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「どうだ、念願の花嫁衣裳は」
「わー、全然嬉しくなーい」
「ちょっとは喜べ!! 王国復興の威信をかけた結婚式なんだぞ!? まさかその顔で人前に出るつもりはないよな!?」
「流石に人前に出る時はちゃんとしますよ。……今くらい良いでしょう」
タキシードを着こみ、髪を撫で付けたセドリックの肩に、こてんと頭を載せる。
――国内有数の裁縫師に依頼し、最高級の布を目一杯使ったウェディングドレスは、私には少々荷が重すぎる。
クーデターが終わり、怒涛の1年が過ぎた。
あの日――デュークは、隕石の直撃を受けた離宮に圧し潰され、妹達と共に死んでいた。
リオノーラは一人隠し通路に避難していたから無事だったが、道をちゃんと覚えていなかったようで、三日くらい彷徨っていたらしい。偶然マイルズが見つけなかったら、あのまま餓死していたことだろう。
当初の計画通り幽閉されたが、今のところ処刑をする予定はない。
彼女が幽閉された塔では、今でも「どうして」と毎晩啜り泣く声が聞こえるという。そのうち怪談になりそうだな、なんてノアがぼやいた時は、流石に笑ってしまったっけ。
今回の騒動を受け、セドリックは正式に王位を退き、王太子であるノアに王位を譲ることを発表。また、今回デュークに扇動された騎士や貴族、官僚たちは、これからも王国に尽くすことを条件に無罪となったが、極一部――扇動の主体となったバイロン及びその側近らは、情状酌量の余地なしと処刑された。
死傷者は、意外にも少なかった。やはり兄はあれでも加減をしていたようで、騒動を起こしてクーデターどころではなくするのが主目的だったようだ。とはいえ、それまでの戦闘も含め、3桁の死傷者は出たのだが。
――して、私はというと。
「メイベル・ハルフォード――もといメイベル・ブラッドフォーン。――公爵令嬢から王妃、これなら誰も文句は言うまい」
「……兄様に協力を仰ぐとか、流石に想像してませんでしたよ」
「言ったろう。俺はやると決めたことはやるのだと」
「はいはい」
私はブラッドフォーン家の養女となった。ハルフォード家を婚約者に相応しい爵位にするでなく、私を婚約者に相応しい家の子としたのだ。
それならば、陞爵にあたって生じる様々なしがらみを考慮する必要はなくなる。確かに考えてみればそうだが、そうまでして私を正妻にしたいのかと、――正直引く。
ブラッドフォーン公爵は王国の成立から続く由緒正しき家柄だが、兄がジェラードに成り代わって以来社交界の場にも現れていなかったので、今誰が当主で、どんな子供が居るか誰も知らないのを利用し、私は対外的には養子でなく、ブラッドフォーン家当主グレンの実子ということになっている。
病気療養のため、ブラッドフォーン家と親交深く落ち着いた田舎に領地を持つハルフォード家の預かりとなっていた――とまぁそんな話を、メイドの同僚や先輩達に説明した時は、心底驚かれたっけ。全部嘘なのでちょっとだけ申し訳ない気持ちになったけど。
――そして、もう一つの私である騎士の身分の方はというと。
「おっ、案外似合ってんじゃんウィリアム。馬子にも衣裳ってやつだな」
控室に現れたのは、騎士団長のマントを身に着けた近衛騎士。
「フレドリック先輩、もうその名で呼ぶのはやめてください」
「あー、悪い悪い。つい癖でな」
部屋に入ってきたのは、無手の近衛騎士――『金剛石』、フレドリック先輩だ。
序列一位であったサイラスさんはクーデターで死に、そのままなら格上げとなる二位の騎士も今回のクーデターに参戦しなかったことを口実に昇級を断ったため、三位のフレドリック先輩が繰り上がりで騎士団長に任命された。
最初は柄ではないとぼやいていたが、流石に1年も騎士団長の仕事に励んでいると、少しは慣れてきたらしい。貫禄は――まぁあんまりないけれど、その分愛嬌があって、これはこれで下も働きやすいだろう。
「にしても、本当に良かったのか? 死んだことにしてさ。名前だけ残しといても良かっただろ」
――『橄欖石』、ウィリアム・ハルフォードは、クーデターの際に死亡したと発表された。
折角上り詰めた地位ではあるが、目的は十分すぎるほどに達成したので、騎士の身分に未練はない。それに騎士の名を捨てても、鍛えた力と技が失われるわけでもない。私の中で、弟ウィリアムは生き続けるのだ。
「それも考えてたんですけど、そうなると近衛の席が一つ埋まっちゃうじゃないですか。勿体ないですよ」
「19と20、そんな違うかぁ……?」
「こういうのは形式が大事なんですよ。19人の近衛騎士ってなんかいまいちパッとしないじゃないですか。今は16人しか居ませんし、どうせならもっとキリのいい数字にしましょうか。……10人とか」
「「そこで減らすなっ!!」」
先輩とノアの声が重なった。うん、なら減らすのはやめておこう。
――なお、エインズレイの三兄弟は、立場もあり流石に無罪放免とはいかなかった。命を落としたデュークを除けば、彼らが最高位の指揮官であったからだ。
とはいえ、これからも騎士として王に仕えると約束し、ノアがそれを拒まなかったので、一般騎士として生きることは許された。勿論、鴉による監視付きだが。
前騎士団長、三兄弟、そしてペリドットの5名を失った近衛騎士団だが、去年度の騎士学校主席を加入させ、現在16名。少々人員不足のきらいもあるが、そこは徐々に戻して行けばいいだろう。
今はパーティ会場は余興の真っ最中とのことで、私たちは出番待ちだ。そのまましばらく雑談していると、再び控室の扉が開かれる。
――父だ。本当の。
「……メイベル」
「お父様、お久し振りです」
「あぁ、……呼んでくれてたのにずっと来れなくて、悪かったな」
「いえ、そちらも大変だったでしょう。無事皆で春を迎えることが出来たようで、良かったです」
私の花嫁衣裳を見て涙ぐむ父――エルドレッド・ハルフォードとの再会は、なんと3年ぶりである。
王国最北部に面しているハルフォード家は、近年北国で流行している、穀物を汚染する伝染病の影響を強く受けてしまった。
家畜の餌から領民の主食まで自家消費をしていた領地だったので、その全てを他領や他国からの輸入に頼ることとなり――相当大変だったと、後で知らされた。
それでも、王都に居る私に心配を掛けまいと、ずっと黙っていたという。
私がそれを教えられたのは、昨年末のこと。クーデターの後処理も終わり、王都に遊びに来てみては――と手紙を送ったら、その話を伝えられた。
屋敷の家財を一切合切売り払ってでも現金を作り、他国から購入した伝染病に強い品種の栽培を開始、今年になってついに初収穫を迎え、新しいブランドとして王都に売り出すつもりらしい。
全く、ちゃんと領主してるじゃないか。こんな人を近衛として王都に呼び戻すつもりだったなんて、馬鹿王子だな本当に。
「お父様、騎士に戻るつもりはありませんか?」
「……俺はもう、ただの農民だよ」
「ですが、」
「それに、書類上はお前はうちの子じゃない」
「ですが、私がお父様の子であることに代わりありません。いつでも、護衛騎士の席は開けておきますからね」
「あぁ。……悪いな、メイベル」
頭を下げる父の表情は、言葉ほど悲嘆にくれたものではなかった。――どこか、嬉しそうに笑っているようにも見えるのだ。
「挨拶が遅れた。ノア・クリーヴランドだ。――覚えていないかもしれないが、」
「エルドレッド・ハルフォードです。――いえ、ノア様。確かに覚えていますよ。4歳の誕生日までは、私が護衛しておりましたからね」
「……そうか。メイベルをここまで育ててくれて、感謝する」
父は膝をつき、最大限の敬意を込めてノアに頭を下げた。
その姿は農民のものでなく、確かに騎士の所作で――
父が騎士に未練がないかといえば、嘘になるだろう。
だが、それよりも大事なものが見つかったのだ。だから、これ以上誘うのはやめておこう。父の決意を揺らしてしまってはいけないから。
父とフレドリック先輩に面識はないようだが、元近衛騎士団長ということもあり手合わせをしたがる先輩を父が宥めているうちに、最後の来客だ。
「おー、良いじゃないか。流石俺が手配しただけはある」
最後に部屋に入ってきたのは、アシュリーにとっては兄、そしてメイベルの養父となった、グレン・ブラッドフォーンだ。
だがその外見は、ここ10年以上使っていたジェラードのものではなく、そして、私のよく知る兄、グレン・ブラッドフォーンの姿でもなかった。
「おに――」
そう呼び掛けそうになり、――ノアが慌てて私の口を塞いだ。
――して、それとほぼ同時に。
入室してきた兄の顔を見た瞬間、父が双剣を抜き――――いや帯剣していなかった。両手は空振り、父は一瞬だけ呆然とした顔になる。
「お前は――」
「ん、…………あー、団長じゃないか。ひっさしぶり。老けたなぁ」
「待て、……いや待て、メイベル! 養父のグレンってこいつか!? こいつなのか!?」
「そうですよお父様。あら、考えてみると両方お父様ですね、どうやって区別すれば良いんでしょう……」
「お兄様で良いじゃないか」
「養父のことを兄と呼ぶ娘が居ますか。特殊な趣味だと思われるだけですよ」
「……待て、少し考えさせろ」
父は眉間を抑え、大きく深呼吸をする。
――その間、兄様が何か話してくれないかちらりと視線を向けると、逸らされた。
フレドリック先輩もノアも何も知らないようなので、きょとんと顔を見合わせる。
3分ほど待っていたろうか。父がようやく重たい顔を上げ、話し出す。
「エリオット、だよな」
「あー、それ偽名。本名はグレンだよ。んでブラッドフォーン家の当主な」
「どうして、老けてない」
「最初から全部嘘だから。まぁこれからはこの姿でやってくから、よろしくな?」
「…………そういう、ことか」
父はどこか納得した様子で空を仰ぐが、分かっているのは二人だけなので、話を聞く。
――エリオット・カークマン。
父が騎士団長だった頃の近衛騎士の一人らしい。彼は騎士にしては例外的に剣の扱いが上手くないが、魔法の腕一つで近衛に任命された、類稀な魔法の才を持った男。
だが、前王セドリックによるクーデター以降姿を消したことから、バイロンの陣営に取り込まれたと父は考えていたらしい。
実際は別の名義で活動している間にクーデターが起き、これまでの名を全て捨てて復讐のために行動を開始していただけのようではあるが。
なお、私にはエリオットという近衛騎士についての記憶はない。私が気付くかもしれないと踏んで、徹底して会わないようにしていたようだ。
「とまぁ、そんなわけ」
父以外の3名はここ1年ほどずっとこの姿を見ていたので見慣れているが、父にとっては思い出深い外見だったようだ。
てっきり誰も知らない男の外見を使っているのかと思っていたのに、どうして昔使っていた騎士としての顔や身体を使うことにしたのかは――まぁ、また今度聞くか。
兄のことだから、元騎士団長を驚かせたかっただけとか、そんな程度な気もするし。
「主賓も揃ったことだし、そろそろ向かうか」
ノアが立ち上がってそう言うと、父は頭を下げ、先輩は背を伸ばし、兄は「任せるよ、団長」と告げ、先に部屋を出て行った。
――どうやら今の一瞬で、私のエスコート役が養父でなく実父になったらしい。
それはどうなのかと悩んだが、まぁ文句言う人も居ないか。幸い、兄も父も、どちらも王都では無名貴族だ。顔を知る者など、ほとんど居ないはず。
クリーヴランド王国の歴史は、これから少しずつ変わっていく。
後に『アシュリーの再来』とも呼ばれるようになった王妃メイベルの手で王宮の改革が行われ、大陸いちの大国として、長きにわたり君臨することになる――




