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夏休みが始まってからもなんだかんだで毎日のようにハルと顔を合わせていたが、ライカと合流してようやく本格的にダンジョンの探索に挑むこととなった。
「あの、本当に貰っていいんですか……?」
「良いわよ良いわよー? ずっと『隠密』だけじゃソロしか出来ないでしょ」
ライカが待たせた詫びとばかりに持ってきたのは、3つのスキルオーブだ。受け取ったハルは困惑しながらも、断るわけにはいかず一つずつ胸に押し当て使用していく。
「結局何のオーブ買ったんだ?」
「『臆病』と『叫声』、あとは欲しがってたみたいだし『送還』よ」
「……思いっ切り回避タンク用のスキルだな」
「だってハルちゃんの性格とか体格で普通のタンクは出来ないし、死にかけた割にはモンスターに恐怖心覚えてなさそうだし、いきなり戦力にするにはこれが一番でしょ」
「……本人にも聞いとけよ」
「聞いたわよ?」
そう言うとライカはスマホでメッセージアプリを起動して見せる。
ダンジョン内は圏外だが、表示されている会話ログから毎日のようにハルとやり取りしていることを知れた。おい、いつの間に連絡先交換してたんだ。
「どっちにしろ、キルオ君の『唯一無二の一撃』を意識すると他にアタッカー入れるわけにはいかないのよね。低威力の魔法撃たれるくらいなら攻撃しないでいてもらった方が良いわよ。役割分担はしっかりしなきゃ」
「そりゃそうだが……ハル、良かったのか?」
ハルは大きく頷いた。どうやら、覚悟は決まっているようだ。
なら俺から止めることじゃない。実際戦闘効率のことを考えたら他にアタッカーを入れるのは難しい。
ダンジョンで安全に遊ぶ程度ならともかく、ハルの目的はお姉さんを探すことだ。そうなると、どうしてもパーティの戦力を余らせるわけにはいかない。
「タンクは近接アタッカーに比べるとステータスに依存する部分が大きいから、比較的誰にでも勧めやすいポジションではあるのよね」
「それ言えば後方魔法師の方が現実世界での技術に影響しないと思うが……」
「そうでもないわよ? 詠唱って早口言葉得意ならちょっと短くできるし」
「そうなのか!?」
「あー、キルオ君は一度も魔法スキル取ったことないか。魔法スキル使うと目の前に文字が出てきて、それを読み上げることになるの。私の場合は違うけど」
「あ、あの、ライカさんって何の職業取ってるんですか?」
スキルスロットを確認していたハルが、ライカを見て言った。
職業というのはダンジョン限定で左右するステータス設定の一つだ。いつでも任意で変えられるものだが、レベル上昇時は職業に応じてステータスに変動が入る。
ほとんどはプラスの補正だが、近接物理系職業は魔法ステータスにマイナス補正がかかるものも多い。
「私は『吟遊詩人』よ。言ってなかったかしら?」
「……バード? 鳥ですか?」
「吟遊詩人って書いて、バード。ステータス補正は魅力特化、専用スキルの『歌唱』をオーブ無しで使えるようになる職業なの。火力ゼロのサポート特化職ね」
「……っぽい!」
「でしょー?」
笑いあってる女子――片方は女子といっていい年齢なのか謎だが――を見ていると、この輪には入れそうにないなと一歩下がることになってしまう。
だが一歩下がった瞬間、ハルの顔がぐるりとこちらを向く。
「切原さんは?」
「あー、俺は『博徒』。幸運補正のみの趣味職だ」
「なんか打撃系なんだと思ってたんですけど、違うんですね」
「キルオ君のカラテは本人の技術だからねー。それに、昔は武器持ってたのよ?」
「え!? そうなんですか!?」
「そうそう。近接武器なら本当に何でも使ってたわ。一番攻撃力高いものなら何でも良かったんだっけ?」
「あぁ。弓みたいな遠距離武器以外ならなんでもな」
「……武器どうしたんですか? ずっと素手で戦ってましたけど」
「売った」
即答すると、ジト目で見られた。
幸運ステータス依存のビルドは、幸運補正のある武器を使ったり、物理攻撃系の補正が高い職業を選ぶパターンもある。だが自分は武器に囚われたくなかったから、スキルと職業でビルドを組んだのだ。
「エミ君が笑いながら渡したヌンチャクも普通に使えたのまだ覚えてるわよ?」
「あー……流石に使いづらかったぞあれは。カンフー映画くらいでしか使わないだろ」
「……それでも普通に使えたのよね」
「手に持つ武器なら、まぁ常識の範囲内ではあるからな」
魔法のような埒外のものと違い、武器は日本でも想像できるようなものしかないので助かった。まぁ鉄扇とかは流石に使いづらかったが。
「また買わなくても良いんですか?」
「そりゃあもっと先に進むなら必要になるだろうが……」
「じゃあ、そのまま素手でお願いします」
「なんで?」
「……その方がかっこいいので」
「…………そうか」
うん、そう言われるなら素手で良いや。
低レベルのモンスターなら殴る蹴るで大体倒せる。今のモンスターは『物理耐性』スキルに依存していることで防御ステータスが相当落ちていると聞くし、昔よりも戦いやすいまであるかもしれない。
様々な武器を使ってきたが、結局使いやすいのは自分の手足だ。3年間だけ関わったダンジョンと、30年以上、物心つく前から使い続けて来た拳とでは練度が違いすぎる。
「ハルちゃん、なんとなく使い方分かった?」
「は、はい! 動画でも勉強してきたので、なんとなくは!」
「他の人と違うところがあるとしたら、キルオ君に『唯一無二の一撃』があるから敵には指一本も触れないようにしないといけないことね。あ、でも被弾するくらいなら良いんだっけ?」
「あぁ、その防具なら問題ない」
ハルが着ていたのは、ライカのお下がりである防具だ。17年前は現役で使われていたようなものなので、今でもそれなりに使える装備ではある。
ならばライカはというと、自分は自分で新しく買った防具に身を包んでいる。
「……でも切原さんのそれ、ダンジョンの防具じゃないですよね?」
「ん? あぁ、ただの道着だな」
「道着」
「結構気合入るぞ?」
「気合」
俺が着ているのは、シラットで使われる黒色の道着だ。
伝統的な道着は白色になることが多いが、シラットは武人だけでなく農民にまで門戸を開いていたという歴史があり、汚れが目立たない黒い道着になったと聞いたことがある。
オウム返しになるハルがよほど面白かったのか、ライカが無言で腹抱えて笑っていた。
ライカは見慣れてるだろうが、異世界っぽさ溢れるデザインの、ステータスにも補正がかかるダンジョン産防具と違って、俺が着ているのはただ気合を入れるだけの服だ。あと汚れても洗いやすいし、高くもないので気軽に捨てられる。
「その、結構防具でもステータス補正掛かるみたいですけど、要らないんですか?」
「……無駄に敏捷上がると動きが変わって感覚掴みづらいし、金属鎧は動きの邪魔だ。それに俺の耐久ステータスだと大抵の防具は紙と一緒なんだよ」
「えーと、つまり紙耐久ってことですか……?」
「何ならライカより脆いぞ?」
「…………」
無言のジト目で見られ、少し困惑する。
昔から、俺のように生来の肉体の感覚を重要視して防具を装備しない者もそれなりに居た。
敏捷が上がると肉体の稼働速度が上がってしまうため、自身の肉体の動きが頭の中に叩き込まれている武道経験者の場合、ステータス補正がない方が強いことだってあるからだ。
パーティにおけるタンク――同級生で柔道家だったタントなどは全身鎧を装備していたが、防具によって下がる肉体の稼働域を敏捷の値で微調整し、生身の稼働を再現していた。防具を新調したばかりの時などは、数日慣らし期間を必要としたほどだ。
「アタシはオシャレ重視だけど、それでもキルオ君よりは防御高いのよね」
「……私のこれは、どうなんでしょう?」
「結構高いと思うわよ? 気に入って半年くらいは使ってたけど、今は歳もあるからね」
言われてみると、確かに今ハルが来ている防具は比較的落ち着いたデザインだがファンシーで、自分と同級生――つまり35歳女の格好ではない。
ではライカの方はというと、以前変装に使った出来るOLファッションが気にったのかパンツスーツのようなスタイルで、どことなく異世界感は感じるが、35歳が着ても違和感がないものだ。
普段テレビに出る時と比べると随分化粧や髪型を変えており、RIKKAを知る者が見ても気付かないであろう。
「つーか、いつもの髪型だけでも分かんないもんだな」
「そうそう、案外巻き髪じゃないだけで気付かれないもんなのよね」
「ですよね! やっぱRIKKA様っていうとカールの印象強いですし!」
「あれ昔のプロデューサーの戦略だったから私としては拘りないんだけど、メイクさんも絶対私の髪巻きたがったのよね。だから結構髪痛んじゃって、自撮りする時とかは大抵ウィッグよ?」
「そうなんですね……」
明るめの金髪にふわりとした内巻き髪――それがRIKKAのトレードマークだ。
今も色は同じだが巻かずに流しポニーテールにしているのを見ると、同一人物とは思えない。それほど属性的な髪型であったということだろう。
ハルはRIKKAのファンだったというより、この歳の女子は逆張りする女子以外は大体何かしらの影響を受けていると言われているほどの影響力があったらしい。
それは歌手だけでなくファッションブランドや化粧品ブランドも成功し、インフルエンサーとして確固たる地位を築けたからだが、有名になった同級生くらいの感覚で居た俺に、ハルはどれほどRIKKA様が凄いのか耳がタコになるくらい教えてくれた。
「じゃ、準備も良さそうだしそろそろ行くぞ」
「はいっ!」
「はーい、先導よろしくー」
ライカの前だからと明らかにいつもより気合を入れたハルと、テレビで見るのとは全く違う気の抜けたライカ。
二人の返事を聞いて、ダンジョン探索を開始した。




