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「……なんか変だな」
「変、ですか?」
「この時間なのにモンスターが全然出てこない」
「えっと、時間とかあるんですか?」
ダンジョンに到着した時には、時刻は23時を回っていた。こんな時間に救助したところで組合の人間じゃないから深夜残業代とかは出ない。無給の休日労働だ。
「あぁ。リポップのタイミング的に、大体の探索者が帰って1,2時間経ったくらいのこの時間はモンスターがワンサカ居るもんなんだ。だけど、ここまで遭遇3回か」
目的地である川崎ダンジョン地下2階に辿り着いたが、逆さの円錐状になっている川崎ダンジョンの構造だと、上層階である地下2階はかなり広い。
探索能力の低い俺が見つけるのは時間がかかるかもしれないと踏んだが、それにしてもモンスターと遭遇しない。
「その場合はどんな状況が考えられるんでしょう?」
「まぁ一番多いのは誰か通った後ってケースだな。夜型のパーティが偶然俺達のすぐ前に入ってたとか、昼間の俺達みたく上級者が初心者のパワーレベリングしてるケースもある」
「じゃあ、悪い状況だと?」
「……それなら二つ。名前有りモンスターが湧いて周辺モンスターの沸き位置がズレてるケース。あとは滅多にない最悪のケースは、徘徊ボスが湧いてることだ」
「ロイター、ですか?」
「あぁ、徘徊って書いてロイター。その名の通り、階層無視して徘徊するボスだな」
「そんなの居るんですか!? 初心者殺しじゃないですか!」
驚きのあまり懐中電灯を落としたハルの声が、ダンジョン内に響き渡る。
ただの低レベルモンスターに襲われても反撃が出来なかったハルは、相手の攻撃力が低かったから自分が死ぬ前に助けられたことを理解しているのだ。
しかし、それがボスともなると話は変わる。ダンジョンによっては毎階層ボス部屋があるところもあるが、ここ川崎ダンジョンだと、最初のボス部屋は地下6階だ。
「俺の記憶では、川崎ダンジョンで徘徊ボスが確認されたのは17年前の1回だけだ」
「17……? あれ、それって」
「あぁ、倒したのは俺達のパーティだ。そっからは一度も聞いてないから、確率としては相当低いはずだ。ただもし徘徊ボスだった場合、……今すぐ帰るぞ」
「でも、この階層のどこかに救助者が居るんですよね? 置いてくんですか?」
「俺は、一度だけ役所で会って説明しただけの高校生より、ハルの方が大事だ」
「えっちょっと待ってくださいいきなり告白やめてください。もうちょっとムードを――」
「……いやそういう話じゃない。最善を取るだけだ。俺とハル二人が死ぬのと、もしかしたら一人が死ぬかもしれない状況。どっちを選ぶべきかは分かるだろう?」
俺達が徘徊ボスを倒したのは、今から17年前、高校3年の11月。
あの時は、突然現れたのではなく、既に徘徊ボスの報告が上がっていたのだ。意気揚々と準備をして挑んだあの時と、今は違う。
「俺のレベルは、攻略当時から上がってないんだ。もし同等の徘徊ボスが湧いてるとしたら、戦闘になるとかなりキツ――――ハル! 今すぐ『送還』ッ!!」
視界の端に動くものが見えた。たったそれだけだ。
しかし、その一瞬で感じた悪寒は、生半可なものではなかった。――それはまさに、死の気配とも言えるもの。
「えっ、は、はい!! ……つ、使えません!」
「とっくに認識されてわけか……ッあぁクソ! ハル、絶対離れるなよ!?」
「は、はい!!」
ハルを背にし、何かの見えた通路の先に向け半身で構える。
だが、ここに至るまでモンスターとの接敵が少なすぎたため、累積火力上昇スキルである『唯一無二の一撃』が上限値まで届いていない。
更にはヒット数に応じて幸運値上昇など複数の効果がある『度重なる幸運』のヒット数すら稼げていないので、この状況で戦えるボスは浅い階層に居るレベルの低いボスだけだ。
徘徊ボスのレベルは階層ボスと比べても高く、そのダンジョンの最深部に居るボスと同等のレベルになることが多い。
その場合討伐難易度は跳ね上がり、最深部まで攻略出来る上級者パーティすら苦戦するほどの強敵となる。
「……来ないな」
「私には何も見えませんけど、ライト当てて大丈夫ですか?」
「…………あぁ、ゆっくりな」
ハルが手にしているのは、探索者御用達の軍用ライトだ。光度の調整が細かく行えて、充電式で持ちが良い。更には最悪鈍器にすることも出来、昔から探索者が愛用しているメーカーの主力商品である。
10メートルほどの距離まで灯せるよう調整されたライトを少しずつ壁際から動かしていくと、それが照らされる。
「…………あっ不味いわ」
「あれ、なんですか? スライム……?」
「ウーズだ。……いや、マジでヤバい。逃げれるか……?」
「なんか、明らかに打撃効かなそうなフォルムしてますよね……」
通路を埋め尽くす液体。それに打撃が効かないであろうことは、誰の目にも明らかだった。
ウーズ――つまり粘液である。液状ではあるがある程度固形を保つスライム属と違い、ウーズは完全に粘液で出来ており、その形に規則性はない。あまり出現するダンジョンが多いモンスターではないが、相応の対策が必要とされている。
「ハル、一歩ずつ、ゆっくり後ろに下がって」
「は、はい……」
視界にハルとウーズ両方が入るよう少しずつ、少しずつ後退していくが、ウーズとの距離感が変わっていない。つまり、逃げたら逃げたぶんだけ追いかけてくるということだ。
「じゃあ次、ちょっと前出るから着いてきて」
「はい……」
距離感が変わっていないことは、ハルにも分かったのだろう。今度は前に出ている俺から一歩、二歩と進むが、ウーズとの距離は狭まっている。
「離れると追ってくるが、近づくと逃げないか。んー、考えられる限り最悪だな」
「えっと、どうしましょう。救助要請……出しますか?」
「あぁ。俺のアカウントで出した方が良いから、ちょっと代わりに打ってくれ」
スマホをハルに手渡し、代わりにライトを受け取ってウーズの様子を伺う。どくんどくんと脈打つウーズの中で、他のモンスターが溶けかけているのが分かった。
ハルに文言を伝えようとした瞬間、ウーズが動いた。
「――ッハル!!」
「え」
触手のように伸ばされた液体が、一目散にハルに向かう。
0からの超加速、その速度はボクサーのジャブほどに速い。スマホに意識が行っていたハルに避けられるものでなく――
「『邪視』――あぁ使っちまった!!」
そのくらいの速度を見慣れている俺は、反応出来た。
液体の成分が分からない以上素手で触れるかは分からないため、『邪視』によってウーズの性質を無効化し拳で打ち払う。
「あっつ! 溶解液タイプか!?」
「き、切原さん、手! 大丈夫なんですか!?」
「大丈夫、まだ熱いくらいだ」
一発打ち払っただけで赤く染まった手の甲からは、うっすら血が滲んでいる。
次の行動に対応出来るようハルを隠すよう立ち位置を変えたが、その間に『邪視』の効果は切れウーズは『邪視耐性』状態となる。
物理耐性どころか物理攻撃完全に無効化しそうなウーズに唯一通るスキルを、こんな序盤で使ってしまったのだ。だが、使わなければ間違いなくハルを守れなかった。今の選択は悪くなかったはずだ。
「えぇっと、『邪視』って一度使うと同じモンスターに使えなかったんじゃ……」
「……あぁ」
「ご、ごめんなさい。私がよそ見してたから……」
「ハルに頼んだのは俺だ。気にするな。スマホ付けた瞬間に動いてまた動き止めたから、特定の電波に反応して攻撃してくるってことか」
「じゃ、じゃあスマホ使わない方が良いですよね?」
「…………だな」
さて、どうするべきか。17年ぶりのピンチを潜り抜けるため、俺の頭は高速で回る。
――ピンチはピンチだ。だが、想像していた最悪のケースよりは随分とマシだ。
問題があるとしたら、ハルが居ることだが、それを問題でなく利点であると考えよう。
ハルの反応速度では、まず間違いなく回避出来ない。だがスキルの補助があれば別だ。
ダンジョンにおける回避補正は、本人の肉体や脳からの指令を無視して無理矢理肉体を動かす。慣れるまでは大変だが、ダンジョンで回避補正を活用している熟練の探索者は、回避機動の予備動作を把握し、それがあるときはそれに任せて避け、予備動作がないときは自分の意思で避けるという二択を常に選択し続けているらしい。
ハルもここ二日のパワーレベリングである程度回避に慣れてきたとはいえ、まだ受動回避と能動回避の使い分けには至っていない。ならば――
「『技能貸借』――『臆病』をモモチからハルに、『金剛体』をタントから回収」
「え? あれ? 何ですかこれ……?」
「他人にスキルの貸し借りが出来るスキルだ。これでハルの『臆病』は二つになった。乗算だから、回避率は75%まで上がる」
「……そんなスキル持ってたんですね」
「あぁ。……もう、あんまり使うつもりはなかったんだけどな」
同じスキルオーブを二つ以上使用すると、スキルレベルが2になるという仕様がある。重要スキルのスキルレベルは上げておくべきだが、スキルレベル1で5%上昇のものが、レベル2になると10%上昇になるなんてことはない。大体6%くらいだ。
しかし、『技能貸借』というスキルを使えば別だ。このスキルによって貸し借りされるスキルは、貸主からいつでも回収出来るというデメリットはあるが、実質、同種のスキルを二つ以上習得することが出来るのである。
「『臆病:キルオ』……こんな表記になると二つ使えるようになるんですね」
「あぁ。チートだろ?」
「……ですよね。でも私、こんなスキル見たことありませんよ?」
俺のスキルスロットには、元パーティメンバーから借りたスキルが、数多く残されていた。
ずっと探索者を続けているタントから借りていたスキルは、そのまま俺の手元に残されていた。まったくあいつ、黙って回収すれば良いものを。
「ドロップ報告、上げてないんだ。そのうち2個目が落ちて隠していようが情報が出回ると当時は思ってたんだが、結局20年で報告が1件も上がってないみたいでな」
「……キルオさんだけが持ってるってことですか?」
「その可能性はある」
「でも、どうして言わなかったんですか? こんな強いスキル――」
「……それ使えば、一つしか持てないスキルが二つ以上持てるようになるし、一つのスキルを二人以上で使えるようにもなる。それってつまり、このスキルを持ってる奴が一人居るだけで何人、何十人分の役割を持てるようになるってことなんだよな」
「…………」
「だからこのスキルは自分たちだけに使おうって、決めたんだ」
あの時、はじめてボスを倒し未確認のスキルオーブを手に入れて、5人で話し合った。
探索の常識そのものを崩壊させてしまうこのスキルの存在を、隠そうと決めたのだ。
「だからハルも、黙っててくれよな」
「……はい。でも良かったんですか? 昔の友達との、大事な約束だったんですよね」
「あぁ。もう良い。どうせ自己満足だったんだ」
ゆっくりと身体を動かす。準備運動はしてきたが、柔軟をするだけでは足りない。
近代シラットにおけるいくつかの流派を学んだ俺は、直接殴り合うフルコンタクトの試合用のシラットだけでなく、演武としてのシラットも学んでいる。
動きは緩慢で、しかし時として機敏に、型としての見栄えを重視された演武を、身体を温め精神集中のために使う。
「今回収した『金剛体』ってのは、7秒間無敵状態になるタンク用のスキルだ。その間に倒しきれなかったら、ハルが狙われるかもしれない。だからその時は、全力で逃げてくれ。足止めくらいはする」
「…………その、7秒で倒せなかったら、もう終わりなんですか?」
「いや、一応二つ目の作戦もあるにはあるんだが――」
「教えてください。それが私を逃がすための嘘だったら、切原さんを許せなくなるので」
「……悪い。じゃあこれ、持っててくれるか?」
インベントリから取り出したのは、ライカから預かっていたアイテムだ。
『召喚石』。これは特定のモンスターや探索者をその場に呼び寄せることが出来るアイテムであり、ドロップ報告が10年以上前に途切れた今、非常に希少価値の高いものだ。
ボスモンスターを階層跨いだ別のボスにぶつけたり、パーティの外に居るメンバーを呼び寄せたり、他には非常時の救援に使われたりしていた。探索者を召喚対象に登録する場合は本人の了承が必要なので、ある程度仲が良い相手でないと断られるが。
――だが、このアイテムの真骨頂はそこではない。
このアイテムは、召喚対象がダンジョンの外に居ようが使えるところにある。ダンジョンの入り口を通らずに、それどころか召喚対象とアイテム使用者どちらもがダンジョンに居なくても瞬間移動させることが出来てしまう。
それ故、日本国内での使用が固く禁じられており、ポータルサイトでは出品禁止になっている。仮に所持している者が居たとしても、直接交渉し手渡しするしかないのである。
「これ、『召喚石』ですよね」
「知ってたのか?」
「はい。ちょっと前に有名配信者が使ってるの見たことあります。翌日にはBANされてましたが。……使用禁止アイテムなんですよね?」
「そうだな」
「……良いんですか?」
「バレなきゃ大丈夫だ」
過去に何度か使ったことがある。流石にダンジョンの外で使うことはなかったが。
「……分かりました。えっと、これ割ると何か出てくるんですよね、何が出るんでしょう?」
「分からん」
「はい?」
「ライカから預かったんだ。自分が居ない時にどうしてもピンチになったら使えって」
「……ライカさんが出てきたりしません?」
「あー、可能性は……まぁ3%くらいかな。ライカの性格上、俺にこれ使わせるくらいピンチなら自分が行っても無駄だって考えるはずだ」
「……そんな気はしますね」
薄情な女なのだ。だが、そう考えるのも仕方ない。
ライカは純サポーターでありながら、サポーターが必ず持つような回復スキルを一つも持っていない。パーティメンバーへのバフスキルのみを習得している珍しいビルドなのである。
「正直、この状況でライカが出てきたら的が一つ増えるだけだ」
先程の攻撃が最速ならば、俺だけなら回避も防御も可能だ。ただし防御をしても重傷になる低耐久であることまで考慮すると、回避以外の選択肢はない。
しかし、前に出ている俺が回避すると、次はハルが狙われてしまう。なので、回避は基本的に選べない。
スキルで回避補正がかかっているハルはともかく、ライカは無理だ。運動神経が良い方でもないし、一発食らって一発KO――つまり即死だろう。
「ライカを信じて、それを使う。それが作戦の二つ目だな」
「切り札なら何が出るかも聞いておいて下さいよ……」
「……教えてくれなかったんだよ」
ライカの性格だと、どうだろう。滅茶苦茶巨大なボスを召喚することもあるかもしれない。
ウーズがこのフロアのモンスターを片っ端から共食いしてるところから見るに、他のボスと接敵すれば確実に戦闘になるはずだ。
ならばその隙に逃げることだって出来るだろう。
だから、ボス級のモンスターが出るならそれはそれで構わない。一番最悪なのはライカが出てくることで、それ以外のパターンならどれも俺達に有利に働く――はずだ。ライカがクソ高くてクソ珍しい持ってるだけで違法なアイテムをゴミにするような女じゃないことを信じよう。
「私、自慢じゃないですかソフトボール投げは10メートル飛ばないし何ならわけわからないとこ飛んできますよ」
「よーし、本当に自慢出来ないな。俺の背中にだけは当てないでくれ。質量あったら吹っ飛んでウーズに突き刺さることになる」
「が、がんばります!」
喋りながら演武を何セットか終わらせると、良い感じに身体が温まってきた。
ウーズの動きに対応出来るよう、一歩ずつ近づいていく。




