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(うわ、ちょっと、ズルでしょ……)


 両手で顔を覆いたいほどニヤけているのを自覚して、見られないようキルオから顔を背ける遥。

 恐らく視線に気付いているであろうライカはニヤニヤとしながら後ろを歩いてくる。


(何あの技? かっこよすぎない……? 私、枯れ専じゃなかったのになぁ……)


 ゴブリンに後ろ回し蹴りをしたキルオの蹴り足が下りる寸前に跳ね上がり、遥に突っ込んできた2メートルほどの巨体――オークに上段蹴りをかまして一撃で粉砕していく。


 ダンジョン探索は、まずはレベリングかららしい。

 普通は順当にレベルを上げていくが、遥の場合は二人とレベルが離れすぎているので、まずは遥のレベルを上げることを優先し、比較的レベルが高めのダンジョンを探索中だ。

 遥のレベルだと一発でも食らえば致命傷になるかもしれないが、ライカによる回避バフと防御バフもあり、今のところ一発も被弾するような状況にはなっていない。


 遥は戦闘が始まるとキルオから少し離れたところに位置を変え、動きの邪魔にならないようにしつつも『隠密』を解除し、ヘイト上昇スキル『叫声』でモンスターのターゲットを取る。

 標的が自分でない方が攻撃がしやすいらしく、それをキルオが一発で仕留めていくスタイルだ。ライカ曰く、昔からそうやっていたパーティらしい。


「屈んで!」

「はわっ!」


 ブゥンと音がし慌てて屈むと、通路の先から数体の蜂型モンスターが飛んできた。

 蜂といっても子供の頭くらいの大きさはある化け物蜂で、それをキルオは全て見えているかのように拳や足で打ち払っていく。

 今なんて、明らかに真後ろから飛んできた蜂に裏拳をかましていた。なんで? 後ろも見えてるの?


(しゅき…………)


 最初は、本当に吊り橋効果だったのかもしれない。

 だけどキルオが好意を向けるのに適した人物なのだと心の底から理解してしまったことで、遥は完全に盲目な恋する乙女と化していた。

 これまで俳優や芸能人を好きになることはあっても、同年代の男子や年上の男性を全くそういう目で見られない人生を送ってきた遥だったので、これが初恋のようなものだ。


(仕事中の真面目七三スタイルもしゅき……ダンジョン入る時のワイルドな感じもしゅき……なんかもうダサい道着もしゅき……)


 キルオはダンジョンに入る時、髪を七三分けにせず後ろに撫でつけるようにオールバックに固めている。

 それが普段とは違うギャップを感じさせて、知らず知らずのうちに遥を魅了しているキルオである。


「ふぅ……」


 一先ず沸きの処理を終え、立ったまま通路の先を眺めているキルオの後ろ姿をぼうっと眺めていると、静かに近づいてきたライカが首筋に冷たい飲み物を押し当てて来た。


「ひゃっ!?」

「キルオ君に見惚れるのも分かるけど、休憩はしっかりね? 思ったより疲れてるはずだから、ちゃんと座って休むように」

「は、はいぃ……」


 ライカから受け取ったスポーツドリンク――これ、RIKKA様がCM出てたやつだと気が抜けるのを感じ、手ごろな岩に座り込んでドリンクを喉に流す。

 確かに、まだダンジョン探索を始めて30分も経ってないのに、随分と疲れたように感じる。

 動き続けるキルオと違ってヘイトを集めたら逃げているだけなのだが、どこから来るのかもまだ分からないモンスターに意識を向け、攻撃を食らわないよう避け続けるのは、学校で長距離走をするより全然疲れる。なんならシャトルランくらい疲れる。


「……体力ないの、どうにかなるんですかね?」

「んー、それは慣れるしかないかな? まぁあたしは他人事なんだけど……」


 そう言って隣に座ったライカは、戦闘中はキルオの邪魔にならないよう、壁があれば壁際に立って歌っている。

 吟遊詩人という職業の固有スキル『歌唱』について、私は事前知識が何もなかった。有名配信者でその職業の人を一人も知らないからだ。

 『歌唱』は、その名の通り歌うスキルである。だがスキルを使ったら歌えるというわけではなく、あくまで歌は自力である。

 RIKKAのヒットソングをメドレー形式で歌っていたり時にはバラードを歌ったりアイドルグループのカバーを歌ったりとかなり自由に歌っているライカだったが、はじめて生歌を聞いた遥は、そちらにも意識を奪われて大変であった。


 どうやら、『歌唱』は自ら歌うことで使用するバフスキルの効果範囲を広げ、効果を高めることが出来るスキルらしい。

 歌の上手さをどう判定されるかと言うと、それは歌を聞いた者――バフを受ける者の精神がどのように変化したかを捉えているようで、歌が上手ければ上手いほどバフの数値が上がる、まさに歌手に特化したスキルだ。


「その、私の今してるポジション――回避タンク? も前のパーティに居たんですよね?」

「居たわよ? 同級生じゃなくて学校の先生だったけど」

「……その、顧問の先生が亡くなったって聞きましたが、その人ですか?」

「あ、キルオ君その話もしてたんだ。そうよ、当時『物理耐性』に苦戦してね。……事故だったの。いつもなら余裕で避けれてたような攻撃だったんだけど。――何かに気付いたみたいにハッとした先生の顔を、私もまだ覚えてる。あれ、何に気付いたんだろ?」

「…………」


 私は、キルオとライカの言っていることが分からない。自分が生まれる前の話だからだ。

 当時ダンジョンではどのような混乱があって、先生がどんな人で、どんなパーティだったのか、私は何も知らない。

 けど、話したくなったらしてくれるんだと思っていた。何せキルオ――切原さんは、自分が思っているより喋りたがりである。


「自分のこと、忍者の末裔って言ってる変な人だったわ」

「……それは本当に変な人ですよ」

「そうそう。本当に変な人なの。なんか先生なんだけど距離感は友達みたいで、キルオ君とタント君――昔パーティでタンクしてた子って、元からあんまり仲良くなったんだけど、二人がどんどん仲良くなってたのが私にも分かったのよね」

「その、タントさんはまだ探索者してるんですか?」

「してるわよ。『ライツ・アクス』って会社、聞いたことない?」

「……ディーバのスポンサーですか?」


 ダンジョン配信サイトである『ディーバ』で、時折広告が流れてきたのを覚えている。

 なんだっけ、日本最初の軍事会社とかだっけ? 「君の入隊を待ってるぞ!」って、自衛隊の勧誘チラシみたいなノリだった気がする。


「それもしてるわね。えっと、なんだっけ、ちょっとキルオ君、突っ立ってないでこっち来て話混ざってよ」

「…………一応、索敵してたんだが」

「スキルもないんだから感覚だけでしょ。こっち居ても変わんないわよ」


 ライカに呼ばれたキルオは「そうかぁ……?」と首を傾げながらも近づいて来た。

 話は聞こえていた距離のはずだが混ざってこなかったのは、真面目な性格だからか、それとも女子の話に混ざる勇気がなかったからかどちらだろう。うん、たぶん後者だな。


「『ライツ・アクス』について説明、宜しく」

「あー、えっと、今から28年前に出来た日本最初の民間軍事会社――所謂PMCって奴だな。後から国の支援受けて作られた探索者組合とはかなり仲悪い」


 何が所謂(・・)なんだろうと思ったが、突っ込みはしないでおく。私の救助要請を突っぱねた組合と仲が悪いというだけで、ちょっと好感を持ててしまった。

 まぁ、お陰で愛しの彼と出会えたので結果的にはプラスなのだが。


「軍事って、戦争でもするんですか?」

「いや、戦争は別にしない。ただ世界中の高難度ダンジョンを攻略したり、依頼受けてお偉いさんの護衛したりとかまぁ色々やってる会社だ。PMC名乗ってるのは名目上だな。国内はともかく海外に派遣されることも多いから、そういう肩書が必要らしい」

「ちなみに、あたしの旦那もそこに居たのよ?」

「そうなんですか!?」


 ライカの旦那さんについて、知っていることは少ない。メッセージアプリでのやり取りでは教えてもらえなかったし、亡くなっていることを教えてもらった程度だ。

 故人について詮索するのはあまり好きじゃない。そもそも、RIKKA様に子供が居たどころか、結婚していることすら公にされていなかった。


「ライカの旦那は嘉手納(かてな)()由井(ゆい)っつー、まぁどこまでが名字でどこまでが名前かもよく分からない人だ。ダンジョンが登録制になる前から探索してた筋金入りの変人で、俺達の世代にとっては憧れの先輩だったな。ライカが卒業して即くっついたのは流石に笑ったが」

「えー、だって結局キルオ君達誰も告白してこなかったし、もう待たなくて良いかなって」

「…………」

「誰が最初に告白するって3人で話してたの、知ってるわよ?」

「…………その話はやめないか?」


 少しだけ頬を赤らめそっぽを向くキルオの姿を見ても、幻滅することはなかった。こんな美人さんが近くに居て、更に親しくしてきて男子が惚れない方がおかしいからだ。

 それに、昔恋愛感情を持っていたからといって今どうということはない。

 ライカ曰く、キルオは未だに恋人が出来たことがないらしい。性格からして告白したこともないはず。

 アプローチを掛けられた経験があるのかは分からないが、私のアプローチを受けて慌てふためいてるのを見る感じそれもなさそう。同年代の女子、見る目ないんじゃない?


「たぶん、今でも『ヒューイ』で検索すれば情報出てくると思うぞ」

「ヒューイさんですか? 知ってますよ」

「あれ、ライツって配信禁止だったよな? なんでハルが知ってんだ?」

「長いこと探索してる配信者は、大体尊敬する人にヒューイさんの名前上げるんです。Wikiに個別記事もありますよ」

「……マジか」


 とはいえ、本名までは知らなかった。

 故人であり、私の姉が飲み込まれた鎌倉事変の解決に尽力した人だ。そして、彼はそこで命を落としている。


「あの人、ガッチガチの暗殺ビルドだから耐性関係なくて現役続けられたんだよな」

「そうそう。死んだって報告をタント君から聞かされた時はショックだったけど、まぁ長生きはしないだろうなぁって思ってたのよね。だから早く子供作りたかったわけだし」

「…………でも、お子さんは」

「産む前に流れちゃったの。まぁ週数も早かったし、性別も分からないうちだったからこうして立ち直れたんだけどね」


 ここにはない空に向け、どこか遠い目を向けるライカの横顔を見て、私もいつかこうなれるのかな、なんて考えてしまった。


 違う違うと顔を振り、なんで先立たれる想定なんだとキルオを見つめると目を逸らされた。うん、今のは照れ隠しとかじゃないな。たぶん見られたから素で逸らしただけだ。

 私って同級生と比べても結構いい身体してる方だと思うんだけど、アプローチが中々上手くいかないのはやはり年齢差だろうか。いっつも青少年ナンタラって言い訳してくるし、お母さんも言ってたけど合意なら良いはず。

 だって女は16で結婚出来るんだもの。あー、来年、来年か。間に合うかな?


「……そろそろ再開出来るか?」


 空気が重くなった気配を感じたキルオがそう言うと、「そうね」とライカは立ち上がる。どうやら話はお預けのようだ。

 少しだけ疲労は感じるが、動けるくらいには回復したので立ち上がり、お尻をぱんぱんと払う。土埃とかついてるわけじゃないけど、なんとなくね。


「っし、行くか。今日中に30までは上げたいな」

「え?」


 私の反応を聞いて「はは」と笑うキルオと、「がんばれー」と応援してくれるライカ。

 あれ、もしかしてここ、味方は居ない? レベル30って、普通は数か月かかるって聞いてるんだけど?


 嫌な予感を感じながらも、慌ててキルオの後を追いかける。

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