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「あー、えーと、ストップ、ストップストップ止まれ」
1階の倍ほどの時間を掛けて2階の探索を終えた俺達は、もう日が落ちているであろう時間になったがまだ帰らず3階の探索を始めていた。
が、30分もしないうちに、エミが慌てた様子で立ち止まった。
「どうした?」
「……忘れてた。おいキルオ、川崎ダンジョンの攻略年数全部覚えてるか?」
「ん? あー、累計6回、近いとこから3年、5年、6年、3年、7年、6年だな」
「覚えてんのかよ脳みそ全部筋肉で出来てる癖に……」
「馬鹿にしてんのか? それはタントだけだ」
「何故そうなる!?」
毎日のように学生に説明しているので、その資料に書かれた内容くらいは覚えてる。
そもそも役所で渡す資料の大半は俺か深見さんの自作だ。自分で調べ自分がまとめた情報は、そう簡単に忘れるものではない。
「その6回の中で、ラスボスが徘徊個体だったのは?」
「俺達が17年前に攻略した時の1回と、ちょっと前に俺が倒した時の計2回かな?」
「ん? いや違うぞ。深部に沸いただけで、前回も前々回もボス部屋には居なかった」
「おーい俺知らんぞそれ。どっちもライツじゃないよな? なんでタントが知ってんだ?」
「攻略したパーティに直接聞いただけだが……」
さも当然のような顔でタントは言う。
こいつ、普段は無口だしコミュニケーション能力低そうに見えるのに、別に普通に喋る時は喋るしコミュニケーション能力低くもないんだよな。
「やっぱりな、たぶんここの編纂者、面倒くさがりだろ」
「……どういうことだ?」
エミが心底面倒臭そうな顔で天を仰ぎ、大きな溜息を吐いたで指をピンと前に伸ばす。
「大体200メートルくらい向こう、ボスが居る。位置的にはボス部屋じゃないから徘徊個体なのは確定だ。階層ボスかラスボスかはまだ分からん」
「おいおい、ラスボスはないだろ。まだ3階だろ?」
「ダンジョン生成のリソースをどう振るかは編纂者の一存で決まる。1から100まで作り込むくらいならリソース全部ぶっこんだ大ボス作って道中に置いた方が、楽だろ。俺も編纂者なら同じようなことするから分かるんだよ」
「…………それって」
「さあ、いきなりラスボス戦だ。ちなみに言っとくが、とりあえず買っといた『送還』はもう使えねえ。たぶん3階に降りた時点で捕捉されてたんだろうな。『帰還』持ってる奴は居るか?」
エミに言われ全員で顔を見合わせ、首を横に振った。うん、そうなんだよなぁ。
「……せめて現役のタントは持っとけよ」
「俺が一人で帰る状況になったら、どうせライツは全滅してる」
「そういう覚悟は別に良いんだよ……」
溜息を吐くエミとは裏腹に、俺は「助かったな」と考えていた。
恐らくタントも同じ気持ちであろう。楽しそうな表情のライカと違って、ハルは少しだけ不安そうに近づいてくるので、頭にポンと手を載せておいた。
あ、これ女子が嫌がるやつだったか!? ハルからの接触があまりに多いから忘れてたんだけど!?
とはいえ嫌がる素振りはないので、そのまましばらく撫でていると、それに気付いたエミが「ハァーーーッ!」と掛け声かってくらいのクソデカ溜息を吐いた。ボス見つけた時より溜息長くねえか?
「とりあえず、さっきのボスでリセットされた『唯一無二の一撃』のカウンター進めたいから、ボス回避して雑魚殴れるルートあるか?」
「……なら逆方向だな。たぶん追ってくるだろうが、気にすんな。ある程度距離を保って追いかけてくるタイプだろうから、前衛から後衛まであんまり離れないように動くぞ。体力組は勝手に突っ込むなよ。最前か最後尾どっち基点に追ってくるか分からん」
「分かってるよ。じゃ、先導頼む」
覚悟を決めたか、エミは一度ボスの居る方角を見、反対方向に向かって歩き出した。
*
「不味いな、さっきからちょっとずつ近づいてきてる」
『唯一無二の一撃』のカウンターを上限値まで高め、ひとまず休憩しているとエミが溜息交じりにそう言った。
「距離は?」
「大体50メートルくらいだな。相手が止まったら近づくよう設定されてんだろ。この距離を離す手段はないから、そろそろ場所決めるぞ」
「ボスの大きさは?」
「反応は小さい。たぶん人型かそれより少し大きいくらいだな」
「なら、さっき来た道にあった広間はどうだ? あんまり広くないが、相手が人型ならなんとか戦えるだろ」
「戻るか。ただ、あー……」
「なんか不味いのか?」
「それならもう急ぐぞ。今ちょうどその広間あたりに居る。これ以上休憩してると通り過ぎられるから、この狭い通路で戦うことになる」
3階のコンセプトは、動物系だった。
日本の動物園でも見るような四足獣が巨大化したようなものばかりで、1階から変わらず雑な仕事だ。
今までの川崎ダンジョンでもここまで雑にモンスターが作られていたことはなかったので、よほど時間がなかったのだろう。
鎧を脱いで整備をしていたタントが立ち上がり、鎧を着直した。
元来た道を戻ると、バスケットコートほどの広間の中央で俺達を待っていたのは、タントより少し大きいくらいの人型の羊モンスターだった。
普通に会ったら、あれがボスとは思わないだろう。
「えーと、なんだあれ。バフォメットってやつか?」
「個体名は――読めねえ。なんだあれ? 中国語か? 顰蹙みたいな漢字が2文字」
「それなら恐らく饕餮、だろう」
「既存ボスか?」
タントは頷いた。トウテツ――確か中国の妖怪だったか。人の顔を持つ羊――いや、うん、身体も人っぽいなこのボスは。名前適当に付けたか?
「こう喋ってても殴りに来ないってことは、ノンアクティブ……なわけないよな」
「もしそうだったら『送還』で逃げれんだろ。反撃ベースで戦闘始まるだけだと思うぞ」
「ならガン無視して素通りしたらどうなるんだ? ちょっとエミ行ってみろよ」
「殺す気か!? 行くならタントだろ!」
「どうしてそうなる!?」
大声で叫んでいると、ボスは一歩だけこちらに近づいて圧を掛けてきた。あ、ごめんなさい目の前に居るのにガン無視は良くないよね。真面目に戦おっか。
「ハル――いやエミだな、『隠密』使ってあっちまで行ってみろ」
「……ヤバくなったら死ぬ気で守れよ」
タントが頷くのを確認し、エミは隠密状態になって一歩ずつ壁際に向かって歩いていく。
――ボスの目はこちらを向いたままだ。エミに意識を向けている様子はない。
とはいえ、ボスよりも後ろに進むのは流石にリスクが高い。タントよりボスの方がエミに近いような距離になると、庇えるか分からないからだ。
「じゃあ俺とハルはエミの反対側、ライカとタントはここで待機」
確認したいことがあるので、ハルと一緒に少しずつボスから離れ壁際に寄り、そこから少しずつ壁伝いに進んでエミの真向かいまで歩く。
ボスは楕円の目で俺を見つめてくるが、時折タントとライカの方にも目を向ける。
「ハル、『隠密』」
「は、はい」
ハルが『隠密』を使用した瞬間、ボスが動いた。――タントの方だ。
「戦闘開始! いつものやるぞ!!」
全員の返事は――聞こえなかった。猛烈な勢いで突進した饕餮が、盾を構えたタントを正面から突き飛ばしたからだ。
ぐしゃりと、金属が砕ける音が聞こえた。
一撃で壁際まで押し込まれたタントはヒビの入った盾を構え、壁を背に猛攻を耐える。
ガギンガギンと、一撃ごとに金属をひしゃげさせる轟音を鳴らす。饕餮は人と変わらない大きさだが武器を持っていない。しかしその長い手と巨大な角から放たれる攻撃は、日本人最固とも言われるタントをもってして、なんとか受けるので精一杯な威力のようだ。
少し遅れ、ライカの歌声が響き渡る。タントの傍に居たライカは、突進の余波を食らって転倒していたからだ。頭から血を流し、立ち上がって逃げもせずライカは歌う。
――あぁ、何度も聞いた歌だ。ライカのデビューシングル、『Raw』。
ライカはこの歌でデビューを果たし、そしてオリコンチャートを駆け上がりスターへの道を歩んだのだ。
ゆったりとした曲調で、耳に残る美声。打ち込み音源だけでレコード会社に持ち込まれたこの歌は、デビューする前からライカがカラオケで熱唱していたオリジナルソング。
何よりも聞き慣れたこの歌が、心を、身体を、いつも通りにしてくれる。緊張していた筋肉は弛緩し、ゆっくりと深呼吸をする余裕を与えてくれる。
「切原さん、わ、私は……」
「……ハルは、うん、俺が守るから安心して」
「っ……はい!」
このボスの行動パターンが分かっているのは、タントだけだ。だが、二足歩行する人型モンスターであるなら、それは俺にとってたいへん都合が良い。
二足歩行をする生物には、どう足掻いても隠し切れぬ急所が多いのだ。むしろ、人型になどならず、羊のままの方が戦いづらかったほどだろう。
とはいえ、それはこちらが近接格闘を行う場合の話だ。一般的に生物は二足歩行になることで腕を攻撃や防御に使えるようになるし、四足獣より知能が発達する傾向にある。
モンスターであってもそれは同じで、獣のようなモンスターは獣のように動き、人型のモンスターは人のように動くのだ。
「あっぶ……」
一歩で攻撃の届くところまで近づこうとすると、饕餮は長い腕をこちらにぶん回してきた。慌ててスウェーで回避し、一歩下がる。
どうやら、ヘイト値だけで攻撃しているのではなく、近くにいる対象への無作為攻撃もあるようだ。
見えないほど速い攻撃ではなかったが、タントの鎧や盾が一撃受ける度にひしゃげているところを見るに、当然、生身なら掠っただけで絶命する攻撃力なのだろう。ならば、喰らって返すであったり、受け流すのは恐らく不可能だ。
近づいては、離される。背後に目でもついているかのような反応速度で片手間に攻撃をしてくる饕餮の隙を見つけることが出来ず、戦闘開始から1分程度経った時――
――ガィンと、それまでに聞いていない嫌な音が響き渡る。
それは、タントの盾を大きく弾き飛ばした饕餮が、無防備となったタントの腹に膝蹴りを直撃させた音だった。
鎧は大きく凹み、饕餮はそのまま壁で挟んでタントを圧死させようとしている。
もう、待てない。隙があろうとなかろうと、タントが耐えられないなら、俺達に道はない。
――『度重なる幸運』
――『人生一度の大博打』
――『邪視』
スキルを3連続で発動させ、二歩の距離を一歩で駆ける。
――――が。
ぐるりと、饕餮の首が回る。俺を見たその顔は、酷く歪んだ笑顔に見えて――
「あ」
誘いだ。瞬間それに気付いたが、しかし駆けだしてしまった身体は止まらない。
『邪視』の効果でスキルが封じられようが、奴のステータスは俺を容易に殺すほど高い。
あぁ、死んだな。ゆったりと感じる時間で、はっきりとそう感じ――――
「うぁあああああああ!!!!」
饕餮が身体を反転させるのが見えた瞬間、俺の後ろから、一つの影が前に出た。
――ハルだ。
極振りしている敏捷ステータスは、生身の俺をゆうに超える一歩を彼女に与えた。
恐怖か、それとも高揚か、不思議な顔をしたハルが俺を追い越して――
「ま―――」
ほんのコンマ数秒の出来事に、俺の思考は限界まで加速する。
ハルが使った『叫声』によって、饕餮の目は俺でなく、急激にヘイト値を上昇させたハルに向く。
饕餮が身体を回し、必殺の左腕がハルに伸び――――
「さ、せんッ!!」
がしりと、饕餮の左腕を掴む者が居る。
タントが身体を動かし、腕を伸ばし、歪に曲がった両腕で饕餮の腕を拘束した。
瀕死のタントは、饕餮でなく、ハルでもなく、俺を見た。そして目で語る。「やれ」と。
タントが生きていたことにハルが気付き、慌てて急ブレーキを掛けて転ぶ。
ハルを飛び越えるようにジャンプした俺は、空中で身体を捩る。
大きく外から回した右足を饕餮の首に目掛け、放った。
ぐしゃりと、肉の潰れる音が鳴る。
べこりと、骨の砕ける音が響く。
防御しようと動いた饕餮の右腕が、俺の膝を抑えようと持ち上がる。
――が、構わず全力で蹴り抜いた。
8倍クリティカルを示す青白いエフェクトを軌道に残し、蹴りを叩き込んだ俺の右足が、突如抵抗を失う。
痛みか、驚愕か。表情を歪めた饕餮の顔が、首から寸断されて宙を舞う。
その目は、最期の瞬間まで俺を見ていた。
倒れる饕餮に引きずられたタントが転び、それを避けて着地しようとする俺はあやうくハルを踏んづけそうになって、回避に失敗して転ぶ。
「は、はは」
前衛三人、見事に全員床を舐めるように倒れ伏した。
「わ、笑ってないで助け、ろ……」
真っ先に立ち上がった俺はハルの手を引いて、倒れたまま動かないタントが振り絞った声を聞いてようやく思い出す。そういえばこいつ死にそうだったわ、と。
「エミぃ! タントが死ぬ!」
「わぁってるよ……!」
走ってきたエミが、緑色の小瓶のコルク栓を抜き、中身をタントにぶっかけた。
液体はタントの身体に降りかかると同時に気化し、空気中にミントのような香りを撒き散らす。
「死ぬなよー」
ぴくりとも動かなくなったタントに苦笑いをしながらそんな声を掛けるエミ。
どうすればいいか分からずあわあわしているハルに、てこてこと呑気な顔で近づいてくるライカの対照的な反応に、俺はまた笑えてきた。
釣られて笑っていると、1分ほど完全に硬直していたタントの身体が突如跳ね上がる。
「ぶふぁ! なんだ今のは!?」
水から出た魚のように飛び跳ねたタントは、膝蹴りで大きく窪んだ鎧を上から触り、身体の無事を確認しながら立ち上がってそう言った。
「蘇生ポーションだよ。3年くらい前に中国のエージェントと取引して7億で買ったやつ。腐ってなくて良かったよ」
「……死んでたのか、俺は」
「いや、どうだろうなー。死ぬ前でも効くとは聞いてたし」
中身が空になった瓶を放り投げたエミは、平気な顔でそんなことを言う。
蘇生ポーションなんて、昔掲示板で噂になった程度のアイテムだ。実在するとは知らなかった。
熟練のタンクであるタントが『金剛体』を発動する暇すらなかった、致命傷に至るほどの攻撃だ。その後も動いていた方がおかしいのだ。気合か? 気合だろうなぁ。
「……ハル」
タントの無事を確認したのでハルに声を掛けると、びくりと肩を震わせたハルが逃げようとした。が、立ち上がる時に貸した手を繋いだままだったので、当然逃げられない。
「ありがとう、助かった」
「ど、どういたしまして……?」
「いやなんで疑問形?」
「叱られるのかなぁと……」
「いや叱らんわ」
ぺしりとハルの頭に手を載せ、悩んだ末撫でておく。
先程は、ハルが飛び出して『叫声』を使わなかったら、タントが間に合わなかった。
俺は饕餮の振り抜いた左腕によって、一撃で命を落としていたことだろう。
ハルの稼いだコンマ1秒にも満たない僅かな時間によってタントの拘束が間に合って、俺は無防備な饕餮に攻撃することが出来た。これでハルを叱るのはおかしいだろう。
まぁ、タントが間に合わなければハルが攻撃を喰らっていたことは間違いないが、それは可能性の話でしかない。
結果的に言えば、ハルがあの時動かなければ間違いなく俺は死んでたし、パーティも全滅していたのだ。
「ご褒美、貰えます?」
「えーと、それは異世界行くとかいうアレか?」
「いえ、それでなく」
「俺に渡せる程度のモンで良いなら――」
「……ありますよ」
ハルはそう言うと、少しだけ紅潮した顔をこちらに近づけてきて――――




