034
翌朝。
殲滅作戦の余韻がまだ地面のどこかに沈殿しているような空気の中、東側麓の大キャンプへ向けて、山上のキャンプの方から採掘を担う部隊が続々と降りてきた。
荷車を引く部隊、工具を背負ったヴァリド族の鉱夫たち、そして武装したヴァリド族の戦士たち。
その数は、昨日までの静けさが嘘のように多く、キャンプの広場は一気に人の気配で満たされていく。
ユウイチが、肩越しにその光景を見ながら小さくつぶやいた。
「……ヴァリドの戦士たちも殲滅作戦に参加してくれてたら、あんなに被害出なかったかもしれないのにね。」
リクも同じ方向を見つめたまま、低く返す。
「たしかにそうですね。なんで俺たちだけにやらせたんでしょう。」
二人の声は周囲のざわめきに紛れて誰にも届かない。ただ、ヤマトの胸の奥にだけ、鈍い痛みのように沈んだ。
やがて、下山してきた全員が揃った頃、キャンプ中央の作戦本部テント前広場へと全員集合するように招集の声がかかった。
隊員たち、鉱夫たち、ヴァリド族の戦士たちがテント前に半円を描くように集まってくる。
そして定刻時間になると、藤堂がマコトを従えてテント内から姿を現した。
藤堂は一度、全員の顔をゆっくりと見渡し、深く息を吸ってから口を開いた。
「みなさん、お集まりいただきありがとうございます。
先日のブラッドクリスタル採掘地点におけるドゥイラス殲滅作戦に参加いただいた部隊のみなさん。
大変ありがとうございました。」
その声は、いつもよりわずかに低く、重かった。
「残念ながら作戦中に多くの尊い命が失われました。私たち神聖ヴァルクス隊にとって、これまでで最も辛い作戦となりましたことを、心からお詫び申し上げます。」
周囲が静まり返る。
亡くなった仲間たちの顔が、誰の胸にも浮かんでいた。
「あなたがたの多大な貢献によって、何とか本日より予定通り採掘業務を開始できる運びとなりました。本当に心からお礼も申し上げます。」
藤堂は一度、深く頭を下げた。
「ひとまず、先日殲滅作戦に参加された部隊に関しましては、しばしの休養としたいと思います。町に戻られたい方は、一旦町に戻られて身体を休めておいてください。また、新たな任務が発生した際に声をかけさせていただきます。」
その言葉に、周囲で小さなざわつきが起こった。
安堵の息、肩の力が抜ける雰囲気、短い笑い声。
それらが混ざり合い、ようやく人間らしい空気が戻ってくる。
藤堂は続けた。
「続きまして、これから採掘についての説明をいたします。
本日より日中の間、当キャンプへ合流された採掘部隊のみなさんでブラッドクリスタルの採掘にあたります。採掘に関しましては、ヴァリド族の鉱夫の指示の元、作業にあたってもらいます。
山の上のキャンプで事前に班分けをされていたと思いますので、その班のリーダーの指示に従い、これより順次作業を開始してください。」
そして、藤堂は一度言葉を切り、わずかに間を置いた。
「最後に……」
その声色が変わったのを、誰もが感じた。
「明後日、湿地帯の先にある、以前私たちが眠っていた例の施設の奪取作戦を実施したいと思っています。作戦の主体はヴァリドの戦士たちにて行いますが、我々神聖ヴァルクス隊の中からも有志を募ります」
空気が再び張りつめる。
「詳しい作戦内容は、参加される方に当日現地で説明します。
ただ身の危険が伴う任務とだけは考えてもらっていた方が良いです。
それでもこの作戦に参加してよいと思われる方は、このあとマコトのところまで参加の旨を伝えにきてください。
経験豊富な前衛部隊の皆さんの中で、町へ戻らずこちらの作戦へ参加していただける方がおられると非常に助かります。
しかし無理強いはしません。
部隊も関係ありません。今、採掘作業に割り当てられている方も、もし希望であればこちらを優先してもらって構いません。
それぞれ個人個人の判断で参加をしていただいて結構です。
それでは、私からは以上となります。よろしくお願いします。」
藤堂は最後にもう一度短く頭を下げた。
藤堂が話し終えると、隊員たちのざわめきが、まるで風向きが変わったように場の空気を揺らす。
リクがヤマトの横に立ち、低くつぶやく。
「……ヤマトさん。チャンスですね」
ヤマトは短く「ああ」と返す。
レンも近寄ってきて言う。
「僕はもちろん行きますよ。……碧眼の神が言っているお宝ってのが何か気になってるんで」
「レンさん達が行くなら、俺も行きます」
レンの後にリョウが続く。
ユウイチは少し息を整えてから言葉を出す。
「……僕も行くよ。怖いけど、施設の藤堂さんの件も気になってるし、碧眼の神さまがCグループに施設を守るように言ってたみたいだし」
タクマは視線を落としたまま、弱々しくつぶやく。
「ぼ、僕は……どうしようかな……行っても、みんなの足を引っ張るだけかも……」
ヤマトは静かに言う。
「無理に来る必要はないんだぞ」
その言葉に、ユウトが苦笑いを浮かべる。
「……私は戻らせてもらおうかな……色々気にはなるけど、もう怖さの方が勝ってます」
サトルも続く。
「俺も……正直、精神的に限界を感じている。今回はちょっと休ませてもらいます」
ヤマトは三人に向けて頷く。
「ああ。そうした方がいい。お前たち三人は町に戻ってゆっくり休め。
他のみんなも無理だけはするなよ」
ユウトとサトルが安堵の表情を浮かべ頷く。
タクマが小さく手を上げた。
「あ、え、えと ちょっと待って……やっぱり、僕は行こうかな」
「そうか。まぁ、決めるのは自分自身だ。みんなの意志に任せる」
こうして、ヤマト隊からは――
ヤマト、リク、ユウイチ、レン、リョウ、タクマ
の六名が施設奪取任務へ参加することになった。
ユウトとサトルは皆に向き直り、軽く頭を下げる。
「気を付けて。……無事に帰ってきてね」
「じゃあ、俺たちは戻る。くれぐれも無理しないように」
二人は山道へと歩き出し、残るメンバーに別れを告げた。
去っていく二人をみんなで見送った後、ヤマトがおもむろに話始めた。
「……お前たちには言っておく。
今回の任務が無事に終われば、藤堂は俺に“真実”を全て話すと昨日言った。
真実を知れば、藤堂が行っていることも理解できるとも」
その言葉に、空気がわずかに張りつめる。
「そして、奴は、自分自身も含めて……俺たちはみんな“碧眼の神の道具”に過ぎないと言っていた。
それが意味するところは――」
リクがすぐに言葉を継ぐ。
「……クローンの件ですね」
「……ああ。おそらくそうだ」
ヤマトは短く答える。
ユウイチ、リョウ、タクマは、まだ状況を飲み込めていない表情を浮かべる。
ヤマトは続ける。
「リクやレンとは以前話したが……明後日向かうあの施設は、人間のクローンを造っている場所じゃないかと俺は感じている。
……言ってる意味、分かるか?」
リョウとタクマは戸惑いを隠せず、視線を揺らす。
その横で、ユウイチがはっと息を呑んだ。
「……ということは、僕たちは……」
ヤマトは静かに頷く。
「そうだ。まだ確定したわけじゃないけどな」
沈黙が落ちる。
その沈黙を破ったのはリクだった。
「みんな同じくらいの年齢に見えるのも……意図的に造られてるからじゃないかって……」
その言葉に、リョウもタクマも、ゆっくりとヤマトへ視線を向ける。
恐れとも、理解ともつかない揺れた目で。
ヤマトはその視線を受け止めながら、静かに言う。
「現地に辿り着けば――“施設にいる人間のクローンを排除しろ”という命令が出される可能性がある。
藤堂がどう動くかは分からんが……そういう展開も十分あり得る」
「俺は、それだけは避けたいと思っている。
もし本当に“造られた人間”がいるなら……仲間同士で戦うなんて、できればしたくない」
ユウイチは息を呑み、リョウとタクマは不安げに視線を揺らす。
レンだけは静かに目を伏せ、何かを考えているようだった。
ヤマトは続ける。
「なので、命令次第では、俺は“本隊とは別行動”を取るつもりだ。
その場合、下手をすると――ヴァリド族からも狙われる二重の危険が待ち構えているかもしれない。
だからこそだ。
そうなった場合、俺についてくるか、藤堂に従うか……あるいは、そもそも最初から行くのをやめるか。
それぞれ、どうするかを自分自身で決めてほしい。
……ひとまずは、明後日、現地で藤堂の作戦を聞いてからだ。
それを踏まえて、どう動くかは各々で考えてくれ。
じゃあ……よろしくな。
明日は休みだ。キャンプ地の飯はまずいが……お互いゆっくり休もう」
そう告げると、ヤマトは軽く手を挙げて、宿泊棟の方に向かい歩いて行った。
残された5人が、軽く会話を交わす。
最初に口を開いたのはリクだった。
「……俺は、それでも行こうと思う。
ヤマトさんについていきたいし……ミオを救う手がかりも、あそこにある気がするから」
レンが軽く息を吐く。
「僕は、最初からそうなるだろうなって思ってたし、だから特に何も変わらないかな。」
リョウは胸の前で手を組み、少し考え込んでから言った。
「俺は……正直、さっきの話はちょっとショックを受けました。
でも……今ここにいる自分が“本物”だと思っています。それでいいかなって。
今の俺は、レンさんやみなさんを仲間だと思ってます。
だから……俺は、みんなについていきます」
タクマは手をぎゅっと握りしめながら、ぽつりと漏らす。
「僕は……今まで、みんなから馬鹿にされていた人生のような記憶が、なんとなく残っているんだけど……
ここのみんなは、こんな僕でも一人の人間としてちゃんと扱ってくれてる。
……命だって助けてもらったし……
だから僕も、た、例えクローンだったとしても何かできることがあるなら……み、みんなの役に立ちたい、かなって」
リクが優しく言う。
「助けてもらってるのは、みんなお互い様ですよ」
タクマは少しだけ顔を上げ、照れくさそうに頷いた。
だが、ユウイチだけは暗い表情のまま、地面を見つめていた。
「……僕も、みんなに一杯助けてもらってるし、みんなのことも心から信頼してる。
でも……碧眼の神さまを裏切るようなことになったらと思うと……それは怖いかな……」
声が震えていた。
「僕……意外と、碧眼の神さまのことすごく信じてるんだよね。
最初に町に残ったのも、藤堂さんの考えに賛同したからだし……
碧眼の神さまを敵に回すなんてことは……考えただけで怖い」
ユウイチは唇を噛みしめる。
「だから今回もし途中で、どちらかを選ばなきゃいけなくなったら……
僕、どっちも選べないと思う。
……だから、やっぱり今回は辞退しようかな」
広場に静寂が落ちた。
誰もすぐには言葉を返せなかったがレンが最初に口を開いた。
「……決めるのはユウイチさんですよ。どんな選択をしても、誰も文句なんて言いません。ヤマトさんもそう言ってたし」
その声は淡々とはしていたが、責める色は一切なかった。
リクが続ける。
「そうですよ。僕たちは、どんな時だってユウイチさんのことを仲間だと思ってます。
ユウイチさんがどんな選択をしようが、それは変わりません」
リョウもタクマも、静かに頷いた。
ユウイチはうつむき、小さな声で言った。
「そうだね……ありがとう。
一日……よく考えてみるよ」
その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
迷いと恐れと、それでも仲間でいてくれることへの安堵が混ざった、複雑な光だった。
「じゃあ……そろそろ僕たちも宿舎へ戻ろうか」
五人はその言葉にゆっくりと頷き、宿泊棟へ向かって歩き出した。
足音だけが、人が減った広場に淡く響いていった。




