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「人生一度の大博打』――アンド『金剛体』ッ!」
『金剛体』はタンクが使用するもので、敵の大技を受け止めたり、ピンチの時に時間稼ぎをするために使う。だが、タンクでもない俺が使用すると、どうなるか。
高速の縦拳がウーズの体表に突き刺さった瞬間、ウーズは全方位に伸ばした触手のような粘液で外敵の処理に動き出す。
だが、俺は防御などしない。避けもしない。拳、掌底、肘、肩、膝、脛、爪先――考えうる限り最速の連撃を、目の前のウーズに叩き込んでいく。
当然、『物理耐性』のあるモンスターを相手に、無敵になっただけで勝てるはずがない。HPの1も削れないであろう。だが、それで良いのだ。
『金剛体』のカウンターは、刻一刻と秒数を減らしていく。
そしてもう一つ。常に表示されているのは、連続クリティカルヒットを数え続けている、『度重なる幸運』のカウンター。そのカウンターの数字は、攻撃がウーズに命中するたび増え続ける。
「足りないか……ッ!」
流石に、7秒で目標の200ヒットまで到達するのは不可能だ。だが、それくらいは分かっていた。だから、気合で耐えて殴り続けるつもりでいた。
「カウント0! ハルッ! 投げて逃げろ!!」
『金剛体』のカウンターが、ついに0になる。その瞬間、これまで被弾を全て無視していたウーズの触手を、無敵でもなんでもない素手の肉体で受け止めることになる。
――ハルが召喚石を投げるまで何秒かかるか。触手を拳と膝で二度打ち払い、痛みに顔を顰めたその瞬間、石がウーズに直撃し破砕された。
石の破片は輝き、あらかじめ決められていた対象を召喚する――
「……はぁ!?」
「えっ、だ、誰ですか!?」
現れたのは、Tシャツに短パン――明らかに部屋着の大男。
男の身長は190センチ近く、体重は見た感じ120から130キロはあるだろうか。こんな体格の知り合いは総合格闘技の選手にも――
「って、タントぉ!?」
「――ッ! キルオか!? 何だこの状況は!?」
ウーズの粘液にめり込むように召喚されたのは、17年前まで一緒にパーティを組んでいたタント――丹東至という男の姿だった。
タントは一瞬にして思考を戦闘モードに切り替え、防具など装備していない状態にも関わらず伸びてきたウーズの触手をまとめて掴み、べちゃりと床に放り投げた。
粘液は飛び散るが、ほとんどは本体に回収される。ダメージは皆無であろう。
「は、はは」
思わず乾いた笑いが漏れる。タントほど耐久にステータスを振った壁ならば、己の身を守る鎧も盾も無しに、強靭な肉体だけでボスモンスターの攻撃を受け止めることが出来るのだ。
「どんな状況だ!?」
「ピンチ! 助けろ!!」
「あぁ分かった。――待ちわびたぞ!!」
「遅くなって悪かったな! ついでにお前の『金剛体』も借りるぞ!」
「おいそれタンクの生命線なんだが!?」
「『技能貸借』! タントの『金剛体』をキルオに!!」
「おいぃいいい!?!?」
叫びながらウーズの触手を掴んだタントだったが、『金剛体』の使用権限は俺の元へ届いた。これで二つ目の『金剛体』だ。これさえあれば――
「『金剛体』ッ!」
再び無敵モードに突入した俺は、タントの隣に立ち、再び最速の連撃を披露する。
――先程までより身体が軽い。どうしてだろう。
「は、は、は」
声にならない声が漏れる。全身を襲う高揚感を感じ、笑いながら連撃を繰り出ていく。
楽しい。その感覚は、随分久しぶりに感じる、生きるか死ぬかギリギリのラインを全力疾走するかのような疾走感で――
「あっと、20――」
『金剛体』の効果が切れる。しかしそれをじっと待っていたのか、ウーズが急に膨らんだ。
「まず――」
あと20発。だが次の行動は誰の目にも明らかだ。風船のように膨らんだものがどうなるかなんて、馬鹿でも分かる。
「タントッ!!」
叫んだ時には、タントは既にヘイト上昇スキルである『叫声』を無声使用していた。
――が、ウーズの体表面に変化はない。つまりこれは――
「ヘイト無視攻撃かッ!!」
膨らむだけ膨らんだウーズが破裂する――スローモーションで見える飛沫の一つ一つは、ゾーンに入った瞬間に感じる時間の加速。
駄目だ、避けられない。タントも回避を諦めて防御の構えに入ったが――
――瞬間、景色が変わった。
「で、『送還』ッ!!」
聞こえたのは、ハルの声だ。
戦闘が始まってからも動かなかったハルは、ウーズの攻撃対象として認識されていなかった。そして、スキル使用者が戦闘中でなければ、戦闘中の者も強制的に移動させることが出来る。
「ハル!?」
俺とタントの二人は、転移先――ハルの背からウーズの破裂を見た。
――一瞬、覚悟を決めた表情のハルの横顔が見えた。
「――タントォ!!」
「応ッ!!」
距離が稼げた。それだけで十分なのだ。
叫ぶと同時に、ハルの前に躍り出た。
破裂するウーズは10メートル前方。数センチの距離で破裂されたらどうしようもなかったが、ここまで離れてしまえば――
「――――――ッ!!!」
最前面に出たタントが、全身を盾にするよう広げる。その少し後ろでハルを正面から抱き締めた俺は、首だけ回しウーズを視界に納める。
――耳をつんざく轟音と共に、ウーズが破裂した。
しかし、指向性はないただの全方位の爆発だ。距離が離れれば離れるほど、威力は落ちる。
直撃を受けたタントほどではないが、俺もハルを庇って全身あちこちに溶解液を受けた。
だが、軽傷だ。距離が離れていなかったら、恐らく直撃を受けて死んでいたことだろう。
「任せる!!」
タントにハルを押し付け、一人で駆け出した。――もう、一人で充分だ。
今度は明確な時間制限がない。だが、『金剛体』による無敵効果もない。故に拳を開き少しでも接触面を減らすため貫き手を作り、血の滲む指先に力を込め、駆ける。
破裂したことで面積を半分ほどまで減らしたウーズの肉体に、刺して、抜いて、刺して、抜いて、刺して、抜いて――
瞬間的な20連打により『度重なる幸運』のカウンターが200まで進んだのを確認し、叫びながら体を動かす。
「度重なる幸運』――『人生一度の大博打』――ッ!!!!」
スキルを発動させながら、上半身を思い切り捩じり、反動を殺さず身体を宙に回す。
斜めに身体を倒しながら胴を一回転。
軸足を浮かせ、全身の全体重を乗せた踵をウーズに叩き込んだ。
「っらぁッ!!」
様々な格闘技で使われる、考えられる限り最強の蹴り技。
――その名も、胴回し回転蹴り。
踵がウーズに触れた瞬間、ウーズは水風船かのような爆音を鳴らし破裂する。
なんとか着地し、回転の勢いを殺すよう転がりながらもウーズの居たところを見る。
「……倒したか?」
「死亡フラグやめろ」
明らかにこの状況で言ってはいけない台詞を吐いたタントが近づいて手を伸ばしてくれたので、その手を取って立ち上がった。ウーズの気配は、もうどこにもない。
「ハル、助かった」
すぐ後ろに近づいてきていたハルが、泣きそうな目でこちらを見ている。あの時のハルの機転がなければ、タントはともかく俺は破裂に巻き込まれて死んでいたことだろう。
涙目のままハルが両手を広げてきたので、黙って近づいて抱き締めた。
ハルの体温を感じ、両手からだらだら流れる血を見ないようにし、しばらくそのままで居ると、気まずくなったのかタントが「えーと」と口を開いた。
「説明を――っておい待て、今の、階層主じゃなかったのか?」
「ん? 知らん」
「知らんって……なんでこんなところでボスと戦ってたんだ?」
ようやく落ち着きを取り戻したタントが、周囲に視線を向けて困惑した顔を見せる。
突然召喚されたタントは、どこでボスと戦っていたのかも分かっていなかったのだろう。
「一応聞いておくが、その娘は誰だ? 救助者か?」
「違う。最近パーティ組んでる子だ」
「…………何故だ」
「何故って?」
「俺が誘ってもダンジョンに戻らなかったお前が、どうして今更ダンジョンに潜ってるんだ? それも、明らかに女子高生みたいな子と一緒に……」
「あー、まぁそれは色々理由があって――」
何から説明すれば良いのか分からずハルから手を離して頭を掻くと、今度はハルから俺の身体に抱き着いてきて、宣言する。
「切原さんとお付き合いさせて頂いております、ハルと言います。よろしくお願いします」
「…………」
「……………………違う、違うぞ?」
「じゃあなんだキルオ。この子は親戚か何かか? ……距離感おかしくないか?」
「そういうのではないが……」
「切原さんは認めてくれませんが、同棲してます。裸も見られてます」
「…………通報すべきか? コイツに脅されたりしてないか?」
「やめろ馬鹿。ハルもタントをおちょくるのをやめてくれ。こいつ言われたことは何でも信じるタイプなんだ」
「じゃあ尚更じゃないですか! 私嘘ついてませんよ!? 裸見られたし同棲してるし!」
「それはそうだが……いや違う、付き合ってるってとこだ。一番最初がおかしい」
「そこはもう、なぁなぁで誤魔化しません?」
「なぁなぁで誤魔化すな……」
タントの表情がどんどん険しくなっていく。そういえばこいつ結婚して子供も居るんだよな。子供いくつだったか、もうじき10歳になるとかライカが言ってなかったか?
あー、うん。そうなるとタントにとって俺、かなり危険人物に見えるな。うん、それは間違いないんだが、これにはやんごとなき理由があってだな。
「……娘には手を出すなよ」
「出さねえよ!?」
「出させませんよ!」
「…………そうか」
どこか諦めた様子で大きな溜息を吐いたタントが、ふと地面を見下ろした。
「……ところで、揺れてないか?」
「ん? あー、確かに揺れてる気が……ってうおぉぉおお!?」
最初は線路の横に立っている時くらいのカタカタとした揺れだったのに、いつの間にかその揺れは巨大地震ほどに大きくなっていく。
ハルが立っているのもやっとの揺れとなってきたので、諦めてハルを抱き締め返す。
「あ、ありがとうございます」
「たぶんこれ、ダンジョン閉鎖だな。壁に触れてると巻き込まれて死ぬって噂がある」
「何度か巻き込まれたが、自動で外に排出されるだけだったぞ」
「…………」
「離したら怒りますよ」
「はい……」
ハルも全力でしがみついてくるので、もうしばらくこのままで良いかとハルの背中に回した手に力を込め、しばらく揺れを耐えていると、揺れは次第に収まってくる。
ずずずと壁が地面に飲み込まれていくと、そこには巨大な空間が広がっていた。
「あー、やっぱり閉鎖だったか。100人くらいか?」
最深部ボスモンスターを討伐し完全攻略されると、ダンジョンは数分後に閉鎖される。
ダンジョン内に居た探索者は出口が一つしかない大部屋に集められ、モンスターは湧かなくなり素材の採取は出来なくなる。それがダンジョン閉鎖だ。
「……見たところ、困惑してる奴らしか居ないな」
タントが周囲を見渡した。確かに、ボス討伐後は普通ならば勝鬨を上げるパーティが居るものなのだ。
だが、今この場に居るのは全員困惑した顔の探索者たちである。
「ここは3年前に攻略されたばっかだからな。ってことはつまり――」
「さっきのウーズか?」
「かなぁ……」
先程倒した徘徊ボスのウーズ。あれが階層ボスじゃなくて最深部ボスの徘徊個体だとしたら。
ウーズは各種耐性スキルによって総合耐久値を上げるタイプなのでHPは低い。それ故、『度重なる幸運』による耐性無視攻撃一発でボスを討伐することが出来たのだろう。
「『ワンターンキルオ』の火力は健在、か……」
「その呼び名やめてくれ。恥ずかしいんだよ」
タントが「そうだったのか?」と首を傾げる。
『ワンターンキルオ』とは、昔掲示板でつけられたあだ名だ。当時は動画配信なんてものはなかったが、俺が戦う姿を見た他の探索者が掲示板でそう呼んだのが始まりである。
当時は攻撃力を上げるためには攻撃ステータスを伸ばすことを推奨されていたため、幸運補正を活かしたクリティカルヒットに依存していた俺が、無駄に目立ってしまったのだ。
一時期その呼び名が定着したが、結局その後すぐ引退したのでそれから先のことは知らない。怖くて引退後に一度も検索とかしてないし。
「色々聞きたいことはあるんだが……こんな時間か」
「あー、もう0時過ぎてんのか。突然呼び出して悪かったな」
「……そうだな」
召喚石は、相手の都合を全く考えず強制召喚するアイテムだ。
仮に呼び出せるような状況じゃなかったらどうなったのだろう。トイレとか風呂とか。そういえば全く考慮していなかったなと気付いたが、ハルに汚いものを見せずに済んだのでまぁ良しとしよう。
「ハル、そろそろ離れてくれない?」
「……もう揺れません?」
「揺れない揺れない。もう帰るだけだから」
ハルは少しだけ名残惜しそうに頭をぐりぐりと押し付けた後、ようやく背中に回していた腕を離してくれた。
「また今度、暇なときに教えてくれ」
「あぁ。どっかで会うかもしれないしな」
3人で揃ってダンジョンを出ると、そこにはカメラを持った人や放送用の車が集まっていた。
ダンジョン完全攻略は外からも観測出来るので、いち早く情報を得た報道陣が深夜にも関わらず集まったのだろう。
「タント、任せた」
「……おい」
「ハル、逃げるぞ」
「は、はいっ!」
タントを報道陣に突き出すと、ハルの手を引いて反対方向に向かって走り出した。
カメラマンやリポーターは、俺とハルでなくタントにカメラやマイクを向ける。
17年間ずっと最前線で戦い続けてきたタントはテレビクルーに顔を覚えられており、ダンジョンに詳しい者なら一度は見たことのあるPMC、『ライツ・アクス』の副団長でもある。
どこの誰かも分からん部屋着の男でなく、有名人であるタントに狙いを定めたのも当然だ。
ハルと車に入り、報道陣が誰も追って来てないことを確認し、二人して大きく笑った。
「あー、なんとかなったなー」
ネットが繋がるようになったスマホを見ると、救助対象だったスガヤ君から「出られました!」とメッセージが届いていた。
よかったよかった。同じフロアに足を踏み入れた俺とハルがウーズの標的になったことで、彼が『送還』を使えるようになったのだろう。
「切原さん、ほんと強かったんですね……」
「いやー、今回は相性良かっただけだぞ。バフ無しだと一発で倒せることはそうそうないし。それにハルの機転がなきゃ本当にヤバかった」
「切原さんなら案外普通に避けちゃうかもとは思ったんですが、『送還』が使えるようになってたから準備してたんですよ。タイミング合って良かったです」
あっさり言ってのけるハルに、少しだけ驚いた。
てっきり「命助けたんだから」くらい言ってまた脅迫まがいの要求をしてくると思っていたのだ。
「ちなみにカッコいいとこ見れたので私の親愛度、超上がってます。今なら告白するだけで落ちますよ」
「それは元からだろ」
「あ、バレました?」
「……それに、タントが居なかったら倒せなかった」
「ホントですか? だって切原さん、召喚石から何が出ようがあのまま戦うつもりでしたよね? まさか負けるつもりで戦おうとしてたわけじゃないですよね」
「…………まぁ、倒すつもりではあったが」
タントから借りた『金剛体』無しでも、俺の身体さえ持てば先程と同じように『度重なる幸運』の耐性無視攻撃でボスを倒すことは出来ただろう。
最後の20連撃の影響で今でも手が焼け爛れたように痛いが、後遺症が残ったり病院に駆け込むほどでもない。冷やしておけば治るくらいだ。このくらいの怪我、昔なら日常だった。
「じゃあ、やっぱり切原さんが私を助けてくれた結果は変わりませんでしたよ」
「……そうか」
「そうです。キスしても良いですか?」
「駄目だ」
ハルがナチュラルに後部座席から身を乗り出してきたので、頭を掴んで座席に戻す。「あうぅ」と声が漏れるが、気にしない。
「……帰るぞ」
「はぁい。良い食後の運動になりましたね」
「だいぶハードだったけどな」
そう言って、笑いながら帰路につく。
さて、帰って寝るかと思っていたが、困ったことになった。
それは、俺の家の前に見慣れない白いセダンが停まっていることだ。




