22
質素なその建物に入ると、一人の老婆に迎え入れられる。
――墓守をしている彼女の名前も知っているけれど、私がここで呼ぶべき名ではないので、黙って会釈をしておいた。
「ノアか」
「えぇ、父上。先程ぶりです」
「……下から来たか」
ノアが頷き、セドリックの向かいの椅子に座る。
小さなテーブルに、4人分の椅子。そこの一脚に、セドリックは我が家のようにくつろいだ顔で座り、優雅にお茶を飲んでいた。クーデターで殺される予定の人物とはとても思えない落ち着くぶりだ。
「そうか、彼女がここまで案内したのだな」
セドリックは私に気付くと、呆れた顔で小さく笑う。
あれが最後の会話になると思っていたのに、案外早く次の機会が訪れるものだ。色々バレてるっぽいし、ちょっと気まずいな。
どうやらあっちもその様子で、すぐに目を逸らされたので苦笑が漏れる。
「こんなところで呑気に時間を潰しているようだが――父上は、どうするつもりだ」
「どうもこうも、な」
「話を逸らすな! 現実を見ろッ!!」
ノアが恫喝したが、セドリックは気圧された気配もなく、落ち着いた口調のまま返す。
「俺は、もう詰んでる。お前なら分かるだろう」
「……だが、」
「マイルズの見立てでは、戦力差だけは五分らしいな」
「ならどうして諦める!? 父上はそんな弱い男だったのか!?」
「ならば我が息子に問おう。今ここでデュークを殺して、何になる」
「…………は?」
ノアは、何を聞かれたか理解出来ないといった顔で、間の抜けた声を返す。
クーデターの首謀者を殺せば、そちらに与した者は逆賊として裁かれるだろう。どこに反抗の芽が眠っているか分からない以上、一族郎党全て殺さないといけない。
ここまで大勢を巻き込んでしまえば、リオノーラと、その子供たちを殺すだけで終わるはずがない。これは以前起きた宰相と王太子による王殺しのような、単純なクーデターではないのだ。
「20年前とは、状況が違うんだ。手綱を取る人間の違いだな。バイロンはこうしなかった。何せあれは小悪党だ。帝国を再興させるなんて面倒で金にならないこと、あれが計画するわけなかろう」
ノアが意見を求めたか、慌てて振り返ると私を見る。俺の代わりに何か言えと、その眼で語る。
「でしょうね。そもそもバイロンは帝国に縁も縁もありません。あくまでリオノーラ様がそちらの血を引いているということでしょう。――事実かは知りませんが」
彼女の身分を証明するものはほとんどない。なにせ、20年前からそうだった。
プラチナブロンドの髪が帝国皇族の特徴だとしても、帝国が滅んでから300年近く経った今、血などいくらでも交雑する。髪の色一つでは、皇族と血の繋がりの証明になどならない。
私が親子の会話に混ざってきたことにマイルズは驚きの色を見せたが、口には出さなかった。私の正体に、まだ気付いていないのだ。
「あぁ。俺の時は違った。前王を――父ドウェインを、殺すだけで終わりだったんだ。王になるだけで良かった。まぁ、すべてはバイロンの掌で踊ってしまったんだが、それに気付いたのはまぁ、全てが終わった後だったな」
「……この状況は、デュークを殺しても終わらないと言ったな。それはまだ反抗されるかもしれないからか? では母様を、――その子を全て殺せば、そこで終わるのではないか?」
「終わらない」「終わりませんね」
「何故だ!? どうして俺には分からんのだ!?」
「場数の違い――ですかね」
セドリックを見て言うと、苦笑で返される。
「……セドリック様もここ20年、随分苦労したようで」
バイロンの掌で踊っていたことに気付いて、それでも彼は国を少しでも良くしようと努力したのだろう。これまでに失ったものを悔やんで、それでも失ったものは手に入らないから、あるものだけでなんとかして――
もしバイロンが国を完全に牛耳っていたら、少なくとも私が近衛として王宮に潜入することは出来なかったし、メイドとして採用されることもなかった。むしろ、近衛騎士という制度自体が消滅していたかもしれない。
一度はバイロンに従って地方貴族を追い出しはしたが、彼らの就職先として王宮に入れるようにしたのは、バイロンへのせめてもの反抗だろうか。
「ノア様、今王宮はどうなっていますか?」
「……二つの勢力に別れて争っているな」
「えぇ、では仮にセドリック様が勝利し、リオノーラ様の子供たちと、あちらに与した騎士と官僚と貴族を一族郎党全て殺したとしましょうか。――果たしてその時、この国はクリーヴランド王国足りえるのでしょうか?」
「……どういうことだ? 前のようにもう一度人を集めるだけではいかんのか?」
「えぇ。官僚と騎士と貴族と――20年間国を成り立たせた彼らを半分削ることになるんです。はて、どこから人を集めるんでしょう?」
「地方だろう。……あ、いや待て」
ノアはようやっと気付いたか、口元に手を当てた。
「地方貴族は、20年前に父上が追い出した。ならば今、人が足りないからと彼らを王都に呼んだところで、彼らが本当に戻ってくるか? 彼らは本当に国の為に働くのか? ……ということか?」
「はい。そういうことです。前回は10年ほどかけてゆっくりと左遷していましたから、貴族たちが揃って反発することはありませんでした。ですが今回、もしセドリック様の号令で彼らを王都に、王宮に呼び戻したところで、彼らには10年以上地方で暮らした生活があります。すぐに戻れない者も居るでしょう。拒む者も居るでしょう。そして引継ぎも何もない状態で、なんとか戻ってきた彼らが国を立て直せるでしょうか?」
少なくとも私の父は、王都に戻らないだろう。
他の貴族だって、地方の暮らしに馴染んでいる者も多い。ずっと王都に戻りたいと願っていた高位貴族は違うかもしれないが、安定した今の生活を全て捨てて、もう一度波乱の王宮で時流に押し流されながら働こうと考える者は、そこまで多いだろうか。
それも、クーデターの鎮圧で貴族を半分殺したから半分補充したいなんて内輪揉めとしか言いようがないしょうもない理由で呼び出され、真面目に働こうと思えるだろうか。
また同じことが起きて全てが覆されるとは、疑わずにいられるだろうか。近い将来の波乱を避けて今の平穏を選ぶのは、はたして罪と、不忠と言えるのだろうか。
「彼女の言う通りだ。この状況は、もう俺にはどうしようもない。だから、」
「セドリック様」
マイルズが、それだけは言うなと口を挟む。セドリックは苦笑すると、ノアを見た。
――お前が言えと、そんな覚悟を決めた目で。
「俺が――」
ノアは、馬鹿ではない。だから、分かるのだ。この状況における最善は、セドリック陣営がリオノーラ陣営を打ち滅ぼすことではないのだと。
言い淀んだ言葉を飲み込み、彼は少しだけ表現を変える。
「父上が王位を退くことが、最善ということか?」
「あぁ。あとは彼女が、――知っているだろう、なぁ?」
セドリックが、私を見た。私をただの護衛騎士と思っていたら、そもそも彼女だなんて呼ばない。私は今日ずっと騎士の格好をしているのだ。だから私を女扱いする時点で、私の正体に気付いているということになる。
「では、私が進行を代わります。セドリック様がリオノーラ様を殺すだけでは終わらないことは、ノア様にも分かりましたね? そこでセドリック様が王を退任することで何が起きるか、説明出来ますか?」
「あ、あぁ。……いきなり先生みたいな口調になるな」
「昔からそうだぞ」
父からの援護射撃を受け、ノアは小さく溜息を吐いた。
「……そうか。えっと、そうだな。現状は二つの勢力が争っている。俺は父上の勢力として数えられているが、それは王位継承権を持つ王太子だからで、父上の勢力からすると敵対する必要がないからだ。今回デュークは、父上を殺すことで王位を簒奪し、国の在り方から変えようとしている、よな」
「えぇ、間違いありません」
「……だがそこで父上が王位を退くことを宣言すれば、俺とデューク、息子同士の王位継承権争いに名目が変わる。俺と父上の立場が逆転するんだ……よな。そうなるよな?」
段々と不安になってきたか弱々しい口調でこちらを見るので、頷いて返す。
「はい、合ってますよ。もっと単純にすると、ノア様が勝てばこの国は王国のまま、デューク様が勝てば帝国になります」
「なんか随分分かりやすくなったな。もっと難しい話だったはずなんだが……」
苦笑するノアに、「えぇ、」と頷く。
元々は難しい話だった。王子の一人が反逆し、王を殺し国の在り方まで変えようと決意した。それに賛同する者と、王の派閥が争う――どちらが勝っても、まともな結果とはなるまい。
だが、王子同士の継承権争いということになれば話は変わってくる。クーデターでなく、ただの内輪揉めという小さな争いに集約されてしまうのだ。選挙のようなものだ。
どちらに付くかで、今後受けられる享受が変わってくる――ただ、それだけの話になる。




