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40光年  作者: 遊歩人
第一章 ヤマト
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030

夜明け前の淡い光が、聖域の白い壁をゆっくりと染めていく。

ミオはほとんど眠れなかった。胸の奥がざわざわして、何度も寝返りを打った。


――リク様が、失踪者の捜索に向かわれたまま戻ってこられてないそうです。


昨日ルウメアから聞いたその一言が、ずっと頭の中で反芻されていた。

理由はうまく言えない。ただ、彼のことを考えると胸の奥がきゅっと締めつけられる。

時間だけがゆっくりと過ぎていく。


扉の外で、軽い足音が止まる。


「おはようございます。ミオ様、入ってもよろしいでしょうか?」


ルウメアの声。

ミオは思わず身を起こし、少しだけ早口になった。


「う、うん……どうぞ」


扉が開くと、ルウメアがいつもより顔を伏せて入ってくるように見えた。

その姿を見た瞬間、ミオの胸がまたざわついた。


「ルウメアちゃん……あの……リク君、どうなったの?」


言葉が先にこぼれた。

自分でも驚くほど、抑えきれなかった。


ルウメアは目を瞬かせ、すぐに柔らかく微笑んだ。


「ご安心ください、ミオ様。

姉と妹から昨夜、交信がございました。

ヤマト様もリク様も……無事に戻られたそうです」


胸の奥が一気に熱くなる。

息を吸うのも忘れて、ミオはルウメアを見つめた。


「本当に? 怪我とか……ないの?」


「はい。お二人ともお元気だそうです」


その瞬間、ミオの肩から力が抜けた。

ほっとした息が、自然と漏れる。


「よかったぁ……もう……心配で全然眠れなかった……」


胸の奥がじんわり温かくなる。

リクの顔がふっと浮かんだ。

一緒にいると落ち着く、不思議な感覚。

何かを思い出しそうで、でも掴めない。


ルウメアはそんなミオの表情を見て、少しだけいたずらっぽく微笑んだ。


「ミオ様がそこまで心配されてるとは……リク様もきっと喜ばれますね」


「ち、ちがっ……いや、違わないけど……なんか……うまく言えないけど……」


ミオは頬を赤くしながら、言葉を探した。

ルウメアはくすっと笑い、そっとミオの肩に手を置く。


「大丈夫です。

ミオ様のお気持ちは、きっとリク様にも伝わりますよ。」


「……うん。ありがとう、ルウメアちゃん」


朝の光が、二人の間にやわらかく満ちていく。

リク達の無事を聞いて胸のざわつきが静まり、ミオはようやく深く息をついた。


その瞬間、ふと何かを思い出したように顔を上げる。


「――あ、そうだ!」


ルウメアが目を瞬かせる。


「どうされました、ミオ様?」


「昨日、全然眠れなくて……ルウメアちゃんに教わったことを思い出しながら、ここにある予言書をちょっと読んでみたの。

でも、私の読み方が合ってるか自信なくて……ルウメアちゃんに確認してほしいんだ」


少し誇らしげで、でも不安も混じった表情。


しかしルウメアは、申し訳なさそうに眉を下げた。


「そうなんですね。それは是非お手伝いしたいのですが……

でも、私は聖域にある予言書を読む権限を与えられていないんです。

直接目を通すことは、禁忌とされています。」


「え?そうなんだぁ……」


ミオは肩を落とした。

けれど、その沈んだ表情はほんの一瞬だけだった。


「――あ、そうだ!」


今度は本当にひらめいたように、ぱっと顔が明るくなる。


「じゃあね、私が紙に文字を書いて見せるから、

それを見て“内容が合ってるか”だけ確認してくれない?」


ルウメアは少し驚いたように目を丸くしたが、すぐに柔らかく微笑んだ。


「……それでしたら、直接書物を読むわけではありませんし、多分問題なさそうです。

ミオ様のお役に立てるなら、喜んでお手伝いします」


「ほんと? よかったぁ!」


ミオは胸の前で手をぎゅっと握り、嬉しそうに笑った。

その笑顔は、聖域の朝の光を跳ね返すように明るかった。


ミオは机の上に予言書を広げ、昨夜眠れぬまま何度も読み返したページを開いた。

古い紙の匂いが、朝の静けさに溶けていく。


「えっと……ここだよね」


筆を取り、ゆっくりと文字を写し始める。

ルウメアは離れて控えめに立ち、ミオが写し終わるのをそっと見守っていた。


しばらくして、ミオは紙を持ち上げた。


「ね、ルウメアちゃん、これ……読み方、合ってるかな。」


紙に書き写した文字をなぞりながらミオが話す。



〈碧眼の御子ら、天より降りて軍勢を成す〉

〈紅影の神、眠りより醒め、混沌の軍勢を呼び起こす〉

〈光の巫女、道を照らし〉

〈混沌の巫女、夜を開く〉

〈二つの軍勢、境界の地にて相まみえん〉



「……どう?」


古い文字を追うその表情は真剣で、やがて小さく頷く。


「……読み方は、合っています。

ミオ様の解読は、とても正確です」


ミオはほっと息をついた。

だがルウメアは、少し困ったように眉を寄せる。


「ただ……内容については、私にもよくわかりません。

“紅影の神”という名も……

私は、この予言を聞いたことがありません」


「……ルウメアちゃんも知らない予言なんだ。」


「はい。

巫女様に関わる予言は、ある程度は学んでおりますが……

この一節は、私の知る限りでは民の間で語られていないものです。

とても古い時代の予言なのかもしれません」


ミオは紙を見つめ、胸の奥がざわつくのを感じた。


「そっか……。

碧眼の御子の部分は、多分、碧眼の神様の軍勢のことだよね?

つまりリク君とかヤマトさん達のことを指してるのかな?

じゃあ、ここの“紅影の神”って……誰なんだろう。

それに、……この“混沌の軍勢”って……」


「何かちょっと不穏な予言に感じますね。」


「うん。

それと、光の巫女がもし私の事だとして、

もう一人の混沌の巫女ってなんだろう?

巫女って……二人いるの?」


ルウメアは少しだけ目を見開き、そして首を横に振った。


「私は……聞いたことがありません。」


ミオは紙を胸に抱きしめ、ぽつりとつぶやいた。


「なんか……不吉だよね。

神様同士が軍勢を引連れて相まみえるって……」


「……確かに、不吉に聞こえる予言です。ですが――」


ルウメアは胸の前でそっと手を組み、

ミオをまっすぐに見つめる。


「私はミオ様が、

この星にとっての“真の巫女”だと信じています。

優しくて、誰よりも私たちの民を思ってくださる……

そんなミオ様こそが、巫女としてふさわしい方です」


その声は、揺らぎなく優しかった。


「混沌の巫女が誰であれ……

ミオ様の光が消えることはありません。

私は、ずっとそう信じています」


ルウメアの言葉は、静かにミオの胸へ落ちていった。


ミオは紙を胸に抱きしめ、

不安の奥に、ほんの小さな灯りがともるのを感じた。


「……ありがとう。

ルウメアちゃんがそう言ってくれると、なんだか……安心するよ。」


ミオはそっと紙を見つめ、

言葉を選ぶように続けた。


「文字の方も……読み方とか、間違ってなくてよかった。

ちょっと自信にもなったかな。

ここの書物をもっと読んで……

私にもできること、ちゃんと探してみたい。

みんなの役に立てるなら……うれしいから」


「ミオ様……。

そのお気持ちだけでも、きっと多くの方が救われます。」


ミオは照れたように笑い、

朝の光がその頬をやわらかく照らした。



翌朝――。


エルヴァ=トゥーン中央広場には、神聖ヴァルクス隊の隊員たちが整然と並んでいた。

朝の空気は冷たく澄み、遠くの山影が薄く霞んでいる。


ざわめきは少ない。

消息を絶ったCグループの件が、全員の胸に重くのしかかっていた。


やがて、壇上に藤堂が姿を現す。

その表情はいつも通り冷静で、しかしどこか硬さがあった。


藤堂は一歩前に出て、静かに口を開いた。


「――全員、集まっていただきありがとうございます」


広場の空気がぴんと張りつめる。


「まず、巣穴の調査を行っていたグループCの件ですが……

残念ながら、生存者一名からの証言をもとに、

残りのメンバーの生存確認は極めて困難であるという結論に至りました」


わずかなざわめきが走る。

藤堂はそれを受け止めるように、静かに続けた。


「大切な仲間を失うのは遺憾です。

しかし、これ以上の捜索は隊全体の安全を損なうと判断し、

捜索は本日をもって打ち切りとします」


短い沈黙。

誰も声を発しない。


藤堂は視線を全体に向け、話題を切り替えた。


「そして、本日より――

巣穴調査を終了し、ブラッドクリスタル採掘に着手します。

皆さんがこれまで集めてくれた巣穴のデータをもとに、

ヴァリド族の高官と協議し、良質なブラッドクリスタルが見込めるエリアを選定しました。」


藤堂は背後の地図を指し示す。


「場所は、東側キャンプから麓へ下る途中にある大規模巣穴群です。

東側キャンプは引き続き拠点として使用し、

加えて麓の川沿いの広場にも、新たに大規模キャンプを設営する予定です。」


隊員たちの表情が引き締まる。

藤堂は淡々と、しかし力強く告げた。


「ただ、本格採掘を開始する前に、まずは巣穴群に潜むドゥイラスの殲滅を行います。

これは非常に危険な任務になりますが……

私は皆さんの力を信じています。その力を貸してください。」


藤堂が一礼すると、広場に静かな緊張が満ちた。


「……そういえば、その“危険な任務”ってやつ、昨日やつから頼まれたんだよ」


ヤマトが隊員達にボソッとつぶやいた。

周囲の隊員たちがヤマトを見る。


「経験が豊富だから、だと。」


その言葉に、ユウイチが深いため息をついた。


「折角……生きて帰れたのになぁ。

またあれと戦うのは、正直……嫌だよ。」


タクマも横で小さく頷く。


レンがぽつりと口を開いた。


「”殲滅”って言葉……僕は好き」


その無邪気な一言に、リクがすかさず突っ込む。


「ゲームじゃないんだから……。」


ヤマトたちの短いやり取りが終わる頃、

壇上の藤堂が再び顔を上げて、全体に向けて声を張った。


「――続けまして、その殲滅作戦の具体的な役割分担について説明します」


広場のざわめきがすっと静まる。


「殲滅作戦決行はキャンプの設営などすべての準備が整った後の、晴れた日の昼間に設定します。

まず、前衛部隊のA・B・Dに加え、後衛部隊から新たに一グループを編成し、

四方向から目標の巣穴群を包囲します。」


隊員たちの間に、大きなざわめきが走る。


「また、最もドゥイラスとの戦闘経験が豊富なAグループには、

ドゥイラスを巣穴からおびきだす役目も担ってもらいます。

そのための道具を、我々の技術班とヴァリド族が共同で新たに開発しました――」


藤堂は背後の台に置かれた小さな球体を手に取った。


「この、”共鳴球”と呼ぶ物を巣穴の中へと投げ込んでもらいます」


球体は黒曜石のように鈍く光っていた。


「これは、巣穴内部の生体振動に反応して強い“共鳴音”を発し、

ドゥイラスを刺激して外へ誘い出す装置です。

そうして巣穴から出てきたドゥイラス達を、各隊が電撃銃で確実に殲滅していくという手順です。」


隊員たちが息をのむ。

藤堂はAグループの列に視線を向け、淡々と告げた。


「各巣穴に共鳴球を入れていくAグループが最も危険な任務となります。

ヤマト隊長、申し訳ないが――よろしく頼みます」


藤堂はヤマトの方へ、ほんのわずかに頭を下げた。


その言葉に、周囲の隊員たちが一斉にヤマトへ視線を向けた。

ヤマトは表情ひとつ変えずに短く頷いた。


「以上が殲滅作戦の内容となります――。

その後の採掘に関しましては、この作戦完了後に追って新たに説明します。

それでは、各自キャンプ設営と作戦に向けた準備に向かってください。」


藤堂は最後に全体へ向けて短く一礼し、そのまま壇上を降りていった。


広場には、まだ冷たい朝の空気が漂っている。

隊員たちはそれぞれの持ち場へ向かい始め、

装備の確認や最終調整の音が静かに重なっていった。


ヤマトは仲間たちに視線を向け、

短く「行くぞ」とだけ告げる。


――こうして、

神聖ヴァルクス隊の新たな任務が、静かに幕を開けたのだった。

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