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「で、ノア様。兄にはこの状況でも連絡出来るんですよね?」
「え、あ、待て。ここでか!?」
「待ってくださいあの時の言葉信じてたんですけど今は無理なんですか!?」
「…………いや試してみるが、代わりに敵が来るかもしれん」
窓の外を眺めそんなことを言われるので、とりあえず制止する。
「もう良いです、説明してください。どうやって兄と連絡取るんですか」
「クレアだ。メイドの」
「クレアさん? それがどうしたんですか?」
「あれの主は、お前の兄だ」
「…………そうなんですか?」
あれ、そうなんですか。そもそもあの人が鴉ってこと、私今世で知ったんですよね。
鴉って最初から鴉として教育される人も居れば立場上自然となっちゃう人も居るって聞いたことあるけど、たぶんアシュリーが王宮に居た頃のクレアは普通のメイドだったはず。
だからツクヨミとの戦いの後に懐中時計を見て驚いたけど――それが兄と繋がってると、ノアはどうして分かったのだろう。
「じゃあクレアさんと連絡取れればいいってことですか」
「俺についてる鴉を使って連絡取るつもりだったが、この状況だと流石に難しいか……?流石についてきてないよな。父上はどうだ?」
「あー……マイルズ」
「ここまで逃げる際に、部下と共に撒いてきてしまいましたな。どこまでデュークの手に落ちてるか分かりませんでしたので」
「…………じゃあ、まぁ仕方ないですね」
小屋の外に出ると、外で墓所の掃除をしていた老婆に声を掛ける。
「ダーナさん、秘匿回線722です」
墓守のダーナは私の方を見て、ほんの一瞬だけ驚いた表情になったが――すぐに頷くと、建物に入り、大きな柱時計の下部を操作した。
一見、ただ時計の内側を弄っているようにしか思えないが、こん、こんと規則的に鳴っていた振り子の音が、少しだけ変化して異音を鳴らす。
「……メイベル、何だ? なんかキーンって聞こえるが」
「あ、ノア様はまだ聞こえるんですね。鼠と子供くらいしか聞こえないはずなんですが」
「俺は何も聞こえない。マイルズは?」
「吾輩にも聞こえませんな」
「俺は鼠なのか……!?」
「いや子供の方でしょうどう考えても。これは超音波といって、簡単に言うと人間の耳には聞こえづらいけど、耳の良い鼠とかなら聞こえる音です。鴉の連絡手段ですね」
「「「鴉!?」」」
三人は驚いてダーナを見た。
どこからどう見ても、腰の曲がったただの老婆だ。王宮の中では最高齢に近いクレアと比べても、親子ほどに年が離れている彼女は――その実、最古参の鴉である。
「ダーナさんはどこにも所属していませんよ。墓守の一族は生涯中立を貫くよう、初代王と契約しているそうです」
「……知ってたかマイルズ」
セドリックがマイルズを見、問う。だが、マイルズは首を横に振った。なんであんたが知らないのよ。側近でしょ。
「えぇー……私普通に本人から教えて貰ったんですけど……」
ふふふと小さく笑うダーナに、セドリックとマイルズが顔を見合わせ項垂れた。
つまるところ、セドリックは彼女に信用されていなかったということだろう。暴君に中立の鴉を私的運用されることを恐れたのだ。
そのまましばらく待っていると、柱時計の振り子が不規則に音を鳴らす。
超音波を送受信出来る特殊な素材で作られた柱時計は、鼠など居なくとも遠くから発された音を拾うことが出来る。
暗号通信なので何を送られたかは分からないが、その答えは――すぐに知れる。
王宮の方角から、爆音が鳴った。音から少し遅れ、地が揺れる。遠く離れた墓所にまで聞こえるその音は、これまで聞こえなかった明らかな異音で――
「何だ今の!?」
慌て立ち上がったセドリックを、マイルズが抑えた。いくら墓所が安全といえど、外に出たら誰の目につくか分かったものではない。隠れたセドリックを誘き出すための音の可能性だってあるから、出来ることなら最後までここに匿ってもらうべきだ。
「じゃあノア様、行きましょうか」
「……アシュリー、僕は、どうすればいい」
ノアを連れて建物を出ようとすると、セドリックに呼び止められる。
「こちらで指示しますので、その時は堂々と出てきて下さい。タイミングは――ダーナさん、よろしくお願いします」
ダーナは黙って頷いた。
暗号を解読できない私では鴉同士の連絡手段は使えないが、あちらでクレアか兄のどちらかと合流すれば問題ない。王宮からならいくらでも連絡出来るだろう。あとは、無事辿り着けるかだが――
墓所を出、身体が温まる程度の駆け足で王宮に向かう。
しばらくすると、喧騒が聞こえてきた。その理由はすぐに知れる。
――王宮の一角が、巨大な隕石を受けて崩れ落ちていた。戦闘どころではなくなったのか、近くに居た騎士たちは大慌てである。
「なぁ、メイベル」
「どうしました」
「……あれは、お前の兄がやったのか」
「でしょうね」
「さっきは何を言ったんだ? 秘匿回線と言っていたが……」
「あぁ、『婚約者の危機』を表すコードです。兄にならそれで通じると思いました」
現在王宮において、『婚約者』を示す人物は一人も存在しない。
最後の婚約者は、20年以上前のクーデターによって殺された、アシュリー・ブラッドフォーンである。
受信機さえ持っていれば、リオノーラ陣営の鴉でも今の通信を受信することは出来るはずだが、意味は分からないであろう。これは、兄にだから通じるのだ。
「……それだけで?」
「えぇ、でもあっちに私が居たら、兄はどうするつもりだったんでしょう?」
「考えたくないな……」
騎士たちは本来の職務に従ったか、怪我人の救助に当たっている。つい先程まで殺し合っていた相手であろうと、未知の災害を前に、これ幸いと背中を切りつけるほどの悪漢にはなれなかったようだ。
リオノーラ陣営の騎士も、王宮に向かうノアを一瞥したが――、今は王太子の確保よりも生き埋めにされた人が居ないか確認する方が重要だと判断したか、見て見ぬふりをして瓦礫の除去作業を続けた。
「うーん、さっきまで殺し合ってた者同士が手を取り合う、良い光景ですねぇ」
ノアが呆れた様子で溜息を吐いた。
だが、この状況の意味が分かっていないのだろうか。たった一発の魔法で、殺し合いが有耶無耶になったのだ。つまりそれは、扇動された彼らはデュークに従うことより、人名の救助を優先したということで――
「これなら国を立て直すのも簡単そうですね」
「そうか!? 王宮の補修にどんだけかかるんだ!? あのぶっ壊れてるとこ、300年前からある区画だぞ!?」
「…………」
「お前の兄になんか言ってくれ……! 頼むからもう一発落とすなんて真似は――」
「あ」
「え?」
風を切る音が聞こえる。空を見上げると――なんか落ちてきてる。
「「あー…………」」
二人の声が重なった。ちょっと現実を直視出来ず立ち止まって隕石の落下を見守っていると、二つ目は王宮の西側――離宮のあたりに落ちていった。
「「…………」」
あ、これ兄ブチギレてますね。リオノーラ、離宮に戻ってたらたぶん今ので死にましたよ。あえて脅しで外す理由ないですし、今のは離宮に直撃してるはず。
隠し通路通る時にちらっと見た感じ人は少なかったけど、あれから2時間以上経ってるから、そろそろ避難して来ててもおかしくないんですが……。
「メイベル、お前の兄は、……お前以上にネジが飛んでるらしい」
「そうですね……」
ちょっと否定できないな。私がリオノーラを恨んでることくらい予想したはずだけど、兄はそれより自分の感情を発露する方を優先したらしい。
崩れた王宮で救助に当たっていた騎士たちも、離宮の方角から上がる噴煙を見て呆然と立ち尽くしている。ごめんね。
「な、なぁ、魔法ってこんなにすごいのか? 俺には魔法の才能があると言われたことがあるが、いつかああなれるのか?」
「無理でしょうね。兄が特別です」
上空から隕石が降ってきたように見えたが、違う。空の裂け目から、突然隕石が現れた。
つまりあれは時空間転移か召喚魔法のどちらか。ただの攻撃魔法ならともかく、それらの特殊な魔法は王族であれど適性がない者には使えまい。とはいえ、
「…………どうやって止めましょうか」
「またかよぉおおおおッ!!!!」
三つ目が降ってきた。次は明らかに王宮直撃ルート。
――落下、直撃、轟音、悲鳴。
いやもうこれ、本当に全てぶっ壊しにきましたね。このままじゃ王宮更地になっちゃいますよ。その前に止めないと、王国とか帝国とか王位継承権とか、そんな話してる場合じゃなくなってしまう。
しかし、仮に大気圏より上から隕石が降ってきたら、一つ目の時点で王宮丸ごとが更地になっていたはず。直撃した区画は崩れているが、被害はその程度である。
きっと位置エネルギーが足りないのだ。隕石が雲より下を出現地点として落下しているため、被害が狭い範囲に収まっているのだろう。まぁ、だからといって、人が対処出来る威力ではないのだが。
「……メイベル」
ノアが、静かに、――しかし明らかに怒気の籠った声で、私に呼びかける。
「はい」
「止めるぞ。デュークをじゃない、お前の兄をだッ!!!!!!」
「はーい……」
これはちょっと茶化してるどころじゃないので、素直に頷いた。
「どこだ!? どこに居るんだ!? とりあえずクレアを呼べば良いのか!?」
「いえ、クレアさんがどこに居るかは分かりませんが、今兄が居る場所なら分かります。ついてきてください」
「本当に頼むぞ……ッ!!」
悲嘆を通り越して怒りを露わにしたノアは、泣きそうな声でそう言った。




