26
城内を走る。
騎士たちは明らかに右往左往し、剣すら放り投げて救助をする者や、瓦礫の撤去をする者。先程まで殺し合っていた騎士同士が全てを諦め、剣を下ろして立ち話をしている姿もあった。彼らはノアを見ても捕まえようとせず、それどころか懇願する目でこちらを見ていた。
――あんたがなんとかしてくれよと、そう言いたげな目だった。
巨大な音に加え、全身が揺さぶられる。王宮に直撃したのは、これで5発目だろうか。
外から見ていたのと、中で感じるのは随分と違う。なんか「あ、死ぬな」と思えるほどの地響きと轟音なのだ。
「……なぁ、一応聞いて良いか」
「どうしました?」
「今のところ俺達に当たってないのは、偶然か? それとも狙ってるのか?」
「偶然じゃないでしょうか」
「…………そうか」
覚悟を決めた顔でそう返すノアは、これまで見たことがないほど悔しそうだった。兄にあったらとりあえずぶん殴りそうですねこの人。
殴り合いだとどっちが強いんでしょう? 最近のノア、結構鍛えてるけど徒手格闘術とかは全く教えてないし、それを言えば兄だって近接戦闘は慣れてないはず。年齢もあるし、案外互角の可能性もあるなぁ……。
現実逃避にそんなことを考えながら走っていると、ついに目的地に辿り着いた。
――そこは、かつてアシュリーが使っていた、執務室だ。
近衛騎士として、メイドとして城内を歩いている時に見かけたが、鍵がかかっていたし、先輩メイドに聞くと、もうずっと使っていないという。
「……ん」
お前が開けろと、ノアの目が語る。
頷き、手を掛ける。ゆっくりと開かれると、そこに居たのは――
「ん、ノアか」
「……は? ジェラード?」
リオノーラの三子、ジェラードの姿がそこにはあった。
夕焼けに照らされる窓際に立ち、リオノーラと同じプラチナブロンドの髪を持った彼は小さな懐中時計を手に、こちらに振り返った。
同じ髪の色をしていても、セドリック似のノアとは随分と違った印象だ。
年齢の差もあるだろうし、髪は肩にかかるほど長い。落ち着いた物腰で柔和な笑みを崩さない彼は、使用人に厳しく当たることの多いリオノーラの一族の中では珍しく、メイド達からの評判も然程悪くない。
「そこの君は……母様の護衛のペリドット、だったか」
「……えぇ」
離宮では家族が一緒に食卓を囲むことはなく、食事は各個人の部屋に個別に用意される。離宮で生活を始めてからも、リオノーラの子供たちの中でジェラードに会う機会はほとんどなかった。話した回数など、片手で数えられる程度だろうか。
デュークはよくリオノーラの部屋にも来ていたし、娘たちも同じだ。だが、ジェラードだけは違う。他の兄弟たちと違って王宮に居ることもあれば、こっそり街に出ていることもあったらしい。リオノーラが止めないこともあり、ずいぶん自由に生活しているようだ。
「あー……そういうことかー……」
ようやく合点がいった。
デュークのクーデター計画は、元はもっと杜撰なものだったはずだ。だって、そこまで考える頭を持っていないはずだから。
そうなると、現王を殺し、王太子を殺し、直系の王族が居なくなってから自らが玉座に座るといった、過去のセドリックを踏襲したものになったはず。帝国の再興という目的は、デュークの性格からすると、どこか後付けのようだった。
本当にリオノーラの子からそんな発想が生まれるのか――、セドリックの予想は、残念ながら当たりだったらしい。
「ジェラードが、どうしてここに居るんだ。おいメイベル、話が違うぞ」
「あ、いえ、合ってますよ。――兄様、お久し振りです」
「…………うん? 君はペリドットだろう? 君は僕の妹ではない」
明らかに困惑した様子のジェラードに、トドメの一撃。
「そういえば、ジェラード様が3歳の頃、流行り病で高熱を出して、しばらく王宮の病棟に隔離されていたことがあったらしいですね。ノア様の乳母、グレンダが居なくなったのも、丁度その頃でしょうか。入れ替わったのは、その時ということですか」
「…………」
「おい待てメイベル、グレンダはこんな小さくない」
当たり前のツッコミをされたので、溜息を返す。大人が幼児に成り代わるのは、常識的に考えたら不可能だ。
――しかし、常識外の存在であれば?
「それ言えば、あなたの知ってるグレンダは女でしょうに……。まぁオチを知ってしまえば簡単な話ですよ。『変化』――はじめてメイドに化けたのを見せてくれたのは、私が6歳の頃でしたか」
「……あー、それ知ってるってことはひょっとして君、アシュリー?」
「そうですよ。……実は何度も会ってたんですね」
「そんだけ変わってたら分かんないわけだ」
あははと笑うジェラードは、――20年以上前に見た、兄の笑顔にたいそう似ていた。
顔は違う。声も違う。けれど、それが同一人物なんだとはっきり分かる。
――きっと、セドリックが私をアシュリーと気付いたのと、同じ原理だろう。
いくら他人を演じても、素の表情が出ることがある。意識全てを他人に移し替えようとしたら脳への負担が非常に激しくなるので、成り代わりは適度に我を残すこと――それを私に教えてくれたのは、そういえば兄様だった。
「んーと、ペリドットがアシュリーだったってことは、メイベルもアシュリーか。なら『転生』は無事成功したってことかな」
「……そのようですね」
あぁ、やはり兄の仕業だったのかと、どこか納得する自分が居た。
ふつうの人間は、いくら無念のうちに死んでも、別人として転生することなんてない。
故に、私がアシュリーとしての記憶を持っているのは、超常的な何かが関わっているはず――と踏んでいたが、案の定か兄の仕業である。たぶん説明されても分からないだろうから、そこは聞かないでおこう。
「兄様はいつから成り代わりを? というか本物のジェラードはどこに行ったんですか?」
「あぁ、死んだよ。4歳の誕生日を迎える前日だったかな。看病してた子が目を離した隙に高熱出して、そのままご臨終。あーこれ丁度いいなってグレンダが看病してたことにしてその子逃がして口封じ。んで、『変化』で成り代わりしたってわけ。流石に3歳児からそれっぽく成長させてくのは大変だったけど、リオノーラが馬鹿で助かったよ」
「あー、喜ぶだけで終わりそうですねぇ」
「そうそう。ちょっと寝惚けて普通に喋っちゃった時も、神童よって騒いでたよ」
「……想像出来ます。それで、どうして兄様は成り代わりを?」
「タイミングを待ってたってとこかな」
「それは、」
ノアが隣に立っていることに気付き、言い淀む。
今更私が何か言った程度で幻滅することはないだろうが、唯一の身内がコレってのは、あんまり自慢出来ないし。
「一つ良いか」
そう思っていたら、ノアが口を挟んだ。
「その姿は、魔法で作った偽物なんだよな。じゃあ、本物のグレン・ブラッドフォーンは誰なんだ?」
「…………」
「どうして、黙る」
ジェラードは、――グレン・ブラッドフォーンは、口を開かない。すっと無表情になって、ノアを見た。
「私が説明します。兄の姿は――最初から最後まで、全部嘘なんです」
「……待て、説明された方が分からん。もうちょっと分かりやすくしてくれ」
「兄は物心ついた時から『変化』という魔法を使えたせいで、常に複数人に化けていました。社交場に出る時のグレンの他に、名前と姿をいくつも持っていたんです。で、その結果が、これです」
「……そゆこと。性格もそれっぽく作るから、10年もやってると馴染んじゃうんだよねー。で、元の僕が誰なのかっていうと、もう分からない。グレンの姿だって、昔のお爺様を参考にそれっぽくしてただけだしね」
「ではその姿は幻覚などではなく――」
「そ、肉体変性――これが正真正銘、僕の、グレン・ブラッドフォーンの身体だよ。この魔法には、元に戻すなんて機能はないんだ。つまり順当に成長したグレン・ブラッドフォーンなんて、最初からこの世界には存在しない」
「…………」
「前に言ったでしょう、兄は変な人だと」
「そういうタイプの変な人とは思ってなかったんだよ……」
がくりと項垂れたノアは、振りかぶった拳を力なく下ろした。
先程までは王宮を壊された怒りで暴れそうになっていたが、謎解きをしてしまったら、あまりの意味不明さに怒りが消失してしまったのだ。人は混乱が閾値を越えると、それ以外の感情を持てなくなるものである。
「話戻しますが、兄様はデュークを上手いこと操って王国を終わらせるつもりだったと。着地点はまぁ予想通りでしたが、リオノーラの子供を使おうとするとは意外でした」
「え、だってさー、全部終わった時に罪背負って死んでもらうんなら、最初からどうでもいい、一番嫌いな奴を扇動した方が良くない?」
兄の言葉に「まぁ、」と同意しかけたら、隣から視線を感じる。ノアが私を、じっと見つめていた。
「私はそんなことしませんからね。ちょっとノア様、そんな目で私を見ないで下さい。別に私、あなたを扇動してるわけじゃありませんからね。自主性に任せようとはしてますからね」
「あらかじめ見えない道を作っておいて、その道を自分で見つけたって思わせるのが洗脳には一番有効なんだよねー、さすがアシュリー分かってるぅ~」
「違いますからね!? ノア様信じてくれます!?」
「…………信じるぞ」
「じゃあなんですかその間は! っていうか目逸らさないで下さい!!」
肩を揺さぶっても目を合わせてくれない。
あーもう! こうなるのが嫌だったんですよ! 正直、兄に会わせた時に一番恐れてたのこれ! 話が上手すぎるの!! 人の思想を、本人すら意識する間もなく操るの! 絶対信じられない荒唐無稽な話でもなんか信じちゃうの!!
私と兄の思考回路は、似てるようで全然違う。
私はあくまで、効率を優先するあまり人間の感情をないがしろにするだけだ。兄はそうではなく、人間の感情をどうやって効率よく操るかを知っている。最終的な目的が一緒でも、アプローチが全く違うのだ。
「一応弁解しておきますが、私が本気で王国終わらせたいと思ったらリオノーラ使うんじゃなくて普通に王族全員殺して共和制に持ち込むだけですからね!?」
「……結構具体的に考えてたんだな」
「そりゃあもう、恨む時間だけはいくらでもありましたし……」
「アシュリー、どうしてそうしなかったの?」
「え、だってノア様が王になりたいって言ったので」
「「え?」」
兄の疑問に答えると、二人の頭部に疑問符が浮かんだ。あれ、私変なこと言いました?
「メイベルお前、……俺が王になりたいって言わなかったらどうしてた」
「……別に王国そのものに恨みはないので、二人に復讐して終わりのつもりでした。上が居なくなっちゃえば勝手に王子同士が後継者争いしてくれるだろうな、くらいには考えてましたが、まぁ国がどうなろうが実家に帰っていましたね。実家からなら亡命し放題ですし」
「…………」
「確かにねー。どうでも良いならそうするよね。でも、アシュリーはしなかった」
「ノア様が王になりたいなんて言わなければ、そうしてましたよ。でも言われたので、それならまぁ、この人支えてみようかな、と」
「アシュリー、昔からそういうとこあるよねー。いきなり捨て犬何匹か拾ってきたりさ。自分以外に心底興味なさそうなのに、自分で拾ってきたものには執着持つタイプだよね」
「使用人のこと犬って呼ぶのやめません?」
「ペットの話じゃなかったのか……!?」
「人間の話です……」
兄を睨むが、しらを切られた。これ、私が使用人のこと犬扱いしたみたいになるじゃないですか。全然そんなことないですよ。
王宮の財務室に口出してた頃、私が見つけた不正に巻き込まれて解雇された優秀な財務官をブラッドフォーン家に雇い入れたり、セドリックの嫌いなものを出してクビにされた料理長を雇ったり、お皿割って首にされたメイドを屋敷で雇ったり――まぁそんな程度。
「……メイベル」
「どうされました」
「結婚してくれ」
いきなりアホなこと言い出しますね、この人は。
「良いですよ」
「だよな。…………えっ!?」
「え、だから良いですよ。だってもうこれ、大体解決したじゃないですか。最初からそういう約束でしたし」
「あ、いや、そういえばそうか……?」
「あなたを王にすると約束しました。そのついでに私の復讐を完遂させてくれれば結婚すると、以前ちゃんと答えましたよ。――忘れてたんですか? 契約不履行ですか? 訴えますよ?」
「待て! それは本気でやめてくれ!! 守るから!!!!」
慌てた様子のノアが、私のことを抱き締めようとしてきたので華麗に回避。兄が何か言いたそうにソワソワしてるので、「なんですか」と聞いてみる。
「ねーアシュリー、復讐ってどこまでやるの? どこまで殺す?」
「あー……もしかしたらもう死んでるかもしれないんですけど、デュークとリオノーラ、どこに居ますか?」
「さぁ? ひょっとしてそのへんで潰れてるかも?」
「「…………」」
あ、やっぱそうですよね。こんな大雑把な攻撃、細かな狙い付けてるわけないし、対象を選択してるわけもないですよね。憂さ晴らしに適当に王宮ぶっ壊す目的でしたよね。
「ノア様」
「……あぁ」
「探しますよ。あと兄様、鴉に信号送っといてください。えーと、コードは8912で」
「はいはーい。あとついでに何発か落としとく?」
「要りません」「落とすな!!」
私とノアは慌てて否定すると、部屋を出て走る。とりあえず――二人が居そうな場所を虱潰しに探すか。
時折騎士を見かけても、瓦礫を運んでいる者や救助活動をしている者がほとんどで、戦闘は行われていなかった。
――クーデターは、終わったのだ。




