032
ヤマトが最初の巣穴へ向かって、ゆっくりと歩を進める。
Aグループ以外の部隊も、遠くから息を呑んでその姿を見守っていた。
巣穴まで残り約十メートルの位置――
次の瞬間、巣穴から数匹のドゥイラスが弾けるように飛び出した。
「バチィィィッ――ドンッ!」
ヤマトの脇をかすめるように、レンの電撃弾が走る。
青白い閃光が一匹を吹き飛ばし、焦げた臭いが風に流れた。
最初の一匹が倒れたのを見て、後続のドゥイラスは即座に散開する。
外側へ回り込み、ヤマトを包囲しようと動き始めた。
右側へ回った一匹をBグループの誰かが撃ち抜き、
左側へ向かった数匹はレンとリョウが正確に仕留める。
一つ奥の巣穴からも次々と個体が現れだすが、
対面側のDグループと、Aグループの残りの面々が射線を重ね、その足を止めていく。
それでも、数匹が電撃の射線をすり抜けてヤマトへと迫っていった。
しかし、ヤマトはボルトエッジを即座に構え、その数匹を青白い刃で一刀両断にする。
倒された仲間を見て怯んだ残りの個体を、レン、リク、リョウ、そしてBグループの誰かが、隙を見逃さずに次々と撃ち倒していった。
――時間にすれば、ほんの数分。
だが、その短い間に十匹程が地に伏した。
幸先は悪くない――。
ヤマトが振り返り、Aグループへ声をかける。
「おいおい……球の出番、なくなるぞ」
レンが笑いながら返す。
「いやいや、まだまだこんなもんじゃないでしょ。僕、まだ物足りないっすよ」
「そうかよ……じゃあ、もう少し近づいてみるぞ。出てこなけりゃ巣穴に球を入れる。お前ら、頼むぞ」
ヤマトは再び巣穴へ向かって歩き出す。
残り三メートル。
静けさが逆に耳に重い。
ヤマトは共鳴球を高く掲げ、遠くの部隊へもこれから穴へ入れると合図を送る。
風が止まり、空気が張りつめた。
球を投げ入れる。
暗闇に吸い込まれた直後――
「……ボォォ……ン……」
地の底から湿った共鳴が響き、足元が脈動しだした。
「――来るぞ!」
巣穴群のあちこちから土煙が上がり、
複数の巣穴からドゥイラスがわらわらと溢れ出す。
しかし、その数が――おかしい。
「くそ……まだ、こんなに居やがったのかよ!」
ヤマトは一歩後退しながら、迫る一匹を焼き切る。
黒い体液が地に散った。
「ヤマトさん、危ない!」
リクが駆け寄り、ヤマトの死角から跳びかかった個体を真っ二つに裂く。
「すまん、油断した……!」
言い終える前に、さらに三匹が間近の巣穴から飛び出す。
Aグループの面々が四方へ射線を走らせ、ヤマトの背を守った。
「ヤマトさん、伏せて!」
レンの叫び。
ヤマトが頭を下げた瞬間、電撃弾が頭上をかすめ、背後の一匹を撃ち抜く。
「くそっ、数が多い。リク、後退しながらAグループの位置まで戻るぞ。いけるか?」
「はい! 背中合わせで行きましょう!」
二人はみんなからの援護射撃を受けながら、近づいてくるドゥイラスを何とか切り裂き、
じりじりと後退してAグループに合流した。
「みんな、よくやった。助かった」
その言葉に一瞬だけみんなの表情が緩むが、すぐに再び射撃が始まりだす。
次々と迫ってくるドゥイラスを全員で迎撃していった。
Aグループは最前線。
巣穴への距離が最も近い。
それでも――今のところ持ちこたえている。
だが。
遠目で見ると、後衛部隊の中から選抜された山の手側にいる急造部隊が崩れかけ始めていた。
「ひっ……来るな、来るな……!」
「撃て! 撃てって言ってんだろ!」
恐怖で手が震え、撃てない者が続出する。
後退し、叫び、逃げ出す者まで出始めた。
ヤマトは叫ぶ。
「まずいぞ! 山の手側、あれじゃ全滅する!
ひとまず固まれ! 山の手側に援護射撃する!」
そして、即座に指示を飛ばす。
「こっちに来る奴らは俺とリクとリョウとユウイチで防ぐ!
残りは山の手側を撃て!」
Aグループがその指示を受けて動く。
直後、山の手側で悲鳴が聞こえた。
一人の隊員がドゥイラスに捕まっている。
そして、その身体に口吻が突き立つのが見えた。
「ヤバい……あそこ、やられてる!」
ユウトが大声で言う。
「あっちも何人か捕まってます!」
タツヤも叫ぶように報告する。
ヤマトは歯を食いしばり、迫る一匹を焼き切る。
「くそ、どうするべきか……」
ヤマトは少し思案したのち、レンに尋ねた。
「レン! 今、地上にいるドゥイラス、どのくらいか分かるか?」
「えーと……おそらくざっと見た感じ三十五くらい。やつら学習したのか僕らの近くでは減ってきてますけど、山の手側に集まりつつあります。
逃げようとしてるのかもしれませんが、あっちを突破しようとしてる感じっすね」
「そうか……」
ヤマトは短く呟き、巣穴群全体を見渡す。
「巣穴の中には……まだ居るだろうか?
これだけあちこちから出てきたなら、残りは少ない気もするが……」
山の手側の崩壊は目前だった。
「……仕方ない」
ヤマトは決断する。
「今から、巣穴群の外側を回って山の手側へ向かう。
俺たちがここを離れようとしたとき、もしこの巣穴からまた何匹も出てくるようなら、ここへ戻る。
出てこなければ、もうこの巣穴にはやつらは残ってないと判断する。
山の手側と合流する途中に1か所、あそこに見える巣穴の横を通過しないといけない。
ひとまず、その巣穴の付近まで移動するぞ。」
全員が頷く。
Aグループは固まって移動を開始。
幸い、こちら側にはもうほとんどドゥイラスがいない。
また、移動を開始しても、巣穴から新たなドゥイラスが出てくる気配も無かった。
大丈夫な事を確認した後、急いで山の手側方向へ移動する。
そして横を通過する巣穴に近づいた。
ヤマトはそこまで来ると、応戦している山の手側の隊員達に向かって叫んだ。
「お前たち、後退しながら上へ上がれ! 踏ん張れる位置まで!」
辛うじて踏みとどまっていた数人が斜面を上がる。
それを追ってすかさずドゥイラスも上がってくる。
「今だ、みんな撃て!」
ヤマトの号令とともに、Aグループの面々が上がってくるドゥイラスに向けて側面から一斉射撃を行った。
それと同時に、対面側のDグループもAグループの動きを察したのか、部隊を山の手側へ少し移動し、
挟みこむように一斉射撃を始めた。
この挟撃によってドゥイラスが次々と倒されていく。
残っている個体も足が止まった。
「……よし、怯んだぞ。
このタイミングでここの穴に球を入れる。
もし出てきたら頼む」
ヤマトは巣穴へ駆け寄り、共鳴球を投げ入れる。
……反応はない。
「よし、大丈夫そうだ。上の連中と合流するぞ!」
Aグループ全員を通過させ、ヤマトは最後尾で巣穴に警戒しながら山の手側へ合流した。
「すまない……助かった……!」
疲弊した顔で急造部隊の隊員が礼を言う。
「礼は後だ。ここから一気に片づけるぞ!」
Aグループと山の手側の残存隊員が横一列に並び、
行き場を失ったドゥイラスへ向けて一斉射撃が始まる――
青白い閃光が斜面を照らし、土煙が跳ねた。
Dグループも併せるように射撃を重ね、
さらに麓側へ逃げた個体はBグループが漏らさず撃ち倒していった。
そして、気がつくと、地表で動くドゥイラスの姿は消えていた。
「……地表に出てきた奴らは、すべて駆逐できたようだな。
この後予定通り、残りの穴に球を入れるか……一旦キャンプへ戻るか、どうすべきか」
言いながら、ヤマトは自分でも答えを決めきれていないのがわかった。
そもそもこの作戦そのものに無理があった。
これだけ潜んでいるのが前もって分かっていれば、おそらくこんなことにはならなかった。
犠牲を出さずにやれという方が無理だ。
「BとDの連中にも、この後どうするか確認したいな」
セイジが頷く。
「そうだな。一旦戻って、各部隊の損害状況を確認した方がいい気がする。幸いうちは被害がなかったが……急造部隊の方はだいぶやられてる。他のグループの状況も掴めていない。巣穴の中にまだいる可能性もあるし、このまま作戦続行ってのも……どうだろうな」
ヤマトは黙り込んだ。
二つ目の巣穴に球を入れたとき無反応だったこと。
一つ目の穴に球を入れた瞬間、別の巣穴からも一斉に湧き出してきたこと。
それを考えると、この巣穴群は地下で全てつながっている――そう考えるのが自然だった。
そして何より、仲間を失った隊員たちに、別の日に同じ作戦をもう一度やらせること。
その精神的負担がどれほど重いか、想像するまでもない。
今日、終わらせられるなら――終わらせるべきだ。
ヤマトは顔を上げた。
「……セイジさん。やっぱり、終わらせて帰りましょう。みんな、こんなとこにはもう二度と来たくないだろうし」
セイジは一瞬だけ目を細め、それから静かに頷いた。
「そうか。お前がそう決めたんなら、俺たちは従うまでだ」
「わがまま言ってすみません」
ヤマトはそう言い、振り返って隊員たちに声をかける。
「最後だ。穴に残ってるやつがいないか確認する。生体反応があれば、球を入れれば共鳴するはずだ。……共鳴したときは、よろしく頼む」
隊員たちは無言で頷いた。
疲労と緊張が混じった顔だが、誰も反対はしない。
ヤマトは残る九つの巣穴へ向けて、ゆっくりと歩き出した。
ヤマトは外側の穴から順に、一つずつ球を落としていった。
一つ目――反応なし。
二つ目――沈黙。
三つ、四つ……どこも共鳴音は返ってこない。
巣穴群の外周をぐるりと回りながら、ヤマトは淡々と作業を続けた。
途中、グループDとグループBの隊長にも声をかけ、球を入れたらすぐ戻ること、反応があれば援護を頼むことを簡潔に伝える。
皆、疲れ切った顔で頷くだけだった。
五つ目、六つ目、七つ目――静寂。
八つ目も、やはり何も起きない。
ここまで来ると、逆に不気味だった。
全部地表に出てきたのか、それとも……。
そして最後。
巣穴群の中心にぽっかりと開いた、ひときわ大きな穴。
他の穴より一回りほど広い。
縁の土の削れ方も違う。
まるで“ここが本体”とでも言いたげな、重い口を開けていた。
ヤマトは足を止めた。
喉の奥で、乾いた息がひとつ鳴る。
「……ここが、最後か」
球を握る手に、わずかに力が入った。
周囲の隊員たちも、自然と距離を詰めてくる。
誰も声を出さない。
球を落とすか――
ヤマトは、ほんの一瞬だけ迷った。
だが、その迷いを押し殺し、手を離した。
球は暗闇へ吸い込まれるように落ちていく。
乾いた音が一つ、底で転がった。
……待つ。
耳を澄ませる。
風の音すら止まったような静寂。
共鳴音は――来ない。
一秒、二秒、三秒。
沈黙はそのままだった。
その瞬間、周囲から押し殺していた息が一気に解放された。
「……やった……!」
「終わった……終わったぞ!」
「俺たち……本当に殲滅したんだ……!」
歓声があがる。
叫び声というより、泣き声に近かった。
生き残った隊員たちは、互いに肩を掴み合い、崩れ落ちるように座り込む者もいた。
涙を流す者もいる。
誰もが張り詰めていたものを抱えすぎていた。
「作戦はこれまでだ! キャンプへ戻るぞ!」
ヤマトが振り返り、全員に向けて叫ぶ。
「弔う仲間や、けが人をみんなで手分けして運ぶんだ! さっさと……こんなとこから引き上げるぞ!」
その言葉に、隊員たちは一斉に応えた。
疲れ切った声だが、確かな力があった。
「そうだ!帰るぞ……みんなで……!」
それぞれが動き出す。
倒れた仲間を慎重に担ぎ上げる者。
武器を回収し、互いに肩を貸し合う者。
誰もが、もう二度とここに戻りたくないという思いを共有していた。
そして、各部隊はゆっくりと、しかし確かな足取りでキャンプへ向けて帰還を始めた。




