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「クレアといったか」

「はい、ノア様。何の御用でしょう?」

「お前の主は誰だ?」

「お答え出来ません」

「そうか」

「要件は、それだけでしょうか?」


 ウィリアムが王宮を出たその日、ノアは鴉経由でクレアを居室に呼びつけた。同じ組織なら、縦のラインが違っても横の繋がりがあるだろうと予想していたのだ。

 ノアは、いつものメイベルと接する時とは違う、たしかに王族としての威厳を感じさせる態度で、クレアと話していた。


「あぁ、そういえば最初からお前はおかしかったんだ。顔を見てようやく思い出したぞ。――グレンダが母上に殺されたと俺に伝えたのは、お前だったな」

「……はて、」

「とぼけるな。忘れたとでも思っているのか」


 クレアは穏やかな笑みを崩さぬまま、しかし「あらら、」と声を漏らした。放蕩息子のようなノアしか知らないクレアにとって、この様子は些か疑問ではある。


「それを思い出して、何になるのでしょう?」

「……まぁ、そうだな。だが、メイベルの話を聞いて確信した。確かにお前ら鴉は王家に仕える――だがその王族が誰か、という話だ」


 鴉についてメイベルの認識は、あくまで王宮で働く同僚としての、父親経由で見知ったことしかない。だから、命ずる者としての認識を持っていないのだ。


「メイベルは爪が二本欠けた鴉は前王のものだと言っていたが……、違うな。二(・)本(・)欠(・)け(・)、つまりお前の主は、子を二人失った王族だ。そして、ここ100年ほどで子を二人失っている王族は、レジーナ・クリーヴランドただ一人。モンテス聖国に嫁いでいたが情勢が悪化し、子を聖国に置いて王国に帰ったが、後に子は二人とも殺されている。違うか?」

「…………」

「沈黙は肯定と取ろう。レジーナ・クリーヴランドはお爺様――先代王、ドウェイン・クリーヴランドの三番目の妹に当たる。他国に嫁いでいたとはいえ、確かに彼女は王族だろう。鴉を使えて、なんの不思議もない」

「はて、レジーナ様は随分前に亡くなっておられますが……」

「知っている。だが、レジーナにはもう一人、子供が居ただろう」

「…………」

「グレン・ブラッドフォーン。それがお前の主の名だな」


 推理を披露したノアは――内心、心臓が破裂するほど緊張していた。

 これはあくまで、既知の情報を整理し、妄想で補完したに過ぎない。裏付けになる新情報などないまま、勝手に妄想を進めただけなのだ。

 だがそんな様子はおくびにも出さず、堂々と告げるノアを見、クレアは観念したように頷いた。


「はい、おっしゃる通りです」

「……生きてるのか」

「はい」

「どこに居る」

「言えません」

「……そうか。では、グレンの妹君のことは知っているか」

「えぇ、アシュリー様ですね。――素晴らしい方でした。あの方が王妃になれば、この国はきっと――」

「だから、お前たちは、」


 ノアは、クレアの言葉を遮った。

 まるで、苦虫を噛み潰すような顔で、ゆっくりと口を開く。


 彼女の言葉次第では、一族郎党国家反逆罪で裁くことだって出来るだろう。先はそれを覚悟し、肯定したのだ。

 ――故に、彼女に言わせるわけにはいかない。主がトカゲの尻尾を切るように、優秀な存在を失わせてはいけないから。


「俺に、協力しろ」

「……残念ながら、私たちは向いている方向が違うようですが」

「知っている。お前たちの目的がこの国を終わらせることだとしても、そんなことどうだっていい。違うだろう。お前らは、ア(・)シ(・)ュ(・)リ(・)ー(・)の(・)仇(・)が(・)打(・)ち(・)た(・)い(・)だ(・)け(・)な(・)の(・)だ(・)ろ(・)う(・)?」

「…………」

「貴様に伝言をやる。主としっかり考えておけ。『花、残しておいてくれてありがとう』、――以上だ」


 ――今度こそ、


 いつなんどきも優しげな笑顔を崩さなかったクレアが、その表情を変えた。

 困惑に歪められた表情は、すぐに思案に移り――、数秒で納得したか、頷いた。

 その瞳からは、うっすらと涙が一滴零れる。


「――生きて、おられるのですか」

「いいや」

「では、どうして」

「それを、味方でない人間に話す必要があるか?」

「…………」


 クレアは、俯いて静かに嗚咽を漏らした。

 ――それは、ずっと会えなかった本(・)当(・)の(・)主(・)との、大切な思い出であったから。


*


「ねぇ、クレア」

「どうしましたか、お嬢様」


 庭の一角に作りかけの薔薇園、その中央に位置するのは、薄桃色の薔薇で作られたガーデンアーチ。

 まだ王子との婚約が決まったばかりで、王宮のことを何も知らなかったアシュリーは、傍付きのメイド――クレアを連れ、庭を散策していた。


「さっき庭師に聞いたんだけど、この薔薇、アシュリーって名前が付けられているらしいの。私と同じ名前ね。……これって偶然?」

「いいえ、メイナード様が、アシュリー様のために異国から取り寄せたと聞きます」

「お爺様が? ……でも、お爺様が亡くなったのは私が生まれるより前でしょう?」

「はい。スザンナ様がご懐妊され、女の子だったらアシュリーと名付けたいと言っておられましたから、それを聞いたメイナード様が、何年もかけて方々を探し回ったそうです」

「……そうだったの」


 アシュリーは、自分が生まれる前に亡くなった祖父のことは、人から聞いた話でしか知らない。けれど、名前が同じになるかもしれないというだけの理由で、王宮に薔薇を植え、それもその花を物心つくまで残しておいたなんて――


 なんて素敵なの、と。顔も知らぬ祖父に思いを馳せ、薔薇園の完成を待ち望んだ。


 ――もっとも、彼女が完成を見届けることは、ついぞ出来なかったけれど。


*


 ある日、メイベルとノアが王宮の敷地内を散歩していた日のこと。


「あ」

「メイベル、どうした?」

「いえ、この薔薇園――昔より随分立派になってますね」

「……そうなのか?」


 王宮の庭は、いくつかの区画に別れている。その中でももっともこじんまりとした区画にあるその薔薇園は、ノアが昔から家庭教師から逃げる時に使っている東屋(ガゼボ)の傍にあったので、身近すぎて認識していなかった。

 たしか一度だけ、家庭教師から逃げ回っている時に迷路のように入り組んだ薔薇園の中で迷子になったことがあったっけ。あの頃はまだグレンダが王宮に居て、すんすんと涙を流しながら迷路を彷徨うノアを見つけ、抱き締めてくれたっけ。


「ノア様は、この薔薇の名前を知っていますか」


 散歩がしたいというノアに付き従い薔薇園に訪れたメイベルは、薄桃色の薔薇で作られたアーチの前で立ち止まると、そう聞いた。


「アシュリーだろう」

「……知ってましたか」

「グレンダに教えられた。他の薔薇の名前は知らんぞ。聞いてないからな」

「そうですか」


 感情のこもっていない言葉とは裏腹に、どこか嬉しそうに微笑んだメイベルは、薔薇に鼻を近づけるとすんすんと匂いを嗅ぎ、満足したか歩き出した。

 ノアは慌てて追いかけ、「もうちょっとなんかないのか」と問うと、メイベルは立ち止まって振り返る。


「では、もしノア様が兄様を見つけることが出来たら、伝言を一つ、宜しいでしょうか」

「ん? なんだ?」

「『花、残しておいてくれてありがとう』――、と」

「……それだけか」

「えぇ」


 すたすたと薔薇園を抜け、庭を歩くメイベルは、顔(・)見(・)知(・)り(・)の年老いた庭師を見かけ――ぺこりと一礼した。

 当然、庭師はメイベルのことなんて知らないので一礼を返し、彼女の後を速足で追いかける王太子に気付きギョっとし――慌てて最敬礼。


 頭を下げる庭師に「気にするな」と告げメイベルの後を追うノアを見、あんな顔も出来るんだなと驚き――これは同僚との酒の肴になるなと、そんなことを思ったのだった。

 近頃、ノアの寵愛を受けているメイドが居るというのは王宮勤めの者なら誰しもが知っている噂話であったが、メイベルが普段はまっとうにメイドをしていることもあり、それと結びつかなかったようだ。

 それまでのノアは特定の相手を作らず、田舎から出稼ぎに来たような純朴そうなメイドを居室に連れ込むくらいしかしていなかったので、今の相手がまさかあぁも凛々しい――なんなら王太子本人よりも気の強そうなメイドとは、誰も思っていなかったのである。

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