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「ハルちゃん、結構避けれるようになってきたんじゃない?」
「こ、これだけ攻撃されてれば、流石に……」
ライカはどれだけ支援スキルを持っているのか、バフだけでなく私に障壁を張ってくれていた。
それによって被弾を無効化出来るらしく、最悪攻撃を食らっても致命傷にならないで済むが、小さな攻撃でも障壁越しに食らうと結構痛い。
練習になるからと、キルオも私が引き付けたモンスターをあえて数体残すように立ち回っていたからちょっと嫌いになりそう。いやごめん嘘、好き。めっちゃ好き。ピンチの時に助けてくれるの超かっこいいの。ピンチを作られてるのも分かってるんだけどね。
「回避に関しては慣れるしかないからなぁ……」
「そうねぇ、死なないくらいのダメージのうちに避けれるようになっておかないと、いざ死ぬ時本当に死んじゃうからね」
「昔の探索者、軽率に死を語りすぎなんですけど……?」
「だって、ねぇ?」
「なぁ?」
キルオと話すようになってから、彼らが現役だった時代のことは調べた。
当時動画サイトはなかったし使われていた掲示板も跡地のようになっていたから情報収集はニュースやブログが主だったが、未成年の死亡率が一時とんでもないことになっていたことがどんな媒体にも書かれていた。
それは探索者登録が15歳から出来るようになって数年間の話で、『帰還』スキルが発見されるまで、未成年の死亡率が例年より2桁は高かったらしい。
それが15歳から19歳までのたった4年分のカウントでそうだったので、体感では更に多く感じたことだろう。
「夏休み明けてみたら、クラスメイトが3人くらい減ってたりしたわよね」
「あー、そんなこともあったなぁ。部員全員でダンジョン潜ってた剣道部なんて最初は30人くらい居たのに、いつの間にか数人になってたりな」
「……20年前、治安悪すぎるんですけど。それ発展途上国とかの話じゃないんですよね?」
「日本の話なんだこれが」
「あれでよく世論がダンジョン閉鎖にならなかったわよねぇ……」
「まぁ、若者がいくら死のうがそれより異世界の資源が欲しかったんだろうな」
「そういえば、当時結構話題になってなかった? 無限にガソリンが湧く泉とか、ガスが出続ける洞窟とか」
「あったなぁ……」
私は生まれた時からダンジョンがあって当たり前だったが、彼らの世代にとっては違う。なんとダンジョンが見つかるまで、日本は燃料資源を輸入に頼っていたらしい。
今ではダンジョンから取れる様々な天然資源のお陰でこの国は随分と裕福になり、資源輸入大国の名を返上することになったと歴史の授業で習ったっけ。
「あんな中で私達は最後まで一人も欠けずに探索出来たし、良い線行ってたんじゃない?」
「いや欠けたが?」
「同級生での話よ。先生は……まぁ1月くらいまでは持ったんだし」
「あと2か月で卒業だったんだけどなぁ……」
キルオが俯いてそう言うと、ライカはすかさず背中を思い切り叩いた。
「はいシャキっとする! 女の子にそんなしょげた姿見せない!」
「うっす。悪いなハル」
「い、いえいえいえ!」
やっぱ十数年の付き合いがあるって強いなと割り込む隙を見計らっていたが、話を振ってくれたのですかさず腕にしがみつく。元気出してーと気持ちを込めて。
「……離れてくれ」
「元気になるまで嫌です」
「なった。なったから」
「下半身が?」
「ライカは下ネタ振るのやめろ」
「あはははは!」
爆笑するライカは、ハルに倣ってもう片方の腕にしがみついた。すぐに振り払われたが、ハルはそのままである。
「いやだってまだ童貞だって思わないでしょ流石にさ。あなた今何歳よ?」
「35だが?」
「魔法使えるようになった?」
「ならないが?」
テレビで見るRIKKA様とは全く違った探索者ライカの様子は、人によっては幻滅してしまうかもしれない。
けれど私は、仲の良い旧友にだけ見せるその姿のお陰で、もっとRIKKA様が好きになれそうだ。お母さんくらい歳離れてるけど、お姉さんみたいな感じがする。
「え? 童貞なんですか?」
思わず聞き逃すところだったので追及する。じっと下半身に目を向けたが、勃起しているかまでは分からなかった。
「…………ノーコメントで」
「それ同意と一緒よ」
思わず、顔がニヤけてしまった。「ふふ」と声が漏れ、キルオから嫌そうな目で見られるが気にしない。まさかこの歳の男性が初物とは、私は本当に運が良い。彼女居なくても風俗とかそのへんの女の人と経験ありそうなものなのに。
あと別に、キルオは本人が言うほど冴えないオッサンには見えない。硬派なのは分かるんだけど、不潔ではないし、異性に嫌われるような性格にも思えない。
ただ嫌われないと好かれやすいは別で、たぶん昔からこんな人だったんなら好かれやすくはなさそうだが、からかいがいがありそうだと直感的に思ったのは、RIKKA様の様子からしてたぶん間違いではない。
「なんか扱い違くなーい?」
「人妻と女子高生が同じ扱いされるとでも?」
「わっ、ひっど。未亡人差別だ」
「区別だろこれは流石に……」
1分ほど攻防が続いたが、腕狙いに飽きたのかライカは壁際にもたれた。
ステータスでも見ていたのか指が虚空を泳いだ後、「そういえば」と口を開く。
「ハルちゃん、レベルいくつになった?」
「えっと……26です。26っ!?」
キルオにしがみついたままステータスチェックを行って、驚きのあまり腕を離してしまった。その隙にするりと抜けていくので、諦めてステータスを眺める。
確かレベル20まで、動画で見た最効率レベリングでも1週間くらいはかかったはず。開始からまだ6時間ほどしか経っていないので、このペースは明らかに異常だ。
「あ、思ったより早く終わりそうね」
「え、いえ、26って、もうそんな上がるんですか? そんなもんなんですか?」
「そんなもんかなー。レベル差ありすぎると経験値減衰されるんだけど、キルオ君がワンパン出来る範囲ってかなり広いから調整してたの。昔取った杵柄だけど、案外調整出来るもんね。キルオ君、パワーレベリング仕事にしたら? 市役所より稼げるでしょ」
「……いや、そりゃ市役所職員より稼げる仕事は腐るほどあるだろうが」
「やりたくないの?」
「自営業は安定しないだろ」
小さく呟くキルオの視線が一瞬こちらに向いたのを見逃す私ではなかった。
もう頬が超緩んじゃう。お母さんが地方公務員推してたの覚えてたんだ。好き。超好き。
「でもそこの子は自営業でも何なら無職でも養ってくれそうな顔してるよ?」
「はい! 養います!」
「流石に恥ずかしいから働くよ……」
RIKKA様――ライカと話す時、明らかに切原さんはキルオになる。
私ではそうならないので、これはやはり長年の付き合いの賜物だ。だがそれでも、その間に私が入ることで少しだけいつもと違う姿を堪能出来る。役得だ。
「私とかキルオ君って安全マージン取っ払ってるから、たぶん今の探索者とはステータスもスキル構成も全然違うのよね」
「安全……でもあの、『帰還』あったら逃げられるから、上の方の人も耐久にはあまり振ってないって聞きますけど、違うんですか?」
「んー、でもさ、例えば『逃げなきゃ』ってどんなタイミングで考えるか分かる?」
「……負けてる時? あれ、負けそうな時?」
「でもそれって、実際戦ってみないと分かんないでしょ? ほら、相手がキルオ君みたいにワンパンしてくるようなモンスターだったら、いつ『逃げなきゃ』って考えるかな?」
「……今まさに死にそうな時とか、ですか?」
「そういうこと。だから今の探索者って、最低限一発食らった瞬間に死ぬようなビルドにはしないはずなのよね。だって、生きてさえいれば帰れるんだから」
口をはさむタイミングを見計らっていたか、キルオは「ああ」と口を開く。
「帰れるからこそ先を見ようとする、ってのが正しいかな。たぶんハルの認識通り、耐久ステータスに振らない人は今でも居ると思う。けど俺とかライカみたいに、適正以下の雑魚モンスターの弱攻撃一発食らっただけで死ぬようなビルドには出来ないんだよ」
「えっと、防具とかスキルで誤魔化してるってことですか?」
「そういうことだ。ただそうすると、どうしても妥協ラインが生まれる」
「理想の中に『生きて帰る』って選択肢が生まれちゃうのよね。けどあたし達の世代って、皆『このままずっと探索してたら死ぬだろうな』って感覚があったの。実際、先生は死んだ。3年間しかなかったから一人で済んだけど、5年やったらもう一人、10年やったら誰も残らなかったかもしれない。でもあたし達は、そういうものだと思ってた」
その感覚は、きっと私には一生理解出来ない。
死ぬかもしれないと知っていたら、私は最初からダンジョンに潜ろうと思わなかったはずだ。死なないはずだと、心のどこかでそう考えていたから、小心者の私みたいな人間が探索者になろうと思えたのだ。
姉を見つけたいというのは、本気だ。だけど、自分の命を落として姉を見つけられない――なんて状況になるのは考えていなかった。
姉を見つけられないか、見つけられるかのどちらかしか考えていなかった。はじめから、自分の死を勘定に入れていなかったのだ。
だからはじめての探索で死にそうになった時、私は理解出来なかった。
キルオに助けられた時も、「死なずに済んだ」ではなく、「死ななかった」と思ったのだ。
結局、あと数分で窒息死するような状況になって尚、私は死を間近に見れなかった。きっと、心のどこかで死なないと思っていたからなのだ。
けれど、キルオ達は違う。周りがみんな死んでいって、自分もそのうち死ぬのだと思ってダンジョンに潜っていた。
――あぁ、勝てないわけだ。
「でも、ハルちゃんが考えすぎることはないよ。だってハルちゃん、たとえば日本が戦争に負けた歴史は知ってるけど、ちょっと調べたらそりゃ負けるわって思ったことない?」
「……あります」
「でしょー? 後から見たらそんなもんなの。でも当時を生きてた人は、まさか負けるなんて考えてなかったんだろうね。自分たちが本気なら絶対勝てると思ってたのよ」
「……当時はそれが当たり前だったから、ってことですか?」
キルオやライカがおかしいのではなく、昔は皆がそう考えていたのだとしたら。
「うん。ダンジョンの魔力に憑りつかれた私達は、遅かれ早かれみんな死ぬものだと分かってた。それでもダンジョンに潜ってたんだ。キルオ君だってそうでしょ?」
「まー、そうだったんだろうなぁ」
「でも先生が死んで、部活が無期限休止になって、あぁやっぱり本当に死ぬんだなぁって熱狂から冷めちゃったの。んー、だからたぶん先生は、最後に私達のことを見てたんだよ。この命でお前らは抜け出せよーって、いつもの顔でさ」
「……そうかぁ?」
「そうよ。死人に口なし。私達が勝手にそう決めてそう思えば良いの。はい暗い話おしまい! 二人の人生設計でも聞かせてくれる?」
「は、はい! まず私は子供は3人欲しくて――」
「その話今する!? 休憩終わったんならとっとと先行かね!?」
「……それもそうね」
「……はぁい」
時計を見ると、休憩をはじめてもう30分も経っていた。流石に雑談が長すぎだ。いくらペースが速かろうが、このままじゃ今日中に帰れるかも分からない。
立ち上がり、再び攻略を開始した。
まぁ驚くことに私達が背を預けていたのはボス部屋の扉で、巨大なトロールのようなボスまでキルオがワンパンしたことだったが――
ボスを倒し階層を降り、再びキルオのワンパンロードが始まる。私は逃げ回っているだけだったが、なんとなく避け勘のようなものが掴めて来たような気がする。
こうしたら避けれるだろうなとか、こうしたら食らわないだろうなってのが分かってきたのだ。
それを二人に話すと「そういうもの」と言われたので、遅かれ早かれ探索者は皆身に着ける能力かもしれない。
だけど私にとっては、まるで未来が見えてるかのような感覚だった。自分の身体が自分の意思とは違って動くとか、そんな異能の類である。
そこからも数度休憩を挟みながらも2時間ほど狩りを続け、ようやく私のレベルが30に到達したところで本日のレベリングは終了となったのだった。




