031
東側キャンプの麓側、川沿いの大規模拠点――
四日間の設営作業を終え、一日の休息が与えられた。
明後日には殲滅作戦が始まる。
町の灯りが見えてきた。
夕暮れの色が水中に揺れ、どこかいい匂いが風に混じっている。
ヤマトは歩きながら、ふと足を緩めた。
……やっぱり、ここはいい場所だよな
そんな独り言のような思いが胸をよぎる。
家の前に立つと、ヤマトは一度だけ空を見上げた。
湖越しに大きな月がひとつ、まだ薄明の中に滲んでいる。
……ま、色々考えても仕方ねぇか
そう言って、わざと肩の力を抜き、
いつもより少し大げさに明るい声を作った。
「おーい、戻ったぞ!」
扉を開けると、カラメアが顔を出した。
笑顔を作っているが、どこかぎこちない。
「おかえりなさい……ヤマト様」
「いやぁ、やっと終わったぞ。東側の麓のキャンプ、今日で設営完了だ。
明日は丸一日休みだってよ。……助かった助かった」
ヤマトはわざと明るく笑い、手を振ってみせる。
「それに――お前の料理が恋しかったぜ。
灰色団子ばっかりで、もう死ぬかと思った」
カラメアは一瞬だけ目を伏せ、
無理に口角を上げた。
「そ、そうなんですね……よかったです」
声は明るくしようとしている。
だが、元気がないのは明らかだった。
ヤマトは眉を寄せた。
「……おい、どうした?
元気ないな。体調でも悪いのか?」
その瞬間、カラメアの肩が小さく震えた。
「……っ」
ぽたり、と涙が落ちる。
カラメアは両手で顔を覆い、そのまましばらく声も出せずに泣き続けた。
部屋の中に、静かな嗚咽だけが落ちていく。
「イル姉さまから……聞きました……」
「一番危険な任務を任されたって。ヤマト様たちが……」
ヤマトは黙った。
カラメアは一歩、彼に近づく。
「その任務……ヤマト様じゃないといけないんですか?
どうして……どうしてヤマト様ばっかり……」
涙が頬を伝い落ちる。
ヤマトはしばらく沈黙し、やがて、静かに言った。
「……あぁ。俺たちじゃないと無理だろうな」
カラメアの表情が絶望に染まる。
「他の部隊がやれば……死人の山ができる」
その言葉は淡々としていた。
だが、その静けさが余計に重かった。
カラメアは堪えきれず、ヤマトの胸に顔を押しつけるように泣き崩れた。
「そんなの……そんなの嫌です……!」
ヤマトは彼女の頭に手を置き、しばらく黙っていた。
そして、ぽつりと呟く。
「……なんで泣くんだよ」
カラメアは涙の中で顔を上げる。
ヤマトは、真っ直ぐに言った。
「俺は死なない。
やるべきこともある。
それに……世話になってるお前にも、まだ何もしてやれてないしな」
カラメアは震える声で言った。
「……死なないでください。
絶対に……絶対に約束ですよ……」
そう言い残し、カラメアは部屋を飛び出していった。
扉が閉まる音が静かに響く。
残された部屋で、ヤマトはひとり呟いた。
「……あぁ。
俺は約束は守る男だ」
その声は、夜の静けさに溶けていった。
殲滅作戦当日 ―
朝の光はすでに山の端まで広がり、
空は淡い青を帯びはじめていた。
地平には白い霧がまだ薄く残り、
陽に照らされてゆっくりとほどけていく。
麓側の大規模キャンプは、
これから始まる作戦を前にした静けさに包まれていた。
ヤマト隊は、すでに準備を終え、静かにその場に整列していた。
ヤマトは全員の顔を見渡し、
短く息を吸い込んだ。
「――よし、さっさと終わらせようぜ」
誰も何も口には出さない。
だが、視線が揺れる。
ユウイチは唇を噛み、
タクマは手袋の指先を無意識に握りしめ、
リクでさえ、いつもの調子で頷こうとして――
ほんの一瞬、眉が沈んだ。
霧の白さのせいか、
全員の顔色がいつもより少しだけ青く見えた。
珍しく、藤堂が前線のキャンプ地まで姿を見せている。
殲滅部隊の列の前に立つと、
彼は淡々と、しかしよく通る声で告げた。
「――殲滅部隊の諸君。
これより予定通り作戦を決行します。
作戦内容は先日伝えた通りです。
それぞれに危険が伴います。
これまでの経験を元に、くれぐれも……注意して臨んでほしい」
「……ちっ。簡単に言ってくれるぜ」
ヤマトは舌打ちしながら、誰にも聞こえないほどの声で呟いた。
「――それでは、各部隊は所定の場所へ配置についてください。
ヤマト隊は一脈後より、手前の巣穴から順に共鳴球を投入していってください。
ドゥイラスの反応が途絶えたのを確認後、次の巣穴への投入を順次お願いします」
藤堂からの最後の指示が終わると、
各部隊はそれぞれの持ち場へと散っていった。
ヤマトは動き出す前に、そっとセイジの隣へ歩み寄った。
「セイジさん。……もし俺に何かあって、みんながヤバそうなときは、
みんなを連れてすぐに退避してください」
小声だったが、言葉の重さは隠せなかった。
セイジは眉をひそめる。
「どういうことだ、ヤマト」
「いや、もしもの時の話ですよ。
覚えといてください。……頼みますよ」
セイジは問いかけようとしたが、ヤマトはもう前を向いていた。
所定の位置に到着すると、
ヤマトは隊員たちに振り返り、短く告げた。
「球を穴に入れる役目は俺がやる。
お前らは全員下がって、ドゥイラスが巣穴から出たら撃て。
……間違って俺を撃つなよ」
セイジが低く言った。
「お前……」
ヤマトのその言葉を遮るように、リクが前に出る。
「ヤマトさん一人で巣穴に向かうのはあまりにも危険すぎます。
俺も一緒に行きます」
ヤマトは肩をすくめた。
「いや、俺一人で充分だ。
大体お前に何かあったら、俺はミオから恨まれるしな」
「そ、そんな……でも――」
リクが言いかけた瞬間、ヤマトは軽く手を上げて止めた。
「まぁ、それは冗談。
本当に俺一人で大丈夫だって。任せとけ。
お前は何かあったときみんなを守れ」
ヤマトは次にレンとリョウへ視線を向ける。
「俺が死なないためのカギはお前たちにかかってる。頼むぜ」
レンもリョウも戸惑い気味だったが、わずかに頷いた。
ヤマトはさらに全員の顔を見て言った。
「みんなも援護の方をよろしく頼む。ただヤバいときは自分の身は自分で守るんだ」
ヤマトの言葉に隊員たちが静まり返る――
そして最初に口を開いたのはユウイチだった。
「……ヤマトさんの気持ちは、分かったよ」
彼はまっすぐヤマトを見つめる。
「僕だってやれる。ヤマトさんを守ってみせるし……自分の身は、自分で守る」
その言葉に、タクマも力強く頷いた。
「僕もだ。……頑張るよ」
サトルが肩を回しながら言う。
「俺も実はひそかに銃の練習してました。援護は任せてください。」
ユウトも静かに前へ出た。
「グループAは、今までみんなで困難を乗り越えてきたんだ。
今回も……きっとうまくいくよ」
タツヤがその言葉に深くうなずいた。
「そうだ。僕たちなら、必ずやれる」
ヤマトはゆっくりと皆を見渡した。
「……おう。そうだ、俺たちなら何だってできるさ」
その声は大きくない。
だが、確かな重みがあった。
霧はもう山の上へと押し上げられ、麓の視界は澄んでいる。
光だけが静かに隊員たちの肩を照らしていた。
ヤマトは深く息を吸った。
そして、腰にぶら下げた球の入った袋を軽く叩き、空を見上げる。
「よし――そろそろ一脈だな。始めるぞ」
その言葉に、全員が一斉に大きくうなずいた。
――ここから先は、何が起こるか分からない。
しかしグループAはヤマトの決意の元、全員が同じ方向を向いていた。
ヤマトの最初の一歩を全員で見守る。
こうして、
これまでで最も危険な任務が、静かに幕を開けた。




