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「で、その、メイベル。……大丈夫なのか?」
荷物を持って離宮に向かう――フリをしてメイド服に早着替えし王宮に戻ってきたメイベルは、ノアの居室で実家のように寛いでいた。なんなら部屋の主よりダラけ、ソファに全身を預けている。
普段はそんな態度を取らないので、今回の決定は彼女としてもそれなりに不服だったのであろう。
「大丈夫ですよ」
「大丈夫って言ってもな……、その、夜の相手をすることになるんだろう」
「だから大丈夫ですって」
「女って、バレるんじゃないのか?」
「大丈夫です」
「ちょっとは心配くらいさせてくれっ!!」
爪を磨いてたメイベルは、ノアに押し倒されそうになったが――腹筋で耐えた。体格に差はあれど、ノアに押し倒されるようなメイベルではないし、蹴り返そうとした足はすんでのところで止めた。
「あの、私を誰だと思ってます?」
「メイベルだろう」
「元はアシュリーです。政治の道具として使われるのが生まれた時から決まっていた、公爵令嬢なんです。女を喜ばせる能力くらい、物心ついた時から身に着けていますよ。リオノーラ様は妾が多くとも男相手の、普通の行為しかしていないようですからね。新しい世界を見せてやります」
「……仮にそうであっても、婚約者と母親が情事を重ねるところなんて見たくも知りたくも聞きたくもない」
「なら私を助けるためにとっとと王位簒奪してくださーい王太子サマー」
全く感情を込めずそう告げるメイベルだが、明らかに機嫌がよろしくないのはノアにも分かった。口が悪くとも、普段はそういう冗談を言わないのだ。
「そう言われてもな……」
「ツクヨミさんも居なくなって、私が堂々と離宮に入れるようになったわけですから、なんなら褒めて貰いたいくらいなんですよ。あと勝手に婚約者にしないで下さい。まだ婚約なんてしてません」
「するだろう」
「しませんよ。……まだ」
若干言い淀んだメイベルは、無言で唇が触れそうなところまで接近してきたノアから顔を逸らし、「近い」と押し退けた。
「溜まってんならそこらのメイドで抜いてきて下さい。前みたいに」
「嫌だ」
「どうしてですか」
「特定の相手が居るのに他の女に手を出したら、お前は浮気だと怒るだろう」
「いや別に。全然。これっぽっちも思いませんから好きになさってください」
「嘘でも頷けよそこはさぁ……」
ノアはがくりと項垂れ、溜息を吐いた。
――だが、そういうメイベルに惹かれているのは事実なので、ノアはくじけない。
「ともかく、だ」
「はい」
「いざとなったら何としてでも匿うから、もしバレたら帰ってこい」
「……そう言う時だけカッコいいこと言いますけど、ノア様完全に無計画ですよね」
「ぐっ……いや、なんか手段はあるだろう。俺、王太子だしこれでも」
「王宮から逃げて外で隠れ潜んで生活するとかいうのやめてくださいね。ノア様生活力ゼロですし、金銭感覚狂ってますし。三日でバレます」
「あ、いや、それはそうだが――」
「…………もし逃げるんなら、私の実家に来るのが一番賢いですよ。王都から随分離れてるんで追手が来てもすぐ分かりますし、父が居る以上並みの騎士じゃ相手にならないでしょうから」
ノアはそれもいいなといった顔で「ふむ、」と頷くと、視線を外す。
「なら俺がハルフォード家の婿養子に入れば良いということか」
「あー、じゃあもうそれで良いです。っていうか金輪際の別れみたいな顔してますけど、別にメイドとしては普通に戻ってきますからね。気配が読めるツクヨミさんさえ居なければ、離宮の出入り自体は簡単ですから」
「……そういえばそうか。だがまぁ、気を付けてくれ」
「はい。じゃ、そろそろ向かうので、報告は戻れた時にします」
「あぁ。気を付けてくれ。……本当に」
立ち上がり部屋を出ようとするメイベルの背を、名残惜しそうな顔で見ていたノアは、思わず後ろから抱き締めようとし――避けられた。それはもう、後ろに目がついてるんじゃないかという、完璧なタイミングで。
「……隙、なさすぎないか?」
「あなたよりはね」
振り返らず手だけ挙げて部屋を出るメイベルを、微笑んで見送ったノアは――
扉が閉まり、足音が離れて行くのを聞くと、唯一自分の意思が伝えられる鴉に、とある信号を送った。




