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「あの切原さん、私たまにはダンジョンの外で普通にデートしたいんですよね」
「どうした急に」
洗い物をしていると、ベッドで転がりながらスマホを弄っていたハルにそんな話を振られる。
「いえ、さっき買い物してて楽しいなーと思ったので」
「……オッサンと普通にデートとか言うなよ」
「えっ、やっぱり大人のデートって肉体関係ありきなんですか? それなら別に全然構わないどころかなんならウェルカムですけど……」
「俺が悪かった。高校生っぽいデートをしよう」
「高校生のデートって大抵夜はエッチしますよ」
なんだこの誘導尋問。どの選択肢選んでもバッドエンドまっしぐらじゃねえか。
「デートやめない?」
「やめません」
ハルはそういう時だけ強情だ。
スマホを置いてベッドを降り、とことこ近づいて来たと思ったら、後ろからいきなり抱き着いてきた。危ないからやめよう?
「デートしてくれないなら離しません」
「危ないから離れてくれ……」
「何なら市役所の待合スペースで仕事終わるのずっと待ってても良いんですよ?」
「ストーカー規制法って知ってるか?」
ハルが「ぶぅ」と唇を尖らせ離れてくれた。
が、すぐ後ろで冷蔵庫の中身をチェックし、どこか楽しそうに尻を振りながら言ってくる。
「切原さんだって、ダンジョンで育む友情以外にも、外で遊んだりして仲良くなった人居ませんでした?」
「…………んー?」
自分を例に出されたので考えてみたが、どうだろう。
まずダンジョン部を作ったのは、先生とタントの二人だ。正確には、ダンジョンに入りたかった先生が学校で一番ガタイの良かったタントを誘った、というのが正しいか。
その次にタントと中学体育の柔道で体育教師がドン引きするレベルのガチ試合をしたことがあった俺が誘われて、面白いこと始めた同級生が居るとの噂を聞きつけてライカがやってきて、ライカに釣られて気付いたらエミが混ざっていた。
ここまで全部が高校1年生の4月、パーティ結成の流れだ。
「……いや、どうだろ。ライカとエミはともかく、タントと外で会ったことなんて数えられるくらいしかないぞ」
「同性ならエミさんはどうなんですか?」
「学校で話す程度だな」
「……やっぱ切原さん、高校時代仙人だったりしませんでした? 友達居ないんですか?」
「違うと思うが……」
ライカやエミは交友関係が広く友人も多かったのでクラスが違っても喋ることはあったが、タントは違う。
誘われておいてなんだが、あいつにはずっと嫌われてた気がする。最後は喧嘩別れみたいになって、十数年一度も会ってないしな。
まぁテレビやネットで『ライツ・アクス』の活躍としてタントがまだ探索者を続けている姿を確認出来るので、卒業後しばらくしたら音信不通になったエミよりはマシかもしれないが。
「ボウリングくらい行ったことありますよね?」
「……ボウリング。玉投げてピンに当てるってことしか知らないぞ」
「流石に仙人が過ぎますって。なら、えっと、遊園地とか……」
「あー、ある、それはある」
結構覚えてる。スケジュールの関係上滞在時間は3時間くらいだったと思うが――
「修学旅行とか言いませんよね?」
「……修学旅行だ」
「そんな気はしました。じゃあカラオケはどうでしょう? ライカさん居たならよく行ったんじゃないですか?」
「あ、あるある。何度もある。なんかストレス発散に付き合うことあったぞ。6時間くらいライカが一人で歌ってるのを眺めてた」
「…………それカラオケじゃなくてコンサートですよ」
「…………」
やっぱりそうだったのか。カラオケって二人で行くと交互に歌ったりするらしい。
俺は電話帳みたいに分厚い本開いたライカに番号言われてリモコンで打ち込む係だったんだが。
「あと定番のデートスポットといえば、買い物とか映画館とか水族館とか……館系は無理ですね。切原さん、買い物する習慣あります?」
なんかすごい馬鹿にされた質問な気がするが、食材以外で最後に買ったものは何だろう。替えの下着とか靴下か?
「物持ちは良い方だ」
「いやそれは見れば分かります」
既にシャツもパンツもハルの手によって洗われた後だ。
畳んだこともなかった、それどころか洋服ダンスすらなかったこの家に畳んだ服の置き場などなく、いつの間にか余った段ボールで下着入れが作られていた。手先器用だな。
「でも、ここのテレビって映画とか見れるやつですよね」
「あー、そうだな。貰いもんだが、契約すれば見れるはずだ」
「映画とか見ないんですか?」
「昔、ブルースリーはよく見たんだが……」
「格闘もの以外で」
「…………」
いきなり詰むぞこれは。えっと、何か見たか? ここで「タイタニック」とか「となりのトトロ」みたいな無難な映画のタイトルを答えたいところだが、最後まで見た記憶はない。
「リ、リベリオンは見たぞ」
「なんですかそれ?」
ハルはそう言うと、速攻でスマホを開き検索している。
リベリオンはガン=カタと呼ばれる銃を用いた近接格闘術を主題にした映画だ。動きが真似出来そうだったので何度も見たのだが、ダンジョンには銃がないので諦めた。たぶんあったらやってた。
「ガンアクションは格闘ものに含めましょうか」
「…………」
「ないんですか……」
駄目だ。色々考えてみたが、それすら封じられると何も浮かばない。
「切原さんがダンジョンに出会わなかったら山籠もりとか道場破りが趣味になってそうで怖いんですけど……」
「失礼だな。山籠もりはしたことあるが、あれは趣味にするとただのアウトドアだぞ」
「あるんですか……」
明らかにドン引きした様子のハル。
いやな、山籠もりって修行のテンプレみたいなとこあるが、そのうち食料探しとか快適な環境づくりがメインになって肝心の修行が出来なくなるんだよ。食料寝具持参で始めるとただのキャンプになるし、それなら相手が居る道場に籠ってた方が効率が良い。精神修行とかする余裕はないのだ。
そんな話をしていると、ハルはベッドの上で開いたまま放置されていた俺のノートパソコンの前にちょこんと座って首を傾げていた。
「あれ? 切原さん、救助要請来てますよ」
「は? え、誰?」
「カンタニ……じゃなくてスガヤって読むんですかね、場所は川崎ダンジョンの地下2階、えぇっと……『帰ろうとしたのに『送還』が使えない。助けてほしい』だそうです」
「あー…………」
このタイプの救助要請は、実は結構よくあることだ。
緊急性は低く、偶然近くに組合員が居たら助けてくれるが、大体は放置される。まさにこれがハルを助ける前に組合の人間に言われた、『転んで救急車を呼ばれる』ケースである。
「『送還』使えないのは、近くにアクティブ状態の小型モンスターが居るからだな。そのうち巡回ルートから外れるか誰かに倒されるかで使えるようになると思う」
「スガヤさん時系列書いてますけど、2時間くらい使えないみたいですよ」
「……2時間? それはおかしいな」
戦闘中に使えない帰還用スキル『送還』は、使用者が戦闘中か判断するためにとあるアルゴリズムを設定されている。
近くにアクティブ状態の小型モンスターが居ると、戦闘中でない状態にも関わらず『送還』スキルが使えなくなることがあるのだ。
しかし、そのような状況ならば大抵10分から30分程度置くだけでモンスターが移動しスキルが使えるようになる。2時間もの間一度も使えないのは異常だ。
「メッセージ機能あるみたいですが、使ってみますか?」
「あー、それダンジョンの中だと受信出来ないんだよ」
「…………ゴミ仕様ですね」
「お偉いさんに言われてエンジニアが作っても、ダンジョンにはほとんど電波が飛んでないから使えないって欠陥構造なんだ……。公務員、そういうの多いんだぞ……」
「公務員の愚痴はおいといて、どうするんですか?」
「あー、ぶっちゃけそういうのは放置してる。ハルと違って2時間無事ってことは安全地帯に居るんだろうし、ほっとけばそのうち帰れるようになるはずだからな」
「でも心配じゃないですか?」
「いや、心配は心配だが――」
時計を見ると、時刻は22時を回っている。今から外に出ると、帰るのは0時過ぎになる。明日からしばらく休みはないし、寝ておきたいところではあるが――
「ただ、そうだな。もしものことがあるかもだし行ってくるよ」
一度組合に見捨てられるところだったハルが居る。彼女の前で放置は教育に良くない。
「私も行きます」
「いや流石にハルは――」
ミイラ取りがミイラになりかねないと止めようとしたが、「でも」とハルが反論する。
「地下2階ですよね? 私、昨日今日と地下7階まで連れてかれたんですけど?」
「…………それもそうだな」
ハルは、パワーレベリングたった二日目とは思えない動きが出来るようになっている。
急激に上がったレベルに付いていける身体センスもそうだし、金に糸目をつけず購入されたスキルや防具、ライカのバフの効果もある。
だが、結局はモンスターの手が届くようなところで動き続けなければならない回避タンクの役割が、ハルの性格に合っていたのが大きいだろう。
「地下2階くらいならたぶん一人で逃げ続けること出来ますし、最悪『送還』もあるので私一人でも帰れますし、要救助者見つけたら切原さん置いて帰ることも出来ます」
「……それは、そうなんだが」
だが、それでもハルは少し前まで要救助者側だったのだ。
レベルが上がって度胸も付いてそれなりに動けるようになったが、それはあくまで『逃げること、避けること』に重点を置いて育成してきたからだ。
武器を持っていないから戦う術はないし、ダンジョン知識も乏しい。ふつうは少しずつ知って少しずつ強くなるのに、強くなることだけを優先してしまった弊害だ。
悩みながらノートパソコンを確認すると、確かにハルの言われた通りのことが書かれている。状況はあまり悪いとは言えないが、それでももしもがある。
「…………切原さん」
ベッドに座っていたハルが突然俺を押し倒そうとしてきたが――体重差もあって全然動かなかった。なんか目の前から抱き着かれただけみたいになったぞ。
「私、この人と同じような状況になったから分かります。……本当に怖かったんですよ、あの時。誰も助けに来てくれないんじゃないかって、何度も泣いちゃいました」
「…………あぁ分かったよ。行く。ハルも付いてきてくれ」
「はいっ!!」
満面の笑顔になったハルが突然唇を近づけてきたので――慌てて回避した。あぶねえ。条例に引っかかるところだった。
「準備すぐ出来るか?」
「私は車の中でも着替えれるので、いつでも大丈夫ですよ」
「……分かった。じゃあとっとと行ってとっとと救助して、帰って寝るぞ」
「はい! ベッドの中までお供します!」
「しなくてよろしい」
嬉しそうなハルは、防具一式が入ったカバンを背負う。装備はインベントリに入れる者も多いが、中に入ってから着替えるより移動中に着替えた方が効率的なのは間違いない。
俺は部屋着だが、ハルと違って道着を着たところで防御が上がるわけでもないので、そのままで良いか。
――深夜に差し掛かる22時、突然のダンジョン攻略が始まろうとしている。




