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「ラストッ!」
タントの首に嚙みつこうとしていた最後の一体を手刀で叩き落とし、大きく息を吐いた。
「……健在だな」
全身についた粘液を払いながらタントが言う。少しするとハルが駆け寄って来て、もう少し待っていると後方からライカとエミがのんびり歩いてきて合流する。
全身粘液まみれの俺とタントを見て「うぇ」と声を漏らしたエミが『清浄』のスキルを使うと、粘液は跡形もなく消滅した。流石雑用担当だな!
「切原さん、『邪視』無声発動出来るようになってたんですね」
「…………あ、そういえばそうか」
ハルに言われるまで忘れていた。そういえば、ハルと二人で潜った時はまだ『邪視』を使いこなせておらず、口頭で発動させていたのだ。
だがタントやライカという以前のメンバーと一緒に17年ぶりに本格攻略をしたことで、無意識のうちに使えるようになっていたらしい。
そもそも俺はスキルを口頭発動するのが癖になっていたはずなので、その癖も17年で抜けたということだろうか。
「それにしても、5人で戦うにはちょっと数多いんじゃない?」
「最近はこんなもんだ。魔法で範囲攻撃する前提だからな」
「あー、それもそっかぁ」
戦闘が見えるところには居たのか、タントと話すライカがドロップを確認しながら言う。
戦闘中は、後衛のことまで意識が回らない。ライカの歌声が聞こえ続けているのでバフの範囲内に居ることは分かるが、仮にそちらに敵が向かっていたところで気付けないのだ。
だから回避タンクである先生やハルは最前衛でなく遊撃位置――前衛と後衛の中間に立ち、前も後ろもどちらもカバー出来るよう立ち回るのだ。これも2タンクパーティの利点である。
「レベルはいくつだった?」
タントが鎧や盾に傷がついていないか確認しながら言うと、エミが「えーと」と微妙な声を出した。さてはこいつ、確認してなかったな?
「俺の体感では35から40くらい」
「……悪い。最後の一体しか見てないが、37だった。つーかキルオなんで分かんだよ」
「殴った時の……感覚?」
「…………」
変な空気になった。まぁどうせ一撃で倒すのだからレベルはさほど関係ないのだが。
「いきなり私と同じくらいに……これ最終的にはいくつまで上がるんですか?」
まだレベル40に届いていないハルが恐る恐る口にすると、タントが最初に返答した。
「ダンジョンの規模にもよるが、100から150程度だろう」
「…………私、一撃でも食らったら終わりですよね」
「……だろうな」
「安心しなハル! このパーティはタント以外全員そうだ!」
「あれっ、そういえばそうですね。皆さん……気でも狂ってるんですか?」
「「「…………」」」
紙装甲3名が無言で地面を見ると、タントが「俺もそう思う」と呟いた。お前は黙ってろ。
「流石の私でも、このパーティが変なのは分かります」
「当時は画期的だったんだけどなぁ……」
「でもキルオ君みたいに気合でクリティカル率上げられない人は真似出来なかったのよね」
「えっ気合なんですか!?」
「い、いや、気合じゃ……こう、上手いこと急所に当てていけば30%くらいは稼げるし?」
「気合ですよねそれ」「気合ね」「気合だな」「それを気合って言うんだよ」
「うっす。気合っす」
実際は技術的な面が大きいと思うけど、気合入ってない時は割とミスするしな。
「……先進まない?」
皆からやる気のない返事が聞こえ、更に先に進む。
一行は、それから数度の戦闘をこなしているうちに巨大な扉に辿り着く。第一のボス部屋だ。
「あっさりボスか。案外狭いのかな」
「円錐状に作られているとこういうこともある」
「あー、そっか。円柱である必要もないもんな……」
タントと話しているうちに遅れて後衛が到着したので、扉に手を掛ける。ハルが「え、準備とか……」と呟くが、残念、扉を開けると即転移されるんだ!
全員が部屋の中に転移する。エミが溜息を吐きながら、ライカが微笑み歌いながら壁際に走っていった。ハルは困惑しているが、ライカの位置から自分の立ち位置を決めようと後ろを見ていたので、声を掛ける。
「ハル、ボス戦の時は後衛はあんま気にしなくて良い」
「……あっち狙われたらどうするんですか?」
「狙われないようにするのが前衛の役割だから、もうそこは気にしないで。パターン分かったらタントから指示飛ぶから、それまで『隠密』付けてタントの対角で待機、大丈夫?」
「が、がんばります!」
ハルの掛け声と同時に、ボスが浮かび上がった。
――巨大なカブトムシだ。子供の時に見つけたら喜んでたと思うけど、家よりデカいカブトムシを間近で見ると普通に怖いな。
「キルオ、行けるか?」
「円錐じゃない可能性考えてスキル温存するから、たぶん一撃じゃ決まらん。カバー頼む」
「分かった」
タントが駆け出し、同時に『叫声』を発動させた、3階建てくらいの高さまで浮かび上がった巨大カブトムシがタントの方を見、叫ぶ。
「キィィィエエエエエエエエ!!」
「カブトムシって喋るのか!?」
「突っ込むとこそこかよ!?」
素で驚いて立ち止まったタントの背中に足をかけ、タントを踏み台に跳躍する。
――これで稼げても一階分。ボスまではまだ距離がある。
『ライデン』に、遠距離攻撃手段はない。
故に、距離を保って遠距離攻撃してくるようなボスを相手に詰むことが多かった俺達が考えたのは、それでもなんとかして殴る、だ。
ライカが歌声に乗せてスキルを使う。重力低減によって体の落下速度が遅くなった。
エミがスキルで『浮雲』を生み出す。筋斗雲のような雲が眼前に現れ、そこに手を掛け足を掛け、更に跳躍。
最後はタントが『空気盾』を下から放った。『浮雲』からギリギリ届く完璧な位置で止まり、軸足となる左足を乗せる。
「――――ッ!!」
甲虫の腹部――どう考えても急所であろうそこに、足場を蹴って飛び上がりながら掌底を叩き込む。
「うっは! マジで昇龍拳じゃん! 叫べよ!!」
下から楽しそうなエミの声が聞こえる。うるせえ。
掌底はカブトムシの腹部に突き刺さる。――が、一撃でHPを全損させることは出来なかった。
瞬間バフを温存している状態だと、クリティカルヒットが理論上最大倍率の8倍に至らず、ボスを一撃で倒すにはどうしてもダメージが足りないのだ。
「反撃来るぞッ!」
下からタントの声が聞こえた。そう言われても、巨体の一部しか視界に入らない。
腹部に大ダメージを受け一瞬よろけたカブトムシだが、すぐさま空で姿勢を変えこちらに頭部を向ける。
突進か、衝撃波か、それとも――
落下しながらもカブトムシの次の動作を一挙手一投足全て見逃さないようにしていた俺は、飛ばされるそれを見た。
――角だ。
「――――ッッ危、ねぇ!!」
カブトムシより射出された角は、眼前数ミリのところで停止する。
真剣白刃取りの要領で、両拳をぶつけるようにして巨大な角を受け止めたのだ。コンマ一秒でも遅れていれば俺の頭がスイカのように破裂していたことだろう。
それでも全身で受けた衝撃によって、ライカの貼っていた障壁が粉々に砕け散る。
俺の落下速度は一気に上がったが、エミがリキャストを回しギリギリで間に合った二度目の『浮雲』によって着地寸前で受け止められる。
「せめてカバー入れろよタントォ!!」
エミがタントに文句を飛ばすが、タントは「フッ」と上機嫌に口角を上げるだけで後ろを振り返ろうとしなかった。
俺が抑えていた角は、紐でも繋がっているかのようにカブトムシの頭部に戻っていく。なんかオモチャみたいな構造だなと思ったところで、再び角が射出される。
しかし、もう地面に居る俺は、自ら受け止める必要はない。転がるように射線を切ると、カブトムシとの対角線上に現れたタントが盾で角を弾いた。
その後も数発角の射出を食らったが、タントが当然のように弾くことでカブトムシもそのままでは埒が明かないと判断したか、羽ばたきを緩めゆっくりと地面に降り立つ。
ラウンド2、ようやく地上戦だ。
*
「んー……」
地上戦が始まってから、5分ほど経過した。
「狙うとこないなぁ……」
しかしパーティ唯一のアタッカーである俺は、攻撃の余波を食らわないように位置取りを変えながら、中々攻撃の糸口を掴めないでいた。
「キルオ! まだか!?」
「いやー、狙う場所ないんだよ。大技誘えない?」
「どれが! 大技かも、分からんのだが……っ!!」
角や羽、時には突進など巨体を生かした様々な攻撃を受けているタントと話す。ハルはおろおろとしながらもタントの対角を取り続けているので、まだ大丈夫そうだ。
幸い物理攻撃しか持たないようだが、初見のボスモンスターは数時間粘って動きを把握し、それから一度撤退し休息し準備を完全に整えてから戦うのがセオリーなのだ。
しかし、今回はそのセオリーを使いづらい。次に入るパーティなどなく、全てを自分たちで調べないといけないからである。
前衛をタントに任せ、エミとライカの居る後方まで下がる。ライカの歌声は途切れず、視線だけで「大丈夫?」と聞いてくるので、「微妙」と返しておいた。
「エミ、デコイ出せるか?」
「どこにだ?」
「タントの後ろに10体くらい」
「……オッケー、範囲攻撃誘うで良いんだよな?」
「そゆこと。タイミングは図れ」
「えぇー……俺がぁ……?」
嫌そうな顔をしたエミの元から離れ、タントのすぐ傍まで戻る。タントが攻撃を受け止め続ける時に響く重低音は、まるでビルの解体工事でもしているかのようだ。
いくら耐久力の高いタントとはいえ、装備の耐久力もあるので無尽蔵に戦えるわけではない。回復役を削ることでヘイトコントロールを容易にしている超攻撃的なパーティである『ライデン』は、そもそも長期戦向けではないのだ。
ともかく、相手の動きを見極める必要がある。次に一発殴るだけで倒せるならともかく、ボスの暴れっぷりからして恐らく体力にはまだ余裕がある。
ならばセオリー通りに、ボスの全行動を調べるところから試すで良いだろう。
「タント、範囲攻撃持ってるか試したいから、『初期化』でヘイトリセット」
「……了解したッ!」
範囲攻撃を持っているか分からない、それが大技かも分からない。だがそれでも、敵の行動パターンを知るためには、普段とは違う行動が必要だ。
「ハルさん!」
タントがバフやデバフ、ヘイト値も含めすべての状態を初期値に戻す『初期化』というスキルを使用するのと同時に、ハルに声を掛けた。
ハルは、覚悟を決めた顔で頷く。攻撃誘導が、ボス戦における回避タンクの役割である。。
ハルは『隠密』を解除すると同時に『叫声』を使用した。カブトムシは、ヘイトの急激な変化によるコンマ数秒のラグの後、ぐるりと反転しハルの方へ向き直る。
はじめて巨大ボスと正面から相対することになったハルの表情が歪んだ瞬間、エミがタントのすぐ傍に『囮』を召喚した。
このスキルによって生み出されるデコイは非常に高いヘイト値を持つ。
人サイズのぬいぐるみのようなそれがタントの背後に現れると、ハルの方を向いたカブトムシが再び反転しタントの背後を見る。
「良いの出してくれよー」
タントから離れ、ボスの動作が見えるよう位置取りを変え――
「ッ――ハル、下がれ!!」
瞬間、声が出た。予備動作から、次に何をするのか分かったからだ。
――巨大カブトムシの動作は、角を大きく振るった薙ぎ払い。
ぐぉんと台風のような音を立てデコイごとタントを薙ぎ払うようにして繰り出された角は、盾を構えたタントがそのまま地面を引きずられるほどの威力だった。
タントごと回転しようとするカブトムシは、踏ん張るタントによって若干勢いを弱めていく。
僅かに稼いだその時間でなんとか回避に間に合ったハルが跳躍し薙ぎ払いを避けると、それを確認したタントが盾を手放し角を掴んだ。
「うぉおおおおお!!!!」
引きずられ続けるタントが角を掴み四股を踏むように足を下ろすと、ぴたりと、カブトムシの回転が止まった。
「ナイス!!」
大技を放つと、必ず隙が生まれる。それを誘いやすくするための2タンクパーティ『ライデン』は、安定志向を持たない超攻撃的パーティだ。
「決める……ッ!!」
行動パターンはまだ分からないものが多い。しかし、突きではなく薙ぎ払いを出してしまったのが運の付きだ。
いくら巨体と言えど、角を掴まれればほとんどの攻撃は出せなくなる。
タントの筋肉が膨れ上がったように錯覚する。両腕で自身の胴体ほどの太さのある角をしっかり掴んだタントが、叫びながら腰を落とす。
「うぉおおおおおおおおお!!!!!!!!」
ふわりと、カブトムシの足が地面から離れる。――何トンもあろうかという巨体を、タントはその腕力で持ち上げたのだ。
とはいえ、角を起点に持ち上がったのは1メートルもない。が、それだけあれば充分だ。
隙間に潜り込むと、複数の脚が地面を掴もうとわしゃわしゃと動くのが見えた。
「っつぁあああああああ!!!!」
腹に力を込め、掌底、上段蹴り、回し蹴り。そして更に浮かせるために掌底や上段蹴り――
たしかな手応えを感じながら、繰り返すことおよそ20発。
カブトムシが、ゆっくりと降下を始めた。危うく潰されるところだった俺は慌てて這い出し、そちらに拳を向け姿勢を正す。
「死んだか」
「あぁ」
カブトムシは、生命活動を停止していた。――倒したのだ。




