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「いや、暗いな!?」
人の減ってきた離宮から隠し通路に飛び込むと、ノアは開口一番それであった。
騒動が王宮内で起きている以上、離宮の周辺は随分と静かだ。警備の数もいつもより少なく、なんとか人目を避けて隠し通路に降りることが出来た。最悪ここで見つかったら死体の処理までしないといけなかったので、助かった。
「そりゃそうですよ。慣らしてください」
「慣らしてって言ったって……」
地下に作られたその通路は、僅かに漏れる光すらない完全な暗闇である。
「……お前には見えてるのか」
「いや見えませんよ」
「の割には普通に歩いてるじゃないか」
「覚えてるだけです。というか目が見えたところで行先が書いてあるわけじゃないんですから、頭の中の地図に歩幅を合わせて歩くだけですよ」
手を引きながら、いつもと同じ――とはいえノアに合わせて少しだけゆっくり歩いていると、後ろから大きな溜息を吐かれた。
「……それ、ほんとに人間か?」
「当たり前ですよ何言ってんですか」
「いやだって、メイドも完璧で騎士も近衛レベルで魔法使えてこんな道まで覚えてて……」
「ちなみに丁度このあたり、23年前の夏にバイロン捕まえたとこですね」
「どうしてそこまで分かんだよ!?」
「覚えました」
「…………」
再び溜息が聞こえた。
私は決して生まれつき賢かったわけでもなければ、生まれつき強かったわけでもなく、ただ努力をしてきただけだ。その努力の成果が、どうやら人とは違うらしいけれど。
だから、私にある才能は、きっと努力の才能なのだ。努力が報われるという、そんな才能を持っている。
だが兄様は、勉強などしなくても教科書を一度読んだだけで書かれていることを全て覚えたし、応用も出来て、魔法の詠唱も戦い方も、誰からも教えて貰ってないのに最初から完璧だった。
それなのに自由人を気取って好きに生きていたあの人の見ていた世界に、私は一生追いつけないだろう。でも、それで良いと、今は思っている。
そのまま1時間ほど隠し通路を歩く。
一人ならば10分ほどで駆け抜けられた道だが、今はそこまで急ぐ必要はない。追手がそこまで速く辿り着けるとは思えないし、まだデューク達は王宮から虱潰しに探している段階だろう。外に出たと判断するのは、もう少し先になるはず。
当然、隠し通路など通らなくとも地上から墓所に向かうことだって出来る。だが墓所に何があるか知らない人間にとって、ただの墓でしかない。優先順位は相当低いはずだ。
ようやっと目的地にたどり着いた時には、ノアは手を引かなくとも普通に歩けるようになっていた。完全な暗闇にも、案外目は慣れるのだ。
して、ゆっくりと出口の扉を押し開け――
「「眩しっ!」」
思わず二人の声が重なり、あははと笑いあう。今まさに命を狙われているとは思えない様子に、再び笑みが漏れる。
「いやどこに繋がってんだよ……」
外に目を慣らし、周囲を見やったノアは、自分がどこから這い出て来たのか察し、溜息を吐いた。
「初代様のお墓です」
「いやそれは見たら分かる」
人の背より高い、一見すると小さな石造りの城のように見える巨大なそれが、初代クリーヴランド王の墓である。
そこの裏側――石造りの土台の一つが、隠し通路への出入り口となっている。なお外から入ろうとも、土台に隙間とかはなく指を引っ掻けることすら出来ないのでほぼ不可能である。今ノアが石戻しちゃったので通路に入れなくなっちゃったけど、まぁいっか。
「の、ノア様!?」
そんな私たちに、驚く声。
――マイルズだ。私たちより少し前にここに辿り着いていたのだろう。
何も言わなかったけど、通路の前をセドリックとマイルズが歩いていることにはとっくに気付いていた。隠し通路は音を反響させない特殊な形状の壁で覆われていたが、それでも完全に無音になるわけではなく、耳をすませば聞こえる程度の距離を歩いていたのだ。
「それにペリドット――要件は」
「父上は、そこに居るな?」
質問に答えず、ノアが前に出る。
マイルズの背後には、墓守の住む建物があった。それは小屋というには大きく、家というには少々小さい。マイルズは先程そこから出てきたのだ。
「…………」
マイルズは、言葉を返さず剣を抜く。荘厳な装飾の施された宝剣などでなく、使い古された無骨な、騎士の片手剣。
だがノアは、剣に恐れる王など居ないといった風体で、そのまま前へと進んだ。
「父上への害意はない――とは言えない。お前は俺を通すか? 通さないか? 選べ」
その態度は、私に向けるものとは全く違う。自分を大きく見せるための演技でもない。
王族として生まれ、王族として育った者だけが持ちえる、リオノーラでは、彼女の子では決して手に入らない性質のそれは――
『威圧』――そう呼ぶのが正しいかは、私には分からない。
ともかく、ただ声を掛けられただけで向かい合って剣を抜いていたマイルズは無言で膝を付き、後ろに立っていただけの私も思わず膝を付きかけた。
「……お通り下さい」
「だ、そうだ。往くぞ、メイベル」
振り返り声を掛けられたことで、ようやく私は正気に戻った。
――今、間違いなく私は傅こうとしていた。背を向けられていたから、膝をつかなかっただけだ。今声を掛けられたから、間に合っただけだ。
あぁ、やっぱりこの人は――
「――畏まりました」
先程まで私の後を追っていた犬のような彼は、もうそこには居なかった。
マイルズが小さく「メイベル……?」と首を傾げたが、流石にここで訂正するつもりはないので、気付かないフリをして通り過ぎる。




