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「父上、どういうことだ」

「……言った通りだ。彼を一年ほど、離宮に借り受けたい」

「俺に剣を教えるという話はどうなった?」

「…………知らないとでも?」


 流石に1年も続けていたらバレたかと、ノアは圧し黙った。


 朝食後、父――セドリック王に呼び出されたノアは、剣の指導員兼護衛として王宮に留めている近衛騎士ペリドットを、離宮の護衛に異動させると報告を受けた。

 それは息子への相談ではない。既に決定事項なのだ。


「ペリドット、君はどうだ?」

「私は王家に仕える身。職務が変わっても文句は言いません」


 ノアは「お前……っ!?」と悔しそうな顔で告げるが、ウィリアムはそちらを見向きもせず答える。


「では、決まりだな」

「…………父上」

「なんだ」

「労働条件を明確にしろ。一日中なのか? それとも時間ごとの交代制なのか? 近衛騎士としての仕事は出来るのか?」

「……変なことを言い出すな」

「真面目な質問をしている。答えられるなら答えてくれ」

「…………リオノーラの護衛、ツクヨミが王国を出て行ったのは知っているな」

「あぁ、理由までは知らないが」

「無力さを感じたから、国に戻って訓練し直す――だそうだ。離宮の護衛はツクヨミを基準に回していたからな。リオノーラは激高し、代わりの人材を寄越せとこちらに文句を言ってきた」

「それで? 別にペリドットである必要はないだろう」

「……あぁ、そう思う」

「ならばどうして」

「若い男が良いんだと」

「…………」

「……………………」


 二人は揃って溜息を吐いた。まるで親子みたいだ。いや正真正銘親子だが。


 平然とした顔で立っているウィリアムを除き、空気は最悪である。何せ、セドリックとしても断っておきたい話だったからだ。

 二人の仲が良いのは、ここ1年ほど鴉の報告を聞いて分かっていた。だからこそ、唯一の息子であるノアがようやく作れた友人を、よりにもよって一番会わせたくない相手――リオノーラの元に派遣するのは避けたかった。


「セドリック王、私の方から何点か確認しても宜しいでしょうか」

「なんだ、ペリドット」

「まず、ツクヨミ様の代わりということは、深夜帯のローテーションということになりますよね。それ以外の時間、ツクヨミ様は庭で鍛錬をしていたり街をぶらついていたと認識していますが、自由時間だったのでしょうか?」

「そう聞いている」

「その時間、ノア様の傍に居ることは可能でしょうか?」


 ウィリアムの問いに、セドリックは反射的に頷こうとし――「いや、」と首を振る。


「離宮から出ることを禁ずる、出て良いのは庭まで、――とのことだ」

「畏まりました。では、もう一点。ノア様の代わりの護衛は、誰か見繕っていますか?」

「いや、それはまだ決めていないが……」

「推薦したい者がおります」

「近衛か?」

「いえ、随分と腕が立つメイドです。――ツクヨミ様を制したのは彼女と伺っております」

「なんだと……!?」


 会話に入れず置いてけぼりになっていたノアは、ウィリアムからの目配せを受け「あ、」と声を漏らした。


「メイベル……か?」

 その名を聞いたウィリアムは頷き、セドリックは疑問を浮かべた。メイドの名前など、一々覚えていないのだろう。

「……メイベル?」

「あぁ、俺が最近よく寝所に呼んでるメイドで、ペリドットの――」


 言っていいものなのか分からず、言葉を途中で止めてウィリアムの様子を伺うと、頷きノアの言葉に続けた。


「私の姉です。――恐らく、私より強いでしょう」

「女なのに、か?」

「はい。女では騎士になれませんので、メイドになったそうです」

「……ふむ、だが彼女はメイドだろう。本人に確認した方が良いのでは――」

「要らんだろう」「不要です」

 二人の声が重なって、セドリックは呆気にとられたような顔になる。

「……ノア、理由を」

「俺がメイドに気を遣う必要があるか?」

「……では、ペリドット」

「私が傍に居ない時は暇なのか、ノア様はよく仕事中の姉を呼びつけているようなので、勤務体系は今と大して変わらないかと」

 二人の意見を聞き、セドリックは「う、うむ……」と頷いた。

「どうしてその、メイベル? がツクヨミと戦うことになったのだ?」

「……その、大変言いづらい話なんですが」

「話せ」

「リオノーラ様の()()()と重なり、ツクヨミ様の獣のような性欲が偶然メイドに向かってしまったと、そう伺っております。同僚に相談された姉が、その、正義感で離宮に向かうと、そこでツクヨミ様に襲われてしまい、返り討ちにした――と」


 ウィリアムの説明を受け、セドリックは「あの男は……」と項垂れた。

 少しだけ嘘を混ぜると違和感が生じても、一から百まで全てが嘘なら簡単にはボロが出ない。まさかそんな説明をすると思っていなかったノアが呆気に取られているが、ノアも知らなかったことにすれば問題はないだろう。

 当のツクヨミがほとんど情報を残さず故郷に帰ってしまったので、この嘘がバレたところでそれはツクヨミが戻ってから。それも、敵対陣営であるツクヨミに直接話を聞くことは、少なくともセドリックはしないとウィリアムは踏んでいた。

 仮に外から調べたところで、今回の真実が知れるとも限らない。真実も虚構も、どちらも恥ずかしい話であるのに違いはないから、周囲も隠そうとするはずだから。


「……では、そうだな。彼女にはノア、お前から話を通しておいてくれ。護衛も、仕事の合間で構わないとな。給金は――、まぁ、お前が動かせる範囲で好きにしろ」

「あぁ分かった」


 してやったりと嬉しそうに頷いたノアは、ウィリアムに目配せをする――が、横目に冷たい目で見られただけであった。


 そんな二人の様子を見たセドリックは、嬉しそうに頬を緩ませる。

 ようやく息子に友人が出来たと報告を受けた時は、本当に嬉しかったものだ。その二人を引き離さないといけない後悔と鬩ぎ合っていたが、この二人ならしばらく離れていても問題ないな、と思えたのだ。

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