傷は最小限に抑えたい。
それと、左奥の囚われている人たちは、今回はひとまずそのままにしておきます。
彼らの救出については別途考えます。
藤堂は中央施設の説明を終えると、少しだけ間を置き、最奥の建物についても続けて語り始めた。
「続けて、最奥の建物についてですが……
正直に言えば、こちらの建物の内部の詳細な構造は私にもわかっていません。
ただ、あそこには、この施設群において中枢とも呼べる最も重要な物が保管されています。」
淡々とした口調だが、どこか慎重さが滲む。
「……この最奥の建物にも、私と同じ姿をした者が複数、守護者として配置されています。
しかし、こちらには、守護者の中に一人だけ私の仲間がいます。
もう一人の私とも呼べる存在ですが、ある時、彼がわずかな隙を見て私に情報を渡してきました。
彼によれば、最奥の建物の中心部にある銀色のカプセル群こそが、この施設全体で最も重要なものであり、碧眼の神が必要としている物です。」
ヤマトが口を挟みます。
「その銀色のカプセルとやらには、一体何が入っているんだ?」
藤堂は、少しの沈黙後に返答する。
「中身は碧眼の神に取って必要な物であり、ノスリア帝国が持っていてはいけない物です。
今はそれ以上の事は言えません。」
藤堂は全員を見渡し、静かに告げる。
「最奥の建物における我々の目標は――
銀色のカプセル群を損傷させずにすべて回収することです。
これがまず最優先の目標です。
そして、最奥の建物にも、私と同じ姿をした者が複数いると言いました。
グレイと同様、全て排除対象です。
中に一人私の仲間がいるとも言いましたが、おそらく見分けがつかないので躊躇なく全員排除してください。
以上が、最奥の建物での任務になります。
慎重に、しかし迷わずに行動してください。」
藤堂の説明が終わると、湿った風が一行の間を抜けていった。
誰もすぐには口を開かなかった。
重い任務の内容と、これから向かう場所の異様さが、全員の胸に沈殿していた。
その沈黙を破ったのは、ヤマトだった。
「……なぁ、ちょっといいか?」
「なんでしょう?」
藤堂が振り返る。
ヤマトは施設の方を見つめたまま、低く言った。
「グレイと戦うのはまだいいが、例えあんたの偽物だったとしても、
人間の形をしたものと戦うってのは俺の性分に合わないんだが。」
隊員たちがわずかに息を呑む。
藤堂は表情を変えず、淡々と答えた。
「何度も言いますが、あそこにいるのは私ではありません。
人間でもない。ただの人形です。
それを言い出すと、そもそもグレイだって似たようなものですよ。」
ヤマトは小さく首を振った。
「人形だろうが何だろうが、見た目が人間だと殴るのも斬るのも気が重いんだよ」
藤堂は一瞬だけ目を細めた。
それは驚きとも、呆れともつかない、微妙な揺らぎだった。
「……あなたは思ったよりも甘い人なんですね」
「悪かったな」
「まぁ、いいでしょう。
戦うかどうかは、あなたの判断に任せます。
ただし――向こうはあなた方を躊躇なく襲ってくるでしょう。
その点は理解しておいてください」
「でも、中に一人仲間がいるっていってたよな?
それならば他のお前だって仲間になる可能性もあるんじゃないか?
お前にとって同じ見た目のやつが増えるのは気に食わないかもしれないが、もし仲間にできそうなら、戦うより説得した方がよくないか?」
短い沈黙。
藤堂は、深く息を吐くように言った。
「……それは難しいでしょうね。
そもそも中にいる“仲間”というのも、碧眼の神の導きによって繋がっただけの存在です。
我々が直接話しかけてどうこうなるような代物ではありません。
感情も、意志も、消されているはずです」
藤堂は続けた。
「それに――あなたの言うように、私にとって、同じ姿の存在が複数いる事は愉快ではありません」
「どちらにせよ、私はこの日のために、ヴァリド族の学者、ヴァルクス隊の医療班・技術班の中でも特に優れたこちらの二名の協力を得て“人間に対してのみ麻痺症状を引き起こすガスを発生させる液体”を開発しました。
あなた方が私の人形を倒すのを躊躇したところで、これを使えばヴァリド族の戦士のみでも私の人形の殲滅は充分可能です。」
ヤマトは曇天を見上げ、短く息を吐いた。
「……そうかよ。
まぁいい。俺は俺のやり方でやる。
できれば――その“ガス”なんざ使わなくて済むようにな」
藤堂はわずかに瞬きをし、淡々と返した。
「あなたが例えどう振る舞おうと、私は必要と判断すればこの液体を躊躇なく使います。
仮に中にあなたが居ようとも。
それが最も確実で、最も早い方法ですから」
ヤマトは苦笑とも溜息ともつかない声を漏らした。
「……だろうな。あんたはそういうやつだ」
藤堂は静かに頷き、全員へ向き直る。
「では、作戦の最終確認に移ります。
これより三つの建物を順に制圧し、中枢の奪取を行います。
各々慎重に、しかし迷わずに行動してください」
藤堂の号令の元、複雑な感情を抱きながらも、一行は目標に向けて再び静かに動き始めたのだった。




