3
「お、オレは――」
「賑やかし」
「ゴミ拾いとか?」
「…………」
「いやタントお前せめてなんか言えや!?」
「切原さん、本当にこの人連れてって大丈夫なんですか……?」
心配そうなハルがこちらを見て言う。うん、言われてみると要らない気がするけど、それでもなぁ、なんか巻き添えにしたかったというか……。
「あのー、遥さん? ここの大人達はやけにオレに厳しいけど、索敵とか採取とか交渉とか攻略情報収集とか、パーティの雑務全部オレがやってたんだよ? 本当だよ? 俺が抜けたらなろう系の追放後パーティみたいになってたからね?」
「…………本当ですか?」
うんハル、それをエミじゃなくて俺に聞くのね。確かにこいつ滅茶苦茶うさんくさいけど、女子高生に露骨に嫌われるのはかわいそう。いやざまあみろ。嫌われてろ。
「大体は……?」
「大体……」
エミが「ホントウダヨー」と小さな声で主張するが、笑いながらライカが補足する。
「ダンジョン外の雑務は結構先生もやってくれてたからねー。エミ君、もうオジサンなんだから女子高生に良いとこ見せようとしちゃ駄目よ。それにハルちゃんはキルオ君のだし」
「そうです!」
「ハルは変なとこに同意しないでね」
説得は無理だと判断したか、エミが大きな溜息を吐いた。
事実、エミは戦闘職ではない。鑑定や索敵といった非戦闘スキルに補正があり、『ライツ・アクス』のような大規模チームには専属が居たりするが、大抵のパーティでは枠が足りず、ソロプレイが主軸となることが多い職業だ。
「エミの職業は、ハルが最初に選んだのと同じ採取家だよ」
「……あれ、でも採取家って戦えませんよね? あ、でもキルオさんが戦うから……」
「そうそう。バフはライカ一人で足りてるし、タンクも二人居るからそれ以上前衛居ても邪魔ってことで、色々転職したけど結局採取家に行きついたんだよな」
なお、採取家が戦えないというのは間違いだ。ステータスやスキル補正が戦闘向きでないだけで、それを言えば俺の『博徒』だって幸運補正しかないのでアタッカー向けではない。
幸運補正だけで戦うには、どうしてもダンジョンに依存しない本人の技量が必要だ。真似できない人が多かったのも当然と言えよう。
「まぁオレは戦闘スキル取ってたけどねー」
「使うことあったんですか?」
「結構あったよ? まぁ深層だとキルオがワンミスした時点でその日は終わりだったから、全員で逃げるまでの時間稼ぎくらいしか出来ないけど……」
ハルが「へぇ……」と返すが、エミを見る目はあまり変わってない。どんまい。
「い、いざって時は『叫声』もあるから……」
「いやエミ、お前それ使ったの数回だろ」
「当たり前だろ普通に使ってたら死ぬが?」
「回避ビルドでもない、防具も軽装の採取家がタンクの代わりになってたまるか」
タンクであることに拘りのある男タントがそう言ったことで、ただでさえ成人男性にしては身長の低いエミは更に小さくなった。これ以上エミを虐めてるのは可哀想だなと判断し、話題を逸らしにかかる。
「そういえばハル、いきなり変なダンジョンに入ることになったけど怖くないのか?」
話の流れで『ライデン』と一緒に今回のダンジョン攻略に挑むことになったハルだが、別にハルでないといけないわけではないのだ。
ハルのレベルはまだ低く、高難度ダンジョンの深層に挑めるほどではない。
とはいえ元からこのパーティの回避タンクの役割は相手の攻撃を引き付ける通常のタンクではなく、対ボス戦で相手の隙を作ったりタントの居ない方向から来たモンスターに対する時間稼ぎが主なので、レベルにそこまで依存していないのだが。
「んー、怖いっちゃ怖いですけど、たぶん私死ぬ時には切原さんも死にますよね」
「まぁ、うん、そんな気はするな」
「なら別に良いですよ。あんまり役には立たないかもですけど」
ハルが平気な顔でそれを言うので、エミは「覚悟決まっちゃってんよ……今時のJKこえー……」と呟き、タントはうんうんと大きく頷いている。
「でも、武器無しの回避タンクなんてそう居ないんじゃない?」
ライカはストロングチューハイ4本目の栓を開けながら言った。いや飲みすぎだろお前。
「居ないだろうな。そもそもこの時代のタンクは範囲指定の『叫声』など使わん」
「え、そうなの?」
「あぁ。『束縛』――攻撃した対象のヘイトを高めるスキルがメインだ。アタッカーが皆遠距離職だから、ヘイトもある程度は後衛に流すものだ」
「そっか、無作為に範囲タゲ取ったら囲まれるから駄目なのか」
「そこを狙うと同士討ちになりかねんからな」
「あたし達は魔法職居ないからそういうの無縁だったけど、そういうのあるのねー」
何本飲んでも表情の変わらないライカだが、若干呂律が回ってないように思える。そもそもお前が魔法職だろって突っ込みは誰も入れなかった。
ハルの使えるヘイト上昇スキルは、声に乗せてヘイトを高める『叫声』のみ。ヘイト上昇量はそこまで高くないが、このパーティはそれで構わないのだ。
「タントが『叫声』を使っても、後から使った『叫声』が優先されるんだよ」
「えぇっと、ヘイトが横並びになってるから……ですか?」
「そう、ヘイトが完全に同じ数値になった場合、後からヘイトが上がった方にモンスターは向かってくる。その性質を利用すれば、レベル1の『叫声』だけでタゲを回せるわけだ」
「……なるほど」
そうは言ったが、流石に情報0で挑むダンジョンでハルにタンクを任せることはほとんどないだろう。
タントもそれは分かっているはずだし、ここに居るのがハルでなく先生でも同じだった。回避タンクは大抵、相手の行動パターンを理解してからが本領なのだ。
「でも、アタッカー一人でやってたなんてホントに信じられないです。切原さんの実力疑うわけじゃないですけど、そんなパーティ、動画配信者で見たことないんですよ」
「……まぁ居ないだろうなぁ」
「そもそも、タント君とキルオ君以外はおまけなんだよ、このパーティって」
「そうかぁ?」
ライカの意見にはあまり同意出来ない。ライカのバフがないと確殺ラインを上げることは出来ないし、エミはともかく一撃必殺が決まらず長期戦になりがちなボス戦では先生の役割も大きかった。エミはともかくとして……。
「キルオ君のビルドは一人で完結してて、それが生身の技術に依存してるから真似しようがないんだよ。あたしは武器使う格闘技があるなんてキルオ君に会うまで知らなかったし」
「流石に試合では使わないからな」
シラットの試合では武器前提のルールもあったりするが、日本ではドマイナーな格闘技なので経験者以外知らないだろう。海外の試合とかだと普通に武器持つからな。
「そんなわけで、真似しようと思っても真似出来ないの。あたしの旦那すらキルオ君見て驚いてたくらいなんだよ? 8倍クリティカルなんて、キルオ君以外じゃ絶対無理でしょ」
「オクタ、ですか? あの、クリティカルって1.5倍じゃないんですか?」
「そこから2倍クリティカル、3倍、4倍と進んで、ダメージが8倍になるのが8倍クリティカル。幸運補正限界まで高めて後は相手の急所を突けばたまーに届く。普段は精々6倍までだよ」
「それでもおかしいですよ。普通のスキルじゃ2倍にもならないのに8倍って……」
「ハルちゃんは最初っからキルオ君見てたから違和感なかったかもだけど、キルオ君みたいに道中のモンスター全部ワンパンしてくのってキルオ君より高レベルでも出来ないの。キルオ君、単発の物理ダメージじゃ世界トップランクなんだから」
「……そうなのか? でもそれ、17年前の基準だろ」
現役探索者のタントに視線を向けると、タントは「当然だ」と言う。
「魔法職の単体攻撃力は然程高くない。アタッカーの火力は17年前の方が高いはずだ」
「そんなもんかねぇ……」
世界トップランクと言われても、別に嬉しいとも思えない。
今もそれを活かせるのは、ハルに『邪視』スキルを貰ったからなのだ。それがなければ、この時代では戦えなかった。
「現役じゃないキルオ達は知らないだろうが、海外では『物理耐性』を持たないモンスターも増えてきている。昔の探索者が現役に戻れる日も近いかもしれないぞ」
「……その頃にはまともに動けない歳になってそうだけど」
「まぁ、その可能性もあるがな」
そう言うと、タントの口角は少しだけ上がった。
日本では17年前を契機に全てのモンスターが『物理耐性』持ちになったが、海外では違うと聞いたことがある。
とはいえ海外のダンジョンに潜るのはその国に応じた許可証が必要だったりするので、タントのように仕事でなければ簡単には入手出来ないとも聞く。
「え、でもキルオ、お前の親父何歳だ?」
「ん? あーと、50ちょいだ」
「……男の人って年齢とか誕生日に頓着なさすぎるよね」
「ですよね。たぶん切原さん、私と付き合った記念日も覚えてないですよ」
「そんな日あったか!?」
あれ、着々と存在しない記念日作られてないか? 怖すぎるよ女子高生。
「50過ぎで特練員続けられんの、筋肉要らねえ逮捕術以外だとお前の親父くらいだぞ。だからキルオもまだ20年くらいは大丈夫だろ」
「あのゴリラと比べられてもなぁ……」
親父は脳みそまで筋肉で出来てる完全なゴリラだ。
俺はそうではないので、ゴリラ基準で考えられても困る。でも言われてみると爺ちゃんすら70近くても現役選手とスパーリングしてるし、そっちの遺伝子強かったら怖い。
「ハルちゃん、……体力ある男の人の相手は結構大変だよ」
「おい女子高生に変なこと教えるな」
「勉強になります……」
「なるな」
未亡人も変なこと言い出すし、よしこの流れは断ち切ろう。
「つーかエミ、俺8月だろうが平日は仕事あるから、そんな長いこと籠れないぞ?」
「あー、そのへんは大丈夫だ。気にすんな」
「いや気にするが? 地方公務員舐めんなよ?」
「違う違う。キルオ、お前有休ダダ余りだし休出多くて振休も残ってんだろ。上司の深見って人から9月くらいまで休めるって聞いてるぞ」
「いや公安怖すぎんか?」
普通に深見さんから話聞いてんの? でもあの人なら喜んで送り出しそうなんだよなぁ。
「ライカの方は公安じゃどうしようもなかったから、それはそっちで調整してくれ。最悪共同出演者の大麻所持とかで番組ごと潰すことも出来なくもないが」
「物騒すぎる!」
「それはしなくて良いかなぁ。どうしても外せない予定だけ聞いとくね」
「タントは……まぁ良いだろライツは休め」
「……俺の扱い、雑じゃないか?」
「しゃーねーだろ。ライツは実績ありすぎて公安から圧掛けれねーんだよ」
エミが溜息交じりにそう言った。
まぁ確かに、『ライツ・アクス』なんて日本に居るのがおかしいような組織だ。日本国籍のパスポートが世界でもトップクラスに優秀だからって所属してる海外の探索者も多いらしい。
「まぁハルの学校もあるし、8月中には終わらすぞ」
気の抜けた「おー」という皆の掛け声を最後に、今日の二次会はお開きとなった。
タントだけ自分の車で来ていたので代行を呼び、ライカとエミの二人は迎えの車が来る。
あっという間にハルと二人きりになってしまったので、片付けを終えるとさっとシャワーを浴びて布団に潜る。うとうとしたあたりでシャワーを終え髪を乾かしたハルが潜り込んで来たので、追い出す気力もなくそのまま眠ってしまった。
いつもより少しだけしっとしたハルは、朝まで離れることはなかった。




